先日、「漢字フォーカシング」をしました。
漢字フォーカシングとは、池見 陽(いけみ あきら/臨床心理士・医学博士・関西大学名誉教授)さんが提唱されたもので、
今の自分や最近の生活などについて、どのように感じているのかを漢字一文字で表わしてみる
というシンプルなワークです。
すぐに「これ!」という漢字を思いつくこともあれば、いくつも候補が浮かんできて迷うこともあるかもしれません。
大切なのは、出てきた漢字と自分の「こころ」とを照らし合わせ、ぴったりかどうか感じてみる時間なのだと思います。そういう過程を経て、納得感のある漢字一文字が定まったとき、たとえそれがネガティブな意味を持つ字であっても、不思議と気分がよくなったり、おもしろい気づきにつながったりするのです。
漢字フォーカシングについては以前から興味がありましたが、実際にやってみるのは初めてでした。
今回は3人集まってのzoomミーティングだったので、フォーカサー(フォーカシングをする人)・リスナー(聞き手)・オブザーバー(観察者)の役を順に回しながらフォーカシングしました。
私がフォーカサーになったとき出てきた漢字は、「許」でした。
最近の生活を振り返ってみると、しょうもないことで腹を立てたり落ちこんだりしていることが多く、そんな自分が何だか嫌だ、許せない…と感じました。
つまり、「許せない」の「許」。
リスナーに話を聞いてもらいながら、何気なく手元のノートに「許」という字を大書してみると、ぴりっとした違和感がありました。
字面から受ける印象は、四角四面で形式張っていて、お役所仕事や書類箱といった堅い感じです。しかし、私が「許し」に対して抱いているイメージは、やわらかくあたたかく、慈愛に満ち、あまねく行き渡るという感じで、それは平仮名の「ゆるし」の方がしっくりくるのです。
だからといって「許」が間違っているわけでもありません。リスナー(とオブザーバー)相手に、ああでもないこうでもないと語っているうち、ふんわりとして掴まえにくい「ゆるし」をきちんと胸に収めるには、型にはまった「許」的な何かが必要なのかもしれない、と思い至りました。
とらえようのないものをしっかりとした函に容れて収納し、自分の内側に積み上げていく、そんなイメージです。
また、その場で辞書を引いたリスナーから、「許」には「ゆるす」の他に「もと」という読みもあり、意味は「その人の近く、影響下にあることを表す」だと教えてもらい、なるほど!と膝を打つ思いがしました。
あらためてその文字を調べてみると、思いがけない発見があったりするのも、漢字フォーカシングのおもしろさのひとつです。















