人通りの少ない殺風景な町角に、鋏屋さんはありました。
飾り窓には、はがねのラシャ鋏や、生け花で使う花鋏、片手におさまる握り鋏など、さまざまな種類が並んでいます。
真由子は、うす暗く見える店内をのぞいてから、店の扉を開けました。
「いらっしゃいませ」
古めかしいカウンターの向こうから、声がかかりました。大きな目をした、わし鼻の女性店主です。
「こんにちは、ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「どうぞ、ごゆっくり」
顔立ちはいかめしいけれど、きざまれた笑いじわのおかげで、真顔でもほほ笑んでいるように見える老婦人でした。
「こちらのお店は、昔と少しも変わっていませんね」
「はい、おかげさまで」
「私は、小学校までこの町に住んでいたんですけど、鋏屋さんというのがめずらしくて、よく外からのぞきこんでいました」
初めて店のなかから見る表の通りは、くっきりと明るく、今にも、小学生の自分が駆けよってきそうな気がします。
「覚えておりますよ。ほら、そこのショーウインドウに、お嬢さんのおでこの跡が、まだ残っている」
「えっ!」
びっくりして振り返ると、鋏屋さんは「ほっほっほ、冗談です」と笑いました。
真由子は、棚に並ぶ鋏をながめてまわりました。
カウンターの横の、特等席と呼べそうな場所に、ガラスのショーケースが置かれています。中に飾られているのは和鋏で、青く透き通った素材で出来ていました。
「これは、特別な鋏なんですか?」
鋏屋さんは、ショーケースに目をやって答えました。
「はい。天然石を薄く削り、加工して作ってあります。こういう見事な細工をする職人さんも、めっきり少なくなりましたね。この鋏は、縁切り鋏。使えばこわれてしまうので、切ることができるのは1度きりです」
縁を切る鋏など、聞いたこともありません。けれど鋏屋さんは、
「専門店ですから、よそにない希少な鋏も取り揃えておりますの」
と、落ち着きはらっています。
「悪縁とか、くされ縁とか、そういう縁を断ち切りたがっている人が買うのですか?」
興味を引かれて尋ねました。
「そんなところでしょう。もし関心がおありなら、デモンストレーションしてみせましょうか? 昔なじみのお客様ですから、特別サービスで……」
ためらう気持ちより、好奇心のほうが勝って、真由子はうなずきました。
鋏屋さんはショーケースの鍵を開け、縁切り鋏を取り出しました。高価な鋏を落としたり、こわしたりしたら大変です。真由子は息をひそめ、両手で受け取りました。思ったより軽く、ひんやりとしていましたが、すぐになじんで手と同じあたたかさになりました。
目をあげると、体のまわりがうっすらと、もやにつつまれています。そして、少しずつピントが合うように、四方八方から集まった、無数の光る糸が見えてきました。
「その光の糸はみんな、あなたに結ばれているご縁ですよ。見たところ、切ったほうがよいような縁はありませんね。ちなみに、これは私たちの糸」
指し示すほうを見ると、真由子と鋏屋さんのあいだに、きらめく光の糸がつながっていました。
ひとつとして、同じ糸はありません。その中でも、きわだって光って見えるひと筋があることに気づきました。胸もとから伸びているそれは、糸というより、輝くリボンのようでした。
見つめているうちに、何ともいえないなつかしさを、体じゅうで感じました。生まれた瞬間から、ずっと一緒、そしてこの先もずっと――。
「鋏屋さん、このご縁は、母ですか?」
「いいえ、違いますよ」
「ひょっとして、運命の相手?」
「ほほほ、若い方はロマンチックでうらやましい。でも、そうじゃありません」
「あっ、わかった!」
真由子は、おどろいて目をみはりました。
「この光るリボン、私自身につながっているんだわ。――だけど、自分と縁で結ばれているなんて、おかしいですよね?」
「おかしくはありませんよ。それも、ひとつのご縁です。縁切り鋏でも、他の何かでも、けっして切ることはできないのが、自分自身との縁なのです」
縁切り鋏を返すと、真由子をつつんでいた光の糸は、再び目に見えなくなりました。