「現古辞典」は、現代語から古語を引く辞典です。
趣味で書いている掌編に「江戸から明治にかけて、行者として生きた人物の昔語り」という設定の話があるのですが、江戸文学の素養もないため、言葉の使い方でいちいち悩みます。なんとなくでも、その時代っぽい単語や言い回しにしたいと思うからです。
最近、どうしたものかと考えあぐねているのが「花托(かたく)」という言葉。
goo国語辞典によれば、
花柄 (かへい) の先端で、花びら・雄しべ・雌しべ・萼 (がく) などがつく部分。
花床。
現代でも一般的に使われる単語ではありませんが、江戸時代の人が語るとしたら、どのような言い方で表現するでしょうか。難しいです。
いつもやっているように、
“花托 語源”
“花托 古文”
“花托 類語”
などと検索してみましたが、なかなかこれという答えが見つかりません。
ふと、現代語から古語を引ける辞典があればいいのに……と思ったら、ありました。
いまのことばと古語のつながりを知るための「読む辞典」。上代から近世までの多様な出典から豊富な用例を収録する。数詞、鳴き声、自然現象、病気の和語、擬音語、擬態語から、指示詞、代名詞、敬語動詞まで。現代語の文章に古語が入ると、新鮮なニュアンスが生まれてくる。俳句や短歌をつくる人、日本語を楽しみ、使いこなしたい人のために。
『現古辞典 いまのことばから古語を知る』(古橋 信孝、鈴木 泰、石井 久雄 著 2018年5月 河出文庫)は、 文庫本サイズで434頁、見出し語は565語、
「項目数の規模を小さくして、事例を必ず挙げた」
という、まさに「読む辞典」です。まずは、楽しく興味深く通読しました。
たとえば「愛する」の古語は、次のような感じです。
あいする【愛する】
①おもふ(思ふ)②こふ(恋ふ)③けさうす(懸想す)➃めづ(愛づ)⑤あはれぶ・かなしぶ ⑥ほる(惚る)⑦たいせつ(大切)におもふ ⑧すく(好く)
すべての古語に、その言葉を実際に使った例文が記載されています。出典は有名な物語、日記、和歌集の他に、
⑥ほる「月夜の鴉は惚れて鳴く、我も鴉かそなたに惚れて鳴く」(隆達小歌)
というように、小歌(民間で流行した歌謡)などからも採用されています。粋ですね。
さらに【補】(補説)として、
【補】「思ふ」「恋ふ」は、目の前にいない人に会えずに嘆くという感情的意味合いが濃い。
と解説されています。切ないですね。
あきらめる【諦める】
①おもひたゆ(思ひ絶ゆ)②おもいはつ(思い果つ)③おもひきる(思ひ切る)➃おもいすつ(思ひ捨つ)⑤おもひとどむ(思ひ止む)⑥おもひはなつ(思ひ放つ)
「思い」絶えて、果てて、切って、捨てて、止めて、放つ。今も昔も「あきらめる」とは、簡単なことではないようです。
外来語も載っています。
ハイキング
①せうえう(逍遥)②野遊び ③ゆさん(遊山)➃のゆさん(野遊山)⑤野がけ
俗語、造語もあります。
イケメン
①びなん(美男)②いろをとこ(色男)③かつらをとこ(桂男)⑤なりひら(業平)
【補】「かつらをとこ」は、月の世界に住む男。
「なりひら」は、『伊勢物語』の主人公、在原業平にちなんでいますが、
びじん【美人】
①くはしめ(細し女・美し女)②うるはしきをとめ ③きよげなる(清げなる)➃みめよし(見目好し・眉目佳し)⑦けいせい(傾城)⑫こまち(小町)
「なりひら」「こまち」が共に「六歌仙」なのも面白いです。
古語の収録以外も充実しています。
《鳴き声》
きゃんきゃん(犬の鳴き声): けいけい
けんけん(雉、鹿の鳴き声): けいけい
犬と、雉や鹿の鳴き声は似ているのでしょうか。
《擬音語》
げーげー : えふえふ(大きなる骨、喉に立てて、えふえふといひける程に/宇治拾遺物語)
《擬態語》
ぶよぶよ : ゆぶゆぶ(身ゆぶゆぶと腫れたる者/今昔物語集)
「えふえふ」「ゆぶゆぶ」、なんともいえず実感が伝わってくる表現です。
──ところで、「花托」は載っていませんでした。
これはもう、当然といえば当然で、仕方ないこと(ぜひもなきこと【是非も無き事】)だと思います。