かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

読書カフェ

 

読書が趣味でしたが、数年前から、読んでいるとすぐ眠くなってしまうようになりました。

図書館で本を借りても、返却日までに読み切れず、貸出期間を延長することがほとんど。それでも、気になる本を見つけると、ついつい借りたり買ったりするので、読みかけの本が増えていきます。

本も人と同じ──、せっかく出会っても、中途半端のまま放置すれば、関心は薄れていく一方です。

 

そこで思い立ち、「本と珈琲とインクの匂い」がコンセプトの文庫カフェに、読みかけの本を持って出かけました。

 

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レトロな店内のいたるところに本や雑貨が置かれています。スパム缶のとなりは、ゴリラ本コーナーでした(笑)。

 

読んだ本は、『9つの脳の不思議な物語』

ヘレン・トムソン 著 仁木 めぐみ 翻訳 文藝春秋(2019/01)

 

 

かつて大学で脳を研究し、科学ジャーナリストとなった著者。彼女の趣味は「人とは違う脳」を持った人々について書かれた医学論文を収集し、読み漁ること。だが、論文を読むだけでは、患者の人となりは全く見えてこない。ある日、十年間集め続けた論文の山の前で彼女は思った。「世界中で普通の人々に奇妙な事が起こっている。彼らはどんな生活をしているのだろう?」──それが、「奇妙な脳」の持ち主たちを巡る旅の始まりだった。

 

9つの物語の主人公たち

ボブ……これまでの人生のすべて日の出来事を記憶している、完全記憶者

シャロン……自宅のトイレからキッチンに行こうとして迷子になる、究極の方向音痴

ルーベン……出会う人の多くにカラフルなオーラが見える、色盲共感覚

トミー……ある日を境に聖人のような性格に激変した元詐欺師

シルビア……止まらない幻聴を譜面に起こす絶対音感保持者

マター……狼化妄想症という病の発作と戦う、トラに変身する男

ルイーズ……自分のものとは思えなくなった身体と記憶で孤独を生きる、離人症のママ

グラハム……生活しているのに脳はほとんど昏睡状態、三年間の「死」からの生還者

ジョエル……目の前の人の痛みや触覚を自分の身体でも同時に感じる医師

 

著者のヘレン・トムソンは、相手の自宅を訪ねたり、一緒にレストランへ行って食事したりしながら、自然で率直なインタビューをします。その結果、特別な脳の持ち主である彼らの、人間味あふれる一面を知ることができるのです。

 

人生すべての日を記憶するボブが最も鮮明に覚えているのが、結婚式でもトラウマになるような出来事でもなく「ごく普通の、ただのいい一日」の記憶だと聞くと驚きますが、もしかしたら、普通ならすぐに忘れてしまう穏やかな日々の記憶こそ、貴重なのかもしれません。

また、好きなものにはみな赤を感じやすいと話すルーベンが、自分自身のオーラの色について、少し恥ずかしそうに「赤です。……」と打ち明ける場面には心がなごみました。

 

離人症のルイーズは、自分の精神状態を説明するのにとても苦労します。

「自分の体からも世界からも切り離されたような感じ」

「自分自身の核を取り去られてしまう」

「すべてから隔絶されていて、ものすごく孤独」

そんなルイーズの「ムンクの『叫び』は離人症そのもの」という言葉には、強い印象を受けました。

 

そして、“究極の方向音痴”シャロン

私は自分が方向音痴なので、特に感情移入して読みました。

人は経験や知識などにもとづき、頭のなかにイメージとしての地図を作り上げ、それをもとに行動します。そのように脳内に描かれた地図のことを「認知地図」と言うそうです。

シャロンは、この認知地図を日常的に喪失してしまいます。すると、突然世界がひっくり返ったように、自分のいる場所が全くわからなくなるのです。

5歳のとき初めてこの症状に見舞われ、パニックを起こして母親に助けを求めましたが、

「このことは誰にも言うんじゃないよ。魔女だと言われて火あぶりにされるから」

と脅され、そのまま25年間も隠し続けます。

 

シャロンは生来のユーモアと鋭い知性を駆使して、いつも迷子になっていることを誰にも知られぬまま、学校を修了し、仕事に就き、結婚までしたのです。

学校へ行くときは友達の後をついて歩き、面接に行った職場に曲がった通路がたくさんある場合は、その仕事をあきらめました。子供が小さかった頃は、深夜に夜泣きで起こされると、泣き声を頼りに子供部屋を探しました。

 

30歳近くになったとき、偶然の出来事から秘密が明るみに出ます。

神経科に入院して様々な検査を受けましたが、原因はわかりませんでした。病院が何か治せる病気を見つけてくれることに希望をかけていたシャロンは、ひどく落胆し、深刻なうつに苦しみます。

1年以上も精神科に通い、うつ病を乗り越えることはできたものの、方向を見失う症状は治らないまま年月が過ぎました。

 

61歳のとき、シャロンはついに、イタリアの研究者ジュゼッペ・イアリア博士と出会います。イアリア博士は、シャロンのような症状の研究を始めたばかりで、シャロンは彼の患者ナンバー4でした。

シャロンへのインタビューが行われたのはそれから10年後ですが、その時点ではまだ治療法は発見されていません。

それでも彼女は、微笑みながら言います。

「……ジュゼッペに会う前の私は違う人間だった。一〇年前まで、ずっとおびえた小さな女の子のままだった。大人の女性になったのはこの一〇年の間よ。いまは幸せ。満たされた人生を送るには、自分を好きになって、自分自身を受け入れなければならないとわかったから」

「今の自分が本当に誇らしいのよ」

 

 

著者のヘレン・トムソンは、神経科オリヴァー・サックスから大きな影響を受け、本のなかでも、要所要所でサックスの言葉を引用しています。

さらに巻末の『謝辞』では、次のように書かれていました。

オリヴァー・サックス氏は、悲しいことにこの世から旅立ってしまったが、改めて変わらぬ尊敬と感謝の意を表したい。氏の作品にはいつも刺激を受けてきた。直接話したのは一度だけだったが、もちろん今でもそれが私の人生で一番素晴らしい会話である。

 

私はオリヴァー・サックスのことを、ファンと言いたいくらい好きで、『火星の人類学者』の感想をブログにも書いたのですが、読もう読もうと思いながら、まだ手にしていない本が何冊もあります。

これを機に、読みはじめたいと思いました。

もし眠くなったら、本を携えて読書カフェに出かけます。

 

toikimi.hateblo.jp