千吉さんの家の近所で、長いあいだ空き地だった土地に、エネルギー再生センターという施設が建設されることになりました。背丈ほどもあった草が刈りとられ、ぐるりを高い塀が囲ったと思ったら、トラックが連なってやってきます。
やがて、見上げるようなタワークレーンが3機、据えつけられました。
うなりをあげて働き始めたクレーンを、千吉さんは庭に出てながめました。
「まるで、恐竜のようだ」
縁側に向いたガラス戸越しに、部屋に居ながらにして見ることもできます。定年退職した後は気ままなひとり暮らしで、暇はあり余っていました。
妻の佳代さんは7年前、病気で先立っていきました。息子の比呂也は獣医師になり、野生動物を保護する仕事で海外へ渡ったきりです。
夜間には、タワークレーンの先端に航空障害灯が点きました。赤いライトが灯ると、ますます恐竜めいて見えます。地上に生き残った恐竜たちが、思い思いの方角を向いて、たたずんでいるようでした。
明日から12月という日のことです。
日が落ちて、戸締りをしようとした千吉さんは、外を見て仰天しました。
夜空を背に、オレンジ、グリーン、ブルー、それぞれの色に輝く、光の塔が並び立っているのです。息をのんで見つめるうちに、3機のタワークレーンの支柱が、イルミネーションで飾り付けられていることがわかりました。
すぐさま、地元の幼友達に電話して、
「おい、哲ちゃん。エネセンの建設現場が、なんだか大変なことになってるぞ」
と知らせると、昔と変わらず物見高い、哲太が駆けつけてきました。
「千ちゃん、これはクリスマスの電飾だな。長期の工事で、ご迷惑をおかけしている近隣住民様への配慮ってやつだ。大したもんじゃないか」
「ああ、ほんとにそうだ。きれいだなぁ」
庭先といってもいい場所で大掛かりなイルミネーションが出現したことに、千吉さんは感動していました。
それからは日が暮れるのが待ち遠しくなりました。あたたかく着込んで縁側に腰を据え、イルミネーションを見上げながら晩酌していると、哲太がやってきます。光には人を引きつける力があるのかもしれません。哲太の奥さんが末の娘とその孫を連れ、手料理持参で仲間に加わることもありました。
「庭のあいつらも、楽しそうに見えるな」
ほろ酔いの哲太が、機嫌のいい声で言いました。家業の植木屋を継いだ哲太に、千吉さんは庭の手入れを任せていました。まだ幼かった比呂也にせがまれ、動物の形に刈り込んでもらった植木もあります。牡鹿とリス、そしてペンギンでした。
「千ちゃん、ああいう植木のことを、今じゃトピアリーって言うんだぜ」
「そうなのか」
ひとりっ子だった比呂也が、植木の動物を相手に飽きず遊んでいたすがたを、今でも目に浮かべることができました。
千吉さんは、地球の裏側にいる比呂也に、イルミネーションとトピアリーのことを書いて、電子メールで送りました。
急用でない限り、返信はたいてい翌日の昼過ぎに来ます。
――トピアリーという言葉、初めて知りました。それにしても、あの原っぱがなくなって、その跡にタワークレーンが建ち、しかもイルミネーションで飾られているなんて、想像もつかないな。今度、画像を送ってください。では、お元気で。お休みなさい。
比呂也のほうは就寝時刻らしく、いつも「お休みなさい」と締めくくってあります。その文字を見るたびに、はるかな距離を感じました。
「なるほど、画像か。そうだな、どうせ撮るのなら……」
自分の思いつきに口元をゆるめながら、千吉さんはホームセンターへ出掛けていき、売場の人と相談して、屋外用の電飾セットを買いました。
庭のトピアリーをクレーンのように飾るためです。牡鹿がグリーン、リスはオレンジ、ペンギンにはブルー。説明書と首っ引きで苦心しながら、LEDのイルミネーションライトを取りつけました。
途中から哲太にも手伝ってもらい、日が暮れるまでに仕上げることができました。 点灯して写真に撮ると、さっそく画像を比呂也に送信します。
(今、向こうは真夜中だな。朝起きてこの写真を見たら、きっとびっくりするぞ)
イルミネーションの点灯記念ということで、その晩は宴会になりました。
「なんだか、ずいぶん人が集まるようになってきたなぁ」
縁側に腰をおろし、千吉さんは誰にともなくつぶやきました。
庭では子どもたちが、腹ごなしとばかりに走りまわり、台所からは、後片づけをしながらにぎやかにしゃべる声が聞こえてきます。並んで座った哲太は、気持ちよさそうに鼻歌をうたっていました。
千吉さんは昼間の疲れと酔いで、うつらうつらしてきました。
「会いたかった、会いたかったよ」
「ボクだって!」
高く澄んだ声に目をあげると、ペンギンが子どものひとりと抱きあっています。リスは尻尾を振り、牡鹿が跳ねまわっていました。
(さすが苦労して飾り付けただけのことはある。まるで生きているみたいじゃないか……)
夢見心地でながめているとき、間近で携帯電話が鳴りました。
はっとして見直すと、トピアリーたちは何事もなかったように、定位置に戻っていたのです。
電話をかけてきたのは、めずらしいことに比呂也でした。
「父さん、写真ありがとう。今、見たところだよ」
「そうか、そっちはまだ、夜中じゃないのか」
「いや、もう夜が明けるよ。なつかしい夢を見てさ、いつもより早く目が覚めたんだ。――俺、ずっと忙しくしてたけれど、今年はクリスマス休暇を取って帰ろうかな」
比呂也の声に疲れがにじんでいる気がして、千吉さんはいたわるように答えました。
「いつでも帰ってくればいい。ここでおまえを待っているから」