かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

鎌倉ディナーと掌編朗読

 

Nickq(id:Nickq)さんの『ニャン東オフ会』に参加しました。

激務のエッセンシャルワーカーであるNickqさんが、貴重な連休でリフレッシュ関東旅行をされるにあたりオフ会を企画、しかもコロナ対策として、大人数を避け1対1のごはんデートというご配慮サシオフです。

千載一遇のチャンスと思いながら申し込みが遅れてしまったのですが、幸運にも「7/23鎌倉ディナー枠」にすべりこむことができました。

 

nickq.hateblo.jp

※Nickqさんのブログは現在限定公開中です。

 

さて、当日は嬉しい巡り合わせでkibikibi(id:kibikibinote)さんも加わり、3人オフ会になりました。

 

www.kibikibinote.com

 

偶然3人そろって左利きだったので、共通の話題で弾みがつき、あっという間に打ち解けることができました。

小町通りを歩きながらお店探し。1軒目は店仕舞いしており、2件目は予約でいっぱいだったのですが、3軒目で見つけたイタリアンレストランが大当たりの良いお店でした。

 

Nickqさんのブログは、思わず引き込まれる面白い記事が多い一方で、シビアな現実や危機一髪の出来事を記したものも少なくありません。それでも、重苦しく感じさせない独特の清明さがあり、文章力とユーモア感覚のなせるわざだと思っていました。

さらに加えて、実際にお会いしてみて気づいたのは、Nickqさんが科学者の目をお持ちだということです。Nickqさんには、宇宙視点の人類学者が地球をフィールドワークしているような、パワフルな自由さがありました。

ブログでもリアルでも、Nickqさんに接すると元気が湧いてきます。たくさんの人たちから慕われているのも納得です。

Nickqさん、「社交辞令じゃありませんよ♡」(笑)。

 

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※Nickqさんからいただいたお土産の神戸金平糖☆゜

 

kibikibiさんは、あたたかくやわらかい雰囲気のなかで、しっかりと核がきらめいている感じの方です。

ブログを読み始めたのは、お会いする1時間ほど前からだったのですが(そしてNickqさんの予測どおり、kibikibiさんのブログが好きになりました)、これからゆっくり読者歴を積み重ねていきたいと思います。

私にはしゃべっているうちに話題が飛んでしまうクセがあります。話が逸れたまま迷走しかかったとき、kibikibiさんが絶妙なタイミングで、やさしく引き戻してくれて、
「とってもうれしかった♡」です。

 

そして、おふたりに伝えておかなければいけないこと。

音に色を感じる共感覚のピアニスト(兼・作曲家)の話をしましたね?

でも名前が出てこなかった……、出てきたのは、長身イケメンという周辺情報だけ……。

オーケストラのメンバーに向かい、自分の楽曲の演奏を、

「ここは紫で、もっとピンクを弱めて」

などと指示したといわれているのは、フランツ・リストでした。

今回に限らずですが、ほんとに固有名詞が思い出せなくて、それどころか「S」か「サ」で始まる名前だったと大嘘をついてしまいました。ごめんなさい(/ω\)。

そしてあのとき、たくさん「S」で始まる音楽家の名前を答えてくださってありがとう。

 

 

さて、先日Nickqさんがブログのなかで、掌編の「ラジオ朗読」を提案してくださいました。kibikibiさんからも賛同コメントをいただきました。

未知でチャレンジングなことには、基本的に二の足を踏み、そのままあきらめてしまうことも多いのですが──、

 

 ↓ まだ記憶に新しいこちらの記事を思い出し、ハードルが下がり始めました。

www.rairi.xyz

 

 ↓ さらにタイミング良く、こちら記事に励まされ、背中を押してもらいました。

harienikki.hatenablog.com

 

らいりさん、チャーコさん、いつもありがとうございます。

 

朗読したのは「イソップの太陽」という3年近く前の掌編で、このブログでの新作第1号だった思い入れがある作品です。

ですが……、

すみません、音が極端に小さいです!(なぜ?どうして?)

Radiotalkは「スマホ1つあれば、誰でも今から番組を持てる!最短5秒で収録スタート」という、『誰でもできる音声配信アプリ』なのですが、Androidスマホの音量設定やマイク設定を見直しても、どうしてもこれ以上の音量で録音できませんでした。

原因と対処法がわかり次第、差し替えるつもりですけれど、今はとりあえずこれで。

  

 

黙読ならば半分くらいの時間で読める掌編です。 
toikimi.hateblo.jp

 

山桜を育てるミニ盆栽~その後~

 

去年の初め、種から山桜を育てる栽培セットで種まきをしました。

「発芽したら記事にしたいと思います」と書いたのですが……、

 

toikimi.hateblo.jp

 

残念なことに、1年半以上過ぎても芽が出ません。

 

説明書によれば、

◎山桜は発芽の難易度が高い
◎発芽までの日数は1~3ヶ月
◎しかし、時期・環境によっては発芽に1~2年かかる場合もある

とのことなので、タイムリミットが迫っています。

 

その時まで気長に見守っていくつもりでしたが、ふと、半分あきらめモードで続けるのも「違う」ような気がして、いろいろ働きかけたくなりました。

調べてみると、種の休眠打破・発芽促進にはいろいろな方法があることがわかりました。種に傷をつける、熱湯に浸す、ジベレリンという薬品を使うなど、かなり荒療治な感じのやり方もありますが、どれもすべて、種まきの処理でした。

今回(といっても一昨年の秋ですが)、種まき前の下準備として山桜の種を2ヶ月ほど冷蔵庫に入れました。説明書には「冬を疑似体験させる」とありましたが、これも休眠打破の一種だったようです。

 

では、種まきに、休眠打破する方法は?

種まきをした時、同様の栽培セットで山桜を種から育てた方たちのブログを探して読みました。ブックマークに登録した記事のなかで、

「種まき後、数ヶ月間室内で管理していたが、まったく芽が出なかったため、あきらめて外のベランダに放置したところ、半年以上経ってから発芽した」

という内容のものがあり、印象に残っていました。

山桜の発芽に適した温度は5~10度なのですが、断熱性が高い集合住宅の部屋では、冬に暖房を切ってもそこまで低くなりません。室外に置くというのは、理にかなっているわけです。

さっそく真似してみます。

 

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──と、外に出したものの、これだけでは物足りず、「おまじない」的なことでいいので、何かもう少し追加したくなりました。

検索すると「スモークウォーター」というキーワードが出てきました。

オーストラリアでは、オージープランツと呼ばれるユーカリやアカシアなどの樹木の種は、山火事を経験して発芽すると言われているそうです。そのため、発芽しにくい種に煙を通した水:スモークウォーターを使い、山火事を疑似体験させて休眠から覚ますのだとか……、おもしろいですね。

種を浸すという方法のほかに、種まきした後でスモークウォーターをスプレーして水やりするという使用法もあるので、これなら今からでも可能です。

 

問題は、スモークウォーターが普通に販売されている商品ではないこと。ただ、製法は日本でも容易に入手できる「木酢液(もくさくえき)」と似ているそうですから、代用することにしました。

木酢液は「木炭を製造する際に発生する煙の成分を冷却して得られた燻臭のする水溶液」で、土壌改良や植物の成長促進に役立つとされています。代用どころかむしろ適切かもしれません。

 

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さっそくネット通販で、お試し用少量パックを入手しました。蓋を開ける前でも、かなり強いスモーク香がします。

植物の芽や根の成長を促進する目的の場合、500倍から1000倍に薄めて使うそうです。

 

山桜の鉢に、約500倍の希釈液をたっぷりスプレーしました。

ということで、休眠打破できたら記事にしたいと思います。

 

 

ガンリキさんの休日(創作掌編)

 

 私は専門的なガラス器具を製造する会社で働いており、そろそろ勤続30年になる。

 主力商品は「吸い玉」と呼ばれる球状のガラスカップで、古い歴史を持つカッピングという療法で使用する器具だ。熱や機械を使ってカップ内の圧力を下げ、皮膚に吸着させて血流に働きかける民間療法である。

 熱に強い硬質ガラスの吸い玉は、熟練したガラス職人がひとつひとつ製作していた。なかでも、社外秘の特殊な技術で作られた【特製】吸い玉は、他社の追随を許さない製品だと自負している。

 

 製造工程の仕上げは検品である。

 私は検品部門のチーフなのだが、慣例によって「ガンリキさん」と呼ばれていた。ガンリキとは眼力のことで、検品の最終段階で行われるのが、目視によるチェックであることから付いた名称だ。

 部下だけではなく工場長でさえ、「ガンリキさん」には一目置いてくれる。呼び掛けられるたび、身が引き締まる思いだった。

 

 かえりみれば、目視検品の業務についたばかりの頃は、ほんとうに大変だった。
 先輩から「中心視ではなく周辺視で」と指導を受けたが、理屈はわかっていても、なかなか出来ることではない。知らず知らずのうちに、目を見開いて歯を食いしばり、ベルトコンベアで流れる商品を凝視しているのだった。まさに「中心視」そのもので、視野が狭くなって見落としが増える上、とても疲れる。首筋や背中がこわばって、夜も眠れないほどだった。

 当時はよく、社内にある治療施設へカッピングの施術を受けに通ったが、その効果のありがたさを身をもって知ったことは、よい経験だったと思う。

 

 反復と継続の力は大したもので、次第に私は検品の熟練者となっていった。

 はたからは、ボーっと座っているように見えるらしいが、実はリラックスしながらも、極度の集中を保っているのである。すると、機械的な検査では発見することのできない、わずかなひずみさえ瞬時にわかる。私の眼にはその吸い玉が、「曇って」いるように見えるのだ。

 いつしか私の技量は認められ、前任者の定年退職に伴い「ガンリキさん」の座に着いたのだった。

 管理職としての仕事をこなし、後進を育てる一方、現場にも立ち続けた。すると思いがけないことに、私の検品技術は、さらなる進化を遂げたのである。

 ある特定の吸い玉が、「輝いて」見えるようになったのだ。

 曇って見えるのが商品基準を満たしていない表れだとしたら、輝いているのはその逆で、基準をはるかに超えた【超・特製】吸い玉というわけだ。

 

 工場長に報告したところ、数日後に、ある人物と引き合わされた。

 相手は会社の上得意で、受け取った名刺の肩書きは「整身体セラピスト」となっている。同席した営業部長によれば、一流有名人のクライアントを多く抱える、カリスマセラピストだという。

「前々から『ガンリキさん』のお噂を伺い、一度お目にかかりたいと思っていました。今日は、ガンリキさんの眼に輝いて見えるという【超・特製】吸い玉を、ぜひ優先的に購入させていただきたいと、お願いしに来たんですよ」

 と、セラピストは笑顔で言った。

 私はそれまで、成功者というと、押しが強くて威張り散らすイメージを持っていたが、彼はまったく違い、誠実さと無邪気さを兼ね備えた人柄だった。

 


 長いあいだ、私にとって休日は、休んで英気を養うか「家族サービス」の日だったが、この頃では、ただ楽しむために妻と外出することが増えた。

「名所めぐりのお出掛け」と、妻は言っている。

ガンリキさんゆかりの名所・イベントをめぐる日帰り旅」が、正式名だそうだ。

 そもそものきっかけは、カリスマセラピストの彼と、時々ランチを共にする習慣ができたことである。ウマが合うというのだろうか、私たちは初対面ですっかり意気投合したのだ。行く店は決まっていて、彼のクライアントがオーナーシェフを務めるレストランだった。

「料理人だけしているときは大丈夫だったのに、店を経営し始めたら首・肩・腰をやられました」

 という店主は、【特製】吸い玉を使ったカッピング療法の大ファンなのだ。

 そして、大ファンはシェフだけにとどまらない。プロスポーツのアスリートや舞台俳優、ダンサー、演奏家など、国内外で活躍する人たちの名前が、食事中の明るく楽しい自慢話のなかで語られるのであった。

 

 自分が検品して世に送り出した製品が、広い世界で役に立っていることを知り、私は不思議な感動を覚えた。

 家に帰って妻に話すと、好奇心旺盛な彼女は、名前が挙がった選手の試合、アーチストの舞台などのスケジュールを調べ出し、私たちの「名所めぐり」が始まったのだ。

 最初は、妻にせがまれるままにつき合ったのだが、いざ目の当たりにすると、新しい世界が開かれたような気がした。どんな分野であれ、自分が選んだ道を極め続ける人たちは、独特の輝きを放っている。

 見つめる私の胸に喜びが湧きあがり、そのなかには、私自身の仕事に対する静かな誇りも混ざっていた。

 ふと、隣を見ると、妻の顔も嬉しそうに輝いているのだった。

 

 

バトンの行方

 

山猫🐾さん (id:keystoneforest)

そして、

まさき りおさん (id:rio-masaki)が、

ブロガーバトンを渡してくださいました。

ありがとうございます。

 

www.keystoneforest.net

 

rio-masaki.hatenablog.jp

 

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山猫さんといえば、出会いの創作短編小説には衝撃を受けました。

www.keystoneforest.net

こんなにおもしろいお話を書く人がいるんだ!と興奮しながら、読者登録したことを覚えています。

よもや、ブログを通じて3年近く交流を続け、掌編に登場してもらうまでの仲になる(笑)とは思いもしませんでした。

山猫さんの文章には、ふとした日常の出来事が綴られていても、風の流れや鼓動の響きまで伝わってくる不思議な力がありますが、たぶん「山猫のひげ」という超高感度センサーを隠し持っていらっしゃるからでしょう。

 

りおさんとは、きっといつかリアルでお会いする日が来ると思っています。その時にはもちろん、りおさんと私の望み通り、らいりさん (id:hentekomura)も同席されているはずです。

私は、りおさんから、自分の好きなことに素直でいることのステキさを教わりました。


rio-masaki.hatenablog.jp

りおさんのブログは、これまでまったく知らなかった「宇宙」の情報があふれ出てくる、宝箱のようなブログです。つい先月も、部分日食のお知らせをいただき、私は生まれて初めて、国立天文台ライブ配信を視聴しました。

 

 

今回、バトンを受け取ったとき、嬉しさと共に「癒し」を感じました。

かつて、誰からもバトンを回してもらえず涙した経験があるからです。

 

3年以上も前のことです。

当時私は、ゲシュタルト療法という心理療法のトレーニングコースを受講していました。

ゲシュタルト療法では、「感情はすべての行動を活性化する力」ととらえているので、どんな感情にも良い・悪いなどのジャッジをせず、表現して感じ切る練習をします。それはまた、「いま─ここ」の自分に気づくことの実践でもあるのです。

十数人の仲間と1年間、毎月2日連続で、朝から晩まで密度の濃い時間を過ごしました。

 

いち日の終わりには、参加者全員が感想を述べ合うチェックアウト・タイムがあります。
大抵はファシリテーターの隣に座っている人から始めて、順番に回っていくのですが、「指名方式」をとるファシリテーターもいました。感想を言い終えた人が、次の人を指名していくやり方です。バトンを渡す相手を選ぶのです。

私はこの指名方式が好きではありませんでした。もし、最後まで誰からも選んでもらえなかったら嫌だなと、毎回のように思っていました。

それはずっと杞憂に終わっていたのですが、よりによってトレーニングコース最終日のチェックアウトで、怖れていたことが起こってしまいました。

 

2日間の合宿の締めくくりという、とても感慨深いはずの場面なのに、私はショックで落ち込み、自分を選んでくれなかった仲間に腹を立て、指名方式をとったファシリテーターを恨めしく思いました。けれど、その感情を表には出しませんでした。

恥ずかしかったからです。

後になって、コフートという精神分析学者の「恥とは自己愛の傷つきである」という言葉に出会ったとき、なるほどと納得したものです。

 

良い思い出とは言えない出来事でしたが、時が経つにつれ、あれはトレーニングコースの修了を飾る最高のワークだった、と感謝するようになりました。

結局のところ私にとって問題なのは、人に認めてもらえない自分には価値がない、と感じてしまう思考回路だと痛感したからです。すっかり定着してしまった考えかたの癖を変えるのは容易なことではありませんが、どうすればいいかのヒントは得ていました。

toikimi.hateblo.jp

このワークをするまで、私が考えていたインナーチャイルド像は「傷ついた無力な子供」だったのですが──、

 

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出現したのは、リトルミイだったのです。

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ミイは自己肯定感のかたまりで、怖れというものを知りません。少しもためらわず、自分のしたいことをします。私が子供から大人へ成長するとき、周囲の状況に適応するために抑え込み、切り離してきた存在そのものだと思いました。

 

マグカップやミニタオル、スマホケースなど、私の身のまわりにはリトルミイのキャラクターグッズがいくつもあります。失敗や後悔、他人の思惑などを怖れて、自分がしたいこと止めていると、どこかしらでミイと目が合う仕掛けになっています。

ミイにひと睨みされて、仕方なくハードルを飛びに行ったり行かなかったりの毎日です。

 

 

ここで、りおさんと山猫さんにお知らせしたいことがあります。

 

いただいた2本のバトン、ミイがとても気に入って、がっしり抱え込んでしまいました。3年余り遠まわりして手元に届いたバトンを、誰にも渡したくないようです。

「いや、これはあのときのバトンとはちがうから……」

「ちゃんと次へ繋がないとダメだから……」

という説得にも、まるで聞く耳を持ちません。

なのでバトンは当分(ひょっとしたらずっと)、ミイ≒私のところに留まることになりました。

 

      

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お箸を持つ手

 

私は左利きですが、右手を使うことも多いです。

野球で言えば右投げ右打ち、でも、ラケットを使うスポーツだとサウスポーです。ハサミは右で歯ブラシは左。包丁では、皮をむくのが右なのに切るのは左のため、いちいち持ち替えます。

これは両利きではなく、用途によって利き手が変わる「クロスドミナンス(交差利き、分け利き)」というものだそうです。

 

お箸は左手です。

幼い頃、同居していた祖母が「女の子が左手で箸を使うのはみっともない」と言い、矯正されかかったのですが、変わりませんでした。

「左手で食べたほうがおいしく、右手ではおいしくない」

というのが、当時の私の主張でした。

どちらかというと聞き分けのいい子供だったのに、そこだけは譲らなかった。「こっちで食べるのがおいしいの!」と、声を大にして繰り返したことを覚えています。

それでもしばらく祖母との攻防は続きましたが、やがて、私に自家中毒の症状が出て病院行きになり、

「何か子供の嫌がることを無理強いさせていませんか? 左利きの矯正? すぐにやめてください」

ドクターストップとなりました。

 

それほどまでに「お箸は左手」を貫いた一方、文字を書くのは自発的に右手へ持ち替えました。最初は左手で書いていたのですが、左右逆の鏡文字になってしまうのが不便だと気づいたからです。 

幼稚園で「右と左」を教わったのは、同じ頃のことだと思います。

先生の「右手は、お箸を持つほうの手」という掛け声で、みんながいっせいに右手を挙げるなか、左手を挙げていました。

どうやらそのあたりで、左右の初期設定が混乱したようです。

私は、とっさに右と左を認識して反応することができません。

 

左右というものが、体の感覚と頭の理解でずれているので、例えば、道を尋ねられてもうまく説明できず、逆に道順を説明してもらってもなかなか頭に入ってきません。

昔、スポーツジムのエアロビクス(ダンス形式の有酸素運動)のクラスに参加したときは、時々左右逆の方向へ動いて、まわりの人たちをぎょっとさせていました。

私は車の運転をしませんが、もし運転したら、そうとう神経を使わなければならないはずです。

 

ふと、こういう状態にも名称があるのではないかと思い、検索してみたところ、

左右盲とありました。

左右盲とは、脳に損傷を受けるなどの病変ではないのに、右と左を感覚的に理解できないこと。幼少時に利き手を矯正した人は比較的左右盲になりやすく、「クロスドミナンス」のように不完全な矯正は、右と左を曖昧にし区別がつきにくくなってしまう──、

まさしくこれです。すっきりしました。

 

お箸を持つ手が左のため途方に暮れたのは、旅先で体験した「流しそうめん」です。

流しそうめんは、右手で箸を持って迎え受ける方向に流れているので、左手だと逃げていくそうめんを追う形になり、すくい上げることが極めて困難です。仕方なく右手に持ち替えてみましたが、思うように箸を扱えず、まったく無理でした。

何となく、祖母の面影が心をよぎります。

しかし、必要は発明の母。左手を「バックハンド」のように使って、流しそうめんを食べることができました。

 

左利きに生まれて便利だったことは、さほど多くありません。すぐに思いつくのは、右手で鉛筆を持ったまま左手で消しゴムが使える、くらいです。

けっこう右利きの人に感心されるので、内心得意だったのですが、今や鉛筆を使う機会がめったになくなり、残念なことです。

 

 

ハッピーエンド×100(創作掌編)


 半年ほど前から、近所のスポーツジムに通い始めた。

 僕の仕事場は自宅のパソコン前で、1日の大半を座ったまま過ごしている。

 運動不足をジムで解消する、という新しい習慣は予想以上に快適だった。平日の日中のみ利用可能なデイタイム会員で、料金が割安なのも嬉しいポイントだ。

 

 ジムでは主に、フィットネスバイクという自転車型の運動器具を使っていた。ハンドグリップの間に大きなモニターが搭載されていて、心拍数や消費カロリーなどのデータがひと目でわかる。

 さらにこのモニター画面では、いろいろな動画を見ることもできて、単調な有酸素運動の退屈をまぎらわしてくれるのだ。動画リストのなかには、流れていく風景や、心を癒すヒーリング映像の他に、シンプルなアニメーションもあった。

 

 アニメの主人公は、「星丸(ほしまる)」というハリネズミだ。

 スタートする時点ではころころに太っていた星丸が、走り続けて少しずつスリムになっていく。

 星丸はひたすら走る。

 道はいつも平坦とは限らず、だらだらと続く上り坂が、突然、転げ落ちそうな下り坂になる。雨が降り出せば、屋根付きの回し車に入って走る。ハリネズミは水が苦手なのだ。

 時々、お菓子の食べ過ぎなどでリバウンドして太るけれど、また一生けんめい走って細身になる、ということが何度か繰り返され、体脂肪燃焼効率が上昇するといわれる運動開始後20分を迎える。

 そこから先の20分間は、ちょっとしたストーリー仕立てになっていた。

 

 このアニメの特徴は、ストーリーが100通りあるという点だ。

 といっても、エピソードやシーンの組み合わせパターンの総数が100、というだけなのだが、毎回似たようで少しずつ違うストーリーが展開され、まったく同じ話が続くことはない。運動しながら気楽に流し見るには、ほどよい内容だった。

 

 今日、僕が見ていたストーリーはこんな感じだ。 

 星丸が走っていると、競争相手が現れて、その数はどんどん増えていく。集団に埋もれそうになりながらスピードアップして走り続け、ようやく先頭グループに加わったところで、いかにもずるそうなライバルにだまされて、まちがった方向へコースアウトしてしまうのだ。

 道に迷って焦る星丸だが、そこで救いの女神に出会う。とても可愛い娘ハリネズミだ。

 彼女に正しい走路を教えてもらい、いったんはレースに戻ろうとするけれど、思い直して引き返す。自分の望みはレースに勝つことではなく、恋しい相手を追いかけることだと気づいたからだ。

 迷路のような街並みを走りまわって、彼女を探す星丸。はるか道の先に、ちらりとその姿をとらえるのだが、なかなか近づけないのがもどかしい。

 

 そこから話は急展開する。

 例のずるいライバルもまた、彼女を追いかけ始めたのだ。

 1対1のデッドヒートが始まった。ライバルが仕掛けたネズミ捕りを飛び越え、川に突き落とされそうになったときは、流れてきたボールに飛び乗って進み続ける。抜きつ抜かれつして、ついに競争相手を振り切った星丸の前に、ゴールが見えてくる。

 愛しい彼女や大切な仲間が待っているその場所に、大喜びでゴールインするシーンで、ストーリーは完結した。 

 このアニメは、どんなストーリー展開になっても、ラストは必ずハッピーエンドなのだ。

 

 僕はゆっくりとペダルを踏んでクールダウンしながら、目を上げて周りを見渡した。

 使用中のフィットネスバイク9台のうち2台の人たちが、星丸のアニメを流していた。最初はながめているだけだったのに、いつしか並走しているような気分になり、一緒にゴールまで行き着く。毎日毎日、どれくらいの数の人たちが、星丸をハッピーエンドへ運ぶためにペダルを踏んでいるのだろう。

 満ち足りた気持ちで運動を終えた僕は、施設内のお風呂で汗を洗い流し、スポーツジムを後にした。

 

 家に帰ってパソコンを開くと、待ち望んでいたメールが来ていた。

 星丸シリーズ第2弾のオファーがあったという知らせだ。

 僕の職業はWEBイラストレーター、動画も作る。星丸のアニメーションは、制作チームの一員として作ったものだけれど、キャラクター設定など主要なアイデアを考え出したのは僕なので、自分の作品だという気持ちが強い。

 嬉しくて、思わずひとりガッツポーズをした。

 

 夕飯を済ませてからが、僕の本格的な仕事時間だ。夜のほうが集中して作業できるし、理由はもう1つあった。

 夜になると、パーテーションで仕切った部屋のコーナーから、かすかな気配と物音が聞こえてくる。夜行性のハリネズミ、星丸が活動を始めたのだ。

 僕は星丸を驚かさないよう、そっとケージに近づいてあいさつし、嬉しいニュースを報告した。

 

 パソコンの前に戻ってしばらくした頃、星丸が回し車に入って走る音が聞こえてきた。その不規則で軽やかな音を耳にすると、不思議なほどやる気が湧いてくる。

 星丸の回し車は、いくら走ってもその場から進むことはない。

 それでも、僕を前へ前へと運んでくれるのだ。

 

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  まさき りお (id:rio-masaki)さん作の絵です。

 

rio-masaki.hatenablog.jp

 

こちらの、出会いと別れ、そして感謝についての、心にしみる記事のなかで、

『誰でも使用して良いですよ~』

という、ありがたいお言葉と共にアップされていたので、さっそく使わせていただきました。


りおさん ありがとうございます。


「古代インドの宇宙観」的な絵だということですが、そういう掌編を書けるかどうか謎だったので、最新作にカップリングいたしました。

 

 

かわぎり(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-12~

 

 長年使ってきたやかんが壊れ、ハヤさんが買い替えたのは「究極のやかん」というステンレス・ケトルだった。

 工学博士が幾度となく実験を重ねて設計したそうだが、見た目は昔ながらの素朴なやかんである。

 

 珈琲店ではなく住居用に使うのだから──、

「特におしゃれなデザインである必要はないものね」と言うと、ハヤさんは心外そうに目を見張った。

「僕は、どこに置いても調和する素敵なデザインだと思います」

 値段は一般的なやかんの数倍だが、「究極代」と考えれば高くないし、何よりハヤさんが気に入っていることが一番だ。

「このやかんだと、お湯が沸くのが早いから、光熱費の節約になります。弱火なのに湯気がしっかり出るのは、熱効率が良いからなんですよね」

「なるほど」

 いくら早く沸いても、そのあとで湯気に見とれていれば光熱費は変わらない気もするが、言わぬが花というものだろう。

 

「瑞樹さん、水蒸気と湯気の違いを知ってますか? 水蒸気は気体で無色透明なんです。湯気は水蒸気が冷えて液体にもどった状態ですが、液体といっても小さな粒状なので、光を拡散させて白く見えるんですよ。ああ、それで思い出しましたが、川霧も同じ原理で発生します」

「かわぎり、というと、川にかかる霧のこと?」

「ええ、川面から蒸発した水蒸気が、冷たい空気に触れて発生する蒸気霧です。見慣れた風景が一変して、とても幻想的な眺めになるんですよ」

「いいなあ、見たことあるのね」

 

 すると、ハヤさんは少し笑って答えた。

「僕が見たのは、寸一だったときのことですけれど──」

 江戸から明治にかけて、「寸一」という行者だった前世の記憶を持つ、ハヤさんの昔語りが始まる。

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

 ここ数日の暖かさが嘘のように、冷え込みの厳しい朝だ。

 夜通しかかった用事を済ませ、帰路を急いでいた寸一は、思わず足を止めた。

「川霧か、これは珍しい」

 斜面を駆け下って岸辺まで行く。川の面に立ちこめる霧は朝日に染まり、やわらかく輝いていた。

 

「昔、やはりこの場所で見たことがあったな。あれから十年、いや十五年近く経っているのではないか……」

 その折、共に景色を眺めた旅籠の老女将は、すでにこの世の人ではない。

「寸一さんではありませんか」という声に振り返ると、いつもはしっかり者の女将が、はにかんだような笑顔で頭を下げたことを思い出す。

 

「これはこれは女将さん、奇遇なことですね」

「ほんとうに。こうしてご一緒できるとは有り難い限りです。私は川霧を目当てによくここへ参りますが、一度でいいから、どなたかに見てもらいたいと願っておりました。それ、あの辺りなのですが──」

 と、女将は向こう岸の一点を指差した。

 聞けば、霧に浮かぶ木立のなかの一本が、若くして亡くなった亭主の立ち姿そっくりに見えるという。

「いったいどうした加減でしょうか。普段見ればただの木なのに、霧越しに眺めると、頭のかしげ方といい、肩のいかり方といい、あの人にしか見えません」

 

 寸一は女将の亭主と会ったことはない。似ているかどうかはわからぬものの、寸一の目にも、それは人の形に見て取れた。

 そう伝えると女将は、嬉しげに頬を染めた。

「やはり、そうですか。右の手に、大きな花を提げていますでしょう。あれは牡丹かしらと、いつも思うのです」

 実際には、右腕に見える枝が左より長く、先がふくらんでいるだけだが、

「寒牡丹ですかな」

 と、寸一は答えた。

 亭主に先立たれ、幼子を抱えて旅籠を切り盛りするのは、並大抵の苦労ではなかったろう。それでも、毎年この時季に現れ、向こう岸で花を手に見守る姿が、女将を支え続けたのだ。

 たとえ幻であったとしても、信じる心は人を強くする。

 

(あの旅籠も、今や孫娘が女将となり繁盛を続けていると聞く。老女将も苦労の甲斐があったというものだな。さて、ご亭主の木が立っていたのは、どの辺りだったろうか)

 寸一は、老女将の笑顔を思い浮かべながら、霧越しに川の向こうを見渡した。

「おお!」

 我知らず声を上げる。

 長い年月の間に、景色は様変わりしたようだ。

 今では、人の形に見える木が二本並び、寒牡丹らしき花は小柄な方の手に移っていた。

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

「このやかん、ちょっと持ち上げてみてくれませんか」

 言われたとおりにして、「おや?」と思った。予想したより軽かったのだ。

 私の表情を見て、ハヤさんが解説する。

「ずいぶん軽く感じるでしょう。でも本体の重さや容量は、前のやかんと変わらないんですよ。取っ手の形状や角度など、持ちやすさが考え抜かれているからなんです」

 

 実際の重さは変わらないのに、楽々と扱える。使う人への行き届いた心遣いは、熱効率より私の胸を打った。

「さすがは、究極のやかん」

 私の言葉に、ハヤさんは我が意を得たりとうなずく。