かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

新作帖

みずち橋~ハヤさんの昔語り#2-17~

ハヤさんの頭のなかに眠っている前世の記憶は、ふとしたひと言をきっかけに目を覚ます。前世では、江戸から明治にかけて生きていた「寸一」という行者だったので、 「そういえば、僕が寸一だった時のことですが……」 という前置きから、昔語りが始まるのだっ…

ドーラーズ(創作掌編)

アバタードールを趣味にしている人をドーラーというが、私がドーラー・デビューしたのは3年ほど前のことである。 きっかけはネット記事だった。 3Dボディスキャナーで測定したデータを元に骨格診断を行い、本人と同じ骨格イメージで1/6スケールの分身人形を…

はくろく踊り~ハヤさんの昔語り#2-16~

用事があって土曜日のオフィス街へ行った。 交通量は多いが人影は少ないので、歩道が広く感じる。 途中で大通りから一本入って歩いているとき、ふと横道に目をやると、そこでは思いがけない光景が繰り広げられていた。 「車両通行止」の立て看板で仕切られ、…

まっくらやみ(創作掌編)~銀ひげ師匠の魔法帖⑮~

連休明け、晶太が銀ひげ師匠の書道教室へ行くと、顔を合わせるなり聞かれた。 「どうした? 目の下にクマができてるじゃないか」 「寝不足です。3日連続で変な夢を見てるから」 「ほう、どんな夢なんだい?」 とにかく、やたらに暗闇がせまってくる夢だ。 …

バンジーチャレンジ(創作掌編)

ちょうど十年前のことだ。 僕は小学生で、塾のない日は近所の児童館に通っていた。 児童館ではさまざまなイベントに参加したが、そのなかでいちばん記憶に残っているのが「バンジーチャレンジ」という、バンジージャンプのVR(バーチャル・リアリティ)体験…

百合根さんのお告げ(創作掌編)

明治時代に開設された公立の霊園は、広々とした迷路のようだ。 母と私はかれこれ30分も、祖母の墓を探して歩きまわっていた。 ゆったりと枝を伸ばした木々が立ち並び、空高くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。天気のいい日には、案内マップ片手に有名人の墓…

業の秤(ごうのはかり)~ハヤさんの昔語り#2-15~

ハヤさんがコーヒーを淹れるとき、コーヒーサーバーの下に置いてあるのが「はかり」だと知って、少し驚いた。 「ヒーターか何かだと思った」 「これは、コーヒースケールといって、毎回安定した味にするための専用器具です。挽いた粉の重さや抽出量、そして…

茅の輪くぐらせ(創作掌編)~銀ひげ師匠の魔法帖⑭~

晶太が住む町の神社では、毎年6月の下旬になると、境内に茅の輪(ちのわ)が設置される。チガヤという草を束ねて作った、直径が3メートルくらいある大きな輪だ。これをくぐることで、身についた穢れが祓い清められ、疫病をまぬがれるのだという。 けれど今…

ネガティブ・ルーレット(創作掌編)

就職を機に一人暮らしを始めた兄は、「便りがないのは良い便り」とでも言うように、めったに連絡を寄こさなかった。 けれども、趣味にしているフリーソフト(無料かつ無償で利用できるソフトウェア)制作のおかげで、どうやら元気に暮らしているらしいとわか…

蓮の音(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-14~

「蓮の花は音をたてて開くというけど、ほんとだと思う?」 私が尋ねると、ハヤさんは驚いたように目を見開いた。 「そのように言われてますよね。けれど確か、あれは迷信だという話も、聞いたことがあります」 「私は何となく、ありそうなことだと思っていた…

よしなし言(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-13~

外出から戻ると、ハヤさんが私の顔を見て、 「お帰りなさい。何かありましたか?」 と、聞いた。 「あら、そんなに剣呑な顔つきかしら?」 「というより、すごく無表情だったので……」 私は思わず苦笑する。 「打ち合わせの相手が、慇懃無礼を絵に描いたよう…

イシバシ棒(創作掌編)~銀ひげ師匠の魔法帖⑬~

晶太が書道教室へ行くと、銀ひげ師匠はお昼ごはんのサンドイッチを作っているところだった。 師匠は魔法使いだけれど、ごはんはふつうに手作りする。レパートリーは限られていて、サンドイッチといえば、トマトと卵のサンドイッチだ。 晶太は魔法と書道、両…

レプリカ(創作掌編)

記念日なので、彼は特別なレストランを予約した。 店の名は『レプリカーレ』といい、「三ツ星クラスの完全コピー料理」で評判のレストランだ。 「嬉しい。前に私が行きたがっていたのを覚えていてくれたのね」 ドレスアップした彼女が、瞳を輝かせて彼に笑い…

復活の夏(創作掌編)

両親が2人で暮らす家には、今と昔が混在している。 礼美がひと月ぶりに訪ねると、AI機能を搭載したエアコンの風下に、古い4枚羽根の扇風機が回る居間で、父は動画配信サービスの時代劇特集をネット視聴していた。 元・企業戦士の父にとって、ゴロテレは定…

ガンリキさんの休日(創作掌編)

私は専門的なガラス器具を製造する会社で働いており、そろそろ勤続30年になる。 主力商品は「吸い玉」と呼ばれる球状のガラスカップで、古い歴史を持つカッピングという療法で使用する器具だ。熱や機械を使ってカップ内の圧力を下げ、皮膚に吸着させて血流に…

ハッピーエンド×100(創作掌編)

半年ほど前から、近所のスポーツジムに通い始めた。 僕の仕事場は自宅のパソコン前で、1日の大半を座ったまま過ごしている。 運動不足をジムで解消する、という新しい習慣は予想以上に快適だった。平日の日中のみ利用可能なデイタイム会員で、料金が割安な…

かわぎり(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-12~

長年使ってきたやかんが壊れ、ハヤさんが買い替えたのは「究極のやかん」というステンレス・ケトルだった。 工学博士が幾度となく実験を重ねて設計したそうだが、見た目は昔ながらの素朴なやかんである。 珈琲店ではなく住居用に使うのだから──、 「特におし…

屋鳴り(創作掌編)~銀ひげ師匠の魔法帖⑫~

toikimi.hateblo.jp (こちらの掌編に出てきた泰一郎君が、少しだけ再登場します) 銀ひげ師匠の職業は書道の先生だが、本業は魔法使い、晶太はその弟子である。特に公表はしていない。 けれど、書道教室に通う泰一郎君が、小耳にはさんだ噂話を真に受けて、…

光を運ぶもの(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-11~

「今日、『無知の知ノート』というコラム記事を読んだの」 と、ミルクコーヒーを作っているハヤさんに話しかけた。 私はこの頃、夕食後にコーヒーを飲むと寝付きが良くない。そこでハヤさんが、普通のコーヒーから変えてくれたのだ。 「無知の知というと、ソ…

杯の店(創作掌編)

※ 今回の掌編は音楽付きです。 猫p (id:nkobi1121)さんの演奏で、Piano Man♪ pianoman(piano) 行きつけのバーが閉店することになった。 古いビルが立ち並ぶ一角にある、バーテンダーひとりの小さな店だ。 再開発プロジェクトにより、老朽化した建物がいくつ…

御池ガモの里親(創作掌編)

御池(みいけ)ガモは、ペット用に品種改良されたカモの一種で、ペットブームが過ぎた後、御池山公園の池に放置され半野生化した水鳥である。 公園の自然は造成されたものだ。 それでも、芝を植えた築山や、緑に囲まれた大きな池は、町なかのオアシス的存在…

煙の神様(掌編創作)~銀ひげ師匠の魔法帖⑪~

銀ひげ師匠の書道教室は定休日だったけれど、晶太は書道だけではなく、魔法の弟子でもあるので、修行は休まずに続ける。 入り口の引き戸を開けると、師匠が玄関まで来て、 「ちょっと出掛けてくるよ、すぐ戻るからね」 と言い、入れ違いに出て行った。 とこ…

雪娘の櫛、後日譚(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-10~

ふと思い立って旧友を訪ねたら、先客がいた。 以前から話に聞いていた「山猫さん」という人だ。 旅の途中で立ち寄ったらしい。 「山猫さんは、物語を書くひとでね、お料理も上手なのよ」 と、友人が紹介する。 私は、料理はあまり得意ではないから多くを語れ…

雪娘の櫛(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-9~

コーヒーを淹れるお湯の適温は、83度から96度だと言われている。 ハヤさんはコーヒー豆によって、88度か93度に分けているそうだ。 「さらに言えば、美味しく飲める温度は60度から70度なので、お客様にお出しするとき、70度以下にならないよう心掛けています…

テヅカ料理人学校の卒業実習(創作掌編)

toikimi.hateblo.jp 自分でも感心するくらいがんばった1年が過ぎ、料理だけではなく自信も身につけた、と僕は思った。 けれど今、「卒業実習室」へ向かいながら、胸のドキドキを押さえられない。 昨日、僕は医師の診察を受け、そのまま絶食した。 実習室に…

テヅカ料理人学校の料理対決(創作掌編)

学校を卒業したら、両親が営む小さな洋食屋を継ごうと決めた。 子供のころから見ているので、大変さはそれなりにわかっている。とはいえ、僕には他に進みたい道もなく、どうせならいちばん身近な人に喜んでもらえる仕事をしようと考えたのだ。 けれど、親た…

カプセル(創作掌編)

変わり者だが優しかった伯父が亡くなり、遺産としてカプセルホテルを相続することになった。 今でこそ、スタイリッシュで快適な進化型が増えてきているけれど、僕が相続したのは、築25年を数える個性派のカプセルホテルだ。 かつて伯父は、日本発祥のカプセ…

観天望気(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-8~

「観天望気」 書いた文字を見せながら読みあげると、ハヤさんが首をかしげて言った。 「カンテンボウキ……、これまで使った記憶のない言葉です」 私も同じだった。今日、仕事で気象予報士の人と話す機会があり、仕入れてきたばかりの知識だ。 観天望気とは、…

シャンパンタワー(創作掌編)

めったに乗らないタクシーで、私は結婚披露パーティの会場へ向かった。 スピーチの原稿を何度も読み返す。 (道が大渋滞して、たどりつけなければいいのに)と考えていたら、むしろ早めに到着してしまった。 ホテルのエレベーターが故障して閉じ込められる、…

願い事の速度(創作掌編)

1泊2日の社内研修では、着いた日の夜に「星見イベント」が予定されていた。ペルセウス座流星群の出現期間ということらしい。 (流れ星 3度唱える 願い事) 妙な俳句調の言葉が頭から離れなかった。どうしても叶えたい願いがあるせいだ。 私の願い事は3つ…