かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

精神科医が解き明かす「HSP」

 

HSPとは、Highly Sensitive Person(とても敏感な人)の略語で、ユング派の心理療法家、エレイン・N・アーロン博士が提唱した概念です。

アーロン博士の著書は全米でベストセラーとなり、日本でもHSPという用語が一般に広まりました。

 

ところが、精神医学や臨床心理学の専門家は、この用語や概念を「科学的な精緻さに欠けた議論」とみなして、ほとんど黙殺してきたといいます。

ただ「敏感すぎる」という症状だけでひとくくりにしたのでは、的外れな理解や見当違いのアドバイスを生んでしまう危険がある、というのがその理由の1つでした。すでに精神医学的には、過敏性についての厖大な研究が行われてきており、遺伝子レベルから心理的レベルに至るまで、多くのことがわかってきているからです。

けれど一方、HSPという言葉がこれほど広く受け入れられたということは、専門家に診断や手当てを求めるほどではなくても、過敏さのため生活に支障を感じている人が多いという表れでもあります。

 

『過敏で傷つきやすい人たち~HSPの真実と克服への道~』(岡田尊司幻冬舎新書
は、過敏性ということを医学的な知識や根拠に基づいて理解し、克服への一歩を踏み出してほしい、という著者の願いが込められた本です。

 

過敏で傷つきやすい人たち (幻冬舎新書)

過敏で傷つきやすい人たち (幻冬舎新書)

  • 作者:岡田 尊司
  • 発売日: 2017/07/28
  • メディア: 新書
 

 

 

1.小さいことに苦しむがゆえの、大きな苦しみ(はじめに)

 

 この本を手に取ってくれた方は、きっと過敏なために苦労をされてきた方に違いありません。正直に言うと、私自身、幼い頃から過敏な神経と心に苦しんできた一人です。
 私が精神科医になったことは、間違いなく、そのことと関係していたでしょうし、過敏だからこそ、患者さんのつらさも実感できるという点では、適職に出会えたとも言えるかもしれません。

 

著者の岡田尊司さんは、音に対する感覚の過敏さがあり、道路や線路から可能な限り遠ざかろうして引っ越しを繰り返し、人里離れた山の上のような場所に住んでいたこともあるそうです。

私自身、超満員の通勤電車を避けるため職場の近くへ引っ越した経験があるので、親近感をもちました。

 

 音に対する感覚の過敏さでも、他人からすると滑稽なほどに大騒ぎをし、山の上にまで逃げ惑うという事態を引き起こすわけですが、愛されないことや蔑まれることへの過敏さをもつと、次元の違う痛みと苦しみがもたらされることになります。それはときには、人の命を奪うほどです。
 人が幸福に生きるということにしろ、社会でうまくやっていくということにしろ、本気で考えようとするならば、過敏性というものに対する理解が不可欠なのです。 

 

 

2.「過敏性」とは何か

 

カタナ・ブラウンとウィニー・ダンが作成した「感覚プロファイル」は、感覚の過敏性を評価する方法として、もっとも知られているものの1つで、

①「低登録」②「感覚探究」③「感覚過敏」④「感覚回避」に分類された4領域それぞれが、高いか、平均的か、低いかというばらつき方から、その人の感覚処理における傾向や直面しやすい困難を予測する検査です。

感覚プロファイルの測定形式は、当てはまるものをチェックする質問紙法です。参考として、いくつか質問例が挙げられていました。

 

①低登録:少々の刺激では反応が起きにくく、刺激に対して馴れやすい傾向。過敏とは正反対の特性ともいえるが、実際には両方の傾向が同居することも多い。

 ☑ 相手の言葉が聞き取れず、よく聞き返す。

 ☑ 冗談やギャグが、すぐにわからないときがある。

 ☑ ものによくぶつかったり、つまずいたりする。

 ☑ 顔や手が汚れていても気づかないことがある。

 ☑ 標識や案内板を見落としやすい。

 

②感覚探究:新しい刺激を求め、新奇性を探求する傾向。

 ☑ 香辛料やスパイスをかけるのが好き。

 ☑ 体を動かしたり、ダンスをしたりするのを好む。

 ☑ 地味な色合いより華やかな色彩に惹かれる。

 ☑ 話をしているとき、相手の体に触ってしまう。

 ☑ 人前で注目を浴びるのが好き。

 

③感覚過敏:感覚の鋭敏さという以外に、刺激に対して能動的な回避行動を行わず、甘受する傾向を併せもつ。

 ☑ 香水や芳香剤の強い匂いは苦手。

 ☑ 車や遊園地の乗り物が好きではない。

 ☑ 体に触られるのは嫌だ。

 ☑ 突然大きな音がすると、ひどく驚いてしまう。

 ☑ 周りが騒々しいと集中できない。

 

④感覚回避:不快な感覚刺激を避けようとして行動する傾向。避けるべきものがはっきりしていて、能動的に回避する。

 ☑ なじんだ食べ物しか食べない。

 ☑ 部屋のカーテンは、大抵閉めておく。

 ☑ 他の人から離れた席に座ることが多い。

 ☑ 騒々しい場所や人ごみは避けるようにしている。

 ☑ 忙しいときも、一人の時間をもつようにしている。

なるほど、チェックしてみると、あちこちに当てはまっていました。

そういうばらつきを統計学的に評価する方法です。過敏かどうかの2択ではなく、刺激に対してどのように反応しているのかを整理し、客観的に理解することを目的としているのでしょう。

「私の普通」と「あなたの普通」の違いがわかれば、相互理解にもつながります。

 

 

3.「過敏性」をプロファイルする


過敏性には、大きく2つの種類があると考えられています。1つは感覚過敏など、神経学的なレベルでの過敏性で、もう1つは、人の反応を怖れて顔色を過度に窺ったり、傷つきやすかったり、猜疑心が強かったりする過敏性です。

後者を「心理社会的過敏性」といい、心理的な面と、対人関係など社会的な面の両方をさします。感覚プロファイル検査は、主に前者を評価する方法です。

 

著者が開発した「過敏性プロファイル」では、8つのセクションに分けてチェック項目を設けています。

 

神経学的過敏性

①感覚過敏

➁馴化抵抗…刺激への馴れが生じにくい傾向

心理的社会的過敏性

③愛着不安…愛している存在に見捨てられる、拒否されるといった不安を抱きやすい傾向

➃心の傷…未解決な心の傷を抱えている人は、傷つきやすく回復に時間がかかる

病理的過敏性

⑤身体化…ストレスや不安が自律神経の乱れとなって体の症状として出る

⑥妄想傾向…現実の出来事を被害的に解釈してしまう

その他、過敏性に伴いやすい傾向として

⑦回避傾向

⑧低登録

 

以上の8セクションです。各セクションのスコアからレーダーチャートを作成して分析し、社会適応度や生きづらさ、幸福度との相関係数を出します。そこから、生得的要因と後天的な要因との関与を推測し、対策へとつなげていくのです。

 

 

4.過敏性を克服する

 

最終章では「幸福は自分で手に入れるもの」として、

①肯定的でバランスの良い認知を高めるためのトレーニン

②第三者の視点をもち、振り返りの力を養うエクササイズ

③「安全基地(安心感の拠り所となる存在)」を強化するワーク

など、過敏性を改善し克服するための方法が、数多く挙げられています。

 

私がすぐにでもやってみたいと思ったのは、マインドフルネス認知療法の入門的なプログラム「三分間呼吸空間法」でした。

マインドフルネス認知療法は、禅の考え方と認知療法をミックスした心理療法の1つで、刺激が過負荷になりやすい過敏性に対しても、とても有効な方法だといいます。

通常マインドフルネスは、ワンセットに30分程度の時間をかけて行いますが、この方法は「三分間息抜き瞑想法」とも言える、簡易な呼吸瞑想法です。

 

 まず、背筋を伸ばして座り、軽く目を閉じます。

 最初の一分間は、自分の心の状態を感じます。不安や苦痛、怒り悲しみといったことも、どうにかしようとはせずに、ありのままに感じ、観察するだけです。

 次の一分間は、呼吸に目を向けます。空気が鼻から入ってきて、気管を通り、肺に吸い込まれていくときの感覚に目を向け、味わいます。胸やおなかの動きを感じます。過呼吸になりやすい人や呼吸に過敏な人では、おなかに手を当てると良いでしょう。〈中略〉その場合、ポイントはしっかりと空気を吐き出すことです。十分時間をかけて、ゆっくりと空気を吐き出すのです。深くゆっくりとした呼吸を心がけてください。

 最後の一分間は体の感覚に目を向けます。足先から膝、腿、お尻、おなか、背中、腕、肩、首、顔、頭というように、下から順番に体の状態をスキャンする方法を「ボディ・スキャン」と言います。一分間という時間では、そこまで丁寧にスキャンすることはできませんが、大まかに足からおなか、肩や首、頭と、感じていくといいでしょう。感じながら、体の部位を少し動かすのも良い方法です。リラックス効果が高まります。

 息を吐き出しながら、ゆっくり目を開けて、終了となります。

 

ゲシュタルト療法のワークショップでは、

「あなたは今、どんなことに気づいていますか?」と問いかけ、

「わたしは今、○○○に気づいています」と、一定の時間内で応え続ける「気づきのレッスン」を行います。それに通ずるものを感じました。

毎日15分間の「気づきのレッスン」を推奨されながら挫折した私ですが、再チャレンジする気持ちで「三分間呼吸空間法」に取り組もうと思います。

 

私自身の経験も含めて、これまで三十年ほど精神科医として学んだことや経験したことから、過敏性を乗り越えるために役立ちそうなことは、できるだけ絞り出して伝授したつもりです。ここからは、あなた自身の意思と努力で、さらに歩を進めていってください。

 

著者である岡田尊司さんの「おわりに」の言葉を、 しかと受けとめました。