かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

蔵(創作掌編)~銀ひげ師匠の魔法帖⑦~

 

 晶太がいつものように、銀ひげ師匠の書道教室へ行くと、ちょうどお客さんが帰るところだった。

 このあいだスケアクロウのことで相談にのった、ゆなちゃんのお祖母さんが、若い女の人を連れている。ゆなちゃんと仲良しのつぐみちゃんのお母さんで、容子さんという人だった。

「いや、なんだかすっかり信用されたみたいでね。知り合いが心配事を抱えているから、話を聞いてあげてほしいと頼まれたんだよ」

 お客さんを見送って戻ってきた師匠は、嬉しそうに、手土産でもらったお菓子を分けてくれる。

 

  お菓子はおいしかったけれど、容子さんの相談事というのは、ずいぶん怖い話だった。

 家の蔵から、夜な夜な、声が聞こえるというのだ。

 低くこもった声が、繰り返し『ここから、出してくれ……』と、訴えてくるらしい。

 

 その蔵があるのは久松さんという家で、容子さんの大叔父にあたるおじいさんが、長いあいだ独りで暮らしていた。

 バイオリンが趣味という久松さんは、ちょっと偏屈なところもあったけれど、何年か前に容子さんとつぐみちゃん親子がいっしょに住みはじめてからは、とても明るく穏やかだったそうだ。

 その大叔父さんが、ひと月ほど前に亡くなった。

 蔵の整理をしているときに倒れ、すぐに救急車で病院に運ばれたものの、意識が戻らないまま息をひきとったという。家族に見守られ、安らかな旅立ちだった。

「━━それなのに、誰もいない蔵から、声が聞こえてくるのです。もしかして、大叔父に何か、心残りのようなことがあるのかと思うと、気がかりでなりません」

 

 銀ひげさんは魔法使いであって、霊媒師ではない。

 晶太は少し心配になり、

「引き受けちゃって、だいじょうぶなんですか?」と聞いた。

「まあ、何とかなるだろう。今度の休業日に訪問する約束をしたよ」

 

 約束の日、晶太は師匠といっしょに、久松家へ向かった。

 玄関のドアが開いたとき、奥からバイオリンの音色が聞こえた。つぐみちゃんが1人でお稽古をしているようだ。

 部屋に通されると、楽器を手にしたつぐみちゃんもあいさつに来る。

「こんな小さなバイオリンがあるんだね?」

 晶太は感心して、つぐみちゃんに聞いた。

「こども用の分数バイオリンというの。さいしょに弾いたのは1/16で、つぎが1/10、いまのは1/8なのよ」

 はきはきと答えてから、また、お稽古にもどっていった。

 

「大叔父が、つぐみにバイオリンを教えてくれたのです。1/4サイズに変わるタイミングで、専門のバイオリン教師を頼もうと言っていたのですが、今となってはもう、その余裕はありません。四十九日の法要を済ませたら、私もすぐに就職するつもりです。あの子には可哀想ですけれど……」

 容子さんはため息まじりに言った。

「それは残念ですね」

「いえ、とんでもない。この家に住んでいられるだけで、充分に恵まれています。では、蔵へご案内いたしますね」

 

 それほど大きな蔵ではない。入る前に、銀ひげ師匠は「ウタ」と呼ばれる魔法の呪文を唱え、ときどき立ち止まりながら、まわりをゆっくりと一周した。久松家の蔵を司る神様に挨拶して、親しくなろうとしているのだ。

 蔵のなかには、作りつけの棚があり、ケースに入ったバイオリンが収納されていた。つぐみちゃんが言っていた分数バイオリンは、サイズ順に並べられている。

 ラベルに「楽譜」と書かれた桐箱もたくさん積んであった。

 奥のほうには、時代劇に出てきそうな和箪笥や、大きな壷、カバーのかかったゴルフセットらしきものが見えた。

 

 開け放した扉から明るい日差しが入ってくるので、不気味な雰囲気はなく、例の声も聞こえない。

 時間をかけて、蔵の内部を観察していた師匠が、

「つぐみちゃんをここへ呼んでもらえますか?」

 と、言った。

 

 容子さんが連れてきたつぐみちゃんに、銀ひげさんは優しく問いかける。

「君が次に弾くはずの、1/4のバイオリンはどれかな?」

 指さした先のケースを師匠が棚から下ろすと、つぐみちゃんは慣れた手つきで留め金をはずし、ふたを開いた。

 目を輝かせて楽器を見ているつぐみちゃんのそばで、

「あら、これは何かしら?」

 と、容子さんが首をかしげて、ケースのなかをのぞきこむ。

 肩当てなどの小物を入れるスペースに、珍しい形の鍵がテープで貼り付けられていたのだ。

「和鍵です。そういう鍵で開けるのは、奥にある和箪笥の引き出しでしょうかね」

 

 つぐみちゃんの手をしっかり握って、容子さんは和箪笥に近づいた。

 鍵がぴたりと合う。

 引き出しを開けたとたん、内側から差してきた不思議な光に、その場にいた全員が目をみはった。

「金貨だわ……」

 ぎっしりと詰めこまれた金貨が、午後の日差しを受けてきらめいている。

「どうやら久松さんは、金貨のコレクターでもあったようですね」

 さらに見ると、バイオリンの先生に宛てた紹介状が、金貨に埋もれるように収められていたのだった。

「あなたやつぐみちゃんをびっくりさせようと思って、趣向を凝らしていたのでしょう」

 その言葉に、容子さんは泣き笑いした。

 

  帰り道、晶太は銀ひげ師匠に、気になっていたことを尋ねる。

「夜中に聞こえていたのは、あの金貨の声だったんですか? それともやっぱり、久松のおじいさんの霊が、何かを告げようとしていたの?」

 もし、あのままだったら、つぐみちゃんはバイオリンを続けられないわけで、1/4サイズのバイオリンケースが開けられることもなく、金貨はずっと発見されなかったかもしれない。

 亡くなったおじいさんだって、気が気ではなかったはずだ。

 

「いいや、ここから出してくれ、という言葉を発していたのは、蔵だったんだよ」

「え、あの蔵が?」

「そうさ、いくら大切なものを保管するのが役目だとしても、あんな『宝の持ち腐れ』は嫌に決まっているからね」

 

 

「あなたは敗れたのです」(創作掌編)

 

 サトシは中学時代からの友だちだが、正月も仕事で帰って来ないというので、こちらから会いに行くことにした。

 シングルパックの切り餅をいくつかと、家にあった金箔入り吟醸酒をリュックに詰め、さほど遠くはないものの、一度も訪れたことがない町へ向かう。

 

 駅の改札を出ると、サトシが待っていて、相変わらずのポーカーフェイスを少しだけくずして笑った。長い付き合いなので、すごく歓迎してくれていることがわかる。

 私は文系の社会人だから、型通り新年の挨拶をしてから、

「ちょっとやせたんじゃない? ちゃんと食べてる?」

 と、友の身を気遣った。

 聞けば、初詣もまだしていないと言う。サトシが淡々と提案した。

「同僚に聞いたけれど、変わったおみくじが評判になっている神社があるみたいだ。行ってみるかい」

 サトシの職場は、理系の頭脳集団で成り立っているらしいが、それなりに世間話もしているようだ。

「いいね。どんな風に変わってるの?」

「辛口みくじ、というものらしい」

 

 我々はのんびりと、神社までの道を歩いた。

 中学2年のとき、苦手な数学を教えてもらいたくて、サトシに声をかけたけれど、すぐに無理だと思い知った。数学がわからない人間の頭の構造が、彼にはまったく理解できなかったのだ。言葉を尽くし説明してくれたのだが、どれほど傾聴しても混迷するばかりだった。

 それでも一生懸命教えてくれようとする姿に感動し、親友になって、今に至っている。

 私はサトシから、数学ではなく、「人はそれぞれ違うのだ」という大切なことを教わった。

 

 神社で参拝をすませ、おみくじを引く。

 普通のおみくじもあったけれど、やはり評判の「辛口みくじ」に行列ができていた。私が並んでいるあいだ、こういうものに興味のないサトシは「算額」を探しに行った。「算額」とは、江戸時代の数学者が、和算の問題を記して奉納した額のことである。

 

 ようやく順番がまわってきて手にした「辛口みくじ」を読み、私は衝撃を受けた。

あなたは敗れたのです。

もう勝ち目はありません。

あなたに出来る最善のことは、

ただ敗北を認めることです。 

 血の気が引いていくのがわかる。

 遠距離交際中の相手のことだろうか、あるいは、同期入社の昇進レースか? 先週ずっと背中が痛かったのは、重大な病の前ぶれなのかもしれない、それとも……。

 

(とりあえず、これは無かったことにしよう。しかるべき場所に結んで帰れば大丈夫だと聞いたことがある)

 ショックで少しふらつきながら、「おみくじ結び所」を目指して歩き出したとき、ちょうど戻ってきたサトシに腕をつかまれた。

「どうした? 顔色が悪いぞ」

 私は無言でおみくじを渡した。

 文面に目を走らせたサトシが、「まあ、落ち着け」と言って、近くのベンチに誘導する。

算額は見当たらなかったが、そのかわり、変わった光景に出くわしたよ。社務所のそばに特設コーナーがあって、人だかりができているんだ。いったい何をやっているのかと思ったら、ドライヤーでおみくじを熱していた」

「ドライヤーで? 何のために?」

「あぶり出しさ。この辛口みくじは、下半分のスペースがずいぶん空いているだろう。ここがあぶり出しになっているんだ。ほら、ちゃんと書いてあるよ」

 見ると、おみくじの余白のすみに小さな文字で、あぶり出しのことが説明されていた。

 

 さっそくその特設コーナーへ行くと、ドライヤーが何台も用意されており、待つほどもなく、あぶり出しの文字を読むことができた。

いかなる人生においても、

敗北を避けて通ることはできません。

敗れたことを受け入れなければ、

敗北を引きずったまま生きることになります。

敗れたことを認めて向き合えば、

敗北から多くを学べるでしょう。

「なるほど!」と、私は大きくうなずいた。

 最初がショックだっただけに、時間差で知った内容が身に沁みる。

 

(この言葉を心に刻んで、いよいよその時がきたら、逃げずに向き合おう)

「おみくじ結び所」を横目に見ながら、となりを歩く友に話しかける。

「ありがとう。あぶなく早合点してしまうところだった。ほんと、いつも冷静なサトシがうらやましいよ」

 するとサトシは、

「いや、僕のほうこそ、どんなことにも素直に感動できる君がうらやましい」

 と、真顔で応えた。

 

 

 

『やすらぎの里』でリトリートしてきました。

 

伊豆高原にある『やすらぎの里(本館)』は、断食や食養生で心と体をリセットする、滞在型のリトリート施設です。

数年前に、ゲシュタルト療法のファシリテーターの方から教えてもらい、いつか行ってみたい思っていましたが、その「いつか」が来て、行ってきました。

 

東京駅から特急踊り子号で2時間と少し、伊豆高原駅で降り、車で5分の場所です。

 

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体調や目的に合わせて、3つのコースから選べます。

①断食コース…内臓を休め、味覚のリセット

デトックスコース…半日断食と少食を組み合わせた「半断食」

食養生コース…食事は普通食または糖質制限

基本の滞在プランは6泊7日ですが、土・日1泊2日の体験プランもあり、私は食養生コースの体験プランにしました。

 

体験プランの宿泊客は十数名、2~3名で来ている人と、1人で来ている人が半々くらいの感じでした。

部屋は相部屋・2人部屋・個室があります。

 

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私が泊ったのは、個室Bタイプ。

 

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全室の窓から海が見えます。

 

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1日のスケジュールです。

散歩やヨガの他、マッサージとカッピングなどを組み合わせた施術がコースに含まれています。

温泉と露天風呂、岩盤浴やジャグジー付きの専用風呂もありました。

 

チェックイン後に、館内の案内とスケジュール説明を受けてから、問診票を記入します。日常生活や健康面で気になっている事柄を書き、これをもとに、個別面談が行われます。

面談では『やすらぎの里』代表の大沢さんに、自律神経検査(手首と足首の周りにある内臓の働きを示すツボに、弱い電流を流して自律神経の働きをチェックする)をしてもらいました。

私は安定しているけれど数値は低め、ちょっとエネルギー不足という感じでしょうか。

やはり、疲れているようです。

大沢さんは、とてもあたたかく受容的な雰囲気を持った方で、リラックスしてあれこれ話をしているうちに、

HSPという言葉をご存知ですか?」と聞かれました。

HSPは生まれつきのものなので、「治す」というのではなく、うまく付き合っていく方法を見つけるのが大切、という話をしました。

 

面談の後は、1時間のマッサージ、温泉や岩盤浴、トレーニングルームでリラックス・ヨガと呼吸法、瞑想……、だんだんお腹がすいてきました。

夕食の時間が来て食堂へ行くと、スタッフの方が名前を確認して、それぞれの食事を持ってきてくれます。

私は「普通食」でしたが、プチ断食の方が多かったみたいです。

 

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美味しくいただいた、というだけではなく、これほど食事に専念したのは初めてかもしれません。貴重な体験でした。

 

夕食の後は、大沢さんの講座がありました。

自律神経の緊張と弛緩の切り替えがスムーズに行われていないことが、現代人の疲労の原因となっているので、夜は意識して脳への刺激を減らし、眠れないときは無理して眠ろうとせず呼吸法をする等、いろいろ興味深いお話を伺いました。

特に印象的だったのが、断食は「食べないだけ」なのである意味簡単、むしろその後の回復食のほうが難しいというお話です。断食に限らず、何かを試みるときは「完結」することが肝心で、そこから次へつなげられるのだと思いました。

 

 

一夜明けて、朝の散歩では、雲間から射す日の光が、放射状に降りそそいで見えました。「天使のはしご」と言う現象らしいです。

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写真を撮っているときは気づきませんでしたが、写りこんでいる樹がおもしろい。

 

 

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朝食もしっかりと、食事に向き合いました。

 

リトリートとは「避難所」

リトリートとは、日常から離れ、

静かな自然の中で、自分と向き合い、

「心と体をリセットする旅」

まさに、その通りの旅でした。

 

 

 

奇跡の一日(創作掌編)

 

 僕は昼前に会社を早退した。毎年恒例のことなので、誰も気にしないし、何も言われない。

 午前中に予約しておいた花屋で花束を受け取り、駅へ向かった。

 霊園までは、電車を乗り継いで1時間半かかる。緑が豊かで広々とした、公園のような場所だ。

 明るい陽光の下、長いあいだその場に佇み、君のことを思っていた。

 

 初めて会ったときの、ひらめくような不思議な感覚。互いの気持ちを確かめるのに、しばらく時間がかかったけれど、そのあとはまるでローラーコースターに乗っているみたいだった。

 結婚して2人で暮らし始めるまでには、煩雑な課題が山積みで、幸せに酔っていなければ、うまく乗り切れなかったかもしれない。

 小さなケンカと譲り合いを繰り返し、2人だけの型を作りあげていくうち、しだいに僕たちは「家族」になっていった。

 

 僕は安心しきっていたのだと思う。

 朝から仕事に追われていたあの日、遅くまで残業したあと、同僚たちと居酒屋に寄り、終電で家に帰った。

 4回目の結婚記念日だったのを思い出したのは、あくる朝になってからのことだ。

 何度も謝り、君はすぐに許してくれたけれど、僕の胸は怖ろしい予感でいっぱいになった。

 こんなことでは、いつか大切な君を失ってしまうのではないか……。

 

「悪い予感ほど当たるっていうけれど、本当だったね」

 ほかに人影もない霊園で、君に語りかける。悲痛な思いが涙となって、とめどなく流れ落ちた。

「もう一度、君を取り戻すためなら、僕はどんなことだってするよ」

  嘆きながら、強く願い続ける。

 その場を離れたとき、午後の日はゆっくりと傾き始めていた。

  再び電車を乗り継ぎ、重い足取りで家へ向かう。黄昏時の薄闇につつまれたマンションの、窓に灯る明かりがにじんで見えた。

 

 突然、目にしていることの意味に気づいて、息をのんだ。

 誰もいない僕の部屋の窓に、明かりが輝いていたのだ。

(ついに願いが聞き届けられて、奇跡が起こったのだろうか?)

 思うそばから、

(いや、今朝出るときに、消し忘れたのかもしれない)

 と、否定し始める自分を殴ってやりたい。 

 きっぱりと疑いを捨て去った僕は、鍵は取り出さずに、震える指でドアホンを鳴らした。

 なつかしい声が応え、わずかな間のあと、扉が内側から開く。

 

「おかえりなさい」

 こぼれるような笑顔の君に、ずっと持ち歩いていた花束を差し出した。

「結婚記念日ありがとう」と言いながら。

「ありがとう」は少しおかしいと、君がまた笑う。

 

「結婚記念日に早退するなんて、職場の人たちにひやかされなかった?」

「もうみんな慣れたから大丈夫さ。急ぎの仕事っていうのは、終業ギリギリに持ち込まれることが多いからね、早退してしまうのがいちばん安全なんだ」

 僕は答えて、ダークグレーのスーツから明るい色の服に着替えた。ほんとうは、君が思うより何時間も早く、会社を出ていることは内緒だ。

 

 そう━━、

 霊園で喪失の疑似体験をすることは、君と出会えた奇跡を毎年更新するため、考え抜いた末に思いついた、僕の儀式なのだ。

 

 君の両親が結婚祝いとして、郊外の霊園の区画を贈ってくれたときは驚いた。

 生前にお墓をつくることが、長寿や子孫繁栄につながると信じている義父母も、僕のやっていることを知ったら、「縁起でもない!」と怒るに違いない。

  だからこれは、僕が君とのあいだに持っている、最大の秘密。

 

 

 

山桜を育てるミニ盆栽~種まき~

 

昨年10月28日、種から山桜を育てる栽培セットの「種まき前の下準備」として、種に冬を疑似体験させるため、冷蔵庫へ入れました。

 

toikimi.hateblo.jp

 

説明書によれば、冷蔵庫での低温期間は1~3ヶ月。

新しい年も始まりましたし、種まきをすることにしました。

 

発芽日数も1~3ヶ月(種をまいた時期・環境によっては1~2年の場合もある)です。発芽時期が真冬にならないように逆算し、タイミングを合わせて行うことが推奨されていて、やや見切り発車かな?とは思いましたが、実行してしまいます。

 

1.種まき前の下準備(その2)

種まき時期を確認して冷蔵庫から出した後、山桜の種を40℃位のお湯に浸し、そのまま1~2晩置いておきます。

 

2.種まき ※室内で育てる場合は、受皿を用意して下さい。

①鉢の中身をすべて取り出します。

②鉢の底にアミを敷き、アミがずれないように培養土をいれます。

③全体に行き渡るようにゆっくり水を注ぎ、土に水を染み込ませて下さい。
 (勢いよく注ぐと土が浮いてきますので注意して下さい)

④水が浸み込んだら土の表面を割り箸などで平らにし、種を全てまきます。
土に指で、深さ1.5cmぐらいの穴を種の数だけあけて、そこに1粒ずつ種をまき、周りの土をかぶせます。
種をまいたあとに霧吹き等でやさしく水をやり、土と種を密着させます。

 

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100均ショップの園芸用品コーナーで、スプレーボトル(霧吹き)と、ペットボトルに付けて使えるシャワーキャップを買ってきました。

 

種は5粒。24時間ほど浸しておきました。

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培養土を入れた鉢に種をまきます。

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この後、説明書き通りに周りの土をかぶせて、霧吹きで水をやりました。

 

3.発芽までの管理

◎発芽するまでは、土の表面を乾かさないようにして、直射日光を避け、栽培に適した明るい場所で管理してください。

※土の感想を防ぐために、ラップ等を軽くかけておくと良く発芽します。
 発芽後は直ぐにラップを外して下さい。

※発芽までと生育初期の水やりは、土を掘り起こさないようにやさしく行って下さい。

 

説明書きに繰り返し「やさしく」とあるので、ちょっと緊張しました。

注意深くお世話をして、もし無事に発芽したら記事にしたいと思います。

 

 

天狗の下駄(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-4~

 

 仕事の打ち合わせから戻り、珈琲店のドアを開けると、ハヤさんが「いらっしゃいませ」ではなく、「おかえりなさい」と言った。

 ちょうどお客が途切れたタイミングだったようだ。

 なんとなく嬉しい気分でカウンターへ向かう途中、ふと、見慣れない物が目に留まって立ち止まる。

 窓際のテーブル席の椅子の下に、小さな赤い靴が押しこまれていた。

 

「きっと、ランチタイムにいらしていた親子連れのお客様が、忘れていったのでしょう。気づかなかったな」

「仕方ないよ。まるで隠してあるみたいだもの。そのお子さん、帰りはベビーカーだったの?」

「いえ、歩きでした」

 ではいったい、何を履いて帰ったのだろう。

 

「そういえば、僕が寸一だったころ──」

 といって、ハヤさんが前世の昔語りを始める。

 

   △ ▲ △ ▲ △ 

 

 天狗森で何か見つかったらしく、寸一が呼ばれた。

 行ってみると、森の際に一本歯の下駄が、きちんと脱ぎ揃えてあった。

 この森では三〇年ほど前、恐ろしい出来事があったという。力自慢の若者が天狗に相撲を挑んで投げ飛ばされ、その後、深い谷の奥で、手も足も一つ一つ抜き取られて死んでいたのだ。

 平生は、あまり近寄る者もいないのだが、秋の実りの時季ともなれば別のようだった。

 

 見つけたのは、森へ茸を採りにきた千吉という男だ。

「これは、天狗の下駄だな」

 寸一が言うと、千吉は震えあがった。

「えらい物を見つけてしまった。祟りがあるに違いない」

「大丈夫だ、見たところ昨日今日のものではない。この下駄は、森の外へ向けて脱ぎ置かれている。もはや要らなくなったのだ。天狗も年を取り、霊力が衰えてくると、山を下りて里で暮らすことがあるというから、その類いだろう」

 祟りどころか、むしろ縁起のいい置き土産だと説いても、千吉は納得せず、

「せめて、寸一さんが片方だけでも持っていてください」

 と、言い張るので、片一方を預かることにした。

 

(里に下りて、人と同じように暮らす天狗か……)

 思い当たる人物がいる。

 半年ほど前、町はずれの小屋に住み着いた音蔵という年寄りだ。この辺りのよい家柄に生まれながら、財産を使い果たし、長らく各地を渡り歩いていたという。

 戻ってきてからは、道行く人に甘酒を売り、細々と暮らしていた。そのくせ、酒代には不自由しないらしく、時折、町なかへ飲みに出ては、機嫌良く酔って、踊りながら帰るのが常だった。

「音爺」と呼ばれて慕われているが、この音蔵には不思議なところがあった。

 

 誰も見聞きしたことがないほどの、奇奇怪怪な話を数多く知っているのだ。ところが、音蔵の小屋でそうした話に興じていると、客は必ず強い睡魔に襲われる。そして、目を覚ましたときには、聞いた事をすべて忘れていた。

 それが度重なるにつれ、音蔵の家を訪ねる者は、寸一のほかいなくなってしまった。

 もちろん寸一も、何一つ覚えているわけではないのだが、話を楽しんだという気分は残っているし、なにより、話し相手を得た音爺がたいそう喜ぶからだった。

 

 数年の歳月が流れた。

 

 ある日、思い立って出向いて行くと、音蔵は床に伏せっていた。

「そろそろ私も寿命が尽きるようだ。さいごに顔が見られて何より」

 と、事も無げに笑う。

 寸一は、天狗森に残されていた一本歯の下駄のことを尋ねてみた。

 

「いかにもあれは、私の下駄だ。天狗から只人へ戻る決意の表れとして脱ぎ置いた。なかなかの神通力を備えた下駄でなぁ、新たな持ち主は自分で探したことだろう」

 確かに、あの下駄を見つけた千吉は、見違えるように豪胆になった。

 人の三倍働き、家は栄える一方で、先頃ひとり娘に立派な婿を取ったばかりだ。

 音蔵は眼をきらめかせて、寸一の話を聞いていたが、千吉に頼まれて下駄の片方を預かっていることを知ると、その表情が曇った。

「二つで一足という履物を、別れ別れにしておいたままでは、何とも心残りだ。この音爺の遺言だと思って、もう片方の下駄を、千吉さんとやらに渡してはくれまいか」

 もちろん、寸一に否やは無かった。

 

 約束を守り、天狗の下駄を千吉に届けると、一家を挙げて歓迎してくれた。

 ようやく揃った一本歯の下駄は、家宝として床の間に飾るそうだ。

 

 ところが、ほどなくして、千吉は忽然と姿を消した。

 天狗の下駄だけを持って出て行き、再び戻ってこなかった。

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

「どうやら、天狗の下駄が探していたのは、幸運を授ける相手ではなく、継承者だったみたいです。一足揃ったことで、何かしら強い力が働いたのでしょう。天狗として生きていくことが、千吉の本望であったどうか、今となってはわかりませんけれど」

「あとに残された家族は大丈夫だったの?」

「ええ、お婿さんがしっかりした働き者でしたからね。千吉の奥さんは、毎日のように天狗森のそばまで行って、名前を呼んだりしていましたが、次々に孫が生まれていそがしくなると、だんだん足が遠のいたようです」

 

 店の電話が鳴った。

 ハヤさんの受け答えを聞くうち、赤い靴を忘れていった子の母親からだとわかったので、近づいて受話器に耳を寄せる。

 珈琲店に来る前に寄ったショッピングモールで、お正月用の新しい靴を買ったらしい。ところが、元旦までのあと3日が待てない子供は、母親が席を離れたわずかなあいだに、靴を履き替え、古いほうは隠してしまったのだ。

 

「家に帰ってから、はじめて気がつきました。ご迷惑をおかけしてすみません。これから引き取りにうかがいますから……」

 と、母親が言いかけたところで、びっくりするほど大きな泣き声が聞こえてきて、会話は中断した。そばで成り行きを見ていた子供が、抗議の大泣きを始めたようだ。

「いえもう、ほんとにいつでも……、来年になってからでも構いませんから……」

 ハヤさんがとりなすように繰り返して、ようやく事態は収まった。

 

 昔も今も、新しく一歩を踏み出してしまったら、元へは戻り難いようだ。 

 

 

ゲシュタルト療法~変化の逆説~

 

ゲシュタルト療法のワークで時折、「変化の逆説」という言葉を耳にしました。

簡単に述べると、「人は、自分でない者になろうとする時ではなく、ありのままの自分になる時に変容が起こる」ということである。つまり、変容は自分あるいは他者がその人を変えようとする強制的な試みによって起こるのではなく、ありままの自分でいることに時間と努力を費やす時──自分自身の現在のありように完全にひたる時──に変容は起きるのである。

(『変容の逆説的な理論 Paradoxical Theory of Change 1970』医学博士アーノルド・R・ベイサー)

 

「あるべき自分」や「なりたい自分」を目指したとき、もしそれが、自己否定から始まっているのであれば、成功するとは考えにくい。今の自分を否定して、新たな人間になろうとするのではなく、今の自分を本当に受け入れたときにこそ、変化は自然に起き、「意義のある整然とした変容が可能になる」というのが、変化の逆説です。

 「あなたが本当に変化したいなら、変化しないことである」

なんとなく禅的な感じがしますが、ゲシュタルト療法の創始者フレデリック(フリッツ)・パールズは、京都の大徳寺で禅の修行体験もしているので、その影響があるのかもしれません。

 

「主人公」という言葉は、禅語からきているといいます。

瑞巌師彦(ずいがんしげん)という禅師は、毎日、自分自身に向かって、

「主人公」と、呼びかけ、

「はい」と、自ら返事をして、さらに、

「惺々著(せいせいじゃく)=しっかり目覚めているか?」

「はい」

「ついうっかり、人に騙されるなよ」

「はい、はい」

と、自問自答していました。

自らが自らの主人公であり続けることの困難さと、その必要性を指し示す禅語です。

(『無門関』第十二則)

 

この「主人公」とは、禅宗でいうところの「本来の面目」(自分の本来の姿、真実の自己)だといわれています。

やはり「ありのままの自分になる」には、かなりの「時間と努力を費やす」ことが必要なのでしょう。

 

また、「変化」ということについて、ユング心理学者の河合隼雄さんは、

「一番生じやすいのは一八〇度の変化である」と書いています。

(『こころの処方箋』(新潮文庫)1998) 

こころの処方箋 (新潮文庫)

こころの処方箋 (新潮文庫)

 

 

 人間が変化する場に立ち合い続けていて、まず思うことは、「一番生じやすいのは一八〇度の変化である」ということである。 

 

例としてあげられているのが、アルコール依存症の場合で、大酒飲みの人が、ある日から飲酒をピタリとやめる。皆が感心していると、あるときにまた逆転してしまう、という180度の変化です。

あるいは、自分の親のような生き方をしない、と決心した人が、その方向を20度とか30度変更するのではなく、正反対に180度の変化をしてしまう。

 

 このような現象をイメージで表現するなら、風見鶏でときどき何かの加減でくるっと回転して反対向きになるのと似ているのではなかろうか。風が吹いているとき、それに抗して二〇度、三〇度の方向に向くよりも、一八〇度変わってしまうと楽なのである。 

 

もちろん、容易に逆転してしまう180度の変化は無意味だ、というわけではありません。

むしろ、180度の変化が生じたからといってやたらに喜ぶことなく、逆転現象を起こして元にかえっても悲観してやけになったりせずに、「じっくり構える」ことが大切なのだといいます。

実は、このときに生じた変化によって経験したことは、その人が次に、自分の在り方と照合しつつ、あらたな方向性を見出してゆくための参考となり、その経験と心構えが、もう一度、自分の生き方について検討を始める助けになるのです。

 

そのときになって、われわれは一八〇度の変化は案外生じやすいものであることを話したりして、そのときに経験したことなどじっくりと話し合い、さて、次はどうするかということを共に考えてゆく。そのためには、今まで吹いていた「風」とは異なる方向の「風」の存在を探し当てねばならないし、そうなってくると変化はだんだんと本物になってくるのである。もちろん、一八〇度の変化がその人にとっては本物だということもあろう。それもじっくりと確かめているとわかることである。

 

「風」を捉えるときは、あまり結果を恐れないで進むこと、そして、変化を焦らず「じっくり構える」こと、このバランスが大事なようです。

 

河合隼雄さんは、あるとき、よくなってこれが最終回というクライアントの方から、こんなふうにお礼を言われたそうです。

「先生のおかげで、私も随分と変わりました。変わるも変わるも三六〇度も変わりました

 

もちろん、この方は自分が凄く変化したことを表現したかったのだろうが、これを文字どおりに受けとめても、素晴らしい変化だと言えそうな気もした。