かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

黒い発明家と白い発明家(創作掌編)

 日本発明家コンベンション、通称NHCは、世界的に名の知れた日本人発明家の遺産により運営されている財団法人で、個人発明家を支援することを目的としていた。

 

 「第21回NHC大会の優勝者は、静電気蓄電ブレスレットを発明した『白馬』さんに決定いたしました!」

 審査員長の発表に、歓声が沸き起こる。

 優勝者は賞金だけではなく、高額なライセンス契約料などを手にすることになる。個人情報保護のため、最終選考まで勝ち残ったファイナリストは、ニックネームで呼ばれる決まりになっていた。

 白馬氏は、見るからに誠実な人柄の青年発明家だ。

「このブレスレットは人体に帯電している静電気を蓄電し、スマートフォンなどを充電することができるのです。白馬さん、おめでとうございます!」

「ありがとうございます」

「発明を思いつかれたのは、静電気に悩むフィアンセのためと伺っていますが?」

 司会者の質問に、白馬氏は顔を赤らめて答えた。

「はい、彼女は帯電しやすい体質のため、長い間つらい思いをしてきました。ですから僕は、静電気を除去するより、蓄電するブレスレットを作りたかったのです。静電気体質でもよかったと、彼女に思ってほしかったから……」

 割れんばかりの拍手のなか、清楚な婚約者が登場して白馬氏の隣に並ぶと、会場全体は祝福ムードに包まれた。

 

 その夜のことである。

 授賞式の会場となったホテルの一室で、老発明家の玄冬氏が、黙々と帰り支度をしていた。NHC大会のファイナリストの1人だったが、惜しくも賞を逃したのだった。とはいえ、白馬氏の発明を高く評価していたし、優勝してよかったとも思っていた。

 玄冬氏が憮然としているのは、受賞できなかったからではない。

「玄冬さんの発明も画期的なものでしたが、やはり女心としては……」

 と言って、笑いを誘った女性審査員のコメントが、トゲのように胸に刺さったままなのだ。数十年前、彼の元を去っていった妻の言葉を思い出さずにはいられない。

「あなたは優秀な学者なのでしょうけれど、女心をまるで理解できないんですね……」

 玄冬氏は肩をすくめ、悲しい記憶を振り払った。

 

 部屋に備えつけられた電話が鳴った。フロントからで、3人の来客が面会を希望しているという。発明品について話したいとのことなので、玄冬氏は快諾した。

 旅行鞄から発明品を取り出すと、用意された小会議室へ向かう。

 男性2人と女性1人の客は、やや緊張した面持ちで名刺を差し出した。それぞれが社会的な地位を築いている人物だとわかったが、会社や業種に共通したところはない。

(どうやら、ビジネスの話ではないようだ)

 優勝者の白馬氏には、アクセサリーブランドや携帯電話メーカーなど、複数の企業からオファーが殺到していると聞いたが、玄冬氏のところには、まだ1件の申し入れもなかった。

 

 発明品がテーブルの上に広げられた。

 伸縮性のある3分丈ハーフパンツの腰にあたる部分に、楕円形の装置が取り付けられている。

「腸内ガスを吸収し、液化して蓄ガスするパンツです。どうぞご自由にお手にとってご覧ください」

 蓄ガス機能付きハーフパンツに触れ、客たちは目を輝かせた。

「思ったより軽いわ」

「さほどかさばらないし、これならすぐにでも実用可能ですね」

「玄冬さん。こちらのパンツを着けた場合、腸内ガスの放出音は、いくらかでも軽減されるのでしょうか?」

 控えめな口調で問いかけられて、玄冬氏は即答する。

「ガスを吸収する瞬間、パンツ内は真空状態になりますので、ほぼ無音となります」

 室内の雰囲気が、それとわかるほど明るくなった。

 

 男性客の1人が、居住まいを正して話し始めた。

「私たちは、あるネットワークでつながった仲間を代表して参りました。ネットワークのメンバーは、生まれつき腸内ガスが非常にたまりやすい体質の人々です。GASの頭文字をとってG体質者と自称しています」

「なるほど、G体質ですか」

「はい、私たちG体質者は、人知れず苦労を重ねてきましたが、インターネットの普及により、ようやく、同じ体質の仲間とつながり、悩みや情報を共有できるようになったのです。玄冬さんの発明は早くから、すばらしい朗報として拡散し、とても言葉では表わせない感謝の思いが、我々のネットワーク上にあふれました」

 客たちの顔に浮かぶ純粋な喜びの色を見て、玄冬氏は胸が熱くなった。

「お話をうかがい、今までの苦心が報われました。これからも全身全霊をもって、研究を続けていきます。商品化するには、まだいくつか課題を残しておりますが、私財をなげうってでも実現する覚悟です」

 

 いつしか、部屋にいる全員が立ち上がっていた。

「玄冬さん、ほんとうにありがとうございます。今日はどうしても都合がつかず来られませんでしたが、仲間の1人に服飾メーカーの経営者がおります。高機能の特殊なユニフォームを手がけている会社で、そのための研究施設も完備しています。彼の望みは、その設備やスタッフを使って、玄冬さんに思う存分研究していただくことなのです」

「ライセンス契約についても、NHCの窓口を通して申請中です」

「私たち、どのような協力も惜しみませんわ」

 思いがけない味方を得て、強く勇気づけられ、玄冬氏は何十歳も若返ったような心地だった。

 

 再会を約束して立ち去るまぎわ、女性客が思いきったように尋ねた。

「ぶしつけな質問ですみません。ひょっとして、玄冬さんご自身も、G体質なのではありませんか?」

 玄冬氏は、静かにほほ笑んで答えた。

「いいえ、私ではなく、別れた妻がそうだったのです」

 

 

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