かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

光を運ぶもの~ハヤさんの昔語り#2-11(創作掌編)

 

「今日、『無知の知ノート』というコラム記事を読んだの」

 と、ミルクコーヒーを作っているハヤさんに話しかけた。

 私はこの頃、夕食後にコーヒーを飲むと寝付きが良くない。そこでハヤさんが、普通のコーヒーから変えてくれたのだ。

 

無知の知というと、ソクラテスですよね。知らないと自覚することが、真の知へ向かう出発点だといいますね」

「そうそう、何かを知るという楽しみは、一生のあいだ尽きないってことでしょ?」

 ハヤさんは少し首をかしげて、カップにミルクコーヒーを注ぎ分けた。受け取ってお礼を言い、飲み頃の温度になるのを待ちながら、話を続ける。

「読んだのは、元素についての記事だったの。人の血の一滴には、宇宙に存在する元素の大半が含まれているんですって。人体は小宇宙なのね。体内と海水に多く含まれる元素も、すごく似かよっているそうよ。だけど不思議なことに、体重1kgあたり10gを占める多量元素なのに、海水にはほとんど存在しない特殊な元素があるというの」

 

 その元素とは「リン」原子番号15番、元素記号はP。

 

「そうなんですか。リンといえば骨や歯、細胞などに必須の重要な元素ですよね」

「私は真っ先に、人魂を思い浮かべたわ。人魂の正体がリンというのは、科学的根拠のない迷信らしいけれど。でもね、ふと、リンの元素記号のPって何だろうと思って検索してみたら……」

 もったいぶって間を置く。

ギリシャ語の『ポースポロス( phosphoros)』から命名された記号で、その意味とは『光を運ぶもの』だったの!」

 

 一瞬の沈黙の後、ハヤさんは、

「人魂といえば、僕が寸一だったとき━━」

 と、江戸から明治にかけて、寸一という行者として生きた「前世」の記憶をたどり始めた。

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

 寸一が寄宿していた寺には、松吉という年寄りがいた。

 先代住職の頃から寺男を務めており、年老いても、子供のように無邪気な眼をした働き者であった。

 しかし、急ぎの使いには向いていなかった。外を歩いている最中、つい気を取られるまま道を逸れ、半日も帰らぬということが多かったからだ。

 

 ある時、寸一は村はずれの辻で松吉を見かけ、驚いたことがある。

「松吉さんではないか? どうした、こんな場所で」

「あ、寸一さん、ちょうどよいところへ来なさった。帰り道がわからず困り果てていたんだよ」

 と言うわりには、気楽そうな顔つきで笑いかけてくる。

 当時、寸一は寺に身を落ち着けたばかり。松吉とはまだ、よく知り合っていなかった。そこで共に帰る道すがら語り合い、初めて、松吉の目に見えている不思議について知ったのである。

 

 松吉は幼い頃から、たびたび人魂を見てきたという。

「寸一さんは、人魂が二通りあることをご存知か?」

 人が亡くなった後、しばらくのあいだこの世に留まっている魂魄の他に、もう一つ、これから生まれる子供の元へ飛んで行く光りものがあるそうだ。

「赤子の人魂は、丸くて清らかで、迷うことなくまっすぐに飛ぶ。見つけると、晴れ晴れと明るい気分になるよ」

 

 一方、亡くなったばかりの者の人魂は、いびつに揺らぎ、消えそうで消えず、なかなか地上を離れることができない。

「墓地の掃除をしていると、ときおり見かける。あわれに思うけれど、どうもしてやれない。何かしら俺にできることがあればよいのだが……」

 うつむいてしんみりと話す松吉に、寸一は答えた。 

「松吉さんが、お経のひとつもあげて手を合わせてやるだけでも、大分なぐさめになるだろうね」

「お経なら、少し知っている。和尚さんが毎朝毎夕、本堂でおつとめされているから聞き覚えた。だがなぁ、意味がさっぱりわからんので、どうしようもない」

「意味など、聞いている人魂の方だってわからぬさ。たとえわからなくとも、ただ有難く思う、それだけで十分なのだよ」

 と、和尚が聞いたら苦笑いしそうなことを言った。

 

 松吉は律儀にも和尚に伺いを立て、許しを得ると、さっそく墓所で読経を始めた。

「寸一さんの言われた通りだ。人魂はお経をよろこんで聞いてくれたよ。毎日続けるうちに、だんだん丸く明るくなってくるから、俺も張り合いがある」

 と、顔をほころばせて告げに来た。

 

 人知れぬ、松吉の行いである。

 ところが、半年一年と経つ頃には、幾ばくかの金品が、松吉のもとへ届けられるようになった。故人が夢枕に立って頼むらしく、残された身内がお布施を包んで渡しにくるのだ。

 松吉は大いによろこんで受け取り、その金を使って犬と猫を一匹ずつ飼うと、家族のように仲良く暮らした。

 

 年を経て、松吉が世を去ったとき、その人魂を見たという者が幾人も現れた。

 目を奪われるほど明るく輝き、あっと言う間に空の彼方へ飛んで行ったという。

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

 「松吉さんは、人は本心どおり素直に生きるのがいちばんだと言っていましたが、簡単なことじゃありませんよね。そもそも自分が本当のところどういう人間かなんて、案外わからないものですから」

 ハヤさんの言葉に、私はうなずく。

「そうよね、ただ好き勝手に生きればいい、というわけではなさそう」

 

「……そういえば瑞樹さん、ソクラテスには『無知の知』と並ぶ有名な言葉が、もう一つありましたね?」 

 私が思いついて答えるより早く、ハヤさんは嬉しそうに言った。

「汝自身を知れ」

  

 知ることは楽しく、それを人に伝えることはさらに楽しいものだ。

 

  

   △ ▲ △ ▲ △

 

無知の知ノート』は実在します。

知らないことを知る楽しさに満ちた、雷理 (id:hentekomura)さんのブログです。

思わず笑ったり、時に涙ぐんだり、さらには、コメントのやりとりから掌編が生まれることもあります。

  

www.rairi.xyz

 

curiosity-z.rairi.xyz

 

らいりさん、いつもありがとうございます。

 

蛇足二本

 

かつて、掌編創作の師から「ラストが大事」ということを、繰り返し教わりました。

初心者は、出だしに力が入り過ぎて、肝心のラストは駆け足で終わってしまいがちなので、配分を考えること。「頭」は軽くして、結末にしっかりと重点を置くこと。

「行き当たりばったりではダメ、ラストシーンを目指して進むように書きなさい」

という教えを肝に銘じています。

 

──銘じていますが、時には、終わりがはっきりと定まらないまま、見切り発車的に書き始めることがあります。途中でラストシーンが浮かんでくるのを期待して書き進むのですが、思いつかないと暗礁に乗り上げます。 

 

逆に、先日書いた掌編では、前もって決めていたラストが二転三転しました。

 

toikimi.hateblo.jp

 

最初に想定していたラストシーンは、主人公の「私」が飲んだ2種類のオリジナルカクテルの手書きレシピを、帰りぎわにマスターからプレゼントされる、というものでした。

レシピには作り方と共に、お酒の種類や銘柄も書かれています。

驚いたことに、それぞれまったく別の味わいを持つカクテルなのに、使われている数種類のスピリッツやリキュールはすべて同じ……、ただ配合が違うだけだった。

という「落ち」でした。

 

ですが、こういうことは本当に可能なのでしょうか。残念ながら、私には行きつけのバーはなく、知り合いにバーテンダーさんもいません。ネットで検索してみても、よくわかりませんでした。

絵空事とはいえ、自分なりに現実味を感じられないと書きにくいものです。

 

もうひとつのラスト候補は、さらにその先の出来事。

再開発プロジェクトにより、店が入っていたビルが取り壊された後、突然、工事が中断します。

理由は、建物が撤去された跡地から、遺跡や遺物などの「埋蔵文化財」が発見され、文化財保護法によって発掘調査が行われることになったから、というもの。

そして主人公はある日、発掘された大量の出土品のほとんどが「杯」であったことを知るのです。

このラストを思いついた時点で、タイトルを「杯の店」に決めました。

 

一部は実話です。

去年、職場の近くで、建設工事が何ヶ月も中断し、発掘調査が行われていました。大量の「杯」は出土しなかったようですが。

珍しがって写真も撮ったので、少し加工した画像を掌編に添えるつもりでした。

 

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いくら「ラストが大事」とはいえ、盛りだくさんにすればいいわけではありません。

昔、思いを込めて書き綴ったラストシーンを、師匠から、

「ここから先は、要らない」

と、バッサリ削られたことを思い出します。

 

「杯の店」でも、あれこれ考えてゴールと定めた場面より、ずっと手前に着地点がありました。重要なシーンを書いていると、首筋から後頭部にかけてチリチリとした感覚が走ることがあって、話を先に進めようとしても引き戻される感じでした。

手書きのカクテルレシピや発掘現場の写真も捨てがたかったのですが、『ピアノ・マン』が流れる店内で完結して良かったと思います。ベストのラストです。

 

というわけで今回の記事は、蛇足特集でした。

 

杯の店(創作掌編)

 

※ 今回の掌編は音楽付きです。

 猫p (id:nkobi1121)さんの演奏で、Piano Man

  


pianoman(piano)

 

 行きつけのバーが閉店することになった。

 古いビルが立ち並ぶ一角にある、バーテンダーひとりの小さな店だ。

 再開発プロジェクトにより、老朽化した建物がいくつか取り壊され、跡地にはオフィスや住宅などが入る複合ビルが建設されるらしい。

 

 私は月に2~3度のペースで、数年間通っていた。店は地下1階にあり、階段を下りていくあいだに、その日の疲れが肩から抜けていくのが心地よかった。

 客はひとりで来る人がほとんどで、静かに飲み、マスターと軽くおしゃべりして、あまり長居はしない。

 不思議なほど気持ちが落ち着く空間だった。

 

「ふつうは客が店を選ぶけれど、こちらでは、まるで店のほうが客を選んでいるみたいでした。私はこのお店に選んでもらえて、ほんとに良かったです」

 閉店がせまったある日、前々から思っていたことを伝えると、マスターは微笑んで一礼した。

 私はお酒にもカクテルにも、まったく詳しくない。何となく迷い込むようにしてこの店を見つけた夜、1杯目にジン・トニックを注文したけれど、缶入りでないものを味わうのは初めてだった。

 それからしばらくは、マスターにおすすめを聞いていろいろ作ってもらっていたが、いつしか『希望』という名前のオリジナルカクテルが、私のお気に入りになった。

 

 この店で飲み続けてきた『希望』も、今夜限りになる。ほっそりと背の高いコリンズグラスに満たされた液体は、いつも通り甘く華やかだ。

「マスター、もうお店は出さないんですか? 遠くても、私は通いますよ」

「ありがとうございます。ですが、ここで30年以上やってこられただけで充分です。店を閉めたら、妻の郷里へ移り住み、ふたりでのんびりと暮らすことにします」

 

 先客がふたり、マスターと丁寧に別れを交して出ていった。

 寄り添って階段を上っていく後ろ姿に、私は首をかしげる

「今のお客さん、それぞれ何度もお見かけしてますけど、ふたりそろっているところを初めて見ました」

「私も初めてです」

 マスターは必要以上のことを語らないけれど、私の空想は広がっていく。 

 他の客たちが頼んでいるお酒の名前は、けっこう気になるものだ。

 常連客の多くがそうであるように、あのふたりにも常に注文する定番があった。それが偶然、同じ『孤独』というオリジナルカクテルであることを、私は知っている。

(もしかしたら、あの人たちもお互いに気づいていたんじゃないかしら。ずっと、自分と同じカクテルを頼む人に親しみを感じていて、閉店の予告がきっかけで付き合い始めたのかもしれない)

 勝手な想像を楽しみながら、グラスを傾けた。

 

「マスター、お酒の名前で『孤独』と聞くと、ある歌の歌詞が浮かんでくるんですよ」

 と、話しかける。

 すると思いがけないことに、とても音楽的な答えが返ってきた。

 マスターが、静かに口ずさんだのだ。

  

 Yes, they're sharing a drink they call loneliness
 (そう、店の客たちは分かち合っている酒を
 「孤独」と呼んでいるが)

 But it's better than drinkin' alone
 (それでも、ひとりきりで飲むよりはいいのさ)

 

「もしかして、ビリー・ジョエルの『ピアノ・マン』でしょうか。このフレーズの歌詞を元に、お客様からリクエストをいただいて作ったカクテルです」

「そうです、『ピアノ・マン』です。それにしても、びっくりしました。とても歌がお上手なんですね。バックにピアノの演奏まで聞こえた気がしましたよ。もっと歌ってほしいくらいです」

「いえ、余興は短いほうが……。それより、よろしければお客様のために、オリジナルカクテルをお作りしますよ。何かリクエストはおありですか?」

 嬉しいサプライズプレゼントだ。

 

「ほんとですか? ありがとうございます。どうしよう、何にしよう」

 考えながら、空になった『希望』のグラスに目を落とした瞬間、ある言葉が口をついて出てきた。

 なぜだろう……、それは『失望』という言葉だった。

「失望、ですね。かしこまりました」

 心なしか、マスターの目がきらめいたような気がする。

 ミキシンググラスに氷と材料を入れ、柄の長いバースプーンでステアする姿を、私は魔法薬が調合されるのを待つ気分で見つめていた。 

「お待たせいたしました。オリジナルカクテル『失望』でございます」

 

 安定感のあるゴブレットにそそがれた『失望』は、ほろ苦く深みのある味わいだった。

「おいしいです。なんていうか、おとなの味ですね」

 ところが奇妙なことに、「おとなの味」と言っているそばから、幼い日の思い出がよみがえってくる。

 

──私は一番になれなかったのが悔しくて悲しくて、幼稚園から帰ってくるなり、すわりこんで大泣きした。

 そんな私の背中にあたたかい手を置き、祖母がずっとなぐさめてくれている。

「あんなに一生けんめいがんばったのだから、えらい、えらい」

 と、何度も繰り返しながら。

 やがて、泣くだけ泣いて気が済んだ私は、けろりとしておやつを食べ始める。

「おやおや、いま鳴いたカラスがもう笑う」

 祖母が嬉しそうに笑い、つられて私も照れながら笑った。

 

「……そういうことがよくありました。子供のころは、今と違って負けず嫌いだったんですね。ひょっとしたら、あれが私にとって『失望』の原点なのかも」

 言いながら、両手でグラスを包みこむ。

 希望の大半は失望へと変わっていく。まれに実現しても、胸の内にあったときの完璧な輝きは失われてしまう。けれど、その失望のなかから、新しい希望は生まれてくるのだ。

 希望と失望を繰り返すなかで「一生けんめいがんばって」生きていれば、それで大丈夫そうな気がした。

 

 ゆっくりと味わって『失望』を飲みほした私は、マスターを見上げ、

「さいごに『希望』をもう1杯、お願いします」

 と、注文した。

 

 

     ☆ ★ ☆ ★ ☆ 

 

 

※※ この掌編を書いているとき『ピアノ・マン』が頭のなかで流れていました。ふと、記事に音楽を貼り付けることができたらいいのに、と思いましたが、いろいろむずかしそうなので断念……というタイミングで、猫pさんの記事に出会いました。

  

nkobi1121.hatenablog.com

 

猫pさんの野望のひとつに「ピアノのレパートリーを死ぬまでに1万にする」があるのだそうです。

レパートリー拡大のため、みなさんの好きな歌をどしどし教えてください。どんなマイナーな曲でも、音源がネットにあればok。クラシックは不可。腕がもげる。

とのお言葉に、思いきってお願いしてみたところ──、

 

nkobi1121.hatenablog.com

 

何と翌日には、読み応えのある記事のなかで、「音楽のブーケ」として届けられていました。しかも、他の方たちのリクエストを含め7曲も。

皆さんの好きな曲をじゃんじゃんどしどし教えてください。耳コピゆえと練習をしないゆえの不正確さを許してくれる方のみ。

耳コピ?(すごい…)、まさに、Piano Man、じゃなくて、Piano Nyan!

猫pさん、ありがとうございます!

 

にんじんの常備菜

 

2年以上のあいだ、常備菜として金時豆のサラダと割り干し大根の漬物を作ってきました。

 

toikimi.hateblo.jp

 

ところが、最近は生の大根をサラダにして食べることが多く、「大根かぶり」が起きてしまうため、割り干し大根が余りがちでした。

そこで、常備菜を変えてみることにしました。

 

不足しやすい緑黄色野菜を補える、にんじんの常備菜です。

にんじん2本をピーラーでリボン状にスライスし、少量の油で炒め蒸しにしてから、熱いうちに、酢と醤油と白ゴマで和えるだけ。

にんじんは固いので、包丁で薄切りにするのはけっこう大変ですが、ピーラーを使うと楽にできて、腱鞘炎持ちにはありがたい限りです。

火の通りもよく味もしみやすいので、一石二鳥以上でした。

 

にんじんは皮側のほうに栄養があるため、一緒にスライスします。また、豊富に含まれているβ-カロテンは、熱を加えると吸収率が倍増するそうです。

 

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保存容器に移そうとしたら、入りきらなかったので、フライパンをそのまま使って、にんじん入りの炒り卵を作りました。

ついでに一品できて、何だかとても得した気分でした。

 

ツノの月(創作掌編)

 

 僕の恋人は、温泉と渓流釣りが楽しめる静かな観光地で生まれた。

 小学生のとき、父親の仕事の関係で引っ越して以来、ほとんど帰ったことがない郷里だという。

 それでも、僕はプロポーズをする前に、彼女のルーツとなる地を訪れたいと思ったのだ。

 

 駅の改札を出ると、目抜き通りの先に青々とした山が見えた。

 歴史を感じさせる商店街は、店の数こそ多くないけれど、堅実に繁盛を続けてきた風格がある。土地の人の表情や話し方からは、芯の通った意志の強さと、控えめな親しみが伝わってきた。

 これが、土地柄とか気風というものだろうか。

 彼女に通じるものを感じて、僕はひとりうなずいた。

 

 3年も付き合っているのに、僕たちはケンカらしいケンカをしたことがない。

 努力家で優しい恋人に、時には本音をぶつけて欲しいと頼んでみても、困ったように微笑むだけだった。

 けれど、彼女の生まれ故郷を歩きまわり、バスに乗って他の乗客のようすをながめたり、宿の人と話をしているうち、何となくわかってきた。

 彼女はけっして、取りつくろっているわけではないのだ。ささいなことにいちいち騒がないだけで、許せないと感じれば、きっと本気で腹を立てるだろう。

(やっぱり、来てよかったな)

 のんびりと温泉につかり、心づくしの料理を食べて、僕はぐっすり眠った。

 

 川のせせらぎと鳥の声で目を覚ます。

 朝食前にひと風呂浴びようと部屋を出た僕は、呆気に取られて立ちすくんだ。

 てきぱきと立ち働く客室係やスタッフの人たち、そして、一部の宿泊客の頭に、2本のツノが生えているのだ。

 

 僕はふらつきそうになる足を踏ん張り、平静を装いながらあたりを観察した。

 本物のツノではない、当然のことだが。アイスクリーム・コーンのような形をしていて、色や柄はさまざまだった。仲居さんのツノは着物とコーディネートされた色合いだし、子供たちにはファンシーな花柄やアニマルプリントが人気のようだ。

 謎が解けたのは、1階に下りて、ひと晩のうちに設置された特設コーナーを見たときである。

 ~今月は『ツノの月』~

 と大書された看板が立ち、髪飾りのように頭に取りつける「ツノ・カチューシャ」という商品が、所狭しと並んでいた。

 

 特設コーナーのパネルによれば、『ツノの月』は昔からこの地に伝わる風習らしい。

 温厚篤実を信条とする人々でも、腹に据えかねることは、もちろんある。口には出さず、いったんは胸に納めた憤りを、年に1度、決まった期間に発散して解消するため、諸々の行事が行われたというのだ。

 商品化したツノ・カチューシャなどはない時代、家ごとに、ツノに見立てたかぶりものを手作りした。日頃は隠しているツノをあらわにしたからには、我慢は無用だ。「ツノ踊り」を踊って表通りを練り歩き、騎馬戦の鉢巻のように相手のツノを奪い合うゲームに興じた。

 普段は慎ましい女性たちも、飲めや歌えやの宴を開く。あるいは、井戸やかまどに向かい、日頃のうっぷんを大声で晴らす。

 

 ツノの月のフィナーレは、すべての神社仏閣で行われるお焚き上げだった。

 ツノが盛大に燃やされ、怒りは浄められる。そのさまを見届けて、人々は穏やかな暮らしに戻っていくのだ。

 

 僕は、恋人へのお土産と自分用に、ツノ・カチューシャを買った。

 この現代のツノも、期間中に観光センター宛てに送れば、きちんとお焚き上げをしてくれるという。商品には、送付先の住所とともに、「焼やしても有害物質を発生しません」と明記されており、あらためて生真面目な土地柄を感じる。

 

 宿をチェックアウトして駅へ向かった。

 バスの運転手の制帽にもツノ、地元の人や観光客にもツノ、という光景をながめながら、帰りの列車の発車時刻を待つ。

(来年は、彼女と一緒に来られたらいいな)

 駅前広場のベンチに座り、ぼんやり考えているとき、

「写真、お願いできますか?」

 と声をかけられた。

 

 4人連れのご婦人たちが、そろってツノ・カチューシャを着けて、満面の笑みを浮かべている。

「はい、もちろん」

 答えて、僕は立ち上がった。

「ありがとうございます。お手数ですが、あの石像をバックに撮っていただけないでしょうか?」

 指差す先を見ると、観光センターの脇に大きな石像が立っていて、記念撮影している人も多い。

 

 僕は、にぎやかな女性たちのあとに付いていった。

 そして、本日2度目の吃驚仰天をした。 

 近づいて見上げた石像の頭にはツノが生え、不敵な笑みを浮かべている。

 鬼だった。

 仁王立ちした鬼の向こうで、

 ~ようこそ! 鬼の郷へ~

 という垂れ幕が、風に翻っている。

 

 ……もしかしたら僕の未来の花嫁は、鬼の末裔なのかもしれない。

 

 

仕事納め

 

今日が、令和初の仕事納めでした。

先週の金曜日から休みに入っている従業員が多く、閑散としたオフィスで、今年のこと、来年のことなど考えながら、一日を過ごしました(仕事もしました)。

 

 記念写真

皆が休んでいるなか出勤とは殊勝である、ということで、会社の偉い人がお昼をご馳走してくれるのが、ここ数年のイベントになっています。

 

今年は記念に写真を撮ってみました。大きい海老なので、イベント感あります。

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 家計簿ソフト

来年は家計簿をつけようと思い、フリーソフトを探したところ、まさに打って付けのものを見つけました。

その名も、個人主義的小遣い帳:収入や支出を費目、内訳、金額、備考の4項目で整理し、収入・支出・残高を管理できる家計簿的、お小遣い帳ソフトです。

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個人主義的小遣い帳 - メイン画面

 

「いまサイフの中にはいくらあるか」「どこで何にいくら使ったか」を押さえておくことを目的として作成されたソフトなので、機能や項目が多すぎず、コンパクトなメイン画面で直感的に操作できるため、気楽に続けられそうです。

 

 

 ゲシュタルトの祈り

今年は一度も、ゲシュタルト療法のワークショップに参加できませんでした。

予定を入れ、申し込みまで済ませたのに、親戚の不幸や突発的な病気でキャンセルということが続きました。

そればかりか、振り返ればブログにも、ゲシュタルト関連の記事を書いていません。

 

英語に詳しくありませんが、「unlearn」という言葉が浮かびました。

「脱学習」とか「学びほぐし」などと訳されています。

学んだことを改めて問い直し、時にはいったん放棄し、自分のやり方で心に収め直す、という意味があるそうです。

思えば3年ほど、ゲシュタルトにどっぷり浸かって過ごしましたから、そろそろ「unlearn」の時期に入ったのかもしれません。

私はゲシュタルトを、セラピーというより生き方だと思っているので、ワークショップに参加することだけがすべてではない、ともいえます。

 

原点に立ち返って──、

  ゲシュタルトの祈り

私は私のことをする。あなたはあなたのことをする。

私はあなたの期待にそうために、この世に生きているのではない。

あなたも私の期待にそうために、この世に生きているのではない。

あなたはあなた、私は私である。

もし、たまたま私たちが出会うことがあれば、それはすばらしい。

もし出会うことがなくても、それは仕方ないことだ。

 

 フリッツ・パールズ

(百武 正嗣 著「気づきのセラピー はじめてのゲシュタルト療法」より)

 

ゲシュタルト療法とは、精神分析フレデリック(通称フリッツ)・パールズと、妻でゲシュタルト心理学者のローラ・パールズ、そして編集者のポール・グッドマンの3人によって創られた実践的な心理療法です。

ゲシュタルトの祈り」は、ゲシュタルト療法の哲学を表現した詩だといわれています。

 

この詩の最後の1行は、さまざまに受け取られていて、「冷たい」と感じる人もいれば、これこそゲシュタルトらしいと思う人もいるようです。

「もし出会うことがなくても、それもまたすばらしい」

と訳されることもあります。

私自身は、「出会わないことに、出会っている」という解釈が好きです。

 

ゲシュタルトの祈り」ですが、パールズは晩年、身近な女性たちから「無関心さを助長している」などと批判を受け、以下の2行を付け加えた、という話も残っています。

私とあなたが、私たちの基本

一緒にいてはじめて世界を変えられる

 

また、パールズの没後、弟子のタブスが発表した「パールズを超えて」という詩では、

私は私のことをする。あなたはあなたのことをする。

もしそれだけならば、お互いの絆も、私たち自身も失うことになる。 

〈中略〉

心のふれあいは、成り行きまかせではない、自分から求めていったところにある。

すべての始まりは私に委ねられていて、そして、一人では完結しない。

本当のことはすべて、私とあなたとのふれあいの中にあるものだから。

 もしかしたら、タブスさんも「unlearn」されたのかもしれません。

 

ところで今年は、「ゲシュタルトの祈り」の最後の1行ではなく、ひとつ前の行、

もし、たまたま私たちが出会うことがあれば、それはすばらしい。

を実感した年でした。

はてなブログを通じての出会いに感謝、です。

 

どうぞよいお年をお迎え下さい。

 

御池ガモの里親(創作掌編)

 

 御池(みいけ)ガモは、ペット用に品種改良されたカモの一種で、ペットブームが過ぎた後、御池山公園の池に放置され半野生化した水鳥である。

 公園の自然は造成されたものだ。

 それでも、芝を植えた築山や、緑に囲まれた大きな池は、町なかのオアシス的存在だった。人工池に浮かぶ御池ガモも、地域住民から親しまれている。

 

 園子は、御池山公園と同い年だ。家のそばに立派な公園が出来て喜んだ父親が、生まれてきた娘の名前に「園」という字を入れたというから、ご縁は深い。

 成人して長年のあいだ家を離れていた園子だが、介護のため両親のもとへ戻り、今ではひとり気ままに生家で暮らしている。

 

 3年前の春のこと━━。

 御池山公園を散歩していたら、突然、すぐそばで1羽の御池ガモが飛び立っていった。

 まさに「足元から鳥が立つ」のことわざ通りで、園子は驚いて棒立ちになった。

(ああ、びっくりした。池から離れたこんな場所で、何してたのかしら?)

 と、カモが飛び出してきた場所をのぞき込む。

 そこで、枯れ草を集めたような巣のなかに、数個の卵を見つけたのだった。

 どうやら、卵を抱いていた母ガモを脅かしてしまったようだ。あわててその場を離れたものの、なんだか気になってしかたない。

 近所をひとまわりして充分に時間を置いてから、そっと様子を見に行くと、まだ母ガモは戻っていなかった。

 

 鳥は危険を感じると巣を放棄してしまう、と聞いたことがある。 

(もしかして、私のせいで……)

 自責の念にかられた園子は、公園内に掲示されている指定管理者の連絡先に電話してみた。すると、応対した担当者は慣れた口調で、

「野生鳥獣保護ボランティアに依頼して、状況を確認してもらいます。巣の位置をくわしく教えてください」

 と言った。

 聞けば、そのボランティアは近所に住む年配のご夫婦で、在宅していればすぐにでも駆けつけてくれるらしい。巣のなかの卵が他の生き物に狙われないか心配だったので、その場で到着を待つことにした。

 

 それが、田中さんご夫婦との出会いだった。 

 今では園子もすっかり、御池ガモ里親チームの一員である。

 

 町なかの公園という環境のためか、御池ガモが抱卵を中止してしまうケースは多く、このままでは数が減少する一方だと憂えて、田中夫妻は行動を起こした。

 最初は2人だけだった保護ボランティア活動も、年月を経て、田中家を中心にゆるやかな輪が広がり、チームが作られていった。

  母ガモが戻らなくなった巣から卵を保護し、孵卵器でヒナを孵して育てる。春から初夏にかけ、およそ2ヶ月のあいだ世話をして、充分に大きくなったところで御池山公園の池に返すのだ。

 さらには、御池ガモが安心して子育てのできる公園を目指し、整備の提案や請願も地道に続けていた。

 

 園子も野生鳥獣保護ボランティアに登録し、田中さんから教えを受けながら雛を育てた。

 世話にはかなりの時間と労力が必要で、また、生存率もけっして高いとはいえない。心身ともに消耗するので、離れていくメンバーも少なからずいる。

 けれど、新しい希望者がとぎれることはなかった。

 園子と同じように、公園で母ガモを驚かせてしまったのがきっかけで、チーム入りする新人が次々と現れるからだ。

 

 今年、園子は小型の孵卵器を買った。

 温度と湿度を自動でコントロールしてくれるうえ、転卵機能も付いている優れものである。「転卵」とは、卵の中の胚が殻に癒着するのを防ぐために、一定の間隔で卵を回転させることだ。

 頼りになる機器を備え、初めて自宅で卵を温めながら、園子は孵化の時が来るのを心待ちにして過ごした。

 

 ある夜、眠る前に観察すると、卵のひとつに、ひびが入っていた。

 とうとう、雛が内側からくちばしてつついて殻に穴をあける、嘴打ち(はしうち)が始まったのだ。

 嘴打ちの開始から孵化までは、半日ほどかかることが多い。

 園子が、里親チームの連絡網にニュースを流すと、さっそく翌日には、田中さんご夫婦が新しいメンバーを連れてやってきた。

 

 一晩のうちに、ひびの入った卵は3つに増えていた。

 ひびはかなり広がっていて、殻をつつく「コツ、コツ」という音の合い間に、小さな鳴き声も聞こえてくる。

「何度立ち会っても、孵化の瞬間は感激するのよね」 

 田中さんのお母さんが目を細め、お父さんも笑顔でうなずく。

 新メンバーの井上君は、現在休学中の学生だと聞いたが、生き生きとした表情で卵に見入っていた。

 

「私、ときどき見る夢があるんですけど━━」

 園子の言葉に、3人が顔をあげる。

「暗い道を歩いていると、後ろのほうから光が差してくるんです。振り返ってみると、御池ガモの雛が一列になって付いてきていて、『あっ!』と思った瞬間に目が覚めます。不思議と元気が出る夢なんですよね」

 すると、田中さんご夫婦も、

「雛を連れて歩く夢は、私たちも見るよ。孫の夢より多いくらいだ」

「そうよね、娘たちが知ったら気を悪くしそうだから内緒だけど」

 と、顔を見合わせて笑った。

 

「僕もいつか、そんな夢を見られるでしょうか?」

 井上君が真顔で質問する。

「生まれて間もない雛の世話は、朝から晩まで、ほとんどかかりっきりだからねえ。毎日そうしていると、いやでも夢に出てくるさ」

「井上君も、雛のお母さんになってみればわかるわ。子育てでいっぱいいっぱいになって、他のことは考えられない。眠っているあいだも、気にかけている感じよ」

「でも大丈夫、いつでも相談にのるし、ちゃんとサポートしますから」

 いっせいに話しかけられ、何度もうなずいた井上君は、再び卵に視線を戻す。

 

 新しい世界へ通じる扉を叩くように、嘴打ちの音が大きくなった。

 

     ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 ぼくは殻のなかで、外から聞こえてくるヒトの声に応えて鳴いた。

 今は、ぼくたちにとって、生きるのが困難な時代だ。だからお母さんは、ヒトという大きな生き物に、ぼくたちを託したのだ。

 

 殻をこわして出て行くまえに、お母さんがずっと昔に教えてくれたことを思い起こす。

 

 外に出たら、最初に見た動くものを母親だと信じ込む。そして、鳥のこころを忘れずに、しっかりと生きのびる。

 いつか必ず、もっといい時代が巡ってくる……。