かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

2017-01-01から1年間の記事一覧

ユリカの獏(創作掌編)

坂道をかけおりながら、いきおいをつけてジャンプしたら、そのまま空を飛べた、という話。 いつものバス停を乗りすごすと、次に着いたのは、見たこともない緑の牧場だった話。 みんな、学校の友だちが見た、夢の話です。 ユリカはうらやましくてしかたありま…

機会

数十年来の河合隼雄ファンですが、ついにご尊顔を拝することは叶いませんでした。 機会はあったのです。 文化庁長官在任時に講演のお知らせを目にして、場所も近く、テーマも児童文学ということで、ぜひ行きたいと思いました。 募集要項には「申し込みはファ…

クリスマスカード(創作掌編)

庭に植わっているただ1本の木だったので、詩織はウチノキと呼んでいました。 高さは2階の窓くらい。花も咲かせず、実もつけない木です。 ほっそりとした枝には、いつも緑の葉が揺れていました。 春から初夏にかけてのすずやかな緑は、木漏れ日を染めてしま…

河合隼雄著「明恵 夢を生きる」を読むたびに思うこと

数十年来の河合隼雄ファンです。 その河合隼雄さんが「とうとう日本人の師を見出したという強い確信をもった」とまで敬意を表されたのが、鎌倉時代初期の名僧、明恵(みょうえ)上人です。 明恵上人が約40年にわたり夢を記録した『夢記(ゆめのき)』を、…

柚子の香り(創作掌編)

奏多が学校から帰ってきて、玄関の鍵を開けているとき、宅配便が届いた。 「あおぞらファーム」というロゴが印刷されたダンボール箱は、大きくはないけれどずっしりとしている。見覚えのある箱だ。なかみは有機栽培の柚子で、以前は毎年のように、祖父が取り…

ヘッダ画像、ブログアイコン、プロフィールアイコンがとても!

ヘッダ画像、ブログアイコン、プロフィールアイコンが、とてもすてきになりました! 自画自賛ではありません。イラストレーターの山奈央さんに描いていただいたのです。 山奈央さんのブログを発見したのは、2ヶ月ほど前でした。 その絵と文章に触れていると…

黒い発明家と白い発明家(創作掌編)

日本発明家コンベンション、通称NHCは、世界的に名の知れた日本人発明家の遺産により運営されている財団法人で、個人発明家を支援することを目的としていた。 「第21回NHC大会の優勝者は、静電気蓄電ブレスレットを発明した『白馬』さんに決定いたし…

汎用グラスと専用マドラー

今週のお題「今年買ってよかったもの」 今年の2月に、とてもコンパクトな住居に引っ越したので、収納スペースがかなり限定されました。狭小な住空間で、必要であり気に入っているモノだけしか持たず、身軽に暮らしていくことを目標としています。toikimi.ha…

クレーンイルミネーション(創作掌編)

千吉さんの家の近所で、長いあいだ空き地だった土地に、エネルギー再生センターという施設が建設されることになりました。背丈ほどもあった草が刈りとられ、ぐるりを高い塀が囲ったと思ったら、トラックが連なってやってきます。 やがて、見上げるようなタワ…

腱鞘炎の注射

親指の付け根が痛くなるド・ケルバン腱鞘炎を発症したのは、今年の6月下旬でした。しかも両手同時にです。 すぐに整形外科で診てもらうべきだったのですが、先延ばしにしてしまいました。 その頃ちょうど、頸椎椎間板ヘルニアの治療が終わったばかりだった…

サボテン人形の恋(創作掌編)

晶が学校から帰ると、めずらしく隼子叔母さんが来ていた。もう初冬だというのに、小麦色に日焼けしている。 「こんどは、どこの国へ行ってきたの?」 あいさつ代わりに聞いた。叔母さんは旅行が趣味で、休暇はすべて世界中を旅するために使っているのだ。 「…

たぶん最初の記憶と、つくった記憶

思い出せるいちばん古い記憶は、3歳前後に食中毒で入院したときのことだ。 夜、病室で目を覚ました私は、知らない部屋にいることにおびえて、ベッドを抜け出した。暗い廊下を歩いていくと、電気の明かりがもれている部屋がある。中に入ったら、そこには複数…

やさしいごはん(創作掌編)

八千代さんは長いあいだ、フレンチレストランで、オーナーシェフをささえるスーシェフとして働いてきました。いそがしさを苦にもせず料理を作り続けてきましたが、60歳を過ぎたある日、ふいに「潮時」を感じたのです。 幸いなことに、後を任せられるスタッ…

児童文学のなかのイマジナリーフレンド

イマジナリーフレンドという言葉を、読者登録させていただいている Emily-Ryu さんのブログ記事で、初めて知りました(ありがとうございます!) Wikipediaにも載ってました。 イマジナリーフレンド(英: Imaginary friend)とは、「空想の友人」のことであ…

あたたかい窓の明かり(創作掌編)

気持ちがふさぐとき、行き詰って出口が見えないとき、 (どこか遠くへ行きたい)と、思う。 けれど、人混みと乗り物が苦手で、そのうえ冒険嫌いな真希が、思いにまかせて旅立ったことは、一度もなかった。 今日も気ままに出てきたわけではない。 会社に電話…

鋏屋さん(創作掌編)

人通りの少ない殺風景な町角に、鋏屋さんはありました。 飾り窓には、はがねのラシャ鋏や、生け花で使う花鋏、片手におさまる握り鋏など、さまざまな種類が並んでいます。 真由子は、うす暗く見える店内をのぞいてから、店の扉を開けました。 「いらっしゃい…

排水口に物を落とした!

昨夜、食器洗いを終えた後のことです。 シンクの排水口に、長さ15センチくらいのお掃除ブラシを落としてしまいました。 ほんとに、あっという間の出来事。 排水口回りの溝を掃除していたら、ブラシの先がちょっと引っかかり、手から離れた瞬間、まさに弧を…

休みの日は常備菜作り

今週のお題「休日の過ごし方」 職場のランチはお弁当派です。メインのおかずは前日の夕食の残りもの、というか、先にお弁当の分を取り分けておくので、どちらが残りなのかは微妙なところですが。 副菜2品、金時豆のサラダと、割り干し大根の漬物を休日に作…

ミラクルズ(創作掌編)

近所のベルギービール・カフェで食事をするのは、和樹にとって週に1度の楽しみだ。 平日は仕事がいそがしく、帰りが遅い。土曜日にはのんびり朝寝をして、掃除や洗濯、買い物、こまごまとした雑用を済ませると、もう午後の日は傾きはじめている。 和樹はい…

呪文、掛け声、ゲシュタルトの祈り

私は、考えごとを対話型でしている。脳内会話というものらしい。場合によっては、脳内会議になっていることもある。言葉のやりとりはごく自然に、絶え間なく続いていて、止むのは眠る時と、何かに集中している時くらいだ。 みんなそうだと思っていたので、中…

ガラスの小石(創作掌編)

僕の宝物は、ガラスの小石だった。1500万年前、巨大な隕石が地上に落下した時、すさまじい衝撃と高温のなかで生まれた、天然のガラスだ。 小学校の夏休み、自然博物館のミュージアムショップで、貯めいていたお金をはたいて買った。ざらざらとして黒っぽ…

イギリス~推理小説と児童文学の国~

今週のお題「行ってみたい場所」 ロンドン、ベイカー街221B 朝靄のなか、表には辻馬車が待っている。 「ワトソン、起きたまえ。ゲームが始まった!」 という、シャーロック・ホームズの声が聞こえる場所に行ってみたい。 アガサ・クリスティーの名探偵ミ…

酔っぱらう芙蓉(創作掌編)

上弦君とは、知人の仕事仲間という縁で知り合った。友だちというよりは、一方的になつかれて、相談相手になっているという間柄だ。 今日も、「ナミさんの意見を聞かせてもらいたくて」と連絡があり、ビオ居酒屋で待ち合わせた。花の品種改良の仕事をしている…

イツァーク・パールマンの「Yes!」

クラシック音楽の知識は、中学校の授業止まり。成人してから足を運んだクラシック系のコンサートも、イ・ムジチ合奏団、ウィーン少年合唱団、あとは作品名も忘れてしまったオペラくらいで、すべて人に誘われてのことでした。 それくらいクラシック音楽から遠…

金色のアンコール(創作掌編)

楓さんの夫、惣吉さんは誕生日の翌朝、散歩の途中で倒れ、すぐさま病院に運ばれたが、救命治療のかいもなく帰らぬ人となった。 日本人男性の平均寿命に達して、1日も病みつくことなく、駆けつけた楓さんが見守るなか、静かに息を引き取ったのだ。 常々、惣…

生きている物語たち「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」

今週のお題「読書の秋」 「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」 ポール・オースター 編 ラジオ番組に全米のリスナーから寄せられた実話集であり、作家ポール・オースターが編んだアンソロジーでもあります。 「編者まえがき」に書かれている、この本の成…

虹の花(創作掌編)

つぐみ町郵便局は、にぎやかな商店街のなかほどにあります。少しレトロな建物と、大きな赤いポストが、町の人たちに親しまれていました。 秋冷えの朝、郵便局が開くと同時に飛びこんできたのは、漆黒のドレスを着た女の人でした。郵便の窓口を担当しているナ…

第4の可能性が……

ほんとうにどうでもいい話なのですが、この15日間、気がかりになっていることがあるので、書きとめておきたくなりました。 クモの話です。 先々週の月曜日の朝、出勤前に洗濯をしてベランダに干し、網戸と窓とカーテンを閉めました。ふと見ると(気配を感…

コスモス色の風(創作掌編)

シロは峻介が生まれるより先に、家にやってきた。シロにだって子犬のころはあったに違いないけれど、記憶に残っているのは、いつも遊び相手になってくれた、優しい姉のようなシロだけだ。 シロには不思議な力があった。 忘れ物をしたまま学校へ行こうとする…

イソップの太陽(創作掌編)

30年も前のことだけれど、ありありと覚えている。 古びたオフィスビルが立ち並ぶ街角、道路をはさんで向かいあっている2棟のビル。共に7階建てで、片方が灰色、もう片方は煉瓦色だった。 私が数ヶ月のあいだ夜間の警備員をしていたのは、灰色のビルのほ…