かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

ぼくの鬼(創作掌編)

 

 一郎にとって、冬は風邪の季節だ。

 治ったかと思うとぶり返したり、次の風邪にかかったりするから、学校へ行くより家で寝こんでいる日のほうが多くなった。

 

 一郎の風邪予防のため、毎年、春から秋までのあいだ、家族全員で取り組んでいた。

 お父さんは、体質改善できそうな習い事を調べて下見に行き、お母さんは、免疫力を上げる食材を使った料理のレパートリーを増やす。

 一郎は、ある年は水泳、別の年はキッズダンスというように、お父さんが申し込んでくれたスクールにきちんと通い、苦手な味のおかずでも残さず食べた。

 けれど、冬になって風邪を引いてしまえば、「効果なし」ということで、スクールは退会、レシピはファイルからはずされるのだった。

 

 夜中に、のどが痛くて目がさめた。

 風邪の始まりは、いつもこんな感じだ。また、風邪引きシーズンがスタートするのかと思うと、心からがっかりする。

  ベッドに横になったまま暗やみを目を見開いているとき、ゆらめくような明かりに気づいた。

 窓ぎわの桃ランプが、ほんのりと光っているのだ。夏休みに、家族で岡山へ旅行したとき買った置き物だった。

 岡山は『桃太郎のまち』で、駅前には銅像があるし、きびだんごもたくさん売っていた。桃ランプは、透明な水色のアクリル板で出来た川に浮かんでいる、桃の実のかたちをしたライトだった。昼間の明かりをためて、暗くなると発光するソーラーキャンドルライトだから、コードも電池もついていない。

 一郎は、寝たまま手をのばしてランプを取り、胸のうえにのせてじっと見つめた。

(いつも、朝まで目をさましたりしないから、こんなやさしく夜中に光っているなんて知らなかったな)

 

 闇のなかで小さな明かりをながめていると、光がどんどん広がっていくようにみえる。熱のせいだろうかと考えているうちに、すっぽりと光に包みこまれてしまった。

「あれ?」と、思ったときには、まゆのような光のなかで、ひざをかかえてすわっていたのだ。

 となりで声がした。

「よう、ずいぶんつらそうだなぁ」

 見ると、鬼がすわっていた。

 ほおずきのような色をした赤鬼で、目が明るくかがやいている。変身ヒーローみたいでかっこよかったけれど、怖いことは怖い。

 一郎は、かたまったように動けず、声も出せなかった。

 すると、鬼は持っていた金棒で、正面の空間をつついた。光がふたつに割れて、その向こうに見えたのは、眠っている一郎自身だった。


(あっ、ぼくはいつのまにか小さくなって、桃ランプのなかに入りこんでいたんだ。わかった、夢なんだな。だって、ほんとうのぼくは、あそこで寝ているもの)

 夢だと知ってほっとしたせいか、ようやく鬼に話しかけることができた。

「鬼が島の鬼なの?」

「そうだ」

 鬼は、口の片端をつりあげてほほえんだ。

「鬼が島は我がふるさとだが、いちどは旅に出て、世のために尽くす決まりなのだ」

「桃太郎にこらしめられたから?」

「さあな、あれは昔話だ。それより今は、お前のことのほうが大事だろう。そら、ようく見てみろ」

 

 一郎は、ふたつに割れた桃ランプの上から、眠っている自分自身を見おろした。

 寝苦しそうにまゆをしかめている。首のあたりに、黒っぽいもやのようなものがたちこめていた。よく見ると、イガイガとした灰色の粒が、無数にたかっているのだ。

「なに、あれ!」

 思わず、おびえた声でさけんだ。

「フウジャというやつらだ。弱っている者にとりついて悪さをする。鼻やのどから体のなかに入り込み、好き勝手に暴れまわるのだ」

 鬼は、つばのある木刀を差し出した。

「さっ、武器を持て。これは、桃の木で出来た剣、桃剣だ。共にフウジャを退治しにいくぞ」

 ひらりとランプから飛び出していく鬼につられるように、一郎も剣を手に飛びおりた。

 降り立ってみると、パジャマを着た人間のからだというのは、とても歩きにくいものだとわかった。上から見たときは粒のようだったイガイガも、そばに寄ると、思った以上に大きくて恐ろしい。

 びくびくしている一郎の目に、おどりあがって金棒をうちふるい、フウジャどもをなぎたおしていく鬼のすがたが映った。鬼の通ったあとは、灰色のもやが晴れ、澄んだ空気に変わっていく。

「よし、ぼくも負けないぞ」

 両手で桃剣をにぎりしめると、勇気がわいてきた。

 鬼とちがって身軽には動けないけれど、近づいてくるフウジャをひとつずつ、打ったり突いたりしながら前に進む。

 いつのまにか腹の底から、「えい、やあ!」と声をあげていた。

 

 朝になって目をさましたとき、のどの腫れがすっかりひいていることに気がついた。いつもなら、熱が出て1週間は寝こむところなのに、ふつうに起きあがれた。

 ベッドのはしに、桃ランプがころがり落ちている。ふたつに割れていた桃は、元通りしっかりと閉じていた。

「ありがとう、ぼくの鬼」

 そっと、お礼を言った。

 

 冬のあいだ、一郎はなんども風邪を引きかけたけれど、そのたびに鬼といっしょにくい止めた。フウジャとたたかうのは、胸がおどるような冒険になった。だから、シーズンが過ぎて、鬼から別れを告げられたときは、さびしくてしかたなかった。

「さらばだ、一郎。ここでの役目は済んだから、俺は旅を続ける」

 涙をためている一郎を、鬼は少しこまったような顔でなぐさめた。

「泣くな。次の冬には戻る」

 

 

「今年の冬は、風邪を引かなかったね。春から通っているスクールがよかったのかな」

 お父さんが満足そうに言った。

「そうだね。でも、3月でやめたいんだ。他にどうしてもやりたいことがあるから」

 一郎が答えると、お父さんとお母さんは、びっくりしたように顔を見合わせた。

 

 一郎は、剣道を習うつもりだ。

 同じクラスに、剣道一家の女の子がいる。相談してみると、通っている道場を教えてくれた。夏は防具が暑いし、冬でも素足で稽古するからたいへんだと聞いたけれど、必ずがんばる。

 今度の冬にまた会えたとしても、いつか鬼は、鬼が島へ帰ってしまうだろう。

 その前に、強くなった自分を見てもらいたいから。

 

 

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