ふと思い立って旧友を訪ねたら、先客がいた。
以前から話に聞いていた「山猫さん」という人だ。
旅の途中で立ち寄ったらしい。
「山猫さんは、物語を書くひとでね、お料理も上手なのよ」
と、友人が紹介する。
私は、料理はあまり得意ではないから多くを語れないけれど、物語ならば話題は豊富である。常日頃、ハヤさんの昔語りに親しんでいるからだ。
そこで、数日前に聞いたばかりの「雪娘」の話をしてみた。
山猫さんは優しい笑顔で耳を傾けてくれた。
「雪娘のお話、もっともっと聞きたかったなぁ。湯船に浮かんでいた朱色の櫛は、その後何も語ってくれなかったのでしょうか。わたしは熱いものは苦手じゃないですが、哀しいお話は苦手なんです」
と、穏やかな眼差しを少しだけ翳らせる。
「雪娘は若者が好きだったのに、きらわれるのが怖くて本当のことが言えなかったのかも……。好意がすれ違うのは哀しいことですから、勇気を出して伝えるようにしたいものですね」
私の受け答えは、何だか一般論のようになってしまった。
「もし、雪娘と若者が共に暮らしたとしても、すれ違いだったかもしれませんね。出逢ったことがよくなかったのかもしれないと思うと、余計に切ないです。瑞樹さん、ぜひハヤさんに、2人のアナザーストーリーを語ってもらってください」
家に帰って伝えると、ハヤさんは目をみはって答えた。
「アナザーストーリーといえるかどうかわかりませんが、小夜と結婚し、子宝にも恵まれて幸せに暮らしていた四郎が、あるとき寸一を訪ね、不思議な話を聞かせたことがあります━━」
△ ▲ △ ▲ △
四郎と小夜のあいだに生まれた二人の子供は、それぞれに親の質(たち)を受け継いでいた。
姉は母と似て暑さが耐えられず、弟は父と同じように寒さに震える。
それでも仲の良い姉弟は、いつも一緒に時を忘れて遊んだ。
雪が一面に降り積もれば、姉は大喜びで飛び出して行き、弟がその後を追う。
「あまり遠くまで行っちゃいけないよ。弟をこごえさせないよう気をつけて」
小夜は、娘に念を押して送り出した。
ところがある日のこと、姉と弟は遊びに出た雪の原で、突然の吹雪に見舞われた。
姉にとっては心地よい雪粒だったが、吹きつける風に熱を奪われた弟の唇は、見る間に青ざめていく。
弟をかばいながら、一歩ずつ家へ向かっていた姉は、これまで見たことのないものを目にして立ち止まった。
雪で覆われた地面にぽっかりと穴が開き、そこから立ち昇る湯気が風に吹き散らされているのだ。近寄ってのぞき込むと、青く透きとおった湯がこんこんと湧き出ていた。
手ですくって飲ませると、弟の顔に血の気が戻った。
「あったかくなって、力が出てきた」
といって、笑顔になる。
元気を取り戻した弟と手を取り合って歩き出し、ほどなくして、二人の身を案じ迎えに来た父母と出会ったのだった。
その冬が過ぎる頃には、雪の原に現れる不思議な出で湯のことを、知らぬ者はいなくなった。
雪に降り籠められるのに飽きて遊びに出る子供は、必ず竹筒を持たされる。
湧き出る湯を飲めば体が温まり、竹筒に詰めて懐に入れれば、家に帰るまでけっして冷めることはなかった。
△ ▲ △ ▲ △
湯は雪を溶かして湧き出すが、深く積もった雪が溶けて消え去ることはなく、また、いくら雪が降りかかっても、青く澄んだ湯が冷めることもない。
その光景を思い浮かべて、胸が熱くなった。
「きっと、雪娘と四郎の叔父さんは、長い時をかけて、子供たちの守り神になったのよね」
問いかけるように呟くと、ハヤさんがうなずいて答える。
「そうですね、四郎も寸一に、そう言っていました」
※ 山猫(id:keystoneforest)さんとのコメントのやりとりから生まれた掌編です。
猫舌ではない山猫さん、ありがとうございます。