かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

復活の夏(創作掌編)

 

 両親が2人で暮らす家には、今と昔が混在している。

 礼美がひと月ぶりに訪ねると、AI機能を搭載したエアコンの風下に、古い4枚羽根の扇風機が回る居間で、父は動画配信サービスの時代劇特集をネット視聴していた。

 元・企業戦士の父にとって、ゴロテレは定年退職後最大の楽しみらしい。

 ちなみに「ゴロテレ」とは、ゴロンと寝転がってテレビを観ることである。

 

 3人で昼ごはんを食べた後、母の婦人雑誌をながめていた礼美は、いつのまにか居眠りしてしまったようだ。

 夢を見た。

 小学校低学年くらいの女の子が、しくしくと泣いている夢だった。いちご柄の浴衣を着た背中が小さくて、いかにもかわいそうだ。

 なぐさめようとして近づいたとき、ふと、

(これって、のっぺらぼうのパターンかもしれない)

 という思いがよぎり、女の子が振り向く前にあわてて顔をそむけた。

 

 実際に大きく首を振ったのだろう。衝撃で目を覚ますと、母が気づかわしげに聞いてきた。

「あらまあ、首を痛めなかった?」

「だいじょうぶよ……。何か変な夢を見た」

 泣いていた女の子の後ろ姿を思い出し、夢のなかとはいえ不人情なことをしたと、少し後悔する。

 けれど、あのいちご柄の浴衣には、見覚えがあった。

 

「あっ!」

 思わず声をたてたので、母ばかりか父までも礼美に注目した。

(そうか、あれは実際にあったことだ。あの女の子は、私自身だったんだ)

 8歳の夏休み、父の仕事の都合で、家族旅行が急に取り止めとなったことがある。旅先で開催される花火大会を特等席で観覧する予定だったため、母にせがんで縫ってもらったのが、いちご柄の浴衣だったのだ。何日も前から繰り返し「試着」させてもらって、それはそれは楽しみにしていたというのに……。

 会社の上司から電話を受け、父が旅行の中止を告げたときも、礼美はその浴衣を試着中だった。

 がっかりしたあまり泣き出すと、父はひどく苦々しい顔になり、気をつかった母が、

「泣くのはおよしなさい。お父さんはお仕事なんだから、わがまま言っちゃダメよ」

 と、礼美を叱った。

 

(いやいや、子供にとって理不尽以外の何物でもないわ)

 記憶と共に、悲しい気持ちがよみがえり、礼美は恨みがましく両親を見つめた。予行練習の甲斐もなく、本番の舞台を踏めずに敗退したような、やりきれなさを感じる。

 とはいえ──、

「どうしたの、やっぱり首の筋を違えたんじゃない?」

 心配そうにこちらを向いている2人の顔を見て、怒りをそっと胸に納めた。

 もう何十年も前のことだ。礼美自身だってすっかり忘れていたわけで、とっくに時効なのだ。

「ほんとに首は何でもないから。それより、小学生のときお母さんが、いちご柄の浴衣を縫ってくれたじゃない? あれ、どうなったのかなと思って」

 礼美が尋ねると、母は首をかしげた。

「そうねえ、子供の浴衣はすぐサイズが合わなくなるし、誰かにあげちゃったんじゃないかしら」

「そうなんだ……」

 

 すると突然、父が言った。

「いや、その浴衣ならまだある。仏間の桐箪笥の引き出し、確か一番下の段だ」

 礼美はびっくりして目を見張ったが、母の方は落ち着き払ってうなずいている。

「お父さん、終活の一環で、家じゅうの物をチェックしながら、少しずつ断捨離してるのよ」

 初耳である。けれど今は浴衣のことが気になるので、礼美はすぐさま仏間へ向かった。

 

 父が言ったとおりの場所に、なつかしい浴衣はしまわれていた。

 やや色あせて見える小さないちご柄は、昭和レトロ風というか、それなりにいい雰囲気だ。捧げ持つようにして居間へ運ぶと、母が広げた婦人雑誌を指さして微笑んだ。

「礼美ちゃん、あなたこれを見て、昔の浴衣のことを思い出したのね」

 雑誌の見開きページには、

【着なくなった子供の浴衣を簡単リメイク】

 という特集記事が載っていた。

 

 見た覚えのない記事だ。母と違って裁縫に興味がないので、読み飛ばしたに違いない。それでも無意識のうちに影響を受け、夢につながったのだろうか。

「これなんか、礼美ちゃんにいいんじゃない? 型紙なしで作れるんですってよ」
 いくつかあるリメイク・サンプルのなかから、母が勧めたのは『おしゃれなシンプル・エプロン』だった。

「そうね、こういうのあるといいわよね」

 礼美の言葉を聞き、母は嬉しそうにポータブルミシンを出してくる。

 浴衣をほどいて、スチームアイロンでしわを伸ばすと、布地にチャコペンで印をつけて裁っていく。時々雑誌のページを確かめながら、コンピューターミシンのタッチパネルを操作して縫い物をする手元を、礼美は飽きずに見つめていた。

(お母さんの手作り服より、お店で買う服を欲しがるようになったのは、いつ頃からだったかしら?)

 と、考えながら。

 

 途中、母は何度かエプロンを礼美の身体に当て、ぴったりのサイズに調整してくれた。

 やがて、世界に1着だけの、オーダーメイドエプロンが完成した。喜ぶ礼美を見て、母はとても満足そうだ。後片付けを始めながら、

「いい廃物利用ができたわ」と、清々しい顔で言う。

「おいおい、廃物利用はないだろう」

 父が苦笑しながら声をかけた。

 

「それを言うなら、敗者復活だ」