かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

タンネのクリスマスシュトレン

 

「シュトレン」はドイツの伝統的なパン菓子で、クリスマスシュトレンが有名です。

日本橋浜町にタンネというドイツパンのお店があり、いつもにぎわっている素敵なパン屋さんなので、ぜひこちらのクリスマスシュトレンを味わいたいと思っていました。

 

TANNE

 

去年、買いに行ったのですが、コロナで営業時間の短縮などがあったため、残念ながらゲットできませんでした。再挑戦の今年は、ホームページを確認して早めに行動し、念願のシュトレンを購入することができました。

店頭に並んでいたのは、2種類のクリスマスシュトレン

  • タンネ定番(25㎝×12㎝×8㎝、約600g)3,200円
  • シュトレン・デア・モデルネ(25㎝×6㎝×7.5㎝、約350g)2,700円

定番のクリスマスシュトレンにも心が引かれましたが、ひとりでちびちび食べる予定だったので、今回はスリムなシュトレン・デア・モデルネの方を選びました。

 

シュトレン・デア・モデルネ

 

後で知ったのですが、私が行った11/19(土)がちょうど、シュトレン・デア・モデルネの店頭販売開始日だったようです。数量限定品なので、とてもラッキーなタイミングでした。

デア・モデルネ(DER MODERNE)とは、ドイツ語で「現代の・モダン・近代的な」という意味。“通常のクリスマスシュトレンとの違いは、ドレスデナーシュトレンというドイツで最高級シュトレンのレシピを用い、タンネの職人技と厳選素材で現代風にアレンジした点”とのことです。

 

シュトレンはクリスマスの約4週間前から毎日少しずつスライスして味わう、というのが伝統的な食べ方です。そのため、バターたっぷり水分少なめの生地に、ラム酒で漬け込んだドライフルーツやナッツなどを練り込み、表面を粉砂糖で覆うなど、日持ちする工夫が凝らされています。

焼きたてのふっくら感、日が経つにつれ変化していく独特の風合いなど、長く楽しむことができるのも魅力のひとつです。

細長い形のシュトレンですが、端からではなく真ん中でカットして、食べる分だけスライスした後、ふたつの断面を合わせ、しっかりと包み直して保存するといいそうです。

 

シュトレン・デア・モデルネ

 

さっそくいただきました。

深い味わいと香りの余韻があり、2切れでも十分に満たされる美味しさですが、厳重に包み直していなければ、あるいは、カロリーのことを度外視できれば、何枚でも食べたくなってしまう美味しさでもあります。コーヒーはもちろん、ワインにも合いそう。

 

 

クリスマスまでの期間をアドベント待降節)といいますが、私は去年初めて、アドベントカレンダーというものを知りました。

店頭で見かけたのですが、三角屋根のお家型をしたカウントダウンスタイルのカレンダーで、クリスマスまでの1日1日に小さな引き出しがついており、中にお菓子が入っているタイプでした。お菓子の他にも、コスメや紅茶、おもちゃにビールまで、さまざまなアイデアの商品が売り出されているようです。

もともとは、19世紀の初めにドイツのルーテル教会ルター派)から始まったといわれていて、フィンランドスウェーデンなどルター派の強い北欧やドイツ語圏の国々へと広がりました。1902~03年に宗教画を印刷したアドベントカレンダーが発売され、窓付きのカレンダーが登場したのは1920年頃、チョコレートなどのお菓子が入るようになったのは1950年頃です。

 

アドベントカレンダー



クリスマスシュトレンもそうですが、せっかちな現代人に、指折り数えて待つ楽しさを教えてくれる、昔の人の知恵を感じました。

 

 

 

ドーラーズ(創作掌編)

 

 アバタードールを趣味にしている人をドーラーというが、私がドーラー・デビューしたのは3年ほど前のことである。

 きっかけはネット記事だった。

 3Dボディスキャナーで測定したデータを元に骨格診断を行い、本人と同じ骨格イメージで1/6スケールの分身人形を制作販売したところ、根強い大人のファンを獲得しつつあるというのだ。

 記事には、オーナー(人形の持ち主)とドールとのツーショット画像がいくつも並んでいた。

 分身といっても、人間そっくりのリアルさを追求しているわけではない。どの人形もすんなりとした体型で、端正な顔立ちにやわらかな微笑をたたえている。ファッションドールとかドレスドールと呼ばれる、女の子が着せ替えて遊ぶ「お人形さん」そのままだ。

 それでも、オーナーとドールのあいだには強いつながりを感じられた。髪型や服装はもちろん、身にまとっている雰囲気がよく似ているのだ。インタビュー記事からも、人形と共に過ごす日々の暮らしや、ドーラーズ・コミュニティでの交流の楽しさが伝わってきた。

 

 私も子供の頃、夢中になって人形遊びをしたものだ。

 けれどその時のリカちゃん人形は、私が中学校に入学した年に、幼い従姉妹のところへもらわれていった。ドレスや家具を収めたドールハウスと共に、リカちゃんが引っ越していった後のさびしさは、今でも覚えている。

 ドーラーズの記事を見ているうちに、この世でたったひとつ、自分だけのお人形を所有したいという気持ちが、ふつふつと湧きあがってきた。

 とりあえず公式ウェブサイトに飛び、3Dスキャンの予約をとる。スキャナーはボックスタイプで、デパートなど全国十数ヶ所の商業施設に設置されており、自分が行きやすい場所を選ぶだけだ。

 気が変わってキャンセルするかもしれないと思ったけれど、むしろ逆で、予約日までのあいだ、期待は大きくなる一方だった。

 

 待ちに待った当日、3Dボディスキャンは簡単なガイダンスに従い、ごく短時間で完了した。しかし、時間がかかったのはその後、カスタムメイド部分の選択である。肌や髪の色、眼のデザインなどを自由に組み合わせることができるのだが、受付スタッフの女性から説明を受け、サンプル帳を見せてもらった時点では、とても即断できなかった。

「ご自宅でバーチャル・コーディネートされてから、お決めになるオーナー様がほとんどです」

 と聞き、私もそうすることにした。

 家のパソコンからログインして、専用ウェブページにアクセスする。自分の骨格データから作成された3Dバーチャルの原型ドールに、色彩と瞳を与えるというのは、心躍る作業だ。個性を決定づける眼は、熟練した職人さんの手描きとのことだが、クールからゴージャスまで、さまざまなコンセプトの魅力的なデザイン見本が並び、迷いに迷う。

 ようやく「これ!」という組み合わせが決まって、注文ボタンをクリックすると、大きな仕事を成し遂げたようにほっとした。

 

 発注から数週間で、私のアバタードールが送られてきた。

 ナチュラルベージュの肌とダークブラウンの髪は標準的だが、瞳については少しだけ冒険して、すみれ色の「エレガント」というデザインである。

 私は人形にサラという名前をつけ、ドーラー生活がスタートしたのだった。

 

 しばらくのあいだは、サラのワードローブを買い揃えることに熱中した。

 公式オンラインマーケットを見てまわるのが楽しくてしかたない。サラのビジュアルデータは保存されているので、気になるファッションアイテムを画面上で思いのままに試着できる。選びぬいた服や装身具が宅配便で届けば、ファッションショーの始まりだ。おしゃれをしてポーズをとったサラを撮影するのが、もっともわくわくする瞬間になった。

 

 

 私は臨床心理士としてカウンセリングの仕事をしており、ストレスや責任の重さを感じることも多い。しかし、帰宅してサラの姿を見ると心はなごみ、疲れもどこかへ行ってしまうのだ。

 その日の出来事をサラに話し、良いことも悪いことも、ありのままに聞いてもらう。サラは人間の言葉をしゃべらないが、非言語コミュニケーションは豊かだ。私に嬉しいことがあれば、顔を輝かせて共に喜び、弱音を吐けば、優しい眼差しで寄り添ってくれた。

 

 衣類や小物が一通りそろうと、次に気になるのはドーラーズ・コミュニティである。あまり一般的とは言えない趣味なので、同好の仲間と語り合える場は貴重なのだ。

 さまざまなオンライン交流会の開催情報から、ビギナーでも気軽に参加できそうなコミュニティを選び、いくつか顔を出してみた。顔出しと言っても、画面中央を占めるのはドールの顔であり、表示名もドールの名前だ。オーナーは斜め後ろに控えているというのが一般的で、慣れてしまえばその方が話しやすかったりする。

 交流会では、サービスや商品に関する情報交換、ドールとの過ごし方など、話題は尽きない。ゆるやかなつながりでやりとりしているうち、だんだんと親しい仲間もできて、定期的にオンラインお茶会と称して集まることが、生活の一部になった。

 

 これまで参加してきたコミュニティは、どこも和やかに運営されていた。しかし、ドールの世界にも悪意は存在し、諍いは避けられないようだ。

 仲間うちのドーラー、那由多ちゃんとオーナーのレイさんが、とあるコミュニティで争いごとに巻き込まれてしまったという。渦中からはなんとか抜け出せたものの、那由多ちゃんは心に深い傷を負ったらしい。

「ひどく落ち込んでいて、どうしてあげたらいいのかわかりません……」

 と、レイさんは嘆く。私たち第三者から見れば、いつもと変わらず凛として美しい那由多ちゃんだけれど、オーナーの目には、本来の姿との違いは明らかなのだ。

 

 レイさんから依頼され、那由多ちゃんのカウンセリングを引き受けたのは、それからまもなくのことである。

 私の職業について、レイさんが知っていたのは意外だったが、本題(ドールの話)の合間にでもしゃべったのだろう。別に秘密にしていたわけではないし、お役に立てるのなら幸いと思い、さっそくビデオ・チャットでのカウンセリングをセッティングする。

「人を傷つけるのも人、癒すのも人」と、カウンセリングの師匠が言っていたことを思い起こし、サラにも参加してもらうことにした。人形によって傷つけられた心は、人形によって癒したほうがいい、と考えたからだ。

 

 あくまで主役はドール、オーナーは通訳のようなものである。カウンセリングは手探り状態で始まったが、さすがレイさんは、那由多ちゃんが発する無言の思いを「翻訳」することに慣れている。私はレイさんの言葉とサラの眼を通して、那由多ちゃんと向き合い続けることができた。

 唯一無二の存在として大切にされてきたドールは、いわば温室育ちで、心が傷つきやすい。けれど一方では、自己肯定感が高く、十分な回復力を備えている。そのため、わずか数回のカウンセリングで、那由多ちゃんは生き生きとした明るさを取り戻したのだった。

 

 後日、オンラインマーケットを通じて、レイさんからのプレゼントが届いた。

 プレゼントの中身はサラの服で、驚いたことに、次に買おうと思っていた、すみれ色のジャンパードレスだったのだ。

「レイさん、ありがとうございます! サラも私も大喜びです。ちょうど欲しいと思っていたお洋服だということ、どうしてわかったの?」

 メッセージを送ると、すぐに返信があった。

「サラちゃんのお気に入りだって、那由多が教えてくれました」

 

「えっ?」と思って、サラのほうを振り返ると、やや謎めいたアルカイックスマイルを浮かべたまま、心なしかうなずいたように見えた。

 

 



 

D.ノート

 

ちょうど1年前、心理セラピスト大鶴和江さんの新刊『“禁止令”を解く方法』の発売記念講演会に行きました。

 

toikimi.hateblo.jp

 

このとき、「自分のなかにあるけれども認めたくない嫌な感情や感覚を、ノートに書きなぐる」というセルフワークを力強く推奨され、さっそくノートを買った次第です。

ワークを始めるにあたり、景気づけにワン・オラクルでタロットを引いてみたら、2枚のカードが飛び出してきました。大アルカナの「悪魔」と、豊かさに恵まれた女性が優雅に佇む図柄のペンタクル9です。なんてぴったりなカードが出たのだろうと、思わず笑ってしまったことを覚えています。

なんの問題もなさそうな顔をしたい自分と、その裏側に存在する「悪魔:THE DEVIL」のークやーティな一面のをとって「D.ノート」という名前でいくことに決め、表紙用のシールまで作成──。

 

D.ノート

 

このD.ノートを、1年かけてようやく使いきりました。

 

見開き2ページで1ワーク、全部で27のワークを行ってきて、ざっと見返してみると、単発の案件がいくつかあるものの、残りは主に3つのテーマが繰り返されています。単発の場合は、ノートに書きなぐってワークをすれば、すっきりして忘れてしまうのですが、繰り返し出てくる方は根が深く、1年かけても進展しませんでした。

「他人と過去は変えられない」

という、交流分析を創始した精神科医エリック・バーンの名言がありますが、私がとらわれている問題も、結局は他人と過去のことです。「変えられない」と頭ではわかっていても、どうしても受け入れがたくて、必死に抵抗している有様を、客観的に見ることができました。ぐぬぬ…これを容認してしまっては浮かばれぬ!みたいな感じでした。

もとより解決不能だったわけですけれど、とにかく「やってみた」。それが1冊にまとまったとき、やりきった感が湧いてきて、なにひとつ変わっていなくても、妙に納得するものがあります。

 

また、たとえ解決が無理であろうとも、がんばって取り組んでいるうちに、支えになってくれる人間関係や、まさに必要としていた情報に気づきやすくなりました。これにはもう感謝しかありません。

D.ノートは1冊で完了しますが、言語化することの効力について身をもって実感しましたから、また別の形で手書きのワークを続けていくつもりです。

 

パジャマゴムの取り替え

 

パジャマのゴムがゆるくなってきた件。

ゴムの幅は2cm、ウエスト部分の内側にゴム通し口はあるのですが、幅広のゴムを取り替えるのはむずかしそうで、対処を延ばし延ばしにしていました。(ゴムだけに…)

うちのゴム通しは、どう見ても細いゴム用なのです。

 

 

とはいえ、ウエストのゴムがゆるいと裾がもたつき、夜間トイレに起きたときなどに、裾踏み転倒事故が発生するかもしれません。やはり、なんとかしなければ…。

 

気になっていることは、無意識のうちに脳が答えを探し続け、情報をキャッチしやすくなるといいます。

そのおかげかどうか、よく見ているコミックエッセイブログで、ゴム通しのライフハックが主題になっていて「これだ!」と思いました。

紹介されていたのは、安全ピンを使う方法です。

 

 

身辺を探しまわって見つけた大小2個の安全ピンは、かなりの年代物。大きいサイズの方を、2つ折りしたゴムの端に留めて、ゴム通しとして利用しました。

かさばらず、途中ではずれることもなく通せたのはよかったのですが、新しいゴムは前のものと比べ厚みあったため、外に残っているゴムを引き込むのが、意外に大変でした。

 

情報源のコミックブログには、いくつもコメントがついていて、そのなかに、

「ゆるくなったゴムを抜く前に、ゴム通し口から数cm引き出して切り、片方の端に新しいゴムを結ぶか縫い付けておけば、古いゴムを抜き取ると同時に新しいゴムを引き入れることができる」

という方法が書かれていました。今度はこちらも試してみたいと思います。

 

パジャマゴムの長さの目安は、成人の場合、ウエストサイズの90%くらいだそうです。

ゆったりめが好きなので、試着して調整することにしました。

 

 

手間をかけた分だけ愛着が湧きます。

物でも人間関係でも、あまり無精を決め込んでいると「愛」が不足してくるかもしれないので、気をつけようと思いました。

 

 

 

時たまダウジング

 

たまに、ワンオラクルといって、タロットなどのカードの1枚引きをします。何かを占うというより、引いたカードをフォトフレームに入れて飾り、アート的に楽しむことが多いです。

引き方は、普通にカードを切りながら、偶然すべり落ちたり飛び出したりするカードを待つ、というジャンピングカード方式でやっていたのですが、腱鞘炎で手が痛みやすくなったため、別の方法はないかと考えました。

そこで浮かんだのが「ダウジング」。

 

以前、ダウジングを題材にして掌編を作ったことがあり、いつかやってみたいと思ったものの、そのままになっていました。

toikimi.hateblo.jp

 

まずは入門書的な本を探して、見つけたのがこちらです。↓↓↓

ダウジングって何ですか?』

作/加藤展生、田口ランディ 発行/ホノカ社(2017/12)

JSD日本ダウジング協会会長でプロ・ダウザーの加藤展生さんと、作家の田口ランディさんとの共著です。

 

そもそも、ダウジングとは?

 ダウジングとは、ペンデュラム(振り子)やLロッドなどのツールを使って、自分の潜在意識と対話する技法です。ツールを動かしているのは、あくまで手の筋肉ですが、その動きは無意識によって作られ、まるでインターネットで情報を引き出すように、潜在意識から超意識と呼ばれる領域へもアクセスしていると考えられています。

 

その起源は、水を探すこと

 木の枝で水脈を探す行為が、ダウジングの起源だと考えられています。

 有史以前の洞窟の壁画や発掘された道具にもダウジングの痕跡が残っていますし、もっとも古い記述としては、紀元前5世紀の中頃、「歴史の父」として知られる古代ギリシャの歴史家ヘロドトスが、黒海北部のスキタイを放浪していた際、Y字ロッド(Yの形をした木の枝)で水脈を探索している人たちに出くわし、その様子を書き残しています。

 

田口ランディさんは、ご自身が開催されている文章創作講座でダウジングを取り入れているそうです。講座でダウジングを使うのは、何かを当てるためではなく、潜在意識を活性化してもらうため、まず遊ぶことで童心に帰ってもらうため、だといいます。

文章を書く上で、いちばんの障壁は「うまく書かなければいけない」というプレッシャーなんです。

という言葉、たしかに!と思いました。

受講者の方にはダウジングについて、「自分で動かしていい」「これは超常現象ではない」と強調した上で、

  • 質問は明確に
  • 聞く相手には名前をつけて
  • 誰に何を聞きたいのかはっきりさせる

など、潜在意識と安全につながるためのプロテクト方法を伝えているとのこと。

 

北米を代表するダウザーであるスーザン・コリンズさんのダウジングプロトコルダウジングを行うとき一定のプロセスを踏むルーティン)も紹介されていました。世界中で多くのダウザーが採用しているというプロトコルは、11のステップにわたる厳密な内容です。

ダウジングの世界は奥が深く、場合によっては様々なリスクがともなうようですが、ゲーム感覚で安全に楽しむこともできるので、私はそちらの路線で行こうと思います。

 

はじめてのダウジング

「ペンデュラム」という振り子を使います。

ペンデュラムがなくても、キーホルダーやペンダントで代用できますし、五円玉を2~3枚重ねて紐を通したものでもかまわないそうです。

私は、モルダバイトという天然ガラスのカービングで、アンク(エジプト十字)の形をしたものに紐を通して使うことにしました。

①ペンデュラムの持ち方

ペンデュラムは利き手で持つ。

親指と人差し指でつまむようにコード(紐)を持ち、中指を添えてそれを支える。持つ位置の目安は、先端部分から指3本程度。

肘は90度に曲げ、手首はストレートにしてリラックスし、どの方向にも平等に動きやすいように調節する。

 

②ペンデュラムを動かしてみる

まずはペンデュラムを持つ手を動かし、意図的に縦揺れを起こす。

さらに「時計回りに動いて」「縦に揺れて」「止まって」と語りかけながら自由に動かしてみる。

その後、

A「時計回り」
B「反時計回り」
C「左斜め」
D「横」
E「右斜め」
F「縦」

A~Fまでの動きをペンデュラムに覚えさせる。最初は手で動かしてもかまわない。

 

③YES/NOサインの決定

「YESのときの動きを示してください」

「NOのときの動きを示してください」

とペンデュラムに頼んで、動きを確認し、メモなどにとって覚えておく。

動きが決まったら、

「私は、女性ですか?」

「私の名前は、〇〇ですか?」

などと、答えが明らかな質問をして、YES/NOサインを正しく示すか確認。

このチューニングがうまくいかなければ、プログラミングと言って、YES/NOの動きを自分で決め、ペンデュラムに覚え込ませる。

 

④質問して答えを得る

ペンデュラムに質問をして、その動きによってYES/NOを判断する。

「不明確な動きは、どちらも示していない」と、とらえる。

最後に、感謝と共に終了。

 

私の場合、YES/NOサインのチューニングがうまくできなかったので、YESは縦揺れ、NOは横揺れと、自分で決めました。

ワンオラクルのやり方は自己流で、

カードをふせたまま3つの山に配り分け、それぞれの山の上でペンデュラムをかざして、

「この山のなかに、目当てのカードがありますか?」

と質問する。ペンデュラムがYESを示した山を、さらに3つに分けて同じ質問を繰り返し、最後の1枚になるまで続ける──という手順です。

もっともペンデュラムが動く感覚はなく、上にかざして何となくYESかな?と思ったら縦に、NOかな?と思ったら横に、自分で動かしました。

こんなに適当なダウジングだったにもかかわらず、引いたカードには胸に響く納得感があり、うれしい驚きでした。

ダウジングでワンオラクルをやったのはまだ2回だけで、直近のカードは「Healing」(癒し)です。

 

 

このカードは、タロットではなくオラクルカードと呼ばれるものですが、絵がシンプルであたたかみがあり、とても気に入っています。

 

 

 

リスナー超初心者の心得

 

フォーカシングは、アメリカの哲学者・臨床心理学者ユージン・ジェンドリンが創始した心理療法です。

自分の状況や気がかりな事柄に対して感じている、まだ言葉にならない「からだの感じ(フェルトセンス)」にフォーカスし、それを言語化やイメージ化することで、行き詰った状態から自分を解放していく、というプロセスのワークを行います。

 

フォーカシングはひとりでもできますし、フォーカサー(フォーカシングをする人)とリスナー(聴き役)とのやりとりで行うこともできます。

また、フォーカサーとリスナーが対等に役割を交代するパートナーシップというものがあるのも、フォーカシングのおもしろいところです。

 

私は今年の3月から月1回くらいの頻度で、フォーカシングのオンラインワークショップにフォーカサーとして参加し、そろそろリスナーもやってみたくなってきたので、本を読んで「予習」しました。

 

やさしいフォーカシング――自分でできるこころの処方』
アン・ワイザー・コーネル[著]/大澤美枝子・日笠摩子[共訳]
コスモス・ライブラリー(1999/9)

 

著者のアン・ワイザー・コーネルさんによれば、

「リスナーになる場合、何よりもまず、あなたが自然のままでそこにいることが大切です」

とのこと。

フォーカサーに何かしてあげようとか、「よい」セッションをしてもらおうなどという思いは捨てます。相手を尊重する態度をとり、意識を静かな水面のように保って、ただそこにいることが、リスナーの仕事なのです。

 

──と、ここまでは心構えですが、具体的には何をどうすればいいのでしょうか。

まずは、以下の2点が重要です。

  1. 考えたり分析したり評価したり、何を次に答えようかと思案したりしないで、ただ聴く。
  2. 相手に聴いているということが伝わり、フォーカシングのプロセスを進めるために利用できるよう、伝え返しをする。

この「伝え返し」とは、

フォーカサー:「悲しい気がする」→ リスナー:「悲しいんですね」

「喉のところに固さを感じます」→ 「喉のそこのところに固さがあるんですね」

というように、フォーカサーが聞き直す必要のある言葉や感じを、リスナーが繰り返して伝えることです。

 

しかし、フォーカサーはいろいろなことを話しますから、リスナー超初心者としては、何を聴き、何を伝え返すかというポイントを押さえておきたいところです。

こちらは、3点に絞られていました。

  1. 感じや感情
  2. 最後に言ったこと:フォーカサーがずいぶんたくさんしゃべった後で、ようやく伝え返しの間ができた時、全部を覚えている必要はない。相手が最後に言ったことを伝え返すと、たいていの場合いちばん有効。

  3. 二度出てきたことは何でも:相手が何かを繰り返して言ったら、その言葉をリスナーに伝え返してもらいたいというサイン。同じ表現が二度出てきたら何でも伝え返す。

 

予習用のテキスト、もう1冊。

フォーカシングで身につけるカウンセリングの基本――クライエント中心療法を本当に役立てるために』
近田輝行[著] コスモス・ライブラリー (2002/11)

 

「初心者のリスナーは、はじめは傾聴と大事なことばの伝え返しに徹します」

著者の近田輝行さんがリスナーの心得として挙げておられるは、アン・ワイザー・コーネルさんと同じく、①傾聴②伝え返しの2つです。

 

 

リスナーはまず、自分のからだをじっくり感じ、からだ全体でしっかりそこにいるようにします。

そして、フォーカサーのからだの動きや、目元、口元などの微妙な表情に注意しながら、自分なりのやり方で波長を合わせ、相手が話すことを自分の中に取り入れるように聴くこと。

 

伝え返しの大切さについては、以下のように説明されています。

 よいリスナーを得てフォーカシングを体験すると、いかに伝え返しが大切かを理解することができます。

 伝え返しは、話し手が自分の内側のものを認めたり、共鳴したり、それといっしょに居ることを助けます。

 

具体的なポイントとしては──、

  • 大事な言葉、フェルトセンスに触れる言葉はそのまま伝え返す。

  • 説明や前置きのような部分も、要約してある程度伝え返す。その際、伝え返しがくどくなったり長くなったりしないように注意する。

  • フォーカサーがたくさん話した場合は、気持ちの部分だけを返す。

  • 言ったことの一部しか覚えていない場合は、覚えている部分だけを伝え返す。

  • 質問したり、質問の口調にならないように気をつける。(フォーカサーがリスナーの質問に答えなければならないと感じてしまうと邪魔になるため)

 

 

さて、今月もオンラインワークショップに参加しました。

人数やメンバーは毎回変わるのですが、今回はちょうどいい成り行きで、フォーカサーとリスナーを交代で行うフォーカシング・パートナーシップを体験することができました。

相手の方はフォーカシングの認定トレーナーなので、いわばエキスパートです。これまで何度かセッションしてもらっており、すでに信頼関係を築けています。最高のパートナーに恵まれ、ほんとうにラッキーでした。

 

リスナー超初心者の私は、フォーカサーが最後に言ったこと、あるいは自分が覚えている部分を伝え返すだけでいっぱいいっぱい。普段は使わない脳の筋肉をたくさん使ったせいで、頭の中が汗だく状態でしたが、とても楽しかったです。

不思議なことに、お互い違うテーマでフォーカシングをしたのに、どこか通じ合う流れを感じました。

そして、ワークが終了した後、かなり「ハイ」な感じになりました(笑)。これがクセになるのかもしれません。

機会があれば、ぜひまたリスナーをしてみたいです。

 

 

はくろく踊り~ハヤさんの昔語り#2-16~

 

 用事があって土曜日のオフィス街へ行った。

 交通量は多いが人影は少ないので、歩道が広く感じる。

 途中で大通りから一本入って歩いているとき、ふと横道に目をやると、そこでは思いがけない光景が繰り広げられていた。

 

「車両通行止」の立て看板で仕切られ、道は一時的な広場となっている。夏空に翻る万国旗のもと、路上に敷かれたブルーシートでは、大宴会の真っ最中だったのだ。

 さらに、宴会場のわきには、カラフルなミニマスコットを浮かべたビニールプールが据えられており、子供たちが歓声をあげながら「おもちゃすくい」をしていた。はだしで走りまわっている子もひとりやふたりではない。

 

(これは、お祭り……?)

 私の疑問に答えるように、町会の名前をしるした大きなのぼり旗がひらめいた。

 たしかにこの辺りは、高層オフィスビルの裏に、物干し台がある二階家や、レトロなおもむきのマンションが建っているという町並みだ。人が住んで家庭を営み、町内会があって、手作り感あふれる夏祭りを開催しているのだろう。

 盆踊りのやぐらや縁日の屋台がなくても、十分すぎるほどの非日常空間で、参加している人たちは、心底楽しんでいるようだった。

 

 用事を済ませて家へ帰り、ハヤさんに話すと、おもしろそうに耳を傾けてくれた。

 ハヤさんは、現世では珈琲店の店主だが、江戸から明治にかけて「寸一」という行者だった前世の記憶を持つ人物である。

「寸一の頃のお祭りは、どんな風だったのかな」

 水を向けてみたところ、何か思い出したらしく、口元に笑みが浮かんだ。

 

   ▽ ▼ △ ▼ ▽

 

 寸一が修行の旅に出ていた折のこと、山中で心引かれる石に出会った。

 白く大きな石で、木の下陰にぼうと浮かび上がる姿は、内側から淡い光を放っているように見える。

 向かい合って坐り、息を整えて静かに見つめていると、やがて石は寸一に語り掛けてきた。

 今は石であるが、昔は鹿であったと──。

 

 鹿として生まれ、仲間と共に暮らしていたが、仲間が老いて死に、仲間の子らが死んだ後も、長く生き続けた。いつしか、身は白く輝いて白鹿(はくろく)となり、霊力を得た為、群れを離れて山に棲むことにしたという。

 物語るうち、石は次第に白鹿の姿を取り戻し、明るい目で寸一に名乗った。

「私の名は七助」

 名付けたのは、お竹という娘だった。一人で山に遊ぶのが好きな賢い娘で、出会ったその日から、互いにかけがえのない友となったのだ。

「いつの頃であったか、お竹の村に災厄が降りかかったことがある。私は知らせに来たお竹を背に乗せ、山を下ると村中を駆け回って災いを払ったものだ。お竹は紅い衣を頭から被って顔を隠していたが、まことに勇ましく誇り高い姿であった」

 七助はなつかし気に目を細めた。

 お竹と七助のつながりは途切れることなく続き、お竹がこの世を去ってからは、七助も石となり深い眠りについたのだった。

 

 二、三日のち、寸一が里へ下りると、村は祭りのさなかであった。

 祭りには、はくろく踊りというものがあり、白い鹿頭の面をつけた七人の舞い手が、列をなして村中を踊り歩く。剣を持った童子が共に踊っているが、その中でひときわ目を引いたのは、ただ一人紅い小袖を着た女童の姿であった。

 

   ▽ ▼ △ ▼ ▽

 

「長い年月を生きて霊力を得た動物のことは、経立(ふったち)と呼ばれ恐れられたのですが、悪さをするものばかりじゃなく、七助のように災いを払ってくれる経立もいたんですね」

 ハヤさんの言葉に、私はうなずいた。

「悪いニュースのほうが、広まりやすいのよ。でも、お竹と七助が村を救ったことは、はくろく踊りとして長く伝わっていくのね」

 

 思うに、寸一の目に留まるほど石が気を放っていたのは、祭りが近くなって、七助の眠りが覚めかけていたからではないだろうか。

 年に一度のはくろく踊りを、どこかで楽しそうに見物しているお竹と七助の姿が、ありありと目に浮かんだ。