ちょうど十年前のことだ。
僕は小学生で、塾のない日は近所の児童館に通っていた。
児童館ではさまざまなイベントに参加したが、そのなかでいちばん記憶に残っているのが「バンジーチャレンジ」という、バンジージャンプのVR(バーチャル・リアリティ)体験イベントだった。今でこそ、VRゴーグルが普通に市販され、対応したゲームやコンテンツを気軽に楽しめるようになったけれど、当時はとても希少な体験だったのだ。
仲間と一緒にイベント会場の「わくわくルーム」へ行くと、すでに順番待ちの列ができていた。先頭に立っているのはいつも通り、1番目好きのユースケだ。
短くて幅が広いシーソーのような装置が、会場の中央に据えられていた。脚部の位置が高くて、傾けるとかなりの急角度になる。イベントを運営していたのは若い男女5~6人のグループで、理系の学生みたいな感じだった。
イベント開始時刻になり、女の人がユースケを台の上にうつ伏せに寝かせて、ベルトで体のあちこちを固定し始めた。さいごにヘッドギアタイプのVRゴーグルをかぶせるのだが、このゴーグルが手作り感満載で、何本ものケーブルがパソコンにつながっていた。
準備が完了すると、パソコンの画面にバンジージャンパー目線の映像が映し出される。切り立った断崖から見晴らす絶景に、僕たちの目は引きつけられた。
画面はVRゴーグルと連動しているようで、ユースケが、
「わー、すげー」と歓声をあげた。
けれど、映像の中でジャンプが始まり、それに合わせて、男の人が2人がかりでが台を水平から下向きに動かしていくと、声は「ひゃ~」という悲鳴に変わり、固定された手足がばたつくのだった。
バンジーチャレンジはあっという間に終わった。顔を輝かせて駆けもどってきたユースケが、僕たちに報告する。
「迫力あったー。恐いけどおもしろかった!」
僕は今も昔も小心者である。
チャレンジを待つ列が前に進むにつれ、心臓のドキドキがはげしくなり、さっき行ったばかりのトイレに、また行きたくなった。それでも、恐怖に耐えながらなんとか踏みとどまっているうち、ついに順番が回ってきた。
(ぜったいムリ!)
心のなかで叫んだ僕は、VRゴーグルをかぶせられた直後、固く目をつぶったのだった。
耳元のスピーカーから風がゴーゴーと鳴る音が聞こえ、体は勢いよく真っ逆さまになる。それだけでも十分過ぎるほど怖かったけれど……。
装置から解放され、みんなのところへ戻る。特別な体験をして盛り上がる仲間たちの輪のなかにいて、僕は後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
こっそりずるして逃げたことがわかっていたからだ。
あれから十年、僕は今アミューズメントパークの広場で、順番待ちの列に並んでいる。今度はバーチャルではなく、リアルのバンジージャンプだ。
(こういうのを、因果応報っていうのかな?)
胸のうちでつぶやいて、となりに立っている恋人を見ると、彼女の瞳はまぶしいほど輝いていた。
因果応報。
大好きになった女の子が、絶叫系アトラクションファンだと知って以来、何度となく浮かんでくる言葉である。
(十年前のあのとき、目をしっかり見開いて対峙しなかったツケが、こんなかたちで回ってきたんじゃないだろうか)
ジェットコースター、フリーウォール、ウォータースライダー、回転ブランコ……。
彼女と一緒に数々のアトラクションをこなしながら、僕は心を無にする術を学んだ。
とはいえ、バンジージャンプとなると別次元だ。
断崖絶壁ではなく鉄骨のジャンプ台で、下にはぶ厚いエアーマット、高さ22メートルは難易度低めらしいけれど、そうはいってもビル7階分に当たる。
(やれやれ……)
知らず知らずため息をついていたらしい。
彼女が僕を見上げ、
「ほんとはこういうの好きじゃないのに、いつもつき合わせてごめんね。今日だって、下で写真を撮ってくれるだけでもよかったのに」
と言うので、決め顔を作って答える。
「今日のバンジーは特別なんだろ? もちろん一緒に飛ぶさ」
このアトラクションパークでは、毎年1月に「成人式バンジー」というイベントを開催していて、新成人がバンジージャンプを飛べば料金が無料になる。さらに、恋人同士でチャレンジすると、記念プレゼントがもらえるのだ。
「ありがとう。一生の思い出になるわ」
彼女の笑顔を見て、僕は思った。
(こういう因果応報なら、ありだよね)