かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

ソウルメイト(創作掌編)~ハヤさんの昔語り#2-3~

 

 家で仕事をするのは好きだけれど、まったく外へ出なかった日は、もの足りない気持ちになる。 

 そう言うと、ハヤさんが意味ありげにうなずいて答えた。

「閉じ込められた魂は、自由を求めるものです。『憧れる』のもとになった古語『あくがる』には、魂が体から離れてさまよう、という意味がありましたね」

「なるほど……。私がコンビニへお菓子を買いにいくのも、憧れを満たしている行為というわけか」

 まぜかえしながら、ハヤさんの昔語りが始まるのを待った。

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

 お千代様の屋敷で、年に幾度か行われている集いの席で、伊作が語った話である。

「母は亡くなる数年前から、脚の具合を悪くして、表へ出られなくなりました。それでも膝行りながら、家の内のことをやってくれて、ほんとうにありがたいことでした」

 と、涙ぐむ。 伊作は先頃、母親の一周忌法要を終えたばかりだ。

 その母御の生前に起こったという、不思議な出来事だった。

 

 ある晩、寄り合いで引き止められて帰りが遅くなった伊作は、昇り始めた月の明かりを頼りに、夜道を急いでいた。

 ふと、視界をかすめるように動いていく淡い光を感じて、立ち止まる。

 振り向くと、握りこぶし大の火の玉が、宙に漂っていた。

(人魂!)

 話に聞くほど、おどろおどろしいものではない。きらめく光の粒をあつめたような、美しい玉だ。

 

 驚いたことに、その人魂らしきものは、まるで伊作から逃げるかのように、急に進む方向を変えて、木の陰に隠れた。

 好奇心に駆られ、思わず一歩踏み出すと、今度は背後から耳をかすめるように現れて、手を伸ばせば届きそうなほどの距離に浮かんでいる。

(別の人魂なのか? それとも、自由自在に消えたり現れたりできるのだろうか?)

 火の玉がふわりと動きはじめた。

 少し先に行っては止まり、行っては止まり、という動きを繰り返す。伊作を誘っているようにも見える。

 ちょうど帰り道と同じ方向だ。引き返すわけにも、道をそれるわけにもいかず、伊作はゆっくりと付いていった。

(そういえば、前にお千代様が「本所七不思議」というのを教えてくれたっけ。そのなかに「送り提灯」という怪があったな)

 

 家が近づくと、伊作は胸騒ぎを覚えた。

 独りで留守をしている母のことが、心配になってきたのだ。

 火の玉が家の戸口に吸い込まれるように消えるのを見て、履物を脱ぎ飛ばし、寝所へ急ぎ向かう。母は布団の上で半身を起こして、大きく目を見開き、駆け込んできた伊作を見つめた。

「夢のなかで楽しく月夜の散歩をしていたら、何者かに追いかけられ、あわてて家に逃げ帰ってきたところで、目が覚めた」

 という。

 

「思えば、いくつになっても少女のようなところのある母でした。山菜取りに行ったはずが、珍しい草花や、巣から落ちた小鳥の雛を、大切そうに持ち帰ったりして……。そんな母が家から出られないのが不憫で、おぶって散歩に行こうとしたのですが、恥ずかしがるものだから、結局、数えるほどしか出掛けられませんでした」

 おそらく伊作の母御の魂は、深い眠りのなかで、不自由な体から抜け出し、思うままに野山や町中を散歩していたのだろう。

  

   △ ▲ △ ▲ △

 

 ハヤさんが私を見て、

「伊作がこの話をしたとき、お千代様がはっとしたように目を見張ったのです。思い当たることがあったに違いないのですが、口をつぐんだままでした。瑞樹さん、何か覚えていませんか?」

 と尋ねる。

 

「──うん、思い出した。私が千代だったとき、誰にも話さないと約束したことだったから、黙っていたの。でも、もう時効だよね」

「誰と約束したんです?」

「千代の、年の離れた弟。とても頭のいい人で、学問の道へ進んだのだけれど、結核に罹ってしまい、志半ばで帰ってきたの。実家の離れで長いあいだ療養していたから、千代は折に触れ見舞っていたのよ」

 

 ほっそりと白い顔に、穏やかな笑みを浮かべて、弟は言った。

 ときどき、魂が抜け出して、空を飛びまわるのだと。

 とても心楽しく、もう二度と、病に疲れた身体へ戻れなくてもいいと思う。

 そして、ある日、もうひとつの魂と出合った。

 顔も見えず、話ができるわけでもない。それでも、ひとりよりふたりでいることの喜びは、計り知れなかった。

 この世に、自分と同じような人がいる。そのことが不思議なほど、心強く思われた。

 

「伊作さんが最初に見つけたのは、きっと弟の魂だったのね。追いかけようとしたので、お母様の魂がかばうようにさえぎり、伊作さんを家まで連れて帰ったんだわ」

 今はもう、この世にいない人たちの優しさが、胸に沁みた。

  

 

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