かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

スノードーム(創作掌編)~銀ひげ師匠の魔法帖⑯~

 

 晶太が学校帰りに、銀ひげ師匠の書道教室へ行くと、ついさっきまで誰かいたらしい気配があった。

(今日は定休日だけれど、たまに個人指導を引き受けているみたいだから、その生徒さんかな?)

 と思ったが、そうではないようだ。

 ほくほくした顔で振りむいた師匠が、嬉しそうに言う。

「おお、いいところへ来た。掘り出し物を手に入れたよ」

 ここで掘り出し物というと、たいてい怪しげな魔法グッズのことである。だとすれば、お客さんはときどきやってくる古物商の人だったのだろう。

 

「今度は何ですか?」

「それがね、とても珍しいスノードームなんだ」

 スノードームといえば、透明な丸い容器のなかに、建物や人形などのミニチュアと白いパウダーが入っていて、ゆり動かすと雪の降る冬景色が見られる置き物だ。クリスマスの時期に、贈り物コーナーとかでよく見かける。

 けれど今、晶太の前に置かれているのは、たしかに普通のスノードームとは違っていた。

 

 

「空っぽだ、雪しかない」

「ね、おもしろいだろう? 同じ時に作られた他の製品には、ちゃんと雪以外の中身が入っていたそうだよ。これだけがなぜか、手違いで『規格外』になったわけだ。さあ、まずはご挨拶してごらん」

 と、うながされて、晶太はスノードームを司る神様に「ウタ」と呼ばれる呪文を使い、ていねいに挨拶した。

 銀ひげ師匠は、書道の他に魔法も教えている。といっても、魔法の弟子はまだ晶太ひとりなのだが、教えの基本は、万物にはそれを司る神様がいるということだ。

 神様に挨拶すると、うまくいけば、返事として合言葉をいただくことができる。合言葉はその神様にアクセスするためのパスワードみたいなものだから、しっかり覚えなければならない。そういうふうにしてつながりを持てた神様に、頼みごとをかなえてもらうまでの一連の流れが、すなわち銀ひげさんの魔法なのだった。

 

 無事にスノードームの神様から合言葉を授かった晶太は、

「師匠は、何か頼んだのですか?」と尋ねた。

「頼んだとも。このスノードームは、いわばまっ白なスクリーンみたいなもので、のぞきこんでいる人の望みを映し出すことができる。私がさきほど見せてもらったのは、ほうきにまたがって、雪空を飛び回る自分の姿さ。おかげでいまだに身も心も軽く、すごく自由な気分だ」

 なるほど……、銀ひげ師匠は前に、書道の筆を魔女のほうきくらいの大きさにする魔法を見せてくれたけれど、それに乗って飛ぶことはできないと言っていた。

「ほんとうは空を飛びたい気持ちがある、ということでしょうか?」

「そうなのかなあ、だとすると意外だね。飛行を追求している魔法使い仲間はいるが、私自身は今までほとんど関心がなかった。これは新たな研究課題の出現かもしれんな」

 

 そこで晶太も、合言葉とウタを組み合わせ、自分の望みを映し出してくださいと、スノードームの神様に頼んだ。

 ドームをゆらすと雪が舞い散り、そして、静かに降り積もる。

(えっ なにこれ?)

 現れた光景に、思わず目をみはった。どんよりとした曇り空がおおっている下は、枯れて、乾いて、干からびた地面だけで、あとは、なにもない。

「ほお、みごとな枯れ野原だ。これは望みというより、今現在の心象風景といったところかな」

 銀ひげさんが、興味深そうにつぶやく。

「たしかにそうかも……。なんだかこのごろ、毎日つまらないなあと思ってたから。師匠、これって、ぼくの心はもう枯れた野原みたいになっちゃって、望みのカケラもないということですか?」

「いやいや、早合点してはいけない。こういうことは、季節が移り変わるような自然の流れなのさ。君は魔法の修業を重ね、春から夏にかけてさまざまな花を咲かせた。秋には実りも多かった。だからこそ、今は休息の時というわけだ。この枯れ果てた地面の下には、たくさんの種が眠っているんだよ」

 

 銀ひげ師匠の言葉に、晶太は少し気を取り直して、スノードームの景色を見つめた。枯れ草の一本一本が、これまで夢中でがんばってきたあかしだと思えば、見る目も変わってくる。

(こういう魔法を見せてくれる神様って、いじわるなのか、親切なのかわからないけど、やっぱり不思議でおもしろいな)

「不思議」とか「おもしろい」と感じるたび、わけもなく楽しい気持ちになるが、このときもそうだった。

 すると、その気持ちに応答するみたいに、スノードームのなかで色とりどりの火花が散り始めた。火花はちかっと光ってはすぐに消えていったけれど、地面に落ちた後、火種となったようだ。たちまち野原は明るく燃えあがり、ドーム全体が虹色の炎で輝いた。

「乾ききっているから、よく燃えるねえ。なかなかの眺めだ」

 感心したように銀ひげさんが笑い、晶太は息をのんで、枯れ野が燃え尽きるのを見守った。

 あとに残ったのは、炭のように黒い焼け跡だけ。

 

「師匠……、胸の奥がほかほかあったかくなって、なんだか元気が出てきました」

「それは何より。埋まっている種の栄養にもなるだろう。いいものを見せてもらったね」

 晶太はうなずき、スノードームの神様にお礼を言って、そっとゆり動かした。よどんだ曇り空と黒い地面が、あっというまに、雪の降りしきる風景へと変わる。

 ドームは色も熱もない世界に戻ったけれど、それでも、晶太の胸の奥は明るくあたたかいままだった。