かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

いつか…(創作掌編)~最初で最後の弟子④~

 

toikimi.hateblo.jp

 

 銀ひげ師匠が『魔法使いネットワーク・ジャパン(MNJ)』の自然災害対策行動に参加しているあいだ、晶太は影武者たちと一緒に留守番していた。

「灰一」と「紺二」は、師匠が影武者の魔法をかけた作務衣で、洗濯のため2日ごとに交替する。お互いの記憶は、チェンジした瞬間から引き継がれ、共有されているようだった。

 影武者は、何もかも本人そっくりに見えるけれど、できないことが2つある。

 ほかの服に着替えること、そして、魔法を使うことだ。

 

 師匠が旅立ってから、4度目の日曜日、

(いつになったら、帰ってくるんだろう)

 考えこみながら書道教室へ行くと、お客さんが来ていた。

 きちんとした感じの、きれいなおねえさんで、師匠のことを親しそうに「ヒロさん」なんて呼んでいる。

「晶太、こちら玲奈ちゃん。私の師匠のお孫さん」

 今日の影武者当番「紺二」が、嬉々として紹介した。

 師匠の師匠といえば、晶太にとっては大師匠だ。

 

「玲奈ちゃん、御祖父様は元気?」

「90歳過ぎてから、足腰が少し弱ってきたみたいだって、このあいだ電話でぼやいてました」

(大師匠は、ずいぶん元気な人らしい)

「君の仕事の方は順調かな。前に会ったとき、独立を考えていると言ってたね?」

「おかげさまで順調です、もう2、3年くらいキャリアを積んだら、独立しようと思っているの」

「あいかわらず、真面目ながんばり屋さんだね」

(ということは、玲奈さんは魔法使いを継がないんだな。まあ、本業にしている人は、ほとんどいないと思うけど)

 ふたりの会話を聞きながら推理しているうち、挨拶が終わって、話が本題に入った。

 

「今日は、ヒロさんに相談があってきました。晶太君も、魔法使いの弟子として修行になるかもしれないから、いっしょに聞いてもらおうかしら。魔法というより、どちらかというと、つくも神系の異変なんだけれど──」

(つくも神系?)

 晶太が首をかしげていると、玲奈さんはバッグから、カバーのかかった1冊の本を取り出した。

星新一ショートショート・アンソロジー

 というタイトルの本だ。

 

「ちょうど1週間前でした。夜、部屋でくつろいでいたら、突然この本が、天井から降ってきたんです。単身者用のコンパクトなマンションで、高いところに棚はないし、もちろんロフトもありません」

「紺二」が本を手にとって、ぱらぱらとページをめくる。

「これは、玲奈ちゃんの本なのかい?」

「幼なじみがプレゼントしてくれた本です。実はまだ読んでいなくて、ずっと収納箱にしまい込んであったの。長持というのかな、物を収納する長方形の箱です。うちの蔵で見つけて、レトロですてきだから、こっちへ来るとき持ってきたんです」

 玲奈さんの話では、この1週間、仕事から帰ってくると、出掛けるときにはなかった物が、部屋のまん中に落ちているという。

「本だけじゃなくて、CDや洋服、アクセサリーとか、ぜんぶ長持にしまっていたものばかり」

 セキュリティには気をつけているし、ストーカーの影も感じない。

 やはり、怪しいのは長持だ。

 なんといっても、魔法使いの家の蔵にあった古民具なのだから、つくも神化して異変を起こしても不思議はない。

 晶太たち3人は、玲奈さんの住むマンションへ向かった。

 

 広くはなかったけれど、すっきりと片付いた部屋だった。壁ぎわに置かれた長持が、アンティークなインテリアのようで、おしゃれな感じだ。

 先に部屋に入った玲奈さんが、

「あ、また何か?」

 といって、立ち止まる。

 床の上に落ちていたのは、小さめの封筒だった。表に「玲奈へ」という手書きの文字が見える。

 玲奈さんは手のなかに隠すようにして、すばやく拾いあげた。

 

「それって、アンソロジーをプレゼントしてくれた幼なじみからの手紙?」

 と言って、「紺二」が持っていた本を開いて見せる。

「長いあいだ、ここに挟んであったんじゃない? このページのところで自然に開くんだよね」

 少し顔を赤くして、玲奈さんがうなずいた。

「なるほどね、謎が解けそうだ。玲奈ちゃん、最初に本が降ってきたときだけど、その前に、何か聞こえなかった?」

 玲奈さんは、思い当たることがあるように、目をみはった。

「そういえば、『いつか…』と、つぶやく声を聞いた気がします。ひとり暮らしをしていると、無意識のうちに独り言が多くなるし、空耳かと思っていたけれど」

「うん、やはりそうか。もしできたら、他の日に落ちていた物もいくつか、見せてもらえるだろうか」

「はい。もういちど長持のなかへ戻すのは気がすすまなくて、別にしてありますから」

 ふくらんだショッピングバッグを持ってきて、中身を広げる。

 

 華やかな色の洋服や、かわいいデザインのバッグ、本、CD、晶太にはよくわからない小物類、どれも新品で、ほとんどが買ったときのパッケージに入ったままだった。

 いつか着よう、いつか読もう、いつか聴こう、いつかそのうち、いつかきっと━━。

 心のつぶやきが聞こえてきそうだ。

 広げられた物たちを見つめている玲奈さんに、「紺二」は、開いた本のページを示しながら言った。

「つまりこういうことさ。『おーい、でてこーい』だよ」

 

『おーい ででこーい』は、ショートショートの神様・星新一の代表作のひとつである。

「中学校の教科書にも採用されているそうだよ。晶太は知らないのか?」

「師匠、ぼくはまだ小学6年生だから」

「おお、そうだったね。タイトルでネット検索すれば、物語の全文が載っているサイトもあるし、できればちゃんと読んでもらうのが望ましいのだが、仕方ない、今は時間がないから、あらすじを話すよ。いわゆるネタバレ注意だからね」

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

 都会からあまりはなれていないある村で、山に近い所にある小さな社(やしろ)が、がけくずれで流されてしまった。
 ようすを見にいった村人たちは、径1メートルくらいの穴を発見する。
 のぞきこんでも、なかは暗くてなにも見えず、地球の中心までつき抜けているように深い感じのする穴だった。

「おーい、でてこーい」

 村人の一人が穴にむかって叫び、つぎに、石ころを拾って投げこんでみたが、底からはなんの反響もない。
 専門の学者が穴の深さを調べてみても、底を確認することはできなかった。

 そこで人々は、その穴を、無制限にモノを捨てられるゴミ箱として利用した。
 原子力発電所の廃棄物や不要になった機密書類、実験動物などの死骸、都会で発生する大量のゴミや不要品など、穴は捨てたいものを、なんでも引き受けてくれたのだ。

 ある日、以前にくらべていくらか澄んできたように見える青空から、

「おーい、でてこーい」と、叫ぶ声が聞こえる。

 しばらくして、声のした方角から小さな石ころが落ちてきた。

 

   △ ▲ △ ▲ △


「60年も前に、来たるべき環境問題を予言したといわれるSFの名作だけど、長持を司る神様は、もっと身近なことで警鐘を鳴らしたみたいだね。生まれたときから知っている可愛い玲奈ちゃんが、『いつか、いつか』といってばかりで、今を取り逃がしてしまうのが心配だったのさ」

「紺二」は、玲奈さんに星新一の本を渡しながら、

「そろそろ、幼なじみ君の手紙に返事を書きなさいって、言ってるのかもしれないね」

「でも……、もらってからずいぶん長い時間が経ってしまったし、それにSNSでは、ふつうにやりとりも続けているから……」

 そのとき、音をたてて天井から降ってきたものがあった。

 

 レターセットだ。

 数枚の封筒とレターパッドのセットが、何組も落ちてきたのだった。それぞれ、季節やイベントをモチーフにしたデザインのようだ。折に触れ買ってきては、なかなか言葉が見つからず、結局しまい込まれたレターセットの数々。

「おや、つくも神様が『時は今だ!』と、合図を送っているみたいだね」

「紺二」が笑顔で言った。

 

 晶太と「紺二」はマンションを後にした。

「結局、魔法を使わずに解決したね。玲奈さんは今ごろ、手紙を書いているかな」

「いやいや、あれでけっこう頑固な子だから、手紙じゃなくて、長持のほうを送り返すかもしれないぞ」

 などと、話しながら歩く。

 書道教室の玄関を開けたとき、おしゃべりを続けていた「紺二」が、いきなりくずれ落ちた。

(どうして?「灰一」と交替するのは明日の朝なのに)

 次の瞬間、はっと気づく。

 晶太は、抜け殻になった作務衣を飛び越えて、家のなかへ駆けこんだ。

 銀ひげ師匠が、戻ってきているのだ。

 

 

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