坂道をかけおりながら、いきおいをつけてジャンプしたら、そのまま空を飛べた、という話。
いつものバス停を乗りすごすと、次に着いたのは、見たこともない緑の牧場だった話。
みんな、学校の友だちが見た、夢の話です。
ユリカはうらやましくてしかたありませんでした。
「お母さん、どうしてわたしは、夢を見ないの?」
「見ないんじゃなくて、覚えてないだけよ。見ていた夢を覚えるひまもなくらい、ぱっと目をさますのね。ユリカは寝付きもいいのよね。小さいころ、眠る前に本を読んであげたら、いつもさいしょのところで寝てしまうんだから」
と、思い出し笑いをしています。
ユリカには、まだ気になることがありました。
「あのね、獏という生きものがいるらしいの。人間の夢を食べてしまうんですって。もしかしたら、わたしの部屋には獏が住んでいるのかな」
「そうかしら? たしか、獏というのは、悪い夢を食べてくれるはず。おそろしい生きものではないのよ」
それでもまだ、ユリカは心配なのです。
(わたしの獏は、ちょっと食いしんぼうなのかもしれない。悪い夢だけでは、お腹がいっぱいにならなくて、いい夢まで食べてしまっているんじゃないかしら)
どうしたらいいのか考えていたら、名案がひらめきました。
夢のかわりになるような、楽しい物語を、獏に読んで聞かせてあげよう。
さっそくその夜、ユリカは大好きな本を選び、ベッドで朗読しました。
わくわくするような冒険のお話なのに、読んでいるうちに眠くなってきます。
「獏さん、続きはまた明日ね」
と約束してから、本を閉じました。
夢のなかに、獏が現れました。
ポニーくらいの大きさで、顔は少しまるくて、きれいな目をしています。
「ごめんね、ユリカちゃん。つい食べすぎちゃって、君の分の夢を残しておけなかったの。でも、もうだいじょうぶだよ。すてきな物語は、夢と同じくらい満腹になるから」
「よかった。これからは毎晩、獏さんに本を読んであげるね。でも、こわい夢は、今までどおり、食べてくれるといいな」
「もちろんだよ、まかせて」
そのまま、獏といっしょに歩いていくと、にぎやかな港に着きました。
入り江には、外国から帰ってきたばかりの、大きな船が泊まっていました。
おおぜいの人が出迎えるなか、船から降りてきたのは、歌姫です。
かがやくような笑顔で、ふるさとに帰ってきた喜びを歌っています。だれもが知っている歌なので、みんな声を合わせて歌い出しました。波のように広がる合唱に引きつけられて、どんどん人が集まってきます。
ふるさとの歌のあとは、新しい外国の歌でした。
明るくすきとおった歌声に、集まった人たちは耳をすまして、手拍子を打ちながら、ステップを踏みはじめます。踊りの輪が、あちらこちらにできました。
「ほら、そこでダンスしてるのは、ユリカちゃんと同じくらいの子たちだよ」
はずかしくて、なかなか動きだせないユリカの背なかを、獏がやさしく押しました。