電車を降りたとき、向かい側のホームに、カコとみーこの姿が見えた。
急いで階段をかけおり、ちょうど改札のところで追いつく。
「ぶーちゃんはバイトで遅くなるって」
私の報告に、ふたりはそろってうなずいた。
「じゃ、先に行ってようか」
手土産のケーキや飲みものを買いながら、商店街をのんびりと歩く。福引のテントの前に行列ができていた。学校が夏休みなので、日に焼けた子どもたちが目立つ。
千砂のアパートは住宅地へ入ってすぐのところにある。部屋は2階のつきあたりだ。
さっき「カギ空けておいたからね(^^)v」とメールがあったので、
「千砂、こんにちはー」
「おじゃましまーす」
口々に言いながら、一列になって中へ入った。
「あれっ?」
先頭のカコが立ちどまったため、私は肩越しに部屋をのぞきこんだ。
見ると、千砂が大きなスイカをかかえて、床にすわりこんでいる。
「どうしたの、そのスイカ」
「さっき、福引で当てちゃったの」
「そうなんだ。こんなおっきいの、まるごともらったって困るよねぇ」
みんなで、スイカをかこむように腰をおろした。
「うん、どうしたもんかと思ってながめているうちに、なんだか子どものころを思い出しちゃった。家族全員で、スイカを食べていた夏のこと……」
千砂は、スイカに両手をのせたまま、なつかしそうに言った。
「うちは田舎だったから、スイカは井戸水で冷やして、縁側で食べたの。夕方になると涼しい風がふいて、虫の声が庭じゅう立ちのぼるように聞こえてた。よく、お兄ちゃんたちと、スイカの種を飛ばしっこしたなぁ。お父さんが塩をかけすぎるから、お母さんは血圧を心配してたっけ」
都会のマンション育ちの私には、なんだかうらやましい光景だ。
「それから、お祖母ちゃんは必ず、ザシキワラシさんの分だと言って、いちばん甘そうなひと切れをお供えしていたわ」
「ザシキワラシって、あの昔話とかに出てくる?」
「うん、家をまもってくれる子どもの神様なんだって。だから、そのひと切れは、あとでいちばん小さかった私がもらえたんだよね」
「いいね、そういうの。やさしいお祖母さんだね」
みーこもカコも、遠くを見つめるような目になっている。
「ほんとうに夏らしい夏だったな。でも、もう二度ともどれないんだよね。お祖母ちゃんは、私が高校生のとき亡くなったし、去年、お兄ちゃんが結婚して、家を二世帯住宅にリフォームしたから、縁側もなくなっちゃった」
しんみりと言って、千砂はうつむいた。いつもの元気がないようだ。しばらく前に失恋したと聞いたけれど、まだ立ち直っていないのかもしれない。
「だいじょうぶ。これから来る夏も、きっといい夏よ!」
ふいに、からりとした声が響いた。
振り返ると、ぶーちゃんがニコニコしながら立っていた。
「あ、びっくりした。いつのまに来たの?」
「さっきからよ。みんなちっとも気がつかないんだもの」
「わー、ごめんね」
沈んでいた空気が入れ替わったように、千砂の顔も明るくなった。
「よーし、全員そろったところで、このスイカの件、かたづけちゃおうよ」
行動力のあるカコが、立ち上がって動きはじめる。
テーブルの上にビニールシートを広げ、まな板を置くと、まず、今日食べる分を切りわけた。大きなお皿に盛って、冷蔵庫で冷やしておく。
まだ半分以上残っているスイカは、皮を切りおとして種を取り、大きめの角切りにする。
「これを小分けにして、冷凍しておくの。ミキサーを使えば、いつでもスイカのスムージーができるよ」
と、カコが説明した。
「おいしそうだね」
「うん、暑い夏にぴったり」
しゃべりながら、流れ作業をする。やがて、角切りのスイカをつめたフリーザーバッグが、いくつも冷凍室におさまった。
「みんなありがとう。さっき冷やしておいた分、食べようよ」
手分けしてテーブルの上を片付け、取り皿を並べる。千砂が冷蔵庫からスイカの大皿を運んできた。
それぞれ席に着こうとしたちょうどそのとき、ドアが開く音がしたから、私たちはいっせいに玄関のほうを振り向く。
そして、 固まったように動きをとめた。
「やったー、スイカだ!」
部屋の入り口に立って、うれしそうに笑っているのは、ぶーちゃんだ。
「え、どうして?」
「いつのまに出ていったの?」
聞かれて、ぶーちゃんは目をまるくする。
「出ていったって、なに? たった今、来たところよ。バイトが長びいちゃってさ」
思わずあたりを見まわしたけれど、さっきから一緒にいたはずのぶーちゃんの姿はどこにもなかった。
あまりにあっけにとられたせいか、怖いという気もちも起こらない。私たちの呆然ぶりを、ぶーちゃんが不思議そうに見ていた。
はっと思いあたったように、千砂がつぶやく。
「もしかして、ザシキワラシさん……?」
その言葉に、ぶーちゃんを除く全員が、顔を見合わせてうなずいた。
千砂は食器棚から6枚目の取り皿を出して、いちばん甘そうなスイカをのせると、誰もすわっていない上座に置いた。