かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

魔女のおにぎり(掌編創作)~最初で最後の弟子⑨~

 

 銀ひげ師匠の「妹弟子」という人が、書道教室を訪ねてきた。

 名前は、ちとせさん。

 書道の妹弟子ではなく、魔法の妹弟子なので、つまり魔女だ。

 どことなく、晶太が小さいころから知っている看護師さんに似ている。注射が上手で、いつもゆったり構えているその看護師さんが好きだったから、一目でちとせさんに親しみを感じた。

 

 ちとせさんは、おにぎりの専門店をやっているという。

(おにぎりって、あんまり魔女っぽくないかも……)

 と思ったけれど、師匠の考えは違っていた。

「おにぎり専門店。なるほど、魔女にうってつけの仕事だな」

 感心したように笑っている。

 

「いいかい、晶太。大抵のものには、それを司る神様がいるが、稲には『稲魂(いなだま)』といって、まあ、別格の神霊が宿っているわけさ。その神様にお伺いを立てながら精米し、おにぎりに最も適したごはんを炊き上げるというのは、魔女の腕の見せどころだろうね」

 師匠のことばに、ちとせさんは大きくうなずいた。

「それにね、うちのおにぎりは出汁(だし)で炊いているの。出汁には、かつお節や昆布などの海の幸、シイタケなど山の幸が、渾然一体となっているのよ。それぞれの食材の力と持ち味を引き出して、バランスをとりながら全体の完成度を上げていく。毎日が真剣勝負よ」

「まさに魔女のスープだな」

 

 ちとせさんは、その特製おにぎりを、手土産として持ってきてくれた。

「美味しいのはもちろん、毎日食べても飽きない、しばらく食べないと恋しくなる、という味だなぁ」

 目をほそめて味わう師匠の声を聞きながら、晶太は夢中で食べきってしまった。すごく楽しかった遠足のとき、お昼に食べたおにぎりを思い出す。

 そう言うと、ちとせさんはとても嬉しそうな顔をした。

「冷めてもおいしい、というより、冷めたときこそ最高においしく食べられるよう、いろいろ工夫を凝らしているの」

 

 満ち足りた気持ちになって、2杯目のお茶を飲んでいるところで、ちとせさんが居住まいを正す。

「実はちょっと、お知恵を拝借したくて」

 と言いながら、バッグから取り出したのは、小さな朱塗りのお椀だった。

「このお椀が私のもとにやってきた、そもそものいきさつは━━」

 

 

 ちとせさんのお店は、古民家をリノベーションした建物だった。

 キッチンの奥には、昔ながらの「土間」があり、そこに「かまど」も残っていて、ガスで炊けるよう改造してある。

 土間の、踏み固められた黒い土のうえに立って、火加減を見ながらごはんを炊いていると、不思議に心が落ち着くのだった。

 

 その朝も、土間で炊きあげたごはんをキッチンの作業台に広げて湿気を飛ばし、頃合いを見て、すばやくにぎっていった。さいごに残った半端な量のごはんは、丸くボール型にまとめて、商品のおにぎりとは別にしておく。

 作業が一段落つき、「さて」とばかりに、試食を兼ねた朝ごはん用の丸いおにぎりに手を伸ばしたときだった。

 

 どうしたわけか、おにぎりがちとせさんの指先を逃れてころげ落ち、そのまま土間をころがっていって、隅の暗がりに消えてしまったのだ。

 あわてて土間へ下りてのぞきこむと、その場所にはかなり大きな穴があいていた。おにぎりのひとつやふたつ、難なくのみ込んでしまいそうなほどの穴だ。

「あらやだ、今まで全然気づかなかったわ」

 落ちてしまったおにぎりを放置するわけにはいかないが、まだまだ仕事も残っている。ちとせさんは仕方なく、キッチンへ戻った。

 

 ようやく時間がとれて、懐中電灯を片手におにぎりを回収しに行くと、おどろいたことに、穴のそばには、手紙の上にのせられた朱塗りのお椀が置かれていた。

 手紙の文字は達筆すぎて読みにくいところはあったものの、だいだいの内容は、

  • 私はこの土地の「根の国」の主である。
  • あなたのおにぎりが大変気に入った。
  • これからは時々、注文の使いを差し向けるので、その都度、俵型のおにぎりを三個、穴のわきに置くように。
  • 礼として『無尽蔵の椀』を授ける。

  というものだった。

 

 

「おお、町なかの家にまだ、根の国へ通じる穴が残っているとはね。しかも、なかなか気さくな神様らしい。良いご縁が結べそうだな」

「ええ、ありがたいことです。それからは、2、3日置きに注文をくださるようになったのだけれど、使者が真っ白なダイコクネズミだったの……」

 ちとせさんは、少し困り顔になって、

「うちは食べ物屋ですから、いくら神様の使いとはいえ、ネズミが出入りするのはちょっとね。それで、畏れながらご配慮を賜りたい、という手紙を書いたのよ。そうしたら今度は、矢文で注文が来るようになって」

「やぶみ?」

 晶太が首をかしげると、

「弓矢の矢に、手紙を結び付けたものよ。小さな矢で、矢先もとがっていないから、危ないことはないけれど、いつ飛んでくるかわからないので、気が気じゃないのよね」

 と言って、苦笑いした。

 

「それは厄介だな。だからといって、矢文もやめてくれとは、なかなか言い出せないだろうね。今日の相談事というのは、そのことかい?」

 ちとせさんは、「まさか!」というふうに目をみはり、その場に置いてある小さな朱塗りのお椀を指さした。

「相談にのっていただきたいのは、こちらのほう。『無尽蔵の椀』という名前の通り、このお椀でお米を量ってみたところ、いつまでも米びつが空にならなかったわ」

「授かった人物が長者になるレベルの宝物だ。無尽蔵が適用されるのは、米だけなのかな?」

「ええ、お米だけ。だから私が持っていても、宝の持ちぐされなの。うちの店でお米を仕入れている契約農家さんとは、深い信頼関係で結ばれています。こういうお椀が手に入ったので、もうお米は買いませんなんて、私にとっては有り得ないことですから」

 

『無尽蔵の椀』を、広く役立ててくれる誰かに託したい、というのが、ちとせさんの願いだった。

「そういうことなら、魔法使いネットワーク・ジャパン(MNJ)の自然災害対策行動本部に問い合わせてみよう。災害時の炊き出しなどに大活躍しそうだ」

「ありがとうございます。よかった、これで肩の荷が下りたわ。──それじゃ、そろそろおいとましますね」

 帰りじたくを始めたちとせさんを、師匠が引き止める。

 

「ウタ」と呼ばれる呪文を唱えながら、銀ひげ師匠は筆に朱墨を含ませた。

 一気呵成に書き上げたのは、それぞれ太さの違う3つの同心円だ。

 厚手の半紙に書かれた三重丸、どこかで見たことがあると思ったら、

「あら、これは弓道の的ね」

 と、ちとせさんが言った。

「その通り。この的を、君の作業の妨げにならない方角に貼っておきなさい。それなりの的を掲げれば、ところ構わず飛んでいた矢も、正鵠を射るようになるだろうさ」