かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

百合根さんのお告げ(創作掌編)

 

 明治時代に開設された公立の霊園は、広々とした迷路のようだ。

 母と私はかれこれ30分も、祖母の墓を探して歩きまわっていた。

 ゆったりと枝を伸ばした木々が立ち並び、空高くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。天気のいい日には、案内マップ片手に有名人の墓所をお参りする人も少なくない。

 4年前に祖母が亡くなってから、幾度となく訪れている場所だった。それなのに、まさかこれほど道順を覚えていないとは、我ながらびっくりだ。

「いつもは、ユイちゃんとおしゃべりしながら、お父さんの後ろについて歩けば、それでよかったからねぇ」

 と、母がため息まじりに言う。

 しかし、先導役の父はひどい風邪が長引き、今日は留守番である。

 

 霊園内の各所には、区画番号が記された看板が住居表示のように立っているから、墓所番号さえわかればたどり着けるはずだった。

「しかたない、お父さんに電話して聞いてみよう」

 私は携帯電話を取り出した。電話に出た父は、のどが腫れてしわがれてしまった声をふり絞るようにして答えた。

「番号は、書類を調べてみないとわからない。探してメールする……」

 

 待つことしばし──、メールで墓所番号が送られてきたので、ようやく私たちは祖母のお墓に行き着くことができた。

「あれ? お母さん、花立てに花が挿してあるよ」

 対になった花立ての片方だけに、あざやかな青紫色の桔梗が一本、たった今、投げこまれたように揺れている。

「どなたかお参りしてくださった、という感じでもないわね」

 母は不思議そうに首をかしげたあと、はっと思いついたように、

「もしかして、『百合根(ゆりね)さんのお告げ』かもしれないわよ」と言って、笑った。

 

 祖母の名前は「ゆり」だが、長年の趣味だった俳句を作るときの雅号が「百合根」で、むしろ本名より通用していた。

 いつもは句会や吟行などで和気あいあいの俳句仲間が、時たま、趣味を離れ一人で訪ねてくることがあった。祖母は失せ物探しが得意だったから、その相談である。

「今日は、百合根さんのお告げをいただきにきました」と来意を告げる声を、何度か耳にしたものだ。

 祖母のお通夜の席でも、集まった俳句仲間の人たちが、しきりにその話をしていた。

「百合根さんは、わからないときはわからない、見つからないときは見つからないと言ってくれたな。おかげで諦めがついて、前向きな気持ちになれたよ」

「相談した失せ物の他に、別の物の在りかを教えてくれたことがありました。たしかに、そちらのほうが重要だったのです。本人の私より、何が大切かわかっているみたいだったのが、ほんとに不思議でしたわ」

「もう、百合根さんのお告げを聞けないと思うと、さびしいね……」

 

 私自身も子供のころ、祖母に失せ物を見つけてもらった経験がある。

 腕に着けていたはずのビーズのブレスレットがなくなり、半べそで家じゅうを探し回っていたときのことだ。

 祖母は、私を正面に座らせて、ブレスレットを紛失した前後の話に耳を傾け、聞き終わったとたんに言った。

「冷蔵庫のなかを探してごらん」

 ブレスレットは、祖母の言葉どおり、冷蔵庫でひんやりと冷やされていた。

「すごい、どうしてわかったの?」

「話しているユイちゃんを見ていたら、ブレスレットを失くす前は、のどがかわいたような顔つきだったのに、失くした後はそうじゃなかった。きっと冷蔵庫の麦茶を飲んだのだろう。ユイちゃんは、飲んだり食べたりするときは、きちんと手を洗う子だから、ブレスレットをはずして手を洗い、はめる前に冷蔵庫を開けて、何の気なくそこに置いたんだね」

 私は祖母のことを、名探偵のミス・マープルみたいだと思った。

 

 

 無事にお墓参りを済ませた私たちは、家へ帰ると、寝込んでいる父の枕もとに行き、謎の桔梗メッセージがあったことを報告した。

「花立てに花が挿してあることの、どこが謎なんだ」

 苦笑いして聞いていた父が、ふと真顔になる。

 無言で立ち上がると、隣室に向かった。そこには祖母に関わる品々を収めた整理ダンスが置いてある。引き出しを開け閉めする音が聞こえ、父は青紫色の小さな箱を手に戻ってきた。

「さっき、墓所番号が載っている書類を探していて目についたんだが、そのときは気にも留めなかった……」

 市販の漢方薬の箱だ。

 パッケージには『桔梗湯(ききょうとう)~のどがはれて痛むときに~』と書いてあった。

 

 私たちは顔を見合わせた。

「お父さんの症状にぴったりじゃない。やっぱり、心配してお告げをくれたのよ。すぐに白湯を持ってくるわね」

 感動した母が、目をうるませて言う。

「いや、待て。おふくろが亡くなったのは4年前だぞ。いくら未開封といっても、使用期限ってものがあるからな」

「無粋な人ねぇ……」

 箱をひっくり返して使用期限を確かめている父を、母はあきれたように横目で見た。

「おお、使用期限はちょうど今月だ! まさにジャストタイミングじゃないか」

 そろって感無量の面持ちになった両親をながめながら、しかし、私は別のことを考えていた。

 

 実は、少し前から、ひそかに悩んでいることがある。

 恋愛の悩みだ。相手のことが好き過ぎて、気軽に友だちにも相談できずにいた。

(そうだ、お祖母ちゃんに相談してみよう。お祖母ちゃんなら何て言うか考えながら、話してみよう。ひょっとした、お告げをくれるかもしれないし──)

 もう、墓所番号もわかってるから、いつでも一人で行けるのだ。

 

 

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