かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

屋鳴り(創作掌編)~銀ひげ師匠の魔法帖⑫~

 

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(こちらの掌編に出てきた泰一郎君が、少しだけ再登場します) 

 

 

 銀ひげ師匠の職業は書道の先生だが、本業は魔法使い、晶太はその弟子である。特に公表はしていない。

 けれど、書道教室に通う泰一郎君が、小耳にはさんだ噂話を真に受けて、魔法使いの弟子入りを志願してきたことがあった。 

 一番弟子として晶太も参加した面接は、いつのまにか恋愛相談に変わり、弟子入りの話は立ち消えた。泰一郎君は、銀ひげさんの微妙な魔法で煙に巻かれて帰って行ったが、それでも、しばらくして告白に踏み切ったようだ。

 晴れて意中の人、明里さんとおつきあいを始めた。

「案ずるより産むが易しとは、このことだね」

 と、師匠は言っている。

 

 その泰一郎君が、ふたたび相談事を抱えてやってきた。

 泰一郎君の家は伝統芸能の家元で、広い稽古場がある。稽古場といっても、発表会の舞台にもなる立派な部屋で、控えの間が三つも付いているそうだ。三つのなかで最も格式の高い、つまり一番偉い演者の使う部屋は、「楽の間」と呼ばれていた。

 その「楽の間」で異変が起きているらしい。

 

「母には、先生が魔法使いだということは話していません。ただ、先生はこういうことに詳しいから相談してみたら、と勧めただけです。それなのに、勝手に先生を陰陽師だと思い込んでしまったようで……、すぐ早とちりするんですよね」

 困ったように眉をひそめて、泰一郎君が言う。

 そばで聞いていた晶太の脳裏に、「似たもの親子」という言葉が浮かんだ。

 銀ひげ師匠本人は、陰陽師だとか霊媒師などと思われても気にしない。書道教室の定休日に訪問することを約束した。

 

 当日、学校から帰った晶太は、師匠と一緒に泰一郎君の家へ向かった。

 泰一郎君は明里さんと図書館デートの先約があったため、出迎えたのはお母さん一人だ。

 着物姿のお母さんは、すずやかな声で「清秋(セイシュウ)」と名乗った。本名というより芸名のような感じだから、きっとお母さんも「名取」なのだろう。

 まずは客間に通されて、お茶と和菓子でおもてなしを受ける。

「さて、『楽の間』というお部屋で、不思議な現象が起こっていると伺いましたが──」

 頃合いを見て、銀ひげさんが水を向けると、

「はい、どこからともなく、音が聞こえるのです。低く響くような『ゴーッ』という音で、最初は耳鳴りかと思いましたわ」

 説明しながら、清秋さんは耳に手を当てた。

「ところが、他の者にも同じ音が聞こえると知り、これはただ事ではないと気づきました」

 早速、その怪音を確かめに行く。

 

 銀ひげ師匠は「楽の間」の外に立ち、引き戸を開ける前に「ウタ」を唱えた。

 晶太が習っている魔法では、万物にはそれを司る神がいると考えている。八百万(やおよろず)の神というわけで、初めに「ウタ」と呼ばれる古風な日本語を使って、神様に挨拶をする。神様が挨拶を受け入れると、合言葉を返してくれる。その合言葉に「ウタ」を組み合わせて、頼みごとを引き受けてもらう、という手順なのだ。

 師匠は「楽の間」を司る神様に挨拶して親しくなり、奇怪な物音の正体を明かしてもらおうとしていた。

 ところが、いつもなら難なくやってのけてしまうのに、今回はちょっと勝手が違うようだ。

「おや? ふーむ、これはこれは……」

 ぶつぶつとつぶやきながら振り返る。

「晶太、めったにないことだから、君もご挨拶して確かめてごらん」

 晶太は「楽の間」の神様に向かって「ウタ」を唱えた。まだ修行中の魔法使いなので、必ずしも答えてもらえるとは限らないが、いつもなら神様から返ってくる合言葉は、胸のなかに生きた言葉が一文字ずつ舞い落ちてくるように感じる。

 けれど、今回は違った。

「なんだろう、返ってきたけれど合言葉じゃありません。いつもが手書きなら、これはコピーした文字みたいな感じです」

 晶太の感想に、銀ひげさんは顔をほころばせた。

「えらいぞ、腕を上げたなあ。まさにその通り、これは『休業中』の張り紙や、ホテルで邪魔されたくないときに掛けておく、ドント・ディスターブ・カードのようなものさ。ほら、音も聞いて覚えておくといい」

 といって、引き戸を少しだけ開ける。

 すると、戸の隙間から「ゴーッ」という音がもれてきた。海鳴りのような響きが、部屋中の空気を震わせているのだ。

 

 銀ひげ師匠はそっと引き戸を閉めると、少し離れた場所で様子を見守っていた清秋さんに向き直った。

「この物音は『屋鳴り(やなり)』という現象です。部屋を司る神様からのメッセージといったところでしょうか。怒りや警告、いたずらなど、いろいろな場合がありますが、今回は『いびき』です」

「まあ……、いびきですか?」

 これ以上、休息中の神様を邪魔しないよう、くわしい話は客間に戻ってから続けることにした。

 

「立ち入ったことをお聞きしますが、この半年か一年くらいのあいだに、こちらのご一家、あるいは流派などで、大きなトラブルが起こりませんでしたか?」

 師匠の質問に、清秋さんは驚いて目を見張った。

「確かにございました。家元も深く信頼していた高弟の一人が、こっそり謝礼を取って免許を与えていたことが発覚したのです。随分と前から組織的に行われていたようで、屋台骨を揺るがすような騒動になりました。ほんとうに、一時はどうなることかと思いましたわ」

「すると、その事態は収束したのですね」

「はい、お金が人の心を惑わす力には暗然といたしましたが、芸道を志す者たちが思いを一つにした結果、どうにか丸く収めることができました。──もしや、そのことと『楽の間』の現象には、何か関係があるのでしょうか?」

 尋ねられて、銀ひげ師匠は深くうなずいた。

「おそらく『楽の間』を司る神様も、皆様と同じように心を痛め、解決のために尽力されたのでしょう。それで今は疲れて、ぐっすりお休みになっているのですよ」


 銀ひげさんの見立てを受け、「楽の間」は当分のあいだ使用停止の「開かずの間」となった。

 当分といっても、神様の時間は計り知れないものだから、休息を邪魔せずに「開かずの間」の封印を解く時機を見極めるには、専門家が必要だ。

 そのため毎月一度、部屋の外から「いびき」の有無を確かめる仕事が、銀ひげ師匠に依頼された。せっかくなので、ついでに、門下の人たちを相手にお習字の稽古をつけることも決まった。

「私の魔法はお金になるものではないが、その方が気楽でいいものさ」

 と、常々言っている師匠だけれど、今回ばかりは現金収入に結びついたのだった。

 

 一方、晶太の収穫は、めったに聞けない神様の「いびき」を聞けたことである。

 

 

右耳のワーク

 

しばらくブログを休んでいました。

記事の更新はともかく、読むほうは休まないつもりだったのに、結局「全休」になりました。

耳の不調が再発したり、突然ネットを開くのが怖くなったりなど、心身ともにいろいろありましたが、ここへ戻れて嬉しいです。

これからも無理せず、マイペースで続けていきたいと思います。

 

耳の不調とは、右耳の閉塞感と聞こえにくさ・めまいなどで、発症したのは去年の5月が最初です。その時点では「突発性難聴」でしたが、今回3度目なので、病名が「メニエール病」に変わりました。

メニエール病は、初期段階では突発性難聴と区別できない場合が多く、再発しやすいかどうかが診断の分かれ目になるそうです。不定期に症状を繰り返すたび、少しずつ難聴が進行していくのも特徴のひとつ。原因は不明ですが、ストレスや疲労、睡眠不足が引き金になって発症するといわれています。

 

さて、
私は今年、生活費を節約するため、『個人主義的小遣い帳』というフリーソフトで出費を記録し始めました。レシートをためておいて、週に1度パソコンに入力するという簡単な方法です。

耳鼻科を受診したときも、診療費や調剤薬局の領収書を見ながら「帳簿つけ」をしました。初診料に加えて、詳しい聴力検査をしたので、結構な金額でした。

さらに今回は、混んだ待合室で長時間待つのを避けたくて、友人から教えてもらった完全予約制の耳鼻科医院に行ったため、交通費もかかっています。

やれやれ…と、ため息をついたとき、

「私よりお金が大切?」と、右耳が言いました。

といっても、実際に右の耳が声を出してしゃべったわけではありません。

私は「ゲシュタルト療法」という心理療法を2年ほど学び、現在も独習中なのですが、そのゲシュタルト療法には、身体の症状や「部位」と対話する、というアプローチ方法があります。

 

 ゲシュタルト療法のアプローチはシンプルです。心理学的な理論づけや原因の、分析をしません。その人の身体の「部位」に声を与えるのです。すると身体が話してくれるのです。その身体と私が「対話する」のです。すると小さな気づきが起こり、自然にものの考え方が広がります。そのことでまた気づきが起きてきます。
 このようにして、分離していた「私」と「身体」が統合される瞬間が気づきでもあるのです。私たちが自分の本当の気持ちに気づき、それを受け入れた瞬間が統合です。

 『気づきのセラピー』百武正嗣・著(春秋社/2009年)

気づきのセラピー―はじめてのゲシュタルト療法

気づきのセラピー―はじめてのゲシュタルト療法

  • 作者:百武 正嗣
  • 発売日: 2009/07/01
  • メディア: 単行本
 

 

同書のなかで、具体例としてあげられているのが、ある保健室の先生の体験です。

「お腹が痛い」と言って、しばしば保健室を訪れる子に、「どうしたの?」と聞いても子どもは「お腹が痛いの」としか答えなかったのです。
 そこでアプローチの方法を変えて「もし、お腹が話すことができるとしたら何と言っているのかな?」と聞いたら、「嫌だって言っている」と答えました。
「何が嫌なのかなぁ?」と聞いてみます。
 子どもは「お父さんとお母さんが喧嘩するから」と答えました。
 そこで保健室の先生は、その女の子に「お父さんとお母さんに、仲良くしてねと言ってごらん」と教えたそうです。


「私よりお金が大切?」

と、右耳に問いただされて、私はドキッとしました。不快な症状を起こして医療費もかかる右の耳を自分から「分離」し、厄介者扱いしていたことに気づいたからです。

「ごめんね、もちろん、あなたのほうが大切よ」

右耳に答えると、

「言葉だけじゃ足りない。行動で示して」

と、言われました。

何だか恋人どうしの口論みたいですが、思い当たる節があります。

 

診察のとき先生に睡眠時間を聞かれ、6時間と答えたら、7時間に増やすよう指導を受けたのです。

「はい」と頷きはしましたが、内心では難しいと思って聞き流していました。

睡眠時間については、すでに去年から心掛けているものの、実際のところあまりうまくいっていません。物事をさっさと手早く済ませるのが苦手なせいですが、そんなこと言い訳にすぎないと反省しました。

そこで、目標消灯時間を設定し、夕方からの行動をチェックして時間管理をすることにしました。

優先順位を決め、期限に間に合うよう作業を配分する──、思えば仕事上では、タイムマネジメントとしてやっていることでした。お給料のためなら出来るのに、右耳のためにはしていなかったのですから、まさに、自分よりお金を大切にしていたわけです。

 

自分を大切にする、というと、何となく自分に優しくして、楽をさせるイメージを持っていました。けれど、場合によっては、手間を惜しまず、地道な努力を続けなければならないようです。

めんどくさいですが、そもそも「大切にする」とは、そうしたものですね。

そうこうしているうちに緊急事態宣言が発令されて、勤め先の会社が休業状態になり、出勤日や勤務時間が減った結果、7~8時間の睡眠をとれるようになりました。


時間管理の地道な努力は、通常勤務に戻るまで先送りです。

 

 

光を運ぶもの~ハヤさんの昔語り#2-11(創作掌編)

 

「今日、『無知の知ノート』というコラム記事を読んだの」

 と、ミルクコーヒーを作っているハヤさんに話しかけた。

 私はこの頃、夕食後にコーヒーを飲むと寝付きが良くない。そこでハヤさんが、普通のコーヒーから変えてくれたのだ。

 

無知の知というと、ソクラテスですよね。知らないと自覚することが、真の知へ向かう出発点だといいますね」

「そうそう、何かを知るという楽しみは、一生のあいだ尽きないってことでしょ?」

 ハヤさんは少し首をかしげて、カップにミルクコーヒーを注ぎ分けた。受け取ってお礼を言い、飲み頃の温度になるのを待ちながら、話を続ける。

「読んだのは、元素についての記事だったの。人の血の一滴には、宇宙に存在する元素の大半が含まれているんですって。人体は小宇宙なのね。体内と海水に多く含まれる元素も、すごく似かよっているそうよ。だけど不思議なことに、体重1kgあたり10gを占める多量元素なのに、海水にはほとんど存在しない特殊な元素があるというの」

 

 その元素とは「リン」原子番号15番、元素記号はP。

 

「そうなんですか。リンといえば骨や歯、細胞などに必須の重要な元素ですよね」

「私は真っ先に、人魂を思い浮かべたわ。人魂の正体がリンというのは、科学的根拠のない迷信らしいけれど。でもね、ふと、リンの元素記号のPって何だろうと思って検索してみたら……」

 もったいぶって間を置く。

ギリシャ語の『ポースポロス( phosphoros)』から命名された記号で、その意味とは『光を運ぶもの』だったの!」

 

 一瞬の沈黙の後、ハヤさんは、

「人魂といえば、僕が寸一だったとき━━」

 と、江戸から明治にかけて、寸一という行者として生きた「前世」の記憶をたどり始めた。

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

 寸一が寄宿していた寺には、松吉という年寄りがいた。

 先代住職の頃から寺男を務めており、年老いても、子供のように無邪気な眼をした働き者であった。

 しかし、急ぎの使いには向いていなかった。外を歩いている最中、つい気を取られるまま道を逸れ、半日も帰らぬということがあるからだ。

 

 ある時、寸一は村はずれの辻で松吉を見かけ、驚いたことがある。

「松吉さんではないか? どうした、こんな場所で」

「あ、寸一さん、ちょうどよいところへ来なさった。帰り道がわからず困り果てていたんだよ」

 と言うわりには、気楽そうな顔つきで笑いかけてくる。

 当時、寸一は寺に身を落ち着けたばかり。松吉とはまだ、よく知り合っていなかった。そこで共に帰る道すがら語り合い、初めて、松吉の目に見えている不思議について知ったのである。

 

 松吉は幼い頃から、たびたび人魂を見てきたという。

「寸一さんは、人魂が二通りあることをご存知か?」

 人が亡くなった後、しばらくのあいだこの世に留まっている魂魄の他に、もう一つ、これから生まれる子供の元へ飛んで行く光りものがあるそうだ。

「赤子の人魂は、丸くて清らかで、迷うことなくまっすぐに飛ぶ。見つけると、晴れ晴れと明るい気分になるよ」

 

 一方、亡くなったばかりの者の人魂は、いびつに揺らぎ、消えそうで消えず、なかなか地上を離れることができない。

「墓地の掃除をしていると、ときおり見かける。あわれに思うけれど、どうもしてやれない。何かしら俺にできることがあればよいのだが……」

 うつむいてしんみりと話す松吉に、寸一は答えた。 

「松吉さんが、お経のひとつもあげて手を合わせてやるだけでも、大分なぐさめになるだろうね」

「お経なら、少し知っている。和尚さんが毎朝毎夕、本堂でおつとめされているから聞き覚えた。だがなぁ、意味がさっぱりわからんので、どうしようもない」

「意味など、聞いている人魂の方だってわからぬさ。たとえわからなくとも、ただ有難く思う、それだけで十分なのだよ」

 と、和尚が聞いたら苦笑いしそうなことを言った。

 

 松吉は律儀にも和尚に伺いを立て、許しを得ると、さっそく墓所で読経を始めた。

「寸一さんの言われた通りだ。人魂はお経をよろこんで聞いてくれたよ。毎日続けるうちに、だんだん丸く明るくなってくるから、俺も張り合いがある」

 と、顔をほころばせて告げに来た。

 

 人知れぬ、松吉の行いである。

 ところが、半年一年と経つ頃には、幾ばくかの金品が、松吉のもとへ届けられるようになった。故人が夢枕に立って頼むらしく、残された身内がお布施を包んで渡しにくるのだ。

 松吉は大いによろこんで受け取り、その金を使って犬と猫を一匹ずつ飼うと、家族のように仲良く暮らした。

 

 年を経て、松吉が世を去ったとき、その人魂を見たという者が幾人も現れた。

 目を奪われるほど明るく輝き、あっと言う間に空の彼方へ飛んで行ったという。

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

 「松吉さんは、人は本心どおり素直に生きるのがいちばんだと言っていましたが、簡単なことじゃありませんよね。そもそも自分が本当はどういう人間かなんて、案外わからないものですから」

 ハヤさんの言葉に、私はうなずく。

「そうよね、ただ好き勝手に生きればいい、というわけではなさそう」

 

「……そういえば瑞樹さん、ソクラテスには『無知の知』と並ぶ有名な言葉が、もう一つありましたね?」 

 私が思いついて答えるのと同時に、ハヤさんも声をそろえた。

「汝自身を知れ」

 

  

   △ ▲ △ ▲ △

 

無知の知ノート』は実在します。

知らないことを知る楽しさに満ちた、雷理 (id:hentekomura)さんのブログです。

思わず笑ったり、時に涙ぐんだり、さらには、コメントのやりとりから掌編が生まれることもあります。

  

www.rairi.xyz

 

curiosity-z.rairi.xyz

 

らいりさん、いつもありがとうございます。

 

蛇足二本

 

かつて、掌編創作の師から「ラストが大事」ということを、繰り返し教わりました。

初心者は、出だしに力が入り過ぎて、肝心のラストは駆け足で終わってしまいがちなので、配分を考えること。「頭」は軽くして、結末にしっかりと重点を置くこと。

「行き当たりばったりではダメ、ラストシーンを目指して進むように書きなさい」

という教えを肝に銘じています。

 

──銘じていますが、時には、終わりがはっきりと定まらないまま、見切り発車的に書き始めることがあります。途中でラストシーンが浮かんでくるのを期待して書き進むのですが、思いつかないと暗礁に乗り上げます。 

 

逆に、先日書いた掌編では、前もって決めていたラストが二転三転しました。

 

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最初に想定していたラストシーンは、主人公の「私」が飲んだ2種類のオリジナルカクテルの手書きレシピを、帰りぎわにマスターからプレゼントされる、というものでした。

レシピには作り方と共に、お酒の種類や銘柄も書かれています。

驚いたことに、それぞれまったく別の味わいを持つカクテルなのに、使われている数種類のスピリッツやリキュールはすべて同じ……、ただ配合が違うだけだった。

という「落ち」でした。

 

ですが、こういうことは本当に可能なのでしょうか。残念ながら、私には行きつけのバーはなく、知り合いにバーテンダーさんもいません。ネットで検索してみても、よくわかりませんでした。

絵空事とはいえ、自分なりに現実味を感じられないと書きにくいものです。

 

もうひとつのラスト候補は、さらにその先の出来事。

再開発プロジェクトにより、店が入っていたビルが取り壊された後、突然、工事が中断します。

理由は、建物が撤去された跡地から、遺跡や遺物などの「埋蔵文化財」が発見され、文化財保護法によって発掘調査が行われることになったから、というもの。

そして主人公はある日、発掘された大量の出土品のほとんどが「杯」であったことを知るのです。

このラストを思いついた時点で、タイトルを「杯の店」に決めました。

 

一部は実話です。

去年、職場の近くで、建設工事が何ヶ月も中断し、発掘調査が行われていました。大量の「杯」は出土しなかったようですが。

珍しがって写真も撮ったので、少し加工した画像を掌編に添えるつもりでした。

 

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いくら「ラストが大事」とはいえ、盛りだくさんにすればいいわけではありません。

昔、思いを込めて書き綴ったラストシーンを、師匠から、

「ここから先は、要らない」

と、バッサリ削られたことを思い出します。

 

「杯の店」でも、あれこれ考えてゴールと定めた場面より、ずっと手前に着地点がありました。重要なシーンを書いていると、首筋から後頭部にかけてチリチリとした感覚が走ることがあって、話を先に進めようとしても引き戻される感じでした。

手書きのカクテルレシピや発掘現場の写真も捨てがたかったのですが、『ピアノ・マン』が流れる店内で完結して良かったと思います。ベストのラストです。

 

というわけで今回の記事は、蛇足特集でした。

 

杯の店(創作掌編)

 

※ 今回の掌編は音楽付きです。

 猫p (id:nkobi1121)さんの演奏で、Piano Man

  


pianoman(piano)

 

 行きつけのバーが閉店することになった。

 古いビルが立ち並ぶ一角にある、バーテンダーひとりの小さな店だ。

 再開発プロジェクトにより、老朽化した建物がいくつか取り壊され、跡地にはオフィスや住宅などが入る複合ビルが建設されるらしい。

 

 私は月に2~3度のペースで、数年間通っていた。店は地下1階にあり、階段を下りていくあいだに、その日の疲れが肩から抜けていくのが心地よかった。

 客はひとりで来る人がほとんどで、静かに飲み、マスターと軽くおしゃべりして、あまり長居はしない。

 不思議なほど気持ちが落ち着く空間だった。

 

「ふつうは客が店を選ぶけれど、こちらでは、まるで店のほうが客を選んでいるみたいでした。私はこのお店に選んでもらえて、ほんとに良かったです」

 閉店がせまったある日、前々から思っていたことを伝えると、マスターは微笑んで一礼した。

 私はお酒にもカクテルにも、まったく詳しくない。何となく迷い込むようにしてこの店を見つけた夜、1杯目にジン・トニックを注文したけれど、缶入りでないものを味わうのは初めてだった。

 それからしばらくは、マスターにおすすめを聞いていろいろ作ってもらっていたが、いつしか『希望』という名前のオリジナルカクテルが、私のお気に入りになった。

 

 この店で飲み続けてきた『希望』も、今夜限りになる。ほっそりと背の高いコリンズグラスに満たされた液体は、いつも通り甘く華やかだ。

「マスター、もうお店は出さないんですか? 遠くても、私は通いますよ」

「ありがとうございます。ですが、ここで30年以上やってこられただけで充分です。店を閉めたら、妻の郷里へ移り住み、ふたりでのんびりと暮らすことにします」

 

 先客がふたり、マスターと丁寧に別れを交して出ていった。

 寄り添って階段を上っていく後ろ姿に、私は首をかしげる

「今のお客さん、それぞれ何度もお見かけしてますけど、ふたりそろっているところを初めて見ました」

「私も初めてです」

 マスターは必要以上のことを語らないけれど、私の空想は広がっていく。 

 他の客たちが頼んでいるお酒の名前は、けっこう気になるものだ。

 常連客の多くがそうであるように、あのふたりにも常に注文する定番があった。それが偶然、同じ『孤独』というオリジナルカクテルであることを、私は知っている。

(もしかしたら、あの人たちもお互いに気づいていたんじゃないかしら。ずっと、自分と同じカクテルを頼む人に親しみを感じていて、閉店の予告がきっかけで付き合い始めたのかもしれない)

 勝手な想像を楽しみながら、グラスを傾けた。

 

「マスター、お酒の名前で『孤独』と聞くと、ある歌の歌詞が浮かんでくるんですよ」

 と、話しかける。

 すると思いがけないことに、とても音楽的な答えが返ってきた。

 マスターが、静かに口ずさんだのだ。

  

 Yes, they're sharing a drink they call loneliness
 (そう、店の客たちは分かち合っている酒を
 「孤独」と呼んでいるが)

 But it's better than drinkin' alone
 (それでも、ひとりきりで飲むよりはいいのさ)

 

「もしかして、ビリー・ジョエルの『ピアノ・マン』でしょうか。このフレーズの歌詞を元に、お客様からリクエストをいただいて作ったカクテルです」

「そうです、『ピアノ・マン』です。それにしても、びっくりしました。とても歌がお上手なんですね。バックにピアノの演奏まで聞こえた気がしましたよ。もっと歌ってほしいくらいです」

「いえ、余興は短いほうが……。それより、よろしければお客様のために、オリジナルカクテルをお作りしますよ。何かリクエストはおありですか?」

 嬉しいサプライズプレゼントだ。

 

「ほんとですか? ありがとうございます。どうしよう、何にしよう」

 考えながら、空になった『希望』のグラスに目を落とした瞬間、ある言葉が口をついて出てきた。

 なぜだろう……、それは『失望』という言葉だった。

「失望、ですね。かしこまりました」

 心なしか、マスターの目がきらめいたような気がする。

 ミキシンググラスに氷と材料を入れ、柄の長いバースプーンでステアする姿を、私は魔法薬が調合されるのを待つ気分で見つめていた。 

「お待たせいたしました。オリジナルカクテル『失望』でございます」

 

 安定感のあるゴブレットにそそがれた『失望』は、ほろ苦く深みのある味わいだった。

「おいしいです。なんていうか、おとなの味ですね」

 ところが奇妙なことに、「おとなの味」と言っているそばから、幼い日の思い出がよみがえってくる。

 

──私は一番になれなかったのが悔しくて悲しくて、幼稚園から帰ってくるなり、すわりこんで大泣きした。

 そんな私の背中にあたたかい手を置き、祖母がずっとなぐさめてくれている。

「あんなに一生けんめいがんばったのだから、えらい、えらい」

 と、何度も繰り返しながら。

 やがて、泣くだけ泣いて気が済んだ私が、けろりとしておやつを食べ始めると、

「おやおや、いま鳴いたカラスがもう笑う」

 祖母は嬉しそうに笑い、つられて私も照れながら笑った。

 

「……そういうことがよくありました。子供のころは、今と違って負けず嫌いだったんですね。ひょっとしたら、あれが私にとって『失望』の原点なのかも」

 言いながら、両手でグラスを包みこむ。

 希望の大半は失望へと変わっていく。まれに実現しても、胸の内にあったときの完璧な輝きは失われてしまう。けれど、その失望のなかから、新しい希望は生まれてくるのだ。

 希望と失望を繰り返すなかで「一生けんめいがんばって」生きていれば、それで大丈夫そうな気がした。

 

 ゆっくりと味わって『失望』を飲みほした私は、マスターを見上げ、

「さいごに『希望』をもう1杯、お願いします」

 と、注文した。

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ 

 

 

※※ この掌編を書いているとき『ピアノ・マン』が頭のなかで流れていました。ふと、記事に音楽を貼り付けることができたらいいのに、と思いましたが、いろいろむずかしそうなので断念……というタイミングで、猫pさんの記事に出会いました。

  

nkobi1121.hatenablog.com

 

猫pさんの野望のひとつに「ピアノのレパートリーを死ぬまでに1万にする」があるのだそうです。

レパートリー拡大のため、みなさんの好きな歌をどしどし教えてください。どんなマイナーな曲でも、音源がネットにあればok。クラシックは不可。腕がもげる。

とのお言葉に、思いきってお願いしてみたところ──、

 

nkobi1121.hatenablog.com

 

何と翌日には、読み応えのある記事のなかで、「音楽のブーケ」として届けられていました。しかも、他の方たちのリクエストを含め7曲も。

皆さんの好きな曲をじゃんじゃんどしどし教えてください。耳コピゆえと練習をしないゆえの不正確さを許してくれる方のみ。

耳コピ?(すごい…)、まさに、Piano Man、じゃなくて、Piano Nyan!

猫pさん、ありがとうございます!

 

にんじんの常備菜

 

2年以上のあいだ、常備菜として金時豆のサラダと割り干し大根の漬物を作ってきました。

 

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ところが、最近は生の大根をサラダにして食べることが多く、「大根かぶり」が起きてしまうため、割り干し大根が余りがちでした。

そこで、常備菜を変えてみることにしました。

 

不足しやすい緑黄色野菜を補える、にんじんの常備菜です。

にんじん2本をピーラーでリボン状にスライスし、少量の油で炒め蒸しにしてから、熱いうちに、酢と醤油と白ゴマで和えるだけ。

にんじんは固いので、包丁で薄切りにするのはけっこう大変ですが、ピーラーを使うと楽にできて、腱鞘炎持ちにはありがたい限りです。

火の通りもよく味もしみやすいので、一石二鳥以上でした。

 

にんじんは皮側のほうに栄養があるため、一緒にスライスします。また、豊富に含まれているβ-カロテンは、熱を加えると吸収率が倍増するそうです。

 

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保存容器に移そうとしたら、入りきらなかったので、フライパンをそのまま使って、にんじん入りの炒り卵を作りました。

ついでに一品できて、何だかとても得した気分でした。

 

ツノの月(創作掌編)

 

 僕の恋人は、温泉と渓流釣りが楽しめる静かな観光地で生まれた。

 小学生のとき、父親の仕事の関係で引っ越して以来、ほとんど帰ったことがない郷里だという。

 それでも、僕はプロポーズをする前に、彼女のルーツとなる地を訪れたいと思ったのだ。

 

 駅の改札を出ると、目抜き通りの先に青々とした山が見えた。

 歴史を感じさせる商店街は、店の数こそ多くないけれど、堅実に繁盛を続けてきた風格がある。土地の人の表情や話し方からは、芯の通った意志の強さと、控えめな親しみが伝わってきた。

 これが、土地柄とか気風というものだろうか。

 彼女に通じるものを感じて、僕はひとりうなずいた。

 

 3年も付き合っているのに、僕たちはケンカらしいケンカをしたことがない。

 努力家で優しい恋人に、時には本音をぶつけて欲しいと頼んでみても、困ったように微笑むだけだった。

 けれど、彼女の生まれ故郷を歩きまわり、バスに乗って他の乗客のようすをながめたり、宿の人と話をしているうち、何となくわかってきた。

 彼女はけっして、取りつくろっているわけではないのだ。ささいなことにいちいち騒がないだけで、許せないと感じれば、きっと本気で腹を立てるだろう。

(やっぱり、来てよかったな)

 のんびりと温泉につかり、心づくしの料理を食べて、僕はぐっすり眠った。

 

 川のせせらぎと鳥の声で目を覚ます。

 朝食前にひと風呂浴びようと部屋を出た僕は、呆気に取られて立ちすくんだ。

 てきぱきと立ち働く客室係やスタッフの人たち、そして、一部の宿泊客の頭に、2本のツノが生えているのだ。

 

 僕はふらつきそうになる足を踏ん張り、平静を装いながらあたりを観察した。

 本物のツノではない、当然のことだが。アイスクリーム・コーンのような形をしていて、色や柄はさまざまだった。仲居さんのツノは着物とコーディネートされた色合いだし、子供たちにはファンシーな花柄やアニマルプリントが人気のようだ。

 謎が解けたのは、1階に下りて、ひと晩のうちに設置された特設コーナーを見たときである。

 ~今月は『ツノの月』~

 と大書された看板が立ち、髪飾りのように頭に取りつける「ツノ・カチューシャ」という商品が、所狭しと並んでいた。

 

 特設コーナーのパネルによれば、『ツノの月』は昔からこの地に伝わる風習らしい。

 温厚篤実を信条とする人々でも、腹に据えかねることは、もちろんある。口には出さず、いったんは胸に納めた憤りを、年に1度、決まった期間に発散して解消するため、諸々の行事が行われたというのだ。

 商品化したツノ・カチューシャなどはない時代、家ごとに、ツノに見立てたかぶりものを手作りした。日頃は隠しているツノをあらわにしたからには、我慢は無用だ。「ツノ踊り」を踊って表通りを練り歩き、騎馬戦の鉢巻のように相手のツノを奪い合うゲームに興じた。

 普段は慎ましい女性たちも、飲めや歌えやの宴を開く。あるいは、井戸やかまどに向かい、日頃のうっぷんを大声で晴らす。

 

 ツノの月のフィナーレは、すべての神社仏閣で行われるお焚き上げだった。

 ツノが盛大に燃やされ、怒りは浄められる。そのさまを見届けて、人々は穏やかな暮らしに戻っていくのだ。

 

 僕は、恋人へのお土産と自分用に、ツノ・カチューシャを買った。

 この現代のツノも、期間中に観光センター宛てに送れば、きちんとお焚き上げをしてくれるという。商品には、送付先の住所とともに、「焼やしても有害物質を発生しません」と明記されており、あらためて生真面目な土地柄を感じる。

 

 宿をチェックアウトして駅へ向かった。

 バスの運転手の制帽にもツノ、地元の人や観光客にもツノ、という光景をながめながら、帰りの列車の発車時刻を待つ。

(来年は、彼女と一緒に来られたらいいな)

 駅前広場のベンチに座り、ぼんやり考えているとき、

「写真、お願いできますか?」

 と声をかけられた。

 

 4人連れのご婦人たちが、そろってツノ・カチューシャを着けて、満面の笑みを浮かべている。

「はい、もちろん」

 答えて、僕は立ち上がった。

「ありがとうございます。お手数ですが、あの石像をバックに撮っていただけないでしょうか?」

 指差す先を見ると、観光センターの脇に大きな石像が立っていて、記念撮影している人も多い。

 

 僕は、にぎやかな女性たちのあとに付いていった。

 そして、本日2度目の吃驚仰天をした。 

 近づいて見上げた石像の頭にはツノが生え、不敵な笑みを浮かべている。

 鬼だった。

 仁王立ちした鬼の向こうで、

 ~ようこそ! 鬼の郷へ~

 という垂れ幕が、風に翻っている。

 

 ……もしかしたら僕の未来の花嫁は、鬼の末裔なのかもしれない。