かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

カプセル(創作掌編)

 

 変わり者だが優しかった伯父が亡くなり、遺産としてカプセルホテルを相続することになった。

 今でこそ、スタイリッシュで快適な進化型が増えてきているけれど、僕が相続したのは、築25年を数える個性派のカプセルホテルだ。

 かつて伯父は、日本発祥のカプセルホテルが棺桶のようだと、海外から揶揄されていることを知り、

(それならば、いっそ……)と、思い立った。

「究極の安らぎ」をコンセプトに、独自路線を突き進んだのだ。

 

 カプセルベッドには、西洋の伝統的な棺をイメージしたデザインを取り入れた。見本として、海外から最高級の棺桶を取り寄せるほどの凝りようである。

  法規上、出入り口の密閉ができないカプセルベッドだが、仕切りのカーテンから、壁、床、天井まで、遮音と吸音の技術を駆使して防音性を追求した。また、就寝スペース全体に電波を遮断する施工をしたので、携帯電話やスマートフォンは使用不能だ。もちろん有線のインターネット接続もできない。

 カプセル内にテレビなどの電子機器は設置されておらず、夜間の照明は月光に近い0.3ルクス、目覚まし時計もアラーム音が鳴らない振動式だった。

 静謐を確保するために、便利さを捨てたというわけだ。

 

 新オーナーになった僕は、さっそく泊まってみることにした。

 カプセルホテルに宿泊するのは初めてだから、興味津々だ。カプセルベッドのなかは飲食禁止と聞いていたので、チェックイン前に夕食を済ませておく。

  創業時からの有能な支配人である羽生夫妻が出迎えてくれた。

 すでに伯父の葬儀で顔を合わせていたが、共に見事な銀髪だという以外は、年齢を感じさせない2人である。人材管理から建物内外のメンテナンスまで、すべてを取り仕切っており、ホテルにとって必要不可欠な存在なのだ。

 

 羽生夫人の案内で、ロッカールーム、個室タイプのシャワーブース、休憩スペースなどを見てまわったが、どこも清潔そのものだった。少数精鋭のスタッフによる、静かで整然とした仕事の成果だという。

 ここまで徹底しているからこそ、散らかしたり、騒がしい音を立てたりということを、各人が自粛し始めるのかもしれない。 

「オープン当初は、棺桶風のカプセルベッドが評判になり、ホラーファンのお客様が多かったのですが、今では、俗世間を離れてリフレッシュしたいというリピーターの方が主流になっております」

「ええ、わかります。僕も時々、押し寄せてくる情報を強制的にストップして、頭を休めたくなります。意志が弱いので実行できませんが」

 案内を済ませた羽生夫人は持ち場へと戻って行き、僕はシャワーを浴びてから寝支度を調えた。

 

 ベッドは寝心地がよく、ほかのカプセルで休む人たちの気配や物音も穏やかだ。

 それでも、なかなか寝付けない。

 気を紛らわす手段がないので、つまらないことをあれこれ考えてしまう。仕方なく僕は、浮かんでは消え、再び浮かびあがってくる考え事のループをそのままに、ひっそりと横たわっていた。

(一般的なホテルの部屋の設備は、便利さだけじゃなくて、退屈対策でもあるんだな。退屈を避けるために、僕はいつも、どれだけお金や労力を費やしていることだろう)

 時間が経つにつれ、まわりから聞こえていた身じろぎの音が、規則正しい寝息へと変わっていく。

 まるで、集合住宅の窓に灯る明りが、ひとつ、またひとつ、と消えていくようだ。

 寂しさと同時に、不思議な安らぎも感じる。だんだん呼吸が深くなり、僕はいつのまにか眠りに落ちた。

 

 翌朝、大人になってから初めてといっていいくらい、さわやかに目覚めた。

 休憩スペースでは、朝食サービスのパンとコーヒーが用意されている。プレーンなテーブルパンを味わっていると、近くの席にいた女性客の、

「ぐっすり眠れて、すごくリフレッシュした!」

「うん、リフレッシュのきわみだね」

 という会話が耳に入り、オーナーとして嬉しい気持ちになった。

 

 僕は上機嫌で自宅へ帰った。

 郵便受けに、伯父の顧問弁護士をしていた人からの手紙が来ていた。書類を整理していたら、オープン当日のカプセルホテルの写真が見つかった、と書いてある。

 キャビネ版というのだろうか、ハガキより少し大きめの写真が2枚、同封されていた。

 開店祝いのスタンド花が並んだホテルの全景を撮った写真である。建物自体はともかく、周囲の町並みが様変わりしていることに、25年という歳月を感じる。

 2枚目の写真を見て、僕は驚いた。

 オープニングスタッフが勢ぞろいしている記念写真で、まだ五十歳前後だった伯父のとなりには、羽生夫妻が立っている。

 その姿が、今現在とまったく変わらないのだ。

 

 もちろん、年齢を重ねても、見た目があまり変わらない人はいる。美しい銀髪も、昔はファッションとして染めていたのかもしれない。

 なにより古い集合写真だ。細部まで鮮明に写っているとは言いがたかった。

 しかし僕の頭は、突飛な思い付きでいっぱいになってしまった。

 たとえばギリシャ神話では、眠りと死は兄弟である。

「究極の安らぎ」がもたらさす眠りからの目覚めは、リフレッシュが極まって「リボーン」となったのではないだろうか。あのカプセルのなかでは、小さな死と甦りが繰り返されているのかもしれない。

 

 羽生夫妻は住み込みの支配人で、住居はカプセルホテルの地下にあった。

 もし、彼らが毎日、新しく生まれ変わりながら暮らしてきたとしたら、25年前からまったく年をとったように見えないのもうなずける。 

(奇跡のアンチエイジング・ホテルというわけだ。写真を羽生夫妻に見せて、僕の仮説が当たっているかどうか問い掛けてみたい)

 ばかげた妄想だとわかっていても、確かめずにはいられない衝動に駆られた。

 

 家を出て、再びホテルへと向かう。

 ところが、着いてみるとエントランスは閉じ、「本日休業」のプレートが出ていた。

(そういえば、この業界にはめずらしく、月1度の定休日を設けていると聞いたけれど、それが今日だったとは……。でも、羽生さんたちは館内に居るかもしれない)

 ぼくは、オーナーになったとき渡された鍵束を取り出し、建物のなかへ入った。

 

 地下へ降りていく。

 ボイラー室と電気室の先に、パーテーションで仕切られた住居スペースはあった。

 昨日、羽生夫人が案内してくれたときには閉まっていたドアが、今は開け放してある。

 声を掛けてみたが、返事は無し。

(ふたりで外出してしまったかな?)

 留守中に立ち入るわけにはいかない。それでも僕は好奇心を押さえられず、ドアの外から覗き込んだ。

 

 大きな四角い部屋を、コーナーごとに使い分けているようだ。

 バスルームだけは囲われているけれど、それ以外は壁で区切っていないので、全体が見渡せた。

 手前はダイニングとキッチン、その向こうが、落ち着いた雰囲気のリビングだ。いちばん奥は、寝室のコーナーとなっていて、シンプルなベッドが2台並んでいるのが、薄明かりの下で見てとれた。

 人の気配はない。

(やっぱり、明日にでもまた出直そう)

 その場を離れようとしたが、ふと違和感を覚えて振り返る。

 

 あれは、ほんとうにベッドだろうか……?

 ベッドにしては、奇妙な形状だ。

 僕はじっと眼をこらし、そして、思わず息をのんだ。

 寝室に並んでいたのは西洋の伝統的な棺で、その蓋は閉じられていた。