かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

蔵(創作掌編)~銀ひげ師匠の魔法帖⑦~

 

 晶太がいつものように、銀ひげ師匠の書道教室へ行くと、ちょうどお客さんが帰るところだった。

 このあいだスケアクロウのことで相談にのった、ゆなちゃんのお祖母さんが、若い女の人を連れている。ゆなちゃんと仲良しのつぐみちゃんのお母さんで、容子さんという人だった。

「いや、なんだかすっかり信用されたみたいでね。知り合いが心配事を抱えているから、話を聞いてあげてほしいと頼まれたんだよ」

 お客さんを見送って戻ってきた師匠は、嬉しそうに、手土産でもらったお菓子を分けてくれる。

 

  お菓子はおいしかったけれど、容子さんの相談事というのは、ずいぶん怖い話だった。

 家の蔵から、夜な夜な、声が聞こえるというのだ。

 低くこもった声が、繰り返し『ここから、出してくれ……』と、訴えてくるらしい。

 

 その蔵があるのは久松さんという家で、容子さんの大叔父にあたるおじいさんが、長いあいだ独りで暮らしていた。

 バイオリンが趣味という久松さんは、ちょっと偏屈なところもあったけれど、何年か前に容子さんとつぐみちゃん親子がいっしょに住みはじめてからは、とても明るく穏やかだったそうだ。

 その大叔父さんが、ひと月ほど前に亡くなった。

 蔵の整理をしているときに倒れ、すぐに救急車で病院に運ばれたものの、意識が戻らないまま息をひきとったという。家族に見守られ、安らかな旅立ちだった。

「━━それなのに、誰もいない蔵から、声が聞こえてくるのです。もしかして、大叔父に何か、心残りのようなことがあるのかと思うと、気がかりでなりません」

 

 銀ひげさんは魔法使いであって、霊媒師ではない。

 晶太は少し心配になり、

「引き受けちゃって、だいじょうぶなんですか?」と聞いた。

「まあ、何とかなるだろう。今度の休業日に訪問する約束をしたよ」

 

 約束の日、晶太は師匠といっしょに、久松家へ向かった。

 玄関のドアが開いたとき、奥からバイオリンの音色が聞こえた。つぐみちゃんが1人でお稽古をしているようだ。

 部屋に通されると、楽器を手にしたつぐみちゃんもあいさつに来る。

「こんな小さなバイオリンがあるんだね?」

 晶太は感心して、つぐみちゃんに聞いた。

「こども用の分数バイオリンというの。さいしょに弾いたのは1/16で、つぎが1/10、いまのは1/8なのよ」

 はきはきと答えてから、また、お稽古にもどっていった。

 

「大叔父が、つぐみにバイオリンを教えてくれたのです。1/4サイズに変わるタイミングで、専門のバイオリン教師を頼もうと言っていたのですが、今となってはもう、その余裕はありません。四十九日の法要を済ませたら、私もすぐに就職するつもりです。あの子には可哀想ですけれど……」

 容子さんはため息まじりに言った。

「それは残念ですね」

「いえ、とんでもない。この家に住んでいられるだけで、充分に恵まれています。では、蔵へご案内いたしますね」

 

 それほど大きな蔵ではない。入る前に、銀ひげ師匠は「ウタ」と呼ばれる魔法の呪文を唱え、ときどき立ち止まりながら、まわりをゆっくりと一周した。久松家の蔵を司る神様に挨拶して、親しくなろうとしているのだ。

 蔵のなかには、作りつけの棚があり、ケースに入ったバイオリンが収納されていた。つぐみちゃんが言っていた分数バイオリンは、サイズ順に並べられている。

 ラベルに「楽譜」と書かれた桐箱もたくさん積んであった。

 奥のほうには、時代劇に出てきそうな和箪笥や、大きな壷、カバーのかかったゴルフセットらしきものが見えた。

 

 開け放した扉から明るい日差しが入ってくるので、不気味な雰囲気はなく、例の声も聞こえない。

 時間をかけて、蔵の内部を観察していた師匠が、

「つぐみちゃんをここへ呼んでもらえますか?」

 と、言った。

 

 容子さんが連れてきたつぐみちゃんに、銀ひげさんは優しく問いかける。

「君が次に弾くはずの、1/4のバイオリンはどれかな?」

 指さした先のケースを師匠が棚から下ろすと、つぐみちゃんは慣れた手つきで留め金をはずし、ふたを開いた。

 目を輝かせて楽器を見ているつぐみちゃんのそばで、

「あら、これは何かしら?」

 と、容子さんが首をかしげて、ケースのなかをのぞきこむ。

 肩当てなどの小物を入れるスペースに、珍しい形の鍵がテープで貼り付けられていたのだ。

「和鍵です。そういう鍵で開けるのは、奥にある和箪笥の引き出しでしょうかね」

 

 つぐみちゃんの手をしっかり握って、容子さんは和箪笥に近づいた。

 鍵がぴたりと合う。

 引き出しを開けたとたん、内側から差してきた不思議な光に、その場にいた全員が目をみはった。

「金貨だわ……」

 ぎっしりと詰めこまれた金貨が、午後の日差しを受けてきらめいている。

「どうやら久松さんは、金貨のコレクターでもあったようですね」

 さらに見ると、バイオリンの先生に宛てた紹介状が、金貨に埋もれるように収められていたのだった。

「あなたやつぐみちゃんをびっくりさせようと思って、趣向を凝らしていたのでしょう」

 その言葉に、容子さんは泣き笑いした。

 

  帰り道、晶太は銀ひげ師匠に、気になっていたことを尋ねる。

「夜中に聞こえていたのは、あの金貨の声だったんですか? それともやっぱり、久松のおじいさんの霊が、何かを告げようとしていたの?」

 もし、あのままだったら、つぐみちゃんはバイオリンを続けられないわけで、1/4サイズのバイオリンケースが開けられることもなく、金貨はずっと発見されなかったかもしれない。

 亡くなったおじいさんだって、気が気ではなかったはずだ。

 

「いいや、ここから出してくれ、という言葉を発していたのは、蔵だったんだよ」

「え、あの蔵が?」

「そうさ、いくら大切なものを保管するのが役目だとしても、あんな『宝の持ち腐れ』は嫌に決まっているからね」