かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

レプリカ(創作掌編)

  

 記念日なので、彼は特別なレストランを予約した。

 店の名は『レプリカーレ』といい、「三ツ星クラスの完全コピー料理」で評判のレストランだ。

 

「嬉しい。前に私が行きたがっていたのを覚えていてくれたのね」

 ドレスアップした彼女が、瞳を輝かせて彼に笑いかける。

「うん、あの頃はまったく予約が取れなかったけれど、ようやくブームも落ち着いてきたみたいだね。それにしても、すごく高級感があふれているのに、お店の人に威圧感がなくてほっとしたよ」

「そうよね。お料理はレプリカでも、インテリアとサービスは本物っていうのが、このお店の売りだから。一流のサービスは、お客に居心地の悪さを感じさせないんですって」

 小声で話していると、サービス係りのギャルソンがメニューを持ってきた。

 

 熟慮の末、彼女が選んだのは「瀬戸内オーベルジュのディナーコース」だった。彼も同じものを注文する。

「僕にはよくわからないんだけど、レプリカ料理ってどういうものなの?」

 すると、情報通の彼女は嬉々として答えた。

「たとえばね、3Dプリンターってあるじゃない。そのお料理版ってところかしら。本物のオリジナル料理の形状や味、香り、食感までコンピューターでデータ化して、それをレプリカ調理マシンで再現するのよ」

「なるほど。家庭用の電子レンジでも、材料さえ入れればボタンひとつで料理してくれるのがある。それの超ハイスペックバージョンということかな」

「ええ。でも、この『レプリカーレ』のお料理は、材料もレプリカなの。フードマテリアルという加工食材を使うから、本物のお肉やお魚を準備しなくていいのね。だから塩分や脂肪分、糖質も控えめで、カロリーは本物の半分以下、とてもヘルシーなのよ」

「えっ! 本物の食材を使わないんじゃ、栄養のほうはどうなってるの?」

 びっくりして聞き返すと、彼女はおかしそうに笑った。

「こういうお店で食事する人は、栄養価より楽しみを求めているんだと思うわ。あ、でも生野菜は工場で栽培した本物だから、ビタミンやミネラルは摂れるわね。それに、フードマテリアルの主成分はプロテインらしいから、きっとたんぱく質も豊富よ」

 

 前菜、スープ、魚料理、肉料理……とコースは順調に進んだ。

「とっても美味しいわ」

「そうだね」

 ワイングラスを傾けながら見つめあう。ワインは本物なので、心地よく酔いが広がっていた。

「この、瀬戸内オーベルジュっていうのは、どこかに本物の店があるんだよね。いつか一緒に行きたいな」

「すてきね。ディナーコースはどれも、各地の人気レストランの看板メニューばかりなのよ。シェフと契約してデータの提供や監修をしてもらっているんですって」

「まるで、名店再現系のカップラーメンみたいだな」

 2人は声をそろえて笑った。

 

 ゆっくりと時間をかけて食事を楽しんだ彼と彼女は、大満足で店を出た。レプリカ料理のため、高級レストランでありながら、比較的リーズナブルな値段だった。

「今日はほんとうにごちそうさま。素敵なお店だったわね」

「うん、また来ようね」

 美しい街並みを、やわらかな風が吹き抜けていく。2人は手をつなぎ、夜風で酔いを醒ますようにそぞろ歩いた。

「学生の時、この辺りでバイトしてたことがあるんだ。久し振りに来たら、すっかり変わっていておどろいたよ。昔は町工場や木造アパートの多い、庶民的なところだったけれど」

「大規模な再開発で、ファッショナブル・エリアに生まれ変わったのね」

「おしゃれなお店ばかりだから、ここじゃ締めのラーメンはムリそうだ」

「あら、フルコースを食べ終わったばかりなのに!」

 彼女が目をみはると、

「どうしてかな? 何となく物足りないんだよね」

 首をひねりながら、彼は答えた。

 

「それなら、いいお店に連れて行ってあげる」

 そう言うと、彼の手を引っぱって歩き始める。間もなく、エリアのはずれにある有人駐車場が見えてきた。

 高級車が並ぶ駐車場の脇に、小さな店が建っていた。あたたかみのある灯りが、レトロなガラスの商品ケースを照らし、白いのれんに大きく「おにぎり」の4文字が見える。

 店の前には客が数組、ソーシャルディスタンスを保ちながら順番を待っていた。

「クチコミで見たの。『おにぎりのちとせ屋』っていうのよ。レストラン帰りに寄る人が、けっこう多いんですって」

 最後尾に並びながら彼女がささやく。

「なるほど、コピーフードの後は、ソウルフードが欲しくなるんだね」

 と、彼はうなずいた。

 
  ※ ※ ※ ※ ※


 閉店時刻になったので、ちとせさんは店の照明を消した。

 待つほどもなく、1台のリムジンが店の前に止まる。売れ残ったおにぎりを手提げに入れ、ドアを開けて待っている運転手に笑顔で挨拶して、後部座席に乗り込んだ。

「お母さん、お疲れ様です。おにぎり、今日もよく売れていたようですが、僕の夜食分は残っているかな?」

 と、息子の圭一が聞く。

「大丈夫よ。5つあるから、一緒にいただきましょうね」

 

 ちとせさんは満ち足りた気持ちで、車のシートに体を沈めた。

 

 昔、若くしてシングルマザーになり、朝早くから夜遅くまで、ひたすらおにぎりを売り続けて、ひとり息子を育てた。

 その仕事が好きだったから、さほど苦労とは思わなかった。

 やがて、成人した息子が事業に成功すると、再開発計画のため移転を迫られていたおにぎり屋をたたみ、孫に囲まれて悠々自適の暮らしを始めたのだったが……。

 孫も成長するにつれ自分の生活がいそがしくなり、「お祖母ちゃん、お祖母ちゃん」と寄ってこなくなる。時間を持て余すようになったちとせさんは、習い事などやってみたものの、たいして面白いと思えず、次第に気持ちがふさぐようになっていった。

 

 そんなある日、圭一がちとせさんをドライブに連れ出したのだ。

「僕たち親子にとってのふるさと、懐かしいあの町を見に行きましょう」

「でも、あそこにはもう、昔の面影はないでしょうに」

「そうでもありません。お母さん、きっとびっくりしますよ」

 息子の言う通りだった。

 広々とした駐車場の脇に建つ『おにぎりのちとせ屋』を見たとき、以前と寸分変わらないその店構えに、ちとせさんは驚きのあまり声もでなかった。

 

「この店は、取り壊されたはず……」

「そうですよ。僕が記憶と写真を元に再現させたんです。でも建物や設備は最新式ですから、昔よりずっと快適ですよ。お母さん、もしよかったら、またこの店でおにぎりを売ってみませんか? サポートするスタッフも雇いますから、お母さんは好きなように、無理のない範囲でやってくれたらいいんです」

「なんだか、お店屋さんごっこみたいね」

「その通りです。楽しんでください」

 目的のない暮らしに飽き飽きしていたちとせさんの心に、喜びとやる気が湧いてきた。

「圭一、ほんとうにありがとう。またこの店に出会えるなんて、信じられないほど嬉しいわ」

 ちとせさんの言葉に、息子は顔をほころばせて笑った。

「気に入ってもらえて良かった。本物そっくりのレプリカを作るのは、うちの会社の主力事業です。近々この通りの向こうで、僕の新しいレストラン『レプリカーレ』がオープンしますから、一緒に車で通えますね」

 

(──あの日のことは忘れられない。いちどに何十歳も若返ったような気がしたものよ。この頃では、クチコミを見たといって来てくださるお客様も増えて、嬉しい限りだわ)

 家へと向かう車のなかで、ちとせさんは幸せをかみしめた。