1泊2日の社内研修では、着いた日の夜に「星見イベント」が予定されていた。ペルセウス座流星群の出現期間ということらしい。
(流れ星 3度唱える 願い事)
妙な俳句調の言葉が頭から離れなかった。どうしても叶えたい願いがあるせいだ。
私の願い事は3つ、というより3段階で、まず第1が社内研修で開催される企画コンテストでの優勝だった。
そして、その優勝賞金を先日支給された賞与に足して、引っ越し資金に当てる。
今、住んでいるワンルームの賃貸契約は更新時期が半年以上先なのだが、なるべく早く「ペット可」の部屋に移りたいのだ。
それが第2段階の願い事。
「ペット可」の賃貸物件は賃料が割高だ。コンテストの賞金は、さまざまな出費を補えるほど高額ではないけれど、二の足を踏んでいる背中を押すきっかけになってくれる。とりあえず引っ越してしまったら、あとは節約に努めて、なんとかやっていけばいい。
晴れて準備が整ったら、ブンタを迎えにいく。それこそが願い事の最終目標だった。
ブンタは、私が就職して親元を離れたとき、
「生活が落ち着いたら、いっしょに暮らそうね」
と約束して、実家に残してきた愛犬である。約束を忘れたことはないけれど、仕事に追われているうちに時間ばかりが過ぎてしまった。
「ブンタはすっかり元気がなくなった」
このあいだ、母が電話で言った。
「え? でも、5月の連休に帰ったときは、あんなに元気だったのに」
「あれはね、あなたに会えてはしゃいでいただけ。あなたが帰ったあとは、しょんぼりしちゃって、ごはんもあまり食べないのよ」
胸を突かれる思いがした。
私には、あっという間の1年半だったけれど、ブンタにとってはどうだろう。ブンタと私では、年を取っていくスピードも、残された時間の長さも違うのだ。
それからというもの、インターネットの賃貸物件サイト検索と、企画コンテストのプレゼン資料作りに熱中する毎日だった。
星見イベントの会場は、空を広く見渡せる高台にあり、リクライニング式のアウトドア・ベッドまで用意されていた。人工の明かりはもちろん、月明かりも少なく、流星を観察するための好条件がそろっている。
主催者の説明によれば、1時間に10個から20個の流れ星が期待できるそうだ。
満天の星に感激したまわりの人たちから、ため息や歓声が聞こえてきたが、私はすでに真剣モードである。
まずは「賞金賞金賞金」だ。「優勝優勝優勝」と迷ったのだが、「賞金」に決めた。何度も小声で練習する。
ところが……、実際にやってみると至難のわざであった。
いつ現れるか予測できず、見つけてはっとした瞬間に消えてしまうのが流れ星というものだ。最初の1つは「賞金」の「し」の字も出てこなかった。
いくつか同じように見過ごしてしまったあと、ようやく、
「しょうきん、しょ……」まで言えたものの、次はまた、タイミングを捉えられず見送るだけ。
しだいに焦りがつのり、冷や汗がにじんできた。
(落ち着いて! まだ時間もチャンスも充分にあるから)
自分に言い聞かせながら、あえて目を閉じて深く息を吸った。
静かに見開いた視線の先に、ひときわ明るい星が、尾を引きながら流れていく。
「ブンタブンタブンタ」
と、思わず唱えていた。同時に熱い思いがこみあげてくる。
(そうだ、とにかくブンタを迎えに行こう。ブンタを迎えに行って、まずそこから始めよう)
その後も星見イベントは続いたけれど、涙でにじんだ目には、流れ星を捉えることができなかった。そのかわり、ぼやけた星空をバックにして、嬉しそうにかけよってくるブンタの姿が、繰り返し浮かんだ。
(このイベントが終わったら、不動産屋と、それからレンタカーも予約しよう。社内研修のあとは休日だから、ブンタを車で迎えに行って、そのまま戻って不動産屋さんと落ち合って、「ペット可」の部屋を一緒に内見してまわろう)
きっとブンタには、私の本気が伝わるはずだ。
もし部屋が見つからなくても、次の週もその次も、見つけるまであきらめない。
(社内コンテストの優勝を決めるのは、お盆休み明けの役員会議だとか。とても待っていられない。そんな賞金を当てにするより、いざとなったら親に借金してでも……)
と、決意を新たにする。
星空をかけめぐるブンタの幻影を、幸せな気持ちでながめていると、ふと違和感を覚えた。冬のアルプスで山岳救助犬がラム酒の小樽をぶらさげているように、ブンタも首から何かさげているのだ。
小樽ではなく、缶詰型の500円玉貯金箱だった。
子供のころ買ってもらって、コツコツと貯金していたことを思い出す。
(そういえば、かなり重かったから、実家を出るとき持ってこないで、そのまま置いてきたんだった。すっかり忘れていたわ)
流れ星にかけた願い、早くも叶い始めているような気がした。