陽一は営業部長のお供として、クライアントと会食することになった。
本来なら、研究開発チームのリーダーが行くはずだったのに、突然のぎっくり腰で、若手にお鉢が回ってきたのだ。
連れて行かれたのは、本格的な日本料理の店で、道路から入り口までの間が、風情のある小道になっていた。完全個室のゆったりとした座敷で、仲居さんが付きっ切りで世話してくれる。陽一は、料理や飲み物が足りているかどうか気を配る必要もなく、ただ、まわりのペースに合わせて食べ、少しだけお酒を飲み、適度に相槌を打っていればよかった。
すっきりとした器に、品良く盛りつけてある料理の数々。
美しくあしらわれた「つまもの」の葉を見て、祖母の顔が浮かんだ。
祖母が暮らしている山里町は、名は体を表すの土地バージョンのような、山里そのもの、という町だ。
数年前、豊かな自然の恵みである樹や草の葉を、料理の「つまもの」として高級和食店に出荷する試みが始まり、予想を超えて軌道にのった。町ぐるみのビジネスを支えたのはお年寄りで、祖母もそのひとりだった。
庭に生えている葉っぱを売るだけなのだが、かなりの手間と注意力が必要な作業だ。
陽一が泊りがけで訪ねていたとき、ちょうど祖母のところへ、急ぎの発注依頼FAXが届いたことがあった。葉の種類と数量が書かれた注文書を手に、祖母は手際よく、若葉や芽を摘みとり、色かたちのよくないものを除いてから、丁寧にパック詰めしていた。
その表情は真剣そのもので、長時間にわたり背中を丸めたまま集中している姿に、頭が下がる思いがしたのだった。
(ばーちゃんが摘んだ葉っぱも、こんなふうに料理を引き立てているのだろうか)
と考えているとき、不意に場の雰囲気が変わった。
まだ卓上に並ぶ器を残したまま、仲居さんがさりげなく退出し、クライアントの表情が仕事モードに切り替わったのだ。
陽一に対して、新製品についての疑問点が問いかけられた。
現場でもチェック済みの、やや不安定な部分を、いくつかピンポイントで確認され、突然のことで動揺しながらも、
『問題点を明らかにすれば、改善につながる』
というリーダーの方針通り、ひとつずつ率直に答えていく。
となりに座っている営業部長の両手が、膝の上で開いたり閉じたりしているのが見え、気をもんでいることが伝わってきたけれど、他に仕様がなかった。
ありがたいことに、質問タイムは短時間で無事に済んだ。先方は満足したようで、なごやかな雑談が再開される。
ところが、緊張から解放されたとたん、みぞおちやお腹のあたりが絞られるように痛み始めたのだ。
(困ったな、このタイミングで……)
うろたえる陽一の視界に飛び込んできたのは、煮物の器に残っていた木の芽の、瑞々しい緑色だった。
木の芽は山椒の若葉で、サンショオールという成分が胃腸の働きを調える──。
祖母から教わった知恵を思い出し、箸でつまんで口に運ぶと、清冽な香りと辛みが広がり、痛みがすーっとやわらいだ。
帰り道、陽一は祖母のことを考えていた。
(今度、ばーちゃんをこっちに招待して、ご馳走しよう)
できれば、山里町が「つまもの」を納品している店がいい。世界に誇りうる和食の美しさ、それに一役買っている葉っぱたちの晴れ姿を、祖母に見せてあげたかった。