YouTubeでシャーロック・ホームズシリーズを朗読しているチャンネルを見つけ、毎日のように聴いています。
昔、本で読んだときは、会話やストーリーに気を取られていましたが、あらためて耳で聴いてみて、描写力のすばらしさにも気づきました。
ホームズとワトソンが活躍していたのは、主に19世紀末のヴィクトリア朝で、馬車・ガス灯・電報の時代です(日本では明治時代)。具体的で生き生きとした情景や人物の描写を聴いていると、百年の時を越えて物語の世界に引き込まれます。
服装についての細やかな文章も趣深いです。
『赤毛連盟』に登場するのは、頭髪が燃えるように赤いウィルソン氏。でっぷりとした赤ら顔の紳士で、「どこをどうしても、ごく一般的なイギリス英国商人である」ということですが、その服装は━━
- ややだぶついた灰色のシェパード・チェック(格子柄)のズボン。
- くたびれた感じの黒いフロックコート(※)
- 淡い褐色のベストから、太い真鍮製のアルバート型時計鎖が垂れ下がっていて、先には四角く穴のあいた金属の小片が装飾品として付いている。
- すり切れたシルクハット。
- しわだらけのビロードの襟が付いた、くすんだ褐色のオーバーが隣の椅子に置かれている。
(※フロックコートは着丈がひざまである、伝統的な昼の正装用上着)
シャーロック・ホームズ作品のほとんどが『ストランド・マガジン』というイギリスの月刊誌に掲載されたものですが、当時の挿絵(シドニー・パジェット画)には、ウィルソン氏の姿が同時代のリアルさで描かれています。
ウィルソン氏と対照的なのは『独身の貴族』の依頼人、ロバート・セント・サイモン卿です。
教養あふれる青白い顔で、鼻は高く、口元には怒りっぽそうなところがあり、しっかりと見開いた目に「常に命令し従わせてきた人」らしさを感じさせる人物です。ファッションも洗練されたものでした。
- ツバのカールした帽子。
- 高い襟、黒のフロックコート、白いベスト。
- 黄色の手袋
- エナメルの靴、明るい色のゲートル。
- 右手の紐から下がる金縁の眼鏡を揺らしている。
「さて、ワトソン、女性は君の専門だろ?(笑)」
『第二の汚点』の中で、ホームズが(笑いながら)言っているだけあって、ワトソンは女性のファッションにも鋭く繊細な目を向けています。
『花婿の正体』では、ミス・メアリー・サザーランドの帽子に強い印象を受けた様子でした。
- 立派な毛皮のボア生地のストール。
- カールした大きな赤い羽根飾りの付いたつば広の帽子を、色っぽいデボンシャー侯爵夫人風(※)に片方に傾けている。
(※デボンシャー侯爵夫人は、18世紀後半のロンドン社交界の花形で、美貌とファッション・センスで有名だった)
ミス・サザーランドのファッションに対して「大げさな装い」とか「馬鹿げた帽子」などと、ちょっと辛口なコメントもしているワトソンですが、彼女の純粋な信念には崇高さを感じて敬意を払っています。
ワトソンが最も賛辞を呈した女性といえば、『四つの署名』に登場するミス・メアリー・モーストンではないでしょうか。
ミス・メアリー・モーストンは、とても落ち着いた態度で登場します。
小柄で品のよいブロンドの女性で、きちんと手袋をし、服装の趣味も申し分ないのですが、その服は質素で控えめなもので、あまり生活が楽そうには見えなかったようです。
- 飾りもひだもついていない、地味な灰色がかったベージュのドレス。
- 同じように目立たない小さなターバン(つばのない、ぴったりした婦人用帽子)
- 帽子の脇に挿したささやかな白い羽根が、わずかに明るさを添えいている。
しかし、ワトソンが注目したのは、ファッションだけではありません。
特に整った顔だちというわけでも、肌がきれいだというわけでもないが、愛嬌のあるかわいらしい表情に、大きな青い瞳が気高さとやさしさをたたえている。三つの大陸でさまざまな国の女性を見てきたわたしだが、これほど品のよさと感受性の豊かさをきれいに映し出した顔にお目にかかったことはない。
以下は、ちょっとネタバレになりますが──、
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ワトソンはこちらのミス・モーストンと結婚することになるのですが、やはり好きになる決定打は内側からにじみ出る美しさだったのかなぁ…と想像すると、微笑ましいというか、何となくニヤニヤしてしまいます。
こういう「ニヤニヤ」ポイントを数多く見つけられるのも、シャーロック・ホームズシリーズの大きな魅力のひとつです。