かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

茅の輪くぐらせ(創作掌編)~銀ひげ師匠の魔法帖⑭~

 

 晶太が住む町の神社では、毎年6月の下旬になると、境内に茅の輪(ちのわ)が設置される。チガヤという草を束ねて作った、直径が3メートルくらいある大きな輪だ。これをくぐることで、身についた穢れが祓い清められ、疫病をまぬがれるのだという。

 

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 けれど今年の「茅の輪くぐり」は、感染拡大防止のため中止になった。

「苦渋の決断だね。無病息災を祈願する神事だというのに、多くの人が集まれば、かえって感染を広げることになりかねない……」

 銀ひげ師匠は、腕組みして顔をくもらせた。

 

 銀ひげさんは魔法使いだが、生業は書道教室の先生である。

 晶太はその書道教室の高学年クラスに通う生徒だけれど、ほんとうは魔法使いの弟子なのだ。

 この世のあらゆる物事には、それを司る神様が存在する。「八百万(やおよろず)の神」というわけだ。ウタと呼ばれる古い言葉を使って神様に挨拶し、合言葉を授かり、いろいろなことを「頼む」。晶太が毎日練習しているのは、そういう魔法だった。

 

「きっとチガヤの神様も、どうしたことかと思っているでしょうね?」

 と、晶太は聞いた。

 「そうだろうなぁ」

 いぶし銀のような色のひげを引っ張りながら、もの思いにふけっていた師匠が、突然、ひざをたたく。

「よし! こういう時こそ、フリーな立場の魔法使いの出番だぞ」

 

 次の日曜日、晶太たちは早朝から活動を開始した。

 まずは、師匠が「町いちばんのチガヤ群生地」と見当をつけた河原へ向かう。今にも雨が落ちてきそうな梅雨空の下、白い綿毛の花穂をつけたチガヤが一面に広がり、風になびいていた。

「チガヤは昔から日本に生えている植物で、万葉集の和歌にも詠まれているんだよ。繁殖力が旺盛で、薬草としても知られている」

 銀ひげさんの言葉にうなずきながら、晶太はチガヤの原を見わたした。

「強くて親しみやすい草ですね」

 

 魔法使いが神様と交流するときは、たとえ対等でなくても、おたがい認め合っていることが大切だ。

 ここに生えているすべてのチガヤに神様はいるけれど、一本ずつだと、無数で細かすぎる。だから、大きな集合体にまとまっている神様を見つけなければならない。魔法使いの力量によって、相手の神様のスケールも変わってくるから、晶太と銀ひげ師匠は別々に動くことにした。

 手分けしてひと巡りした後は、次の群落に移動する。晶太たちは半日かけて、町のあちこちを回った。 

 

「どうだ晶太、気さくな神様ばかりだったろう?」

 帰り道、銀ひげ師匠が機嫌よく言った。

「はい、茅の輪くぐりが中止になってしまったことを言うと、すぐに『わかった、任せよ』って感じでした。でも、明日は何が起こるんでしょう?」

「楽しみだな。見逃さないように、これを腰に下げておくといい」

 といって、師匠がくれたのは、チガヤで作った小さな輪っかだった。晶太は礼を言って受け取ると、ズボンのベルト通しに結びつけた。

 

 翌朝、学校へ行くと、校門の前に巨大な茅の輪が立っていた。

 みんな少しも気づかずに、輪をくぐり抜けている。

(すごいな、こういうことなんだ……)

 晶太は少し緊張しながら、茅の輪をくぐって登校した。

 茅の輪をくぐったからといって、クラスの仲間がたちまち元気になったというわけでもなく、いつもの通りだ。けれど、いつも通りが大切だということを、晶太は知っている。

 

 帰りにはもう、校門の茅の輪はなくなっていたけれど、町を歩くと、スーパーマーケットやコンビニなど、たくさんの人が利用する店の自動ドアの前に、茅の輪が立っているのを見つけることができた。

(みんな、銀ひげさんがチガヤの神様に頼んだものだ。ぼくの茅の輪は、ずっと小さいだろうから、人がくぐるのはむずかしいんじゃないかな)

 ちょっと心配になる。

 商店街を抜けて、人通りの少ない住宅地に入ったとき、晶太は思わず足を止めた。道の先に、直径60センチほどの茅の輪が、はずむように転がっていくのを発見したのだ。

(あれはきっと、ぼくがお願いした神様の茅の輪だ。どこへ行くんだろう?)

 小走りになって追いかけた。すぐに茅の輪は道からそれて、どこかの家へ入っていく。近づいてそっとのぞき込むと、庭先に椅子を置いて座り、居眠りをしているおばあさんの姿が見えた。

 茅の輪が、おばあさんの頭の真上へふわりと舞いあがる。

 そのまま、輪の中をくぐらせるように下りて、足もとから抜け出てきた。

 おばあさんは、気持ちよさそうに眠ったままだ。

 

 道に戻った茅の輪は、また、はずみをつけて転がり出した。

 とちゅうで、塀の上から飛び降りてきた猫に、タイミングを合わせてくぐらせたりしながら、どんどん遠ざかる。

 晶太は何だか胸がいっぱいになって、茅の輪が見えなくなるまで見送っていた。