かきがら掌編帖

10年あまり通っていた童話教室で「宿題」として書いたものに加筆修正して載せています。

ゲンコツ花火

雪矢は子どものころから、走ることが好きだった。 飛びぬけて速かったわけではないけれど、同じ速度でどこまでも走り続けることができた。だから、距離の決まっていないかけっこでは、いつも一番だった。 実業団の長距離選手となった現在まで、ずっと走り通…

ほおずきの灯り

日が暮れるのを待って、和奈は新盆の白い提灯に火をともした。 窓辺に提灯をつるしてから、母に声をかける。 「次は、迎え火だね?」 母は小さくうなずいたけれど、立ちあがろうとはしなかった。 和奈はひとりでベランダに出ると、用意しておいた迎え火をた…

林間学校

林間学校の第1日目、真志は初めて、本物のカッコウの鳴き声を聞いて感心した。 (ほんとに「カッコウ、カッコウ」って鳴くんだなぁ) 夕食後、先生のお話や注意事項を聞くために、レクリエーションルームに集まった。 正面の目立つ場所に、大きな額がかかっ…

まるごとスイカの夏

電車を降りたとき、向かい側のホームに、カコとみーこの姿が見えた。 急いで階段をかけおり、ちょうど改札のところで一緒になった。 「ぶーちゃんはバイトで遅くなるって」 私の報告に、ふたりはそろってうなずいた。 「じゃ、先に行ってようか」 手土産のケ…

砂のウサギ

千早さんのところに、なつかしい人が訪ねてきた。20年ほど前、マンションの同じ階に住んでいた牧野家の長男、マコト君だ。 彼の母親が病気で長期入院することになったとき、千早さんは隣人として、子守役を買って出た。人見知りだったマコト君が心を開いて…

そよ風に乗って

夏風邪が長びいたせいで、礼美はもう5日も学校を休んでいます。 最初の2日間は、お母さんがつきっきりで看病してくれたし、おととい、昨日はバトンタッチしたお祖母ちゃんに甘やかされて、小さな子どもに戻った気分でした。 けれど今日は、朝からひとりで…

落とし穴

真夜中に、ふと目がさめた。 (何か、音がしたかな) 耳をすますと、庭の方から話し声が聞こえてくる。針が落ちる音のような、小さな声だ。 「――それから、ミドリ町のミドリ公園では、二日前に殺虫剤が散布されました。皆さん、しばらくのあいだ注意して下さ…

カタツムリの夢

一晩中、降りつづいた雨があがりました。 紫陽花の葉かげで眠っていたカタツムリは、目をさまして、のんびりと動きはじめます。くもり空と、しめった空気が、気もちのいい朝でした。 丸いかたちに寄りあつまって咲く紫陽花が見えてきました。 「また、青くな…

16番の下足箱

天に向かってまっすぐ伸びた煙突を目当てに、圭太は道をさがしていた。 社会人になってから3年半、いよいよ会社を辞める決心をして、ワンルームのマンションからユニットバスもついていないアパートに引っ越してきたばかりだ。 近所に銭湯があるのはわかっ…