かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

「カモノハシの人」が書いた本

 

もう去年のことになりますが、ラジオ番組のコーナーで、オーストラリア以外では出会えない希少な生き物「カモノハシ」についていろいろなお話を聴きました。にわかに興味がわき、もう少し詳しく知りたくなって検索してみると、カモノハシをこよなく愛する研究者の著書『カモノハシの博物誌~ふしぎな哺乳類の進化と発見の物語』(浅原 正和・著/技術評論社 2020/7)がまっ先に挙がってきました。

 

 

著者の浅原正和さんとカモノハシとの出会いは小学校低学年の頃、科学雑誌ニュートン』の誌上だったそうです。

私は、ある摩訶不思議な生き物のイラストにおどろきました。くちばしがあって、毛皮ももっていて、みずかきがある。このような生き物がいるのかと、そのエキゾチックな外観に心を奪われました。それだけではありません。なんと、その生き物は哺乳類なのに卵を産むと書いてあります。なんと不思議な生き物だろうか! それが私とカモノハシとの出会いでした。子ども心にカモノハシの印象は深く刻まれ、自分なりのカモノハシのキャラクターを描くようになり、高校生の頃にはカモノハシのマンガを描いていました。以来、カモノハシ好きを公言してくらしてきたのでした。

 

カモノハシのユニーク・ポイントをまとめると、こんな感じです。↓↓↓

カモノハシ(画:フリーカットさん)

 

①くちばし:トレードマークともいえるカモのようなくちばし。しかし鳥類のくちばしとは違い、やわらかい肉質のもので中には骨が通っている。感覚器官としての機能があり、触覚や電気感覚がある。

 

②口:餌を蓄える頬袋がある。カモノハシの成体には歯がなく、食べ物はつめと同じ素材でできた「角質板」ですりつぶす。子どもの頃には痕跡的な臼歯があるが、成長とともに抜け落ちる。

 

③前足:みずかきは指よりも前に広がっている。歩くときは折りたたんでクッションにする。前足で土を掘るのでつめの先は丸い。カモノハシの泳ぎは、その他の半水棲の哺乳類と異なり、クロールのように主に前脚で推進力を得ている。

 

④卵巣:多くの鳥類と同じく右側は未発達。卵は一度に2つ産むことが多く、その大きさは17ミリくらいで、やわらかくぶよぶよしている。母親は巣穴の中で丸まって卵を抱きかかえて温め、子どもが生まれると授乳して育てる。なお、カモノハシには乳頭(乳首)がないので、子どもは母親のおなかに汗のように染みだしてくるピンクから白色のミルクをなめて育つ。

 

⑤後ろ足&けづめ:みずかきは前足より小さく、つめはよりとがっている。オスは後ろ足のかかとにけづめ(蹴爪)をもつ。けづめは毒腺につながっており、オス同士の争いに用いる。毒をもつ哺乳類はとても珍しく、知られているのはカモノハシとトガリネズミの仲間だけ。メスも子どもの頃にはけづめがあるが、成長とともに抜け落ちる。

 

⑥総排出孔:ふん、尿、卵の通り道は体内で合流したあと、同じ孔(総排出孔)で体外へ出す。このような総排出孔をもつのは、鳥類や爬虫類、両生類、魚類と共通する特徴。

 

⑦尾:泳ぐときは方向安定板の役割をはたす。尻尾を丸めて、その中に草を挟んで巣まで運ぶこともする。脂肪を蓄える場所でもある。ちなみに、子育て期間を終えた母親の尻尾は、蓄えた脂肪が大きく減少している。

 

⑧毛皮:水の中を泳ぐため、撥水性と保湿力の高い緻密な毛でおおわれている。かつては毛皮を目当てに狩猟された。

 

カモノハシは視覚・聴覚・嗅覚ともにあまり強くなく、水中では目も耳も鼻の孔も閉じています。では、何をたよりにエサを探しているのかというと、くちばしに鋭敏な感覚器を持っているのです。

くちばしの表面にたくさん開いている毛穴のような小さな穴が、レセプター(受容器)となっており、水流や水圧などから周りに何があるかを知覚し、さらに、獲物が発する微弱な電流をキャッチして、その場所を探知できることが明らかになっています。

極めて高感度の電気センサーというわけで、まさにカモノハシの「第六感」です。

 

カモノハシが電気を感じることが明らかになったのは、電気刺激を感じる魚類を研究していたドイツの研究者が、カモノハシのくちばしにあった感覚器官の構造が魚類の電気受容器に似ていることに気づいたことからでした。最初の実験として、カモノハシを飼育していた水槽に1.5ボルトの乾電池を落としてみることが行われました。すると、水槽にいたカモノハシはひどく興奮し、乾電池に興味をもって、周りを泳ぎ回ったそうです。

実験の様子が目に浮かぶようです。魚類の研究者によって発見されるというところにも、カモノハシらしいハイブリットさを感じました。

 

カモノハシ大好きな子供が、やがて「カモノハシを含む哺乳類の歯や頭骨の形態進化」の研究者となられたのですから、それはとても幸福なことだと思えます。

けれど現実には、プロの研究者といえども、好きなことだけを研究して日々が完結するわけではなく、自分の研究以上に、さまざまな公共のための仕事を負担しなければならないようです。

著者の浅原さんは、膨大な仕事を目いっぱい詰めこんで活動していた時期、過労のため「生まれて初めて死を意識するような体の不調」に遭遇されました。倒れた瞬間に、もうこの世にいない祖父や親類、昔飼っていた犬たち、家族、当時の交際相手などが次々に思い出されたといいますから、臨死体験に近い状態だったのかもしれません。

そのとき、倒れこんだ視線の先に、カモノハシのぬいぐるみがいました。

自分が心血を注いできたカモノハシの研究を進めたい、論文を出版したい、と心の底から願ったそうです。

 

幸いにも体の不調から回復した浅原さんは、体を大事にしつつも研究にエネルギーを注ぎ、その年のうちに10本の論文を通しました。

本の中でも紹介されている「カモノハシが歯を失った話」の論文は、咀嚼をするにも関わらず歯を失った唯一の哺乳類であるカモノハシの謎を解き明かすものです。

1000万年前の化石カモノハシ(オブドゥロドン)と現生のカモノハシの頭骨形態を比較研究した結果、くちばしの感覚器官(電気感覚等)の発達とともに、その感覚を伝えるために太くなった神経が、歯根の収まるスペースを奪ってしまったため歯が失われたという結論に至っています。日本・オーストラリア・アメリカ合衆国の研究者たちと共同で発表されたこの論文は、Science誌に研究紹介記事が載り、世界5か国で報道されました。

 

幼い頃からずっとカモノハシが好きでしたし、知り合いの中では「カモノハシの人」として知られていましたが、ようやく社会の中で正式に「カモノハシの人」になれたような気がします。

という言葉が胸に沁みます。

 

そして、本の後付けに載っている、たくさんのカモノハシのぬいぐるみの写真と、そこに添えられたキャプション「2020年6月 夜更けにカモノハシのぬいぐるみたちに囲まれながら」を読み、ほのぼのとあたたかい気持ちになりました。