かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

ドーラーズ(創作掌編)

 

 アバタードールを趣味にしている人をドーラーというが、私がドーラー・デビューしたのは3年ほど前のことである。

 きっかけはネット記事だった。

 3Dボディスキャナーで測定したデータを元に骨格診断を行い、本人と同じ骨格イメージで1/6スケールの分身人形を制作販売したところ、根強い大人のファンを獲得しつつあるというのだ。

 記事には、オーナー(人形の持ち主)とドールとのツーショット画像がいくつも並んでいた。

 分身といっても、人間そっくりのリアルさを追求しているわけではない。どの人形もすんなりとした体型で、端正な顔立ちにやわらかな微笑をたたえている。ファッションドールとかドレスドールと呼ばれる、女の子が着せ替えて遊ぶ「お人形さん」そのままだ。

 それでも、オーナーとドールのあいだには強いつながりを感じられた。髪型や服装はもちろん、身にまとっている雰囲気がよく似ているのだ。インタビュー記事からも、人形と共に過ごす日々の暮らしや、ドーラーズ・コミュニティでの交流の楽しさが伝わってきた。

 

 私も子供の頃、夢中になって人形遊びをしたものだ。

 けれどその時のリカちゃん人形は、私が中学校に入学した年に、幼い従姉妹のところへもらわれていった。ドレスや家具を収めたドールハウスと共に、リカちゃんが引っ越していった後のさびしさは、今でも覚えている。

 ドーラーズの記事を見ているうちに、この世でたったひとつ、自分だけのお人形を所有したいという気持ちが、ふつふつと湧きあがってきた。

 とりあえず公式ウェブサイトに飛び、3Dスキャンの予約をとる。スキャナーはボックスタイプで、デパートなど全国十数ヶ所の商業施設に設置されており、自分が行きやすい場所を選ぶだけだ。

 気が変わってキャンセルするかもしれないと思ったけれど、むしろ逆で、予約日までのあいだ、期待は大きくなる一方だった。

 

 待ちに待った当日、3Dボディスキャンは簡単なガイダンスに従い、ごく短時間で完了した。しかし、時間がかかったのはその後、カスタムメイド部分の選択である。肌や髪の色、眼のデザインなどを自由に組み合わせることができるのだが、受付スタッフの女性から説明を受け、サンプル帳を見せてもらった時点では、とても即断できなかった。

「ご自宅でバーチャル・コーディネートされてから、お決めになるオーナー様がほとんどです」

 と聞き、私もそうすることにした。

 家のパソコンからログインして、専用ウェブページにアクセスする。自分の骨格データから作成された3Dバーチャルの原型ドールに、色彩と瞳を与えるというのは、心躍る作業だ。個性を決定づける眼は、熟練した職人さんの手描きとのことだが、クールからゴージャスまで、さまざまなコンセプトの魅力的なデザイン見本が並び、迷いに迷う。

 ようやく「これ!」という組み合わせが決まって、注文ボタンをクリックすると、大きな仕事を成し遂げたようにほっとした。

 

 発注から数週間で、私のアバタードールが送られてきた。

 ナチュラルベージュの肌とダークブラウンの髪は標準的だが、瞳については少しだけ冒険して、すみれ色の「エレガント」というデザインである。

 私は人形にサラという名前をつけ、ドーラー生活がスタートしたのだった。

 

 しばらくのあいだは、サラのワードローブを買い揃えることに熱中した。

 公式オンラインマーケットを見てまわるのが楽しくてしかたない。サラのビジュアルデータは保存されているので、気になるファッションアイテムを画面上で思いのままに試着できる。選びぬいた服や装身具が宅配便で届けば、ファッションショーの始まりだ。おしゃれをしてポーズをとったサラを撮影するのが、もっともわくわくする瞬間になった。

 

 

 私は臨床心理士としてカウンセリングの仕事をしており、ストレスや責任の重さを感じることも多い。しかし、帰宅してサラの姿を見ると心はなごみ、疲れもどこかへ行ってしまうのだ。

 その日の出来事をサラに話し、良いことも悪いことも、ありのままに聞いてもらう。サラは人間の言葉をしゃべらないが、非言語コミュニケーションは豊かだ。私に嬉しいことがあれば、顔を輝かせて共に喜び、弱音を吐けば、優しい眼差しで寄り添ってくれた。

 

 衣類や小物が一通りそろうと、次に気になるのはドーラーズ・コミュニティである。あまり一般的とは言えない趣味なので、同好の仲間と語り合える場は貴重なのだ。

 さまざまなオンライン交流会の開催情報から、ビギナーでも気軽に参加できそうなコミュニティを選び、いくつか顔を出してみた。顔出しと言っても、画面中央を占めるのはドールの顔であり、表示名もドールの名前だ。オーナーは斜め後ろに控えているというのが一般的で、慣れてしまえばその方が話しやすかったりする。

 交流会では、サービスや商品に関する情報交換、ドールとの過ごし方など、話題は尽きない。ゆるやかなつながりでやりとりしているうち、だんだんと親しい仲間もできて、定期的にオンラインお茶会と称して集まることが、生活の一部になった。

 

 これまで参加してきたコミュニティは、どこも和やかに運営されていた。しかし、ドールの世界にも悪意は存在し、諍いは避けられないようだ。

 仲間うちのドーラー、那由多ちゃんとオーナーのレイさんが、とあるコミュニティで争いごとに巻き込まれてしまったという。渦中からはなんとか抜け出せたものの、那由多ちゃんは心に深い傷を負ったらしい。

「ひどく落ち込んでいて、どうしてあげたらいいのかわかりません……」

 と、レイさんは嘆く。私たち第三者から見れば、いつもと変わらず凛として美しい那由多ちゃんだけれど、オーナーの目には、本来の姿との違いは明らかなのだ。

 

 レイさんから依頼され、那由多ちゃんのカウンセリングを引き受けたのは、それからまもなくのことである。

 私の職業について、レイさんが知っていたのは意外だったが、本題(ドールの話)の合間にでもしゃべったのだろう。別に秘密にしていたわけではないし、お役に立てるのなら幸いと思い、さっそくビデオ・チャットでのカウンセリングをセッティングする。

「人を傷つけるのも人、癒すのも人」と、カウンセリングの師匠が言っていたことを思い起こし、サラにも参加してもらうことにした。人形によって傷つけられた心は、人形によって癒したほうがいい、と考えたからだ。

 

 あくまで主役はドール、オーナーは通訳のようなものである。カウンセリングは手探り状態で始まったが、さすがレイさんは、那由多ちゃんが発する無言の思いを「翻訳」することに慣れている。私はレイさんの言葉とサラの眼を通して、那由多ちゃんと向き合い続けることができた。

 唯一無二の存在として大切にされてきたドールは、いわば温室育ちで、心が傷つきやすい。けれど一方では、自己肯定感が高く、十分な回復力を備えている。そのため、わずか数回のカウンセリングで、那由多ちゃんは生き生きとした明るさを取り戻したのだった。

 

 後日、オンラインマーケットを通じて、レイさんからのプレゼントが届いた。

 プレゼントの中身はサラの服で、驚いたことに、次に買おうと思っていた、すみれ色のジャンパードレスだったのだ。

「レイさん、ありがとうございます! サラも私も大喜びです。ちょうど欲しいと思っていたお洋服だということ、どうしてわかったの?」

 メッセージを送ると、すぐに返信があった。

「サラちゃんのお気に入りだって、那由多が教えてくれました」

 

「えっ?」と思って、サラのほうを振り返ると、やや謎めいたアルカイックスマイルを浮かべたまま、心なしかうなずいたように見えた。