かきがら掌編帖

10年あまり通っていた童話教室で「宿題」として書いたものに加筆修正して載せています。

ゲンコツ花火

 雪矢は子どものころから、走ることが好きだった。

 飛びぬけて速かったわけではないけれど、同じ速度でどこまでも走り続けることができた。だから、距離の決まっていないかけっこでは、いつも一番だった。

 

 実業団の長距離選手となった現在まで、ずっと走り通してきたことになる。レギュラーとサブメンバーをいったりきたりの選手生活も苦にならない。走る以外の「仕事」に時間をとられるスター選手より、よほど性に合っていた。

 

コーチングスタッフに誘ってもらえたのね?」

 電話越しの声を聞いただけで、奈都美が満面の笑みを浮かべているのがわかる。けれど、雪矢自身はそれほど喜べなかった。

「プレイングコーチなんて聞こえはいいけれど、要するに選手としては期限切れってことさ。寮も出なくちゃならないし、いろいろ責任も増えるし、めんどくさいことばかりだよ」

 奈都美は沈黙した。

 

(まずい、あきれ果てたヤツと思われたか?)

 高校の陸上部で、頼りないキャプテンだった頃、マネージャーの奈都美にはずいぶん助けられた。以来、頭が上がらない。

「軽く打診されただけで、まだ何も決まったわけじゃないからさ。この話はもういいんだ。それより奈都美の花火、見逃さないから。がんばれよ、気をつけてな」

「ありがとう。第2幕の開始早々だからわかりやすいと思う」

「だいじょうぶ、応援してるよ」

 再びエールをおくって、電話を切った。

 

 奈都美が父親の花火工場で、花火師見習いとして働きだしてから10年になる。一度見学させてもらったことがあったが、危険と隣り合わせの厳しい仕事だ。

「やっぱり、私にはむりだったみたい。もう、やめてしまおうかな」

 涙まじりの声で打ち明けられたのはいつのことだったか。

「そうだね、むりすることないよ。だけど、やめるのは明後日にして、とりあえずあと1日だけがんばってみたら?」

 と、雪矢は答えた。

 奈都美は、あと1日、もう1日とがんばりぬいて、とうとうオリジナルの創作花火を作らせてもらえるところまできたのだ。

 

 

 花火大会は、陸上部の寮からよく見えるので、当日は屋上が開放される。毎年のことながら、開始前からお祭りさわぎになっていた。

(まわりに気をとられて、万が一にも見逃したら大変だ)

 屋上ではなく、一人で外階段から見ることにした雪矢は、上の方から降ってくる、仲間たちの笑い声を、階段の手すりにもたれて聞いていた。

 

 突然、大きな音がひびきわたり、夜空に光の花が咲いた。花火大会が始まったのだ。

 盛大に打ち上げられる、色あざやかな花火をながめながら、ぼんやりと思いをめぐらせた。

(ただ走ることだけ考えていればよかった暮らしも、もうじきお終いか……。いちばん高いところで、いざぎよく燃えつきてしまえる花火がうらやましいよ)

 思わずため息が出た。

 

 そうしているうちに、奈都美に教えられたプログラムの順番が近づいてきた。雪矢は背すじを伸ばし、目をこらして待った。 

 

 真っ白にきらめく光が、雪の結晶のかたちに広がった。銀色の尾をひき、舞いおどりながら散っていく。

 次から次へと打ち上げられると、つかの間、夏の夜空に光の雪が降りしきったように見えた。

 まばたきもせずに、雪矢は見つめていた。消えていく花火の雪を、さいごのひとひらまで見とどけようと、身をのりだす。

 

 すぐに、別の花火があがりはじめた。

 けれど雪矢は、少し離れた空の一点を見ていた。そこには、奈都美の花火から飛び散った光の粒がひとつ、まだ消えずにまたたいているのだ。目をはなすことができず見入っていると、光がだんだん明るくなってくるように感じられた。

 それが、想像を超えるスピードで近づいてくるせいだと気づいたときには、もう、輝く光のかたまりが目の前までせまっていたのだった。

 

 額を直撃された雪矢は、両腕で頭をかかえてうずくまった。きつく閉じたまぶたの裏に火花が散り、キーンと耳鳴りがする。

 一瞬の後、なにもかも静かになった。

 空白と静寂のなかを雪矢は漂っていた。そして、思いがけない光景をかいま見たのだ。

 

 見覚えのあるその場所は、花火工場の作業部屋だった。花火師が精魂をこめて作りあげた花火の玉が、並べて置いてある。

 携帯電話を握りしめた奈都美が入ってきた。目が怒りに燃えている。

「いつまで待たせる気なの。もう知らないからね、雪矢!」

 と、鋭い声で言った。

 

 続けざまに大砲を打つような音が、空気を震わせる。階段に座りこんだまま目を上げると、手すり越しに見える夜空には、まだ、花火が上がっていた。

 

 あのとき作業部屋にあった花火のひとつが、奈都美の怒りを預かったのだろうか。まるで流れ星のように空を横ぎり、雪矢めがけて一直線に飛んできた。

 ヒリヒリとした額の痛みにせかされるように、雪矢はいきおいをつけて立ちあがった。

(花火大会が終わったら、奈都美に電話しよう。どうしても会って伝えたいことがあると言おう)

 

――待ってくれていることに気づかなくて、ごめん

――気づいたからにはベストを尽くすよ

 

 

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ほおずきの灯り

 日が暮れるのを待って、和奈は新盆の白い提灯に火をともした。

 窓辺に提灯をつるしてから、母に声をかける。

「次は、迎え火だね?」

 母は小さくうなずいたけれど、立ちあがろうとはしなかった。

 

 和奈はひとりでベランダに出ると、用意しておいた迎え火をたいた。マンションの7階なので、煙を気にしながら、ささやかに火をたくことしかできない。

(こんなに小さな迎え火で、お父さんに見えるのかな……)

 心もとない気持ちで、くすぶりながら燃える火を見つめた。

 

 父が亡くなってから半年になる。頑固で口下手だった父を、いつも笑顔でささえていた母は、ずいぶん寡黙になってしまった。ついこのあいだ、季節はずれの風邪をこじらせて寝ついてからは、一日中ぼんやりしていることが多い。

 そんな様子をみていると、父だけではなく母までも、手の届かないところへ行ってしまいそうで哀しくなる。

 

 迎え火を終えて居間にもどると、うす暗い部屋のなかで、母の背中が小さく見えた。電灯のスイッチを入れようとした和奈を、母が振りむいて止めた。

「まだ、点けないで」

「あ、そうか。提灯の火が消えてないね」

 となりに座り、盆提灯を見あげる。気を引きたてるように話しかけた。

「明日は、お姉ちゃんも一家でやってくるから、にぎやかになるね」

 

 母は黙って祭壇を見つめている。盆飾りは、和奈がスーパーマーケットで、一揃いになっているものを買ってきた。付いていた説明書をたよりに、ひとりで盆棚をととのえたのだ。

 ふと、母の手もとに目をやると、大切そうに何か持っている。

「お母さん、それなぁに?」

「ほおずきよ」

 あざやかな朱色のほおずきが、手籠に盛ってある。それを両手で包みこむようにして、ひざの上に置いていた。

「いつのまに買ってきたの?」

「今日、和ちゃんが、お仕事に出かけているあいだ」

 ひとりで買い物に行くほど、元気を取りもどしてきたと知って、和奈は少し明るい気持ちになった。

「母さんの実家の方では、新盆には、ほおずきをたくさんお供えするのよ。ほおずきは『鬼の灯り』といってね、ほら、こんなふうに――」

 声につられて、肩ごしに手籠のなかをのぞきこむ。

 母はやさしくはげますように、ほおずきをゆすった。

「ほら、ね」

 すると、ほおずきのひとつひとつが、まるで内に火をともしたように輝きはじめたのだ。

 

 和奈が息をのんで見つめるうち、ひとつの実から小さな光の球が、ぽっとゆらめき出た。

 ひとつ、またひとつ――。あたたかな金色の光が、ほおずきの実をはなれて浮かびあがっていく。光の球は、あかあかと部屋を照らしながら輝きを強め、次から次へ窓ガラスを通りぬけると、夕暮れの空にちらばっていった。

 そして、星座のように、ひとつの形をつくったのだ。

 

「あれは、舟だわ」

 ほおずきの灯りにふちどられた舟が、きらめきながら浮かんでいる。

 耳もとで母が歌うように言った。

「お父さんを乗せて帰ってくる舟よ」

 

 和奈は思わず、我が家のしるしになってくれる白提灯に目をやった。なかのロウソクが、今にも燃えつきそうだ。炎はひとしきり大きくのびあがったと思うと、すうっと小さくなった。

 それにつれて、空に浮かんだ舟の灯りも薄れはじめたように見えた。

 

「お父さん!」

 和奈は窓に飛びついて呼びかけた。

 伝えたいことがあるのだ。伝えたくて伝えられず、ずっと心の底にわだかまっていた思いだった。

「お父さんをがっかりさせてばかりでごめんね。お姉ちゃんみたいに、自慢の娘になれなくてごめんね」

 唇をかみしめて、ほおずきの灯りが消えたあとの空に目をこらした。

 

「和ちゃん」

 振りむくと、母がやわらかく微笑んでいた。

「だいじょうぶ。和ちゃんの言葉は、ちゃんとお父さんに届いたわ」

「でも、舟は途中で消えちゃった」

「あら、もう無事にお帰りになっているわよ」

 和奈は子供のように、こぶしで涙をぬぐい、母のそばに戻った。ふたりで新盆の祭壇に向きあう。

 

「さいごに退院した後、お父さんとはずいぶんおしゃべりしたのよね。無口だった分を取り戻すみたいに、よくしゃべっていたわ」

「そうだったの」

「何度も言ってたわよ。和奈は自分がやりたいことを見つけてがんばってる、それでいいんだって。お父さんと私にとって、どんなときも、あなたは自慢の娘よ」

 和奈は胸をつかれた。写真のなかで父は、苦笑しているようにも、照れているようにも見える。

 母がいたずらっぽい表情になって、写真の父に話しかけた。 

「私もあなたのお世話はしつくしたから、今度は自分のやりたいことをしようかしら」

 

 久しぶりに見る母の生き生きとした顔に、ほっとしながらたずねた。

「お母さん、何かやりたいことがあるの?」

「それは、これから見つかるのよ」

 

「見つける」のではなく「見つかる」というところが、楽観的な母らしくて、和奈は思わず笑顔になった。

 

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林間学校

 林間学校の第1日目、真志は初めて、本物のカッコウの鳴き声を聞いて感心した。

(ほんとに「カッコウカッコウ」って鳴くんだなぁ)

 

 夕食後、先生のお話や注意事項を聞くために、レクリエーションルームに集まった。

 正面の目立つ場所に、大きな額がかかっていた。5つの漢字が筆書きされた、不思議な書だ。

 ずいぶんと縦に長い「気」、丸文字のような「心」、横向きに倒れた「腹」、大きな「人」という字の下には小さな「己」の5文字。

  その意味を先生が説明してくれた。

「これは、気は長く、心はまるく、腹立てず、人は大きく己は小さく、と読みます。はじめの3つはそのままでもわかるでしょう? あとの2つは謙虚さということを表しています。人としての心がけを、わかりやすく覚えやすく、書き記してあるんですね」

 文字クイズみたいだったから、みんな笑っていたけれど、真志はおもしろいとは思わなかった。

(あの小っちゃい「己」は、ぼくのことをいってるみたいだ。大きな「人」の下で縮こまっている)

 真志は自分でもいやになるくらい、気が弱くて怖がりなのだ。

 

 夜は、大部屋にふとんを並べて敷いた。消灯の時刻をすぎても、クスクス笑いや、ささやき声のおしゃべりが聞こえ、ときどき枕が投げられたりしているうちはよかった。

 懐中電灯を持った先生が、何度目かに見回りに来たあと、だんだんと、まわりのみんなは眠りについていく。

 真志だけが、暗闇に目を見開いたまま、聞きなれない物音や気配にびくびくして、長い夜を過ごすことになったのだ。

 ようやく眠ることができたのは、窓の外がうっすらと明るみはじめたころで、いくらもたたないうちに起床時刻になってしまった。

 廊下の洗面台で順番を待っているうち、耳がキーンとして、目の前が暗くなった。

(ああ、いやだな……)

 あわててしゃがみこむ。

 寝不足のため貧血をおこした真志は、楽しみにしていた山歩きに参加できなかった。午前中ずっと、部屋で横になっているように言われたのだ。

 

 お昼の時間になると、がらんとした食堂でお弁当を食べた。ほうじ茶を持ってきた施設スタッフの人が、

「具合がよくなったのなら、少し散歩してくるといいわよ。裏の敷地は雑木林になっていて、気もちのいい遊歩道があるからね」

 と、おしえてくれた。

 

 真志は体操服に着がえ、リュックを背負って表に出た。

 昼下がりの日差しは強かったけれど、林のなかに入ると、空気はひんやりとしている。立ち並ぶ木々のあいだを歩いていくうち、しだいに心が軽くなってきた。

 

「おーい」

 風にのって声が聞こえてくる。

 耳をすませて、背の高い木々にふちどられた空を見あげ、視線をもどすと、目の前に女の人が立っていた。

 真志は息がとまりそうになった。いきなり現れただけでもびっくりなのに、その人は先が細くなった袴と、袖のない羽織のようなものを着ていたのだ。

 

「林間学校に来た小学生だろう? ひとりでどうした、迷子にでもなったか?」

  切れ長の明るい目が、まっすぐ見つめてくる。

 真志が声も出せず、首を横に振りつづけていると、

「真志か。良い名前だね」

 体操服の胸もとについている名札を見て、ほめてくれた。

「私の名前は、ソラ。君は仲間とはぐれてしまったの?」

「ちがいます。ぼく、寝不足で貧血おこしちゃって――」

 口ごもりながら、今朝からのことを説明したあと、思いきってたずねた。

 

「おねえさんは、山伏?」

 とたんに、笑い飛ばされた。

「いいや違う、私は天狗だよ」

「天狗! 女の人なのに?」

「女だって、天狗になれる。君の名前みたいに、真のこころざしがあって、一生懸命に修行すればね」

 怪しくて、怖い。けれど、好奇心のほうが少しだけ勝った。

「ソラさん、前は人間だったの?」

「そうだよ。私の師匠だって、普通の人間から天狗になった。師匠の師匠という方は、生まれながらの天狗だったらしいが、そういう天狗は、もう姿を見せないね」

 

 話を聞いているうちに、思ってもみない言葉が、真志の口からこぼれ出た。

「ぼくも、天狗になれるかな」

 ソラは片方の眉をあげて、問いかけるように真志の顔をのぞきこんだ。

「なに、君は天狗になりたいの?」

「だって、天狗は強いんでしょう? ぼくは強くなりたいんだ」

 涙ぐみそうになったから、顔をしかめて何度もまばたきした。

 

「私は、真志と同じくらいの歳から、空を飛びたかった。おとなになって、働いてお金を稼げるようになると、ハンググライダーやスカイダイビングなんかをやってみたよ」

「すごいねぇ」

「うーん、でも、そういうスカイスポーツは、望んでいたものと違っていたんだ。そんな折だね、師匠と出会ったのは。ひとりで夏山を登っていたとき、天翔けるように空を飛ぶ師匠を見つけた。夢中で追いかけて、弟子入りを頼みこんだよ」

 ソラはなつかしそうに目をほそめた。

「天狗見習いとして、師匠について何年も修行した。ようやく、この春、ひとりで自由に修行を続けるお許しを得たんだよ」

「空を飛べるようになったの?」

「いいや、まだ地面から飛び立つという、いちばん難しいところが今ひとつだし、飛行距離も短い。せいぜい、こちらの木からあちらの木へ飛び移るという程度かな」

 

 真志は肩を落とした。おとなになってから、その先何年も修行して、それでもまだほんとうの天狗になれないなんて、気が遠くなるようなことだ。

 

 ソラは、着物の懐から、小さな木の板と、細長い道具を取り出した。

「これはお札と矢立。矢立というのは、昔の携帯用筆記用具さ。こんなふうに筆と墨がセットになっているんだよ」

 筒から出した筆に墨をふくませると、お札に大きく文字を書いて、真志に差し出す。

 受け取ってみると、まだ墨の跡が光る「胆」という漢字1文字だった。力強く、そして、下にいくほど広がっている台形の字だ。

「空を飛ぶばかりが天狗の修行じゃないからね。いいかい、真志。そこに書いたように、胆さえしっかり据わっていれば、たいていのことはなんとかなる」

 

  真志は、レクリエーションルームの額を思い出した。

「ぼくの胆はきっと、生まれつき、すごく小さいんだと思う」

 ため息まじりにつぶやくと、ソラが高笑いした。

「胆に大きいも小さいもあるものか。もって生まれたことに気づいているか、いないかだけだ」

 

 目を見はっている真志にひとつうなずき、わきに立っていた樹の幹に手をかけたかと思うと、ソラは高々と飛びあがった。ひとつの枝から、もっと高い次の枝へ、見る間に駆けのぼっていく。

 はっと、われにかえった真志は、顔を天にむけ、もう姿も見えなくなった天狗に向かってさけんだ。

「ソラさぁーん、ありがとう!」

 

 はるか高みから、声だけが返ってきた。

――――

 

 

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まるごとスイカの夏

 電車を降りたとき、向かい側のホームに、カコとみーこの姿が見えた。

 急いで階段をかけおり、ちょうど改札のところで一緒になった。

 

「ぶーちゃんはバイトで遅くなるって」

 私の報告に、ふたりはそろってうなずいた。

「じゃ、先に行ってようか」

 手土産のケーキや飲みものを買いながら、商店街をのんびり歩いていく。福引のテントの前に行列ができていた。学校が夏休みなので、日に焼けた子どもたちが目立った。

 

 住宅地に入って間もなく、千砂のアパートに着いた。部屋は2階のつきあたりだ。

 さっき「カギ空けておいたからね(^^)v」と連絡があったので、

「千砂、こんにちはー」

「おじゃましまーす」

 口々に言いながら、一列になって中へ入った。

 

「あれっ?」

 先頭のカコが立ちどまったので、私は肩越しに部屋をのぞいた。

 見ると、千砂が大きなスイカをかかえて、床にすわりこんでいる。

 

「どうしたの、そのスイカ」

「さっき、福引で当てちゃったの」

「そうなんだ。こんなおっきいの、まるごともらったって困るよねぇ」

 みんなで、スイカをかこむように腰をおろした。

 

「うん、どうしたもんかと思ってながめているうちに、なんだか子どものころを思い出しちゃった。家族みんなで、スイカを食べていた夏のこと……」

 千砂は、スイカに両手をのせたまま、なつかしそうに言った。

「うちは田舎だったから、スイカは井戸水で冷やして、縁側で食べてたの。夕方になると涼しい風がふいて、虫の声が庭じゅう立ちのぼるように聞こえてきた。よく、お兄ちゃんたちと、スイカの種を飛ばしっこしたなぁ。お父さんが塩をかけすぎるから、お母さんは血圧を心配してたっけ」

 都会のマンション育ちの私には、なんだかうらやましい光景だ。

 

「それから、お祖母ちゃんは必ず、ザシキワラシさんの分だと言って、いちばん甘そうなひと切れをお供えしていたわ」

「ザシキワラシって、あの昔話とかに出てくる?」

「うん、家をまもってくれる子どもの神さまなんだって。だから、そのひと切れは、あとでいちばん小さかった私がもらえたんだよね」

「いいね、そういうの。やさしいお祖母さんだね」

 みーこもカコも、遠くを見つめるような目になっている。

「ほんとうに夏らしい夏だったな。でも、もう二度ともどれないんだよね。お祖母ちゃんは、私が大学に入った年に亡くなったし、去年、お兄ちゃんが結婚したとき、家を建て替えたから、縁側もなくなっちゃったし」

 しんみりと言って、千砂はうつむいた。いつもの元気がないようだ。しばらく前に失恋したと聞いたけれど、まだ立ち直っていないのかもしれない。

 

「だいじょうぶ。これから来る夏も、きっといい夏よ!」

 ふいに、からりとした声が響いた。

 

 ふりかえると、ぶーちゃんがニコニコしながら立っていた。

「あ、びっくりした。いつのまに来たの?」

「さっきからよ。みんなちっとも気がつかないんだもの」

「わー、ごめんね」

 沈んでいた空気が入れ替わったように、千砂の顔も明るくなった。

 

「よーし、全員そろったところで、このスイカの件、かたづけちゃおうよ」

 行動力のあるカコが、立ち上がって動きはじめた。

 テーブルの上に新聞紙を広げ、まな板を置くと、まず、今日食べる分を切りわけた。大きなお皿に盛って、冷蔵庫で冷やしておく。

 まだ半分残っているスイカは、皮を切りおとして種を取り、大きめの角切りにした。

「これを小分けにして、冷凍しておくの。ミキサーを使えば、いつでもスイカのスムージーができるよ」

 と、カコが説明する。

「おいしそうだね」

「うん、暑い夏にぴったり」

 しゃべりながら、流れ作業をする。ほどなく、角切りのスイカをつめたフリーザーバッグが、いくつも冷凍室におさまった。

 

「みんなありがとう。さっき冷やしておいた分、食べようよ」

 千砂がテーブルの上を片付けて、取り皿を並べる。冷蔵庫からスイカの大皿が運ばれてきた。

 それぞれ席に着こうとしたとき、ドアが開く音がして、誰か入ってきた。

 

「やったー、スイカだ!」

 玄関に立って、うれしそうに笑っているのは、ぶーちゃんだ。

 

 私たちは固まったように動きをとめた。

「え、どうして?」

「いつのまに出ていったの?」

 聞かれて、ぶーちゃんは目をまるくした。

「出ていったって、なに? たった今、来たところよ。バイトが長びいちゃってさ」

 思わずあたりを見まわしたけれど、さっきから一緒にいたはずのぶーちゃんの姿はどこにもない。

 あまりにあっけにとられたせいか、怖いという気もちもわいてこなかった。私たちの呆然ぶりを、ぶーちゃんが不思議そうに見ていた。

 

 はっと思いあたったように、千砂がつぶやく。

「ザシキワラシさん……」

 ぶーちゃんを除く全員が、顔を見合わせてうなずいた。

 

 千砂は食器棚から6枚目の取り皿を出して、いちばん甘そうなスイカをのせると、誰もすわっていない上座に置いた。

 

 

 

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砂のウサギ

 千早さんのところに、なつかしい人が訪ねてきた。20年ほど前、マンションの同じ階に住んでいた牧野家の長男、マコト君だ。

 

 彼の母親が病気で長期入院することになったとき、千早さんは隣人として、子守役を買って出た。人見知りだったマコト君が心を開いてくれるには、少し時間がかかったけれど、後になってみればいい思い出だった。

 退院した母親の転地療養のため、牧野さん一家は引っ越していった。

 それ以来の再会だ。

 

「ほんとに立派になって。外ですれちがってもわからないわね」

「そんなことありません」

 はにかんだ笑顔に、小学生のころの面影が重なった。

「もう社会人よね。お仕事は何をしているの?」

「月光の浄化作用について研究しています」

「え?」

 千早さんは聞き返した。

「月の光には、ものを清らかにする力があります。そのはたらきについて研究しているんですよ」

「まぁ、神秘的ね」

 目をみはると、マコト君は照れたようにほほえんだ。

 

「すでに実用化の段階に入っています。たとえば、月光を溜めて、主に鉱物への浄化力を増大させる布。この布をかぶせておけば、小石や砂を清浄化することができるんです」

 そう言って、大きなカバンから30cm四方くらいの布を取り出した。色はブルーブラックで、厚みと光沢がある。

「夜の間に、砂場の砂をきれいにするカバーシートです。今、ある企業に依頼されて作っているんですが、これはサンプルの布です」

 布を手に取ってみると、しっとりとした重みがあった。

「マコト君は、神秘的なだけじゃなくて、人の役に立つ研究をしているのね。そういえば、うちのマンションの中庭にある砂場も、今ではだれも遊ばなくて、ほったらかしになっているわ。マンションの子どもたちはみんな大きくなったし、砂もすっかりよごれてしまったから、つぶして花壇にしたらどうかという意見も出ているの」

「あの砂場が? ぼくは大好きだったのに……」

「そうだったわね。だけど、ここ何年かマンションの住民も、世代交代っていうのかしら、若い人たちが入ってきて、赤ちゃんを抱っこしたお母さんも見かけるわ。また、砂場で遊びたがる子どもが育ってきているのよ」

 千早さんの言葉に元気づけられたように、マコト君はうなずいた。

 ふたたびカバンを開く。そっと引っ張り出したのは、画板にはりつけた水彩画だった。

「これ、覚えていますか?」

 

 大きな画用紙に描かれていたのは、たくさんのウサギだ。白や茶色だけではなく、ピンクや空色、グリーンなど、色とりどりのウサギたちが、画面いっぱいにちらばっている。はねているウサギ、眠っているウサギ、身をよせあっている家族のウサギ――。

「もちろん、忘れるはずないわ。私たちの大傑作よね」

 ふたりは目を見かわして笑った。

 

 20年前の夏休み、マコト君のお気に入りの場所は、町内のペットショップだった。特にウサギが好きで、ケージの前にくぎ付けになっていた。

 千早さんもいっしょに、かわいいウサギたちを観察し、マンションに帰ったあとは、スケッチブックに絵を描いて遊んだ。

 夏休みの終わりが近づいてきたとき、ふたりは描きためたウサギのスケッチを大きな画用紙に「清書」した。交代で順番に、一羽ずつ描いていった絵が完成して間もなく、マコト君は引っ越していったのだ。

 

 最高の合作となったウサギの絵と、見本品の布を並べて、

「月の光を集めるには、ブルーブラックが最適なんだけど、商品化するとなると、この色だけでは地味すぎるみたいです。たしかに、子どもが遊ぶ砂場のカバーだし、効力をそこなわない程度で、なにか夢のある絵柄をつけたほうがいいって提案されました」

 と、マコト君が言った。

「この絵を使うのね?」

「そうです。画像をコンピューターにとりこんで、布地にプリントします」

 ほんとうに久しぶりに、わくわくした気もちになって、千早さんは胸の前で両手をにぎりあわせた。

  

 ひと月もたたないうちに、マンションの砂場には、ウサギの絵柄のカバーがかけられた。オーダーメードの試作品、第1号だ。

 

 マコト君は調査のために、毎朝毎夕やってくるようになった。

 区分けした砂場の砂を採取して、検査機器で調べる。数値をタブレットに入力しながら、満足そうな表情を浮かべているところを見ると、試作品のテストは順調らしい。

 千早さんも欠かさず立ち会った。なるべく正確な検体を取るために、砂場浄化シートは慎重に動かしたほうがいいので、人手がいるのだ。

 話を聞きつけたマンションの人たちも、交替で手伝いにきた。

 みんな、久しぶりに顔を合わせる千早さんに、いたわりのこもった挨拶をしてくれた。

 

 しばらく前に、大切な家族を亡くした千早さんは、ずっと閉じこもるように暮らしていた。病院の診断ミスをうたがい、自分自身を責め、孤独にさいなまれて苦しい日々を送ってきたのだ。

 

 そして今、朝ごとに、砂の一粒一粒がきらめいているのを見つめ、夜通しはたらいたウサギたちが、大空に向かって晴れやかに飛び立っていくすがたを想像する。

「なんだか、昨日より今朝のほうが、砂場がきらきらしているように見えない?」

 と言っては、マコト君に首をかしげさせたりしていると、つかの間、おだやかな心を取りもどすことができた。

 

「砂場のカバーシートが結果を出したので、次の研究にも予算がつきそうです!」

 ある日、マコト君がうれしそうに報告しに来た。

「まぁ、よかったわね。今度はどんなテーマなの?」

「月の光の、心を癒す力についてです。その力で、眠っているあいだに、心の痛みを和らげるブランケットを作りたいと思っています」

 

 思わず深いため息をついて、千早さんはつぶやいた。

「そういうブランケットがあったなら、どんなにいいかしら」

 すると、

「試作品1号ができたら、必ず千早さんのところに届けに来ますよ」

 マコト君は力強く、約束してくれた。

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そよ風に乗って

 夏風邪が長びいたせいで、礼美はもう5日も学校を休んでいます。

 

 最初の2日間は、お母さんがつきっきりで看病してくれたし、おととい、昨日はバトンタッチしたお祖母ちゃんに甘やかされて、小さな子どもに戻った気分でした。

 けれど今日は、朝からひとりで留守番。礼美は退屈していました。

 

 息をしているだけでも苦しかった病状はおさまって、昨日までなら、いくらでも眠れたのが、今朝は横になったまま時間を持てあましているのです。

 まだ力の入りきらない体を起こして、リビングルームへ移りました。

 

 大きな掃き出し窓から入ってくる日差しは、カーテン越しでもまぶしいほどです。

 それなのに礼美の心は、なんとなくしずんでいました。

(こんなに休んでしまったあとで学校へ行くの、気が重いなぁ)

 窓から顔をそむけると、キッチンカウンターに置かれた見慣れない小瓶が目にとまりました。

 

 レトロなインク瓶のような見た目だけれど、持ちあげると軽く、プラスチック容器だとわかります。

 ラベルを読んで思い出しました。

     魔女のシャボン玉

     当たり付き!

 昨日、お祖母ちゃんが帰りぎわに、

「これ特注品なのよ。明日はひとりでつまらないでしょうから――」

 と、置いていってくれたのです。

 

(好奇心いっぱいなお祖母ちゃんのおみやげだから、ふつうのシャボン玉じゃないだろうけど、「当たり付き」って?)

 首をかしげながら、それでもすっかり遊ぶ気になって、礼美は窓ぎわまで椅子を運びました。

 

 大きく開けた窓から、光と風が入ってきます。

 ストローを吹くと、シャボン玉がひとつ、またひとつと、きらめきながら空に飛びたっていきました。シャボン玉遊びにちょうどいい日です。

 ゆっくりと吹いて大きなシャボン玉にしてみたり、吹き方をかげんして小さな玉をたくさんつくったりしていると、時間がたつのを忘れるほどでした。

 

(あれっ、このシャボン玉、なんとなく今までとちがう?)

 すいこまれていくような不思議な感じがして、礼美は身をのりだすように体をかたむけながら、フッと息を吹きこみました。

 耳もとで風が鳴っています。

 気がついたときには、空に浮かんでいました。まるくて、透きとおっていて、とても自由です。

 うしろをふりむくと、窓辺で椅子の背にもたれて眠っている、自分のすがたが見えました。

 

(これが当たり!のシャボン玉なんだぁ

 謎がとけたのがうれしくて、いつもの心配性は引っこんでしまいました。風をつかまえるように乗って、高く飛んでいきます。

 

 大きな空の下に広がる町は、生まれたてのようにかがやいていました。公園の木々の緑や、花の色が、はっとするほどあざやかです。建ちならぶ家の屋根は、まるで、読んでいる途中でふせた本のようでした。

 

 にぎやかな商店街を越えると、小学校の校舎が見えてきました。ちょうどお昼休みの時間です。礼美は校庭の上空を横切って、自分の教室の窓を目ざしました。

(クラスのみんな、どうしてるかな?) 

 カーテンのわきにふわりと止まり、なかをのぞきこみました。

 教室のうしろのほうで、何人か集まってしゃべっています。礼美と仲のいい、さくらちゃんやヒロキくんのすがたも見えました。みんなの楽しそうな輪のなかに、自分の居場所はもうなくなっている気がして、礼美は少しさびしくなりました。

(こなければよかった)

 光をはじいてきらめいていたシャボン玉は、飛ぶ力をなくして、ただようように落ちていきます。

 

 その時、だれかが言いました。

「礼美ちゃん、早くよくなるといいね」

「そうだね」

「今日また、おみまいにいこうよ」

「うん」

 

 うれしさで胸がいっぱいになったいきおいで、シャボン玉は、はじけて消えました。

 

 礼美は、リビングルームの窓ぎわで目をさましました。

(あの声は、さくらちゃんだったわ。それから「うん」って答えてたのはヒロキくん)

 ほほえみながら手もとを見ると、シャボン玉の小瓶は空っぽになっていました。

 

 さいごのさいごに、当たり!が出たようです。

 

 

 

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落とし穴

 真夜中に、ふと目がさめた。

(何か、音がしたかな)

 耳をすますと、庭の方から話し声が聞こえてくる。針が落ちる音のような、小さな声だ。

 

「――それから、ミドリ町のミドリ公園では、二日前に殺虫剤が散布されました。皆さん、しばらくのあいだ注意して下さい」

 そんなことを言っている。

 私は横になったまま、聞き耳をたてた。

 

「以上で、今月のお知らせはおしまいです。他に何か発言したい方はいらっしゃいますか?」

「はい、議長」

 と、声がかかる。

「近頃、落とし穴を掘るという、嘆かわしいいたずらがはやっています。これは、私たちが先月の集会で、地面を歩くことの大切さを訴え、これからは歩けるところは飛ばずに歩きましょう、と提案したことに対する嫌がらせにちがいありません」

「落とし穴ですって? その報告はまだ届いておりませんでした。誰か落ちて怪我などしていないといいのですが」

 議長が心配そうに尋ねた。

「それは、まだありません。しかし、落ちなかったからいい、という問題ではないのです。これが危険な悪ふざけだということにかわりはないのですから」

 

 すると、別の方から、からかうような声が聞こえた。

「おおげさだなあ。落とし穴のどこがそんなに危険だっていうんだい。もし落っこちたとしても、飛んで抜け出せばいいだけじゃないか」

「そうよ、歩いているばかりいるうちに、羽があることを忘れしまったんじゃないの?」

 

 挑戦的な発言をきっかけに、おおぜいが口々に言い立て始めた。

「なんですって!」

「そっちこそ、すっかり足が弱って、ふらふらしてるくせに」

「足がなんだ。羽さえあればどこでも行けるじゃないか」

 

 どうやら、歩くのが好きな「地面派」と、飛ぶのが好きな「空派」が半々くらいいて、たがいに一歩もゆずらない様相だ。

(おもしろいな。なんだか、大騒ぎになってきたぞ)

 といっても、風がさわさわと草むらをゆするくらいの音だったけれど。

 

「歩くことも、飛ぶことも、両方大切なんじゃありませんか」

 ひときわ高く、議長がさけぶと、いっせいに抗議の声があがった。

「両方なんて、ダメだよ」

「そうよ、そんなのずるいわ」

「そうだ、そうだ!」

 すかさず、議長が、

「ようやく皆さんの意見が一致しましたね。それでは、今夜はこれで閉会!」

 と、告げる。

 気勢をそがれた感じの笑い声もおきて、集会はにぎやかに解散した。

 

 翌朝、庭を探してみると、小指でつついたような、小さな落とし穴がいくつか見つかった。

 そのうちの一つに、テントウムシが一匹落っこちていた。仰向けに落ちたせいで羽が広げられず、足をジタバタ動かしている。

 

 私は、小指の先にそのテントウムシをとまらせて逃がしてやった。

 

 

 

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