かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

宿題帖

葉桜の公園(創作掌編)

麻紀が勤務する会社は、4月で期が改まる。 所属している部署では、決算期前後の事務処理のため、3月半ばからの1ヶ月が年間を通して最も忙しかった。 連日の残業と休日出勤は当たり前。大量の伝票入力から専門的なデータ解析まで、業務を手分けして処理し…

5番目のポケット(創作掌編)

ぼくの持ち主、明のウッドクラフト工房は、小さな工場や作業所が寄り集まっている町なかにあった。 ドアを入ってすぐわきの椅子の背に、仕事用のエプロンが掛かっている。 エプロンは丈夫な布地で出来ていて、寸法も、5つあるポケットの位置も、すべて明の…

右近の桜(創作掌編)

『右近の桜』は、ソメイヨシノより少し遅れて咲きはじめる。八重咲きの花びらは、かすかに緑がかったクリーム色で、芯のところだけ、ほんのりとした薄紅だった。 渉が見つけた桜は、公園の目立たない片隅に植わっていた。 社会人となり、引っ越してきて間も…

薬草園の匂い袋(創作掌編)

礼美のお祖母さんは、薬草園を営んでいる。 昔は薬草だけを育て、煎じ薬や軟膏にして売っていた。土地の人たちは、どこか体の具合が悪いと、まず薬草園にやってきたそうだ。 時代の流れと共に、扱うのは薬草よりハーブが多くなって、今では「薬草園」といっ…

ぼくの鬼(創作掌編)

一郎にとって、冬は風邪の季節だ。 治ったかと思うとぶり返したり、次の風邪にかかったりするから、学校へ行くより家で寝こんでいる日のほうが多くなった。 一郎の風邪予防のため、毎年、春から秋までのあいだ、家族全員で取り組んでいた。 お父さんは、体質…

五分(ごぶ)の夢 (創作掌編)

彫金の職人だった曾祖父が、ワタルの誕生を祝って作ったお守りがある。 干支のお守りだ。銀色の小さなヘビが、自分のしっぽの先に頭をのせて輪になっている様子が、ユーモラスでかわいい。けし粒ほどの目は、きらきらとしたオリーブグリーンの宝石だった。 …

雪の朝(創作掌編)

「おにいちゃん、大雪だよ!」 といって、紗弥が起こしにきた。 窓の外が真っ白だった。毎年何度か降る雪とは、全然ちがう。 5歳になったばかりの紗弥には、初めての大雪だ。大きくみはった目が輝いている。 「見に行こうよ、今すぐ」 ふだんは聞き分けのい…

お正月の空(創作掌編)

元日の朝は、よく晴れて、風が強かった。 どうしようか迷いながら、昌樹はまわり道を続けている。頑固な父親に反発して家を離れてから、久しぶりの帰宅なのだ。 閑静な住宅街に人通りはなかったけれど、どこかでかわいい子どもの声が、風に飛ばされ、とぎれ…

クリスマスカード(創作掌編)

庭に植わっているただ1本の木だったので、詩織はウチノキと呼んでいました。 高さは2階の窓くらい。花も咲かせず、実もつけない木です。 ほっそりとした枝には、いつも緑の葉が揺れていました。 春から初夏にかけてのすずやかな緑は、木漏れ日を染めてしま…

柚子の香り(創作掌編)

奏多が学校から帰ってきて、玄関の鍵を開けているとき、宅配便が届いた。 「あおぞらファーム」というロゴが印刷されたダンボール箱は、大きくはないけれどずっしりとしている。見覚えのある箱だ。なかみは有機栽培の柚子で、以前は毎年のように、祖父が取り…

クレーンイルミネーション(創作掌編)

千吉さんの家の近所で、長いあいだ空き地だった土地に、エネルギー再生センターという施設が建設されることになりました。背丈ほどもあった草が刈りとられ、ぐるりを高い塀が囲ったと思ったら、トラックが連なってやってきます。 やがて、見上げるようなタワ…

サボテン人形の恋(創作掌編)

晶が学校から帰ると、めずらしく隼子叔母さんが来ていた。もう初冬だというのに、小麦色に日焼けしている。 「こんどは、どこの国へ行ってきたの?」 あいさつ代わりに聞いた。叔母さんは旅行が趣味で、休暇はすべて世界中を旅するために使っているのだ。 「…

やさしいごはん(創作掌編)

八千代さんは長いあいだ、フレンチレストランで、オーナーシェフをささえるスーシェフとして働いてきました。いそがしさを苦にもせず料理を作り続けてきましたが、60歳を過ぎたある日、ふいに「潮時」を感じたのです。 幸いなことに、後を任せられるスタッ…

あたたかい窓の明かり(創作掌編)

気持ちがふさぐとき、行き詰って出口が見えないとき、 (どこか遠くへ行きたい)と、思う。 けれど、人混みと乗り物が苦手で、そのうえ冒険嫌いな真希が、思いにまかせて旅立ったことは、一度もなかった。 今日も気ままに出てきたわけではない。 会社に電話…

鋏屋さん(創作掌編)

人通りの少ない殺風景な町角に、鋏屋さんはありました。 飾り窓には、はがねのラシャ鋏や、生け花で使う花鋏、片手におさまる握り鋏など、さまざまな種類が並んでいます。 真由子は、うす暗く見える店内をのぞいてから、店の扉を開けました。 「いらっしゃい…

ガラスの小石(創作掌編)

僕の宝物は、ガラスの小石だった。1500万年前、巨大な隕石が地上に落下した時、すさまじい衝撃と高温のなかで生まれた、天然のガラスだ。 小学校の夏休み、自然博物館のミュージアムショップで、貯めいていたお金をはたいて買った。ざらざらとして黒っぽ…

金色のアンコール(創作掌編)

楓さんの夫、惣吉さんは誕生日の翌朝、散歩の途中で倒れ、すぐさま病院に運ばれたが、救命治療のかいもなく帰らぬ人となった。 日本人男性の平均寿命に達して、1日も病みつくことなく、駆けつけた楓さんが見守るなか、静かに息を引き取ったのだ。 常々、惣…

虹の花(創作掌編)

つぐみ町郵便局は、にぎやかな商店街のなかほどにあります。少しレトロな建物と、大きな赤いポストが、町の人たちに親しまれていました。 秋冷えの朝、郵便局が開くと同時に飛びこんできたのは、漆黒のドレスを着た女の人でした。郵便の窓口を担当しているナ…

コスモス色の風(創作掌編)

シロは峻介が生まれるより先に、家にやってきた。シロにだって子犬のころはあったに違いないけれど、記憶に残っているのは、いつも遊び相手になってくれた、優しい姉のようなシロだけだ。 シロには不思議な力があった。 忘れ物をしたまま学校へ行こうとする…

りんどう坂(創作掌編)

祖父が、青紫色の花束を持って、目の前を通りすぎていく。 「おじいちゃん!」 奏多は思わず、高い声で呼びかけた。 「おお、奏ちゃん。もう学校は終わったのか。今から病院かい?」 「うん」 奏多の母親は先週から入院している。 仕事大好き人間の母は、夏…

結晶 (創作掌編)

正美にとって最大の悩みの種は、長年続いている肩こりだった。 まるでゴツゴツした石が、両肩に埋めこまれているようだ。ただこっているだけはなく、ちょっとしたはずみで、首から肩にかけてつってしまうと、寝違えたように痛む。自分の頭の重さを支えきれず…

夾竹桃の庭(創作掌編)

さよ伯母さんは、6月の千恵の誕生日に、いつもプレゼントを贈ってくれる。 お正月やお彼岸に会ったとき、2人で話したことをよく覚えていて、ちゃんと千恵のよろこぶものを選んでくれるのだ。 今年届いたのは、アクセサリービーズのキットだった。宝石箱の…

闇夜のカラス会議(創作掌編)

寝入りばな、美里はカラスの声で目をさました。 近くにある公園には木が生い茂っていて、カラスが巣を作っている。朝晩、呼び交わすように鳴く声は、普段から聞きなれていた。 (こんな夜遅くにめずらしい。カラスって鳥目じゃないの?) 不思議に思って耳を…

ゲンコツ花火(創作掌編)

雪矢は子どものころから、走ることが好きだった。 飛びぬけて速かったわけではないけれど、同じ速度でどこまでも走り続けることができた。だから、距離の決まっていないかけっこでは、いつも一番だった。 実業団の長距離選手となった現在まで、ずっと走り通…

ほおずきの灯り(創作掌編)

日が暮れるのを待って、和奈は新盆の白い提灯に火をともした。 窓辺に提灯をつるしてから、母に声をかける。 「次は、迎え火だね?」 母は小さくうなずいたけれど、立ちあがろうとはしなかった。 和奈はひとりでベランダに出ると、用意しておいた迎え火をた…

林間学校(創作掌編)

林間学校の第1日目、真志は初めて、本物のカッコウの鳴き声を聞いた。 (ほんとに「カッコウ、カッコウ」って鳴くんだなぁ) と、感心する。 夕食後、先生のお話や注意事項を聞くために集合したレクリエーションルームでは、正面の目立つ場所に、大きな額が…

まるごとスイカの夏(創作掌編)

電車を降りたとき、向かい側のホームに、カコとみーこの姿が見えた。 急いで階段をかけおり、ちょうど改札のところで追いつく。 「ぶーちゃんはバイトで遅くなるって」 私の報告に、ふたりはそろってうなずいた。 「じゃ、先に行ってようか」 手土産のケーキ…

砂のウサギ(創作掌編)

千早さんのところに、なつかしい人が訪ねてきた。20年ほど前、マンションの同じ階に住んでいた牧野家の長男、マコト君だ。 彼の母親が病気で長期入院することになったとき、千早さんは隣人として、子守役を買って出た。人見知りだったマコト君が心を開いて…

そよ風に乗って(創作掌編)

夏風邪が長びいたせいで、礼美はもう5日も学校を休んでいます。 最初の2日間は、お母さんがつきっきりで看病してくれたし、おととい、昨日はバトンタッチしたお祖母ちゃんに甘やかされて、小さな子どもに戻った気分でした。 けれど今日は、朝からひとりで…

落とし穴(創作掌編)

真夜中に、ふと目がさめた。 (何か、音がしたかな) 耳をすますと、庭の方から話し声が聞こえてくる。針が落ちる音のような、小さな声だ。 「――それから、ミドリ町のミドリ公園では、二日前に殺虫剤が散布されました。皆さん、しばらくのあいだ注意して下さ…