かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

昔語り

みずち橋~ハヤさんの昔語り#2-17~

ハヤさんの頭のなかに眠っている前世の記憶は、ふとしたひと言をきっかけに目を覚ます。前世では、江戸から明治にかけて生きていた「寸一」という行者だったので、 「そういえば、僕が寸一だった時のことですが……」 という前置きから、昔語りが始まるのだっ…

はくろく踊り~ハヤさんの昔語り#2-16~

用事があって土曜日のオフィス街へ行った。 交通量は多いが人影は少ないので、歩道が広く感じる。 途中で大通りから一本入って歩いているとき、ふと横道に目をやると、そこでは思いがけない光景が繰り広げられていた。 「車両通行止」の立て看板で仕切られ、…

業の秤(ごうのはかり)~ハヤさんの昔語り#2-15~

ハヤさんがコーヒーを淹れるとき、コーヒーサーバーの下に置いてあるのが「はかり」だと知って、少し驚いた。 「ヒーターか何かだと思った」 「これは、コーヒースケールといって、毎回安定した味にするための専用器具です。挽いた粉の重さや抽出量、そして…

蓮の音(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-14~

「蓮の花は音をたてて開くというけど、ほんとだと思う?」 私が尋ねると、ハヤさんは驚いたように目を見開いた。 「そのように言われてますよね。けれど確か、あれは迷信だという話も、聞いたことがあります」 「私は何となく、ありそうなことだと思っていた…

よしなし言(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-13~

外出から戻ると、ハヤさんが私の顔を見て、 「お帰りなさい。何かありましたか?」 と、聞いた。 「あら、そんなに剣呑な顔つきかしら?」 「というより、すごく無表情だったので……」 私は思わず苦笑する。 「打ち合わせの相手が、慇懃無礼を絵に描いたよう…

かわぎり(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-12~

長年使ってきたやかんが壊れ、ハヤさんが買い替えたのは「究極のやかん」というステンレス・ケトルだった。 工学博士が幾度となく実験を重ねて設計したそうだが、見た目は昔ながらの素朴なやかんである。 珈琲店ではなく住居用に使うのだから──、 「特におし…

光を運ぶもの(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-11~

「今日、『無知の知ノート』というコラム記事を読んだの」 と、ミルクコーヒーを作っているハヤさんに話しかけた。 私はこの頃、夕食後にコーヒーを飲むと寝付きが良くない。そこでハヤさんが、普通のコーヒーから変えてくれたのだ。 「無知の知というと、ソ…

雪娘の櫛、後日譚(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-10~

ふと思い立って旧友を訪ねたら、先客がいた。 以前から話に聞いていた「山猫さん」という人だ。 旅の途中で立ち寄ったらしい。 「山猫さんは、物語を書くひとでね、お料理も上手なのよ」 と、友人が紹介する。 私は、料理はあまり得意ではないから多くを語れ…

雪娘の櫛(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-9~

コーヒーを淹れるお湯の適温は、83度から96度だと言われている。 ハヤさんはコーヒー豆によって、88度か93度に分けているそうだ。 「さらに言えば、美味しく飲める温度は60度から70度なので、お客様にお出しするとき、70度以下にならないよう心掛けています…

観天望気(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-8~

「観天望気」 書いた文字を見せながら読みあげると、ハヤさんが首をかしげて言った。 「カンテンボウキ……、これまで使った記憶のない言葉です」 私も同じだった。今日、仕事で気象予報士の人と話す機会があり、仕入れてきたばかりの知識だ。 観天望気とは、…

水鏡(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-7~

『真実の顔を映す鏡』というものを見てきた。 普段、私たちが鏡のなかで見慣れているのは、左右反対の顔だ。それを反転して映す鏡がリバーサル・ミラー「反転鏡」で、一般に販売もされている。たまたま立ち寄った店で見掛け、興味津々でのぞき込んだのだった…

火点し(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-6~

ハヤさんの珈琲店には、店名の入った小さな看板があり、外が暗くなるとLEDの灯がともる。 タイムスイッチによる自動点灯で、徐々に日没が早くなる時期には、すぐ気づいてタイマーの設定時刻を変えるのだが、日が長くなる場合は忘れがちだった。 「まだ日が暮…

ウチガミさま(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-5~

ハヤさんの珈琲店では、2月限定のホットチョコレートが、隠れた人気メニューになっている。 「ちょっとした贅沢を味わえる」 と、普段はブラックコーヒー派のお得意様に大好評なのだ。 ホットチョコレートは、駅前の洋菓子店でパティシエをしている妹さんか…

天狗の下駄(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-4~

仕事の打ち合わせから戻り、珈琲店のドアを開けると、ハヤさんが「いらっしゃいませ」ではなく、「おかえりなさい」と言った。 ちょうどお客が途切れたタイミングだったようだ。 なんとなく嬉しい気分でカウンターへ向かう途中、ふと、見慣れない物が目に留…

ソウルメイト(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-3~

家で仕事をするのは好きだけれど、まったく外へ出なかった日は、もの足りない気持ちになる。 そう言うと、ハヤさんが意味ありげにうなずいて答えた。 「閉じ込められた魂は、自由を求めるものです。『憧れる』のもとになった古語『あくがる』には、魂が体か…

月見ヶ池(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-2~

在宅の仕事でアイデアに詰まり、気分転換を兼ねて散歩に出た。 「いい月夜ですね」 といって、ハヤさんもついてくる。 中天にかかる月は明るく、私は額のあたりに、ひんやりと澄んだ光を感じながら歩いた。 「なんとなく、頭が冴えてきたような気がする」 「…

仲直りの怪談(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-1~

私は、慎重に準備を整えてから行動に移す性格だが、ハヤさんと暮らし始めたときは、全く違っていた。 必要最小限の日数で、追い立てられるように珈琲店の2階へ引っ越してきたのだ。 新婚家庭的な要素は皆無、奇妙な共同生活の開幕である。 いくら宿命の相手…

ハヤさんの昔語り〔完〕~再会~(創作掌編)

ハヤさんの店は珈琲の専門店なので、フードメニューに載っているのはトーストとゆで卵だけだった。 それでも、午後になると「本日の焼き菓子」なるものが現れ、私はよくコーヒーと一緒に注文している。 ある日、店に入ろうとして、その焼き菓子を納品してい…

ハヤさんの昔語り〔四〕~かくし味~(創作掌編)

行きつけの珈琲店で、店主のハヤさんと雑談をしているうち、話題が「おふくろの味」になった。 「すいとん、という料理をご存知ですか?」 「もちろん。子供のころ、よく母が作ってくれましたね。休みの日のお昼ごはんに食べることが多かったかな」 作るのを…

ハヤさんの昔語り〔三〕~石工になった長太郎~(創作掌編)

人から聞いたばかりの「セレンディピティ」という言葉を、受け売りで解説し始めると、 「舌をかみそうな言葉ですね」 カウンターの向こうでコーヒーを淹れながら、店主のハヤさんが言った。 セレンディピティは、18世紀のイギリスの作家ウォルポールの造語…

ベール(創作掌編)

ついさっき結婚を約束したばかりの僕と初音は、降りしきる雨のなかを歩いていた。 (あれ、いったい僕たちは、どこへ行こうとしているんだろう?) 傘を打つ雨音で、ふと我に返る。 フレンチレストランでプロポーズして、初音が承諾してくれたあと、極度の緊…

ハヤさんの昔語り〔二〕~ザシキワラシ~(創作掌編)

にぎやかな6名様が、財布を取り出し立ちあがるのを見て、私はほっとした。これでようやく、ハヤさんの昔語りを聞けるというものだ。 テーブルの片付けが済んだ頃合いを見計らって、コーヒーのお替りをオーダーする。 「ハヤさん、このあいだ聞かせてもらっ…

ハヤさんの昔語り~神隠し~(創作掌編)

在宅の仕事が一段落つくと、近所の珈琲店に出かけるのが、私の楽しみのひとつだった。なるべく空いてそうな時間帯を選んで行くことに決めている。 店主のハヤさんは、親しくなると面白い話を聞かせてくれるようになった。 何と言っても彼は、自分の前世を思…

『遠野物語』口語訳は原典への橋渡し

柳田國男さんの文章が好きなので、口語訳には関心が薄かったのですが、ラジオ番組で紹介されているのを聞き、読んでみたくなりました。 口語訳 遠野物語 (河出文庫) 作者: 柳田国男,小田富英,佐藤誠輔 出版社/メーカー: 河出書房新社 発売日: 2014/07/08 メ…