かきがら掌編帖

10年あまり通っていた童話教室で「宿題」として書いたものに加筆修正して載せています。

ガラスの小石(創作掌編)

 僕の宝物は、ガラスの小石だった。1500万年前、巨大な隕石が地上に落下した時、すさまじい衝撃と高温のなかで生まれた、天然のガラスだ。

 小学校の夏休み、自然博物館のミュージアムショップで、貯めいていたお金をはたいて買った。ざらざらとして黒っぽく見える、重さ5グラムの小さな塊を光にかざしてみると、深く透きとおった緑色が、すいこまれそうなほどきれいだった。

 持ち主を守り、願いを叶えるという言い伝えのある石だ。

 

 子どもの頃に集めていた宝物は、いつのまにかどこかへいってしまったけれど、この小石だけはお守りのように持ち続け、ずっと大切にしている。

 ガラス工芸の道に進んだ僕は、いろいろな縁に恵まれて、自分の工房を持つまでになった。10年間修業していたグラスアートの会社からの依頼が、受注の大半をしめる小さな工房で、自由に楽しみながら仕事をしていた。

 

 ある日、自信作の水差しを、表の飾り窓に置いてみると、

「あの作品を絵に描かせてください」

 と言って、飛びこんできた人がいた。

「売ってください」ではなかったけれど、僕の工房にとって、初めてのお客だ。

 彼女の名前は礼奈、画家の卵だった。絵の勉強をするために、アルバイトのかけもちをしている礼奈は、仕事の合間をぬって、毎日やってくるようになった。短い時間を積み重ね、絵がゆっくり出来あがっていくあいだに、僕たちは少しずつ親しくなっていったのだ。

  天職と思える仕事を見つけ、そして、運命の相手にめぐりあえた。僕の幸運は、ガラスの小石によってもたらされたのに違いない。

 

 明るい秋の午後、ふたりで町を歩いていると、礼奈が花屋の前で立ち止まった。

「千日紅がある。去年、花を描く課題で、私は千日紅を選んだのよ」

 僕はその時、センニチコウという名を初めて知った。赤紫色の、まるくてかわいらしい花だ。

「野原に咲いているような感じの花だね」

 「そうね。この花の時間はゆっくりと流れるの。長く色あせずに咲いているから、こういう名がついたのよ。私にとって、ありがたいお花だった」

 礼奈のために花を買いながら、僕は聞いた。

「ありがたいって?」

「こまぎれにしか描く時間がつくれなかったから、どんなに美しくても、すぐにしおれてしまう花はダメだったってこと」

 と言って、はにかんだように笑う。

 その笑顔を見て、胸が痛んだ。できることなら礼奈に、毎日好きなだけ絵を描いていられる時間をプレゼントしたい。けれど、今の僕にその力はないのだ。気楽な暮らしに満足しきっていた、自分自身を悔やむ思いだった。

 

(何か、礼奈のためにできることはないだろうか)

 次のアルバイト先へ向かう礼奈と別れた後、帰り道の途中ずっと考えていた。

 外出から戻ると、いつものように持ち歩いていた小石をポケットから取り出し、窓ぎわの定位置に置く。僕の石は、まるで光合成でもするように、日に当たることで力を蓄えている感じがするのだ。

(そうだ、これを礼奈にあげよう。きっと幸運を引き寄せてくれるはずだ。――でも、僕がこの石をどれほど大切にしてきたか、礼奈はよく知っているから、すんなりと受け取ってもらえないかもしれない。心から望んで手にしなければ、石の魔法は有効にならない気がする)

 

 仕事の準備をしながら、ふと見ると、いつの間にか小石が、窓辺の作業台に転がり落ちていた。ここ数日間、僕はシンプルでバランスのいい花瓶のデザインに取り組んでいたのだが、その完成イメージのデッサン画の真上だった。

 まるで操り人形になったように、僕は動いた。宝物の小石を拾いあげ、ガラスを溶かす溶解炉へと向かう。そのわずかな距離のあいだ、握りしめた手の中の石は、僕の腕を通って心臓へとつながり、確かに鼓動していた。

 出来上がった花瓶は、光にかざすと淡いボトルグリーンがゆらめくように映えて、悲しくなるくらい美しかった。

 礼奈は目を輝かせて喜び、そのプレゼントを受け取った。

 

 しばらくして、

「あなたの宝物の石、いつもの場所に置いてないけど、どうしたの?」と聞かれたとき、僕は用意していた答えを口にした。

「実は、昨日からどこを捜しても見当たらないんだ。僕がもう充分すぎるくらい幸せになったから、役目を終えて、ふるさとの宇宙に帰ったのかもしれないね」

 冗談めかして告げると、礼奈はなぐさめるように抱きしめてくれた。

 

 ガラスの石の力を、僕は信じて疑わなかったから、礼奈に思いがけないチャンスが舞い込んできたと聞いても、驚きはしなかった。

 美術学校の恩師が、海外留学の奨学生として推薦してくれることになったのだ。思う存分に描くことができる1年間を約束され、礼奈は旅立っていった。

 

 残った僕の胸のなかに、大きな空洞ができた。もう、宝物の小石はなく、大切な人も遠くへ行ってしまった。時間の流れは人の心を変える。1年後、礼奈が僕のもとへ帰ってきてくれるかどうかは、その時にならないとわからない。

 余計なことを考えてしまうのに飽きて、僕はガラスの仕事に没頭した。注文品だけではなく、オリジナルの作品にも力を入れた。あの緑の小石が溶け込んだガラスの、木漏れ日を思わせる色と質感を、自分の技術で再現してみたくなったのだ。

 数えきれないほど失敗を繰り返しながら、それでもいつかは、限りなく近いものが作れる日が来ることを信じていた。

 

 礼奈とは、まるで細い糸でつながるように、電子メールのやりとりだけだったから、いきなり小包が送られてきたのにはおどろいた。

 厳重に梱包された小さな包みと一緒に、手紙が入っていた。なつかしい礼奈の字で、スケッチ旅行に行った町のフリーマーケットで、おもしろいものを見つけたと書いてある。

――きっと、あなたなら興味を持つわ。大昔、隕石が衝突したときにできた、天然ガラスだというの。

 そこまで読んだところで、あわてて、包みを開けにかかった。

「もしかして……」

 幾重にもくるまれていたものは、黒っぽい小石だった。光にかざすと、思わず見入ってしまうような深いグリーンだ。

 石を握ったまま、手紙の続きを読んだ。

――おみやげに持って帰ってもよかったんだけど、荷物のなかにまぎれてしまうのが心配だから、先に送ることにします。私とどっちが早く着くかしら? もう航空機の予約はしてあるの。フライトナンバーは……

 

 僕は、ガラスの小石をポケットに入れ、上からそっとたたいた。

「君のほうがひと足早かったね。さあ、一緒に空港まで、礼奈を迎えに行こう」

 

 

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イギリス~推理小説と児童文学の国~

今週のお題「行ってみたい場所」

 

ロンドン、ベイカー街221B

朝靄のなか、表には辻馬車が待っている。

「ワトソン、起きたまえ。ゲームが始まった!」

という、シャーロック・ホームズの声が聞こえる場所に行ってみたい。

 

アガサ・クリスティーの名探偵ミス・マープルが住んでいるのは、架空の村セント・メアリ・ミード

パディントン駅からローカル列車で2時間弱、そこからタクシーに乗って9マイルの場所にあり、ハイストリート沿いに教会と牧師館、郵便局、居酒屋兼旅籠、昔ながらの商店が並ぶ、ありふれたイギリスの村と書かれている。

色白で上品な老婦人、ミス・マープルが参加していた「火曜クラブ」では、話し手が謎の答えを知っている未解決事件を語り、他のメンバーは推理を競い合う。

そして「伝書鳩が巣へ帰るように」まっすぐ真相に行き着くのは、ミス・マープルのみなのだ。

 火曜クラブにハウスゲストとして参加し、翌朝は、ミス・マープルが丹精したイングリッシュガーデンを拝見しながら、英国風の朝食……

ファンにとっては、夢のツアーだと思う。

 

バーネット夫人「秘密の花園」の舞台はヨークシャー、荒涼としたムーアのはずれにある屋敷とその庭である。

この屋敷では、朝食でおかゆにハチミツをかけて食べる。それが、子供ごころには不思議だった。

おかゆにハチミツ?

当時「オートミール」と言われても、やっぱり「?」だったとは思うけれど。

部屋数が100以上という大きな屋敷と、広大な庭。さらにその庭のどこかに、塀で閉ざされた花園があるのだ。

見尽くそうと思ったら、しばらく滞在しないと。

 

ルーシー・M・ボストンの「グリーン・ノウ物語」シリーズ で、登場人物以外の主人公と言えるグリーン・ノウの館には、モデルとなった建物がある。

ケンブリッジ近郊のヘミングフォード・グレイに現存する、12世紀の初めに造られたマナーハウス(領主館)で、ボストン夫人は執筆している物語の舞台に住んでいた。

建物や庭園だけではなく、小さな置物にいたるまで、物語そのままだという。

はるか昔に館で暮らしていた子どもたちと時を超えて出会い、隠された宝物を探したり、魔女と闘ったりするグリーン・ノウの物語と、現実に存在するマナーハウスは、まさに、呼応しているようだ。

 

J.R.R.トールキンの「ホビットの冒険」と「指輪物語」は、ファンタジー中のファンタジーだけれども、ホビット庄だけは、イギリスのどこかにありそうな気がする。

地面に掘った穴の住居に住み、たっぷりの食事と平穏な暮らしをこよなく愛するホビットが、逆境や外圧に対しては、思いがけない勇気と知恵を発揮し、老練な魔法使いガンダルフすら瞠目するというところが好きだ。

もてなし好きな種族であるホビットだから、礼儀正しく訪問すれば、歓迎してくれるだろうか。

ものすごく運が良ければ、ガンダルフの打ち上げ花火を見物できるかもしれない。

 

 

 

酔っぱらう芙蓉(創作掌編)

 上弦君とは、知人の仕事仲間という縁で知り合った。友だちというよりは、一方的になつかれて、相談相手になっているという間柄だ。

 

 今日も、「ナミさんの意見を聞かせてもらいたくて」と連絡があり、ビオ居酒屋で待ち合わせた。花の品種改良の仕事をしている上弦君は、いつもビオやオーガニック、ロハスといった自然派コンセプトの店を選ぶ。

 

 「いい仕事をして、早く先輩たちに認めてもらいたいんですよ」

「そんなにあせらなくても、大丈夫だと思うけど。継続と積み重ねが、効果を発揮するお仕事なんでしょう?」

「でも、アイデアとインスピレーションも発揮したいんです」

 そう言って、リュックからスケッチブックを取りだした。

 繊細で緻密なタッチで描かれた、酔芙蓉の絵だった。朝に白く咲いた花が、時間の流れにしたがって、淡いピンク色から紅色に変わっていくさまを、コマ送りの手法で表現している。

 

 ナミが酔芙蓉の名前と、その由来を知ったのは、つい最近のことだ。

「ふしぎな花よね、お酒に酔うみたいに色が変わっていく」

「そうです。咲いたその日のうちにしぼんでしまう一日花だからこその、はかなさと美しさですね」

 ナミは酔芙蓉の絵を鑑賞しつつ、ビオ・ワインをゆっくりと味わった。

 

「それでですね、まずはこれ」と言って、上弦君がスケッチブックのページをめくる。描かれているのは、真っ白い酔芙蓉だ。

「白いまま変わらない、素面(しらふ)芙蓉です」

 なんとなくいやな予感がして、ナミは身じろぎした。おかまいなしに、ページは次々とめくられていく。

「こっちの青白いのは、下戸(げこ)芙蓉です。お酒飲めない人が無理に飲むと、こんな顔色になるじゃないですか。それから、紅色を通り越して真紅に染まる、フラッシャー芙蓉」

「なに、フラッシャーって?」

「お酒を飲んで顔が赤くなることをフラッシング、そうなった人をフラッシャーと言うんです」

 解説しながら、次のページを開く。

「黄色の、トラ芙蓉。ほんとうは、花弁の筋にそって、黒っぽいしま模様が入ると完璧なんですが、技術的にむずかしいんです。斑点ならできそうな気がするけど、それだと豹になっちゃうし――。ナミさん知ってます? 大酒飲みのことをトラって言うんですって」

「知ってます」

 

 おしまいに上弦君が掲げてみせたのは、見開きいっぱいに描かれた酔芙蓉の花畑だった。

 白、濃淡のピンク色、紅色、真っ赤、薄い青、黄色。カラフルでにぎやかな酔芙蓉たちが咲き乱れている。ナミは腕組みをして、軽くあごを引いた。

「きれいだし、おもしろいよね。でも、なんとなく、大切なものが失われた感じがする。あっ、聞き流してね。あくまでも個人的な感想だから」

「ナミさんの率直な感想こそ、ぼくは聞きたいです。その大切なものって、なんでしょうか?」

「そうね、たとえば上弦君がさっき言ってた、はかなさとか」

「でも、ナミさん。こっちの酔芙蓉だって、一日花であることに変わりはないんですよ」

 それはそうだと、ナミはうなずいた。どんな色であっても、1日だけの命を精いっぱい咲かせている花に、はかなさが無くなったと文句をつけるのは、勝手な思い込みなのかもしれない。

 

 それでもやっぱり、微妙な何かが失われているという感覚も、確かにあるのだ。

 グラスを傾けながら考えているうちに、ほどよく酔いがまわってきた。すると、誰かが通りすがりに投げ込んでいったみたいに、言葉が浮かんだ。

「そうだ、ほろ!」

 おとなしく返答を待っていた上弦君が、目をみはる。

「ほろ?」

「そう! ほろ酔いの、ほろ。この絵の酔芙蓉は、ほろ酔いのほろがとれて、酔っぱらっちゃってる。そこが残念だわ」

 

「そうですか……」

 上弦君は、今ひとつ釈然としない表情でうなずいた。

 そして、テーブルに置かれたままになっていたオーガニックの地ビールを、ほろ苦い顔で飲みはじめた。

  

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イツァーク・パールマンの「Yes!」

クラシック音楽の知識は、中学校の授業止まり。成人してから足を運んだクラシック系のコンサートも、イ・ムジチ合奏団、ウィーン少年合唱団、あとは作品名も忘れてしまったオペラくらいで、すべて人に誘われてのことでした。

それくらいクラシック音楽から遠く離れて生きてきた私が、2年半前、突発的にイツァーク・パールマンのファンになりました。

 

イツァーク(と、呼ばせてください)は、1945年イスラエルのテルアビブに生まれ、20世紀における最も偉大なヴァイオリニストのひとりと評価されています。

 

イツァークのバッハ、それからモーツァルトと、喜んで聴いていたちょうどその折り、来日公演決定のニュースを見つけ、幸いにもチケットを入手することができました。

とはいえ、ヴァイオリン・リサイタルというものに関して、右も左もわかりません。

曲目は発表されていたので、まずはその曲を「知る」ところからのスタートです。リサイタルまでの数ヶ月間、なにかの特訓のように、あるいは受験勉強のように、繰り返し聴きこみました。

また、リサイタルは2部構成になっているようで、1幕目は発表された曲を演奏し、2幕目は、

  ヴァイオリン名曲集(当日パールマン氏がステージ上からご案内いたします)

とのことらしい。なんだか、シェフの気まぐれアラカルトみたいと思いつつ、イツァークのベストアルバムや小品集も、押さえておくことにしました。

 

 当日は、期待と予習疲れで、ワクワクヨロヨロ状態です。

会場のホールは美しく、11月だったのでクリスマスの飾りつけがすてきでした。ドレスアップしている観客も多くて、気持ちが華やぎます。

 

席は2階席で、比較的前の方です。

ステージにはヴァイオリニストが座る椅子が1脚、ピアノが1台。

開演を知らせる鐘の音のあと、舞台下手から現われたイツァークを見て、となりにいた姉が、

「わー、感じいい」とつぶやきました。

ほんとうに、感嘆するほどの、感じよさでした。

イツァークは4歳のときポリオにかかり、下半身が不自由なので、電動車椅子での登場です。その車椅子のスピードがけっこう速い。共演者のピアニスト、ロハン・デ・シルヴァは慣れたもので、さりげなく大股に歩いて付いてきていますが、ピアノの譜面をめくる女性は、ほとんど小走りといってもいいくらいです。それがまた、なんとも微笑ましい。

 

そして、イツァークの弾くヴァイオリンの音色は、とても豊かで、すばらしいものでした。

――でしたが、あと少しのところで、私は音楽にひたりきることができません。

慣れていないし、緊張しているし、一生懸命聴こうとし過ぎている。リラックスなんて、しようと思えば思うほどできないものです。

 

2幕目は、きまぐれアラカルトのヴァイオリン名曲集。

ピアニストのロハンが、山のような楽譜を抱えて登場しました。ほんとうに、その場のインスピレーションで1曲ずつ決めていくので、待機しているロハンは、そこはかとなく緊張感をただよわせています。イツァークが曲名を発表した直後に、ピアノ用の楽譜を探しださなければならないからです。楽譜をめくりながら曲を選んでいるイツァークの手元を、伸びあがるようにして見つめています。

イツァークがいたずらっぽい微笑を浮かべて、そんなロハンをちらっと見たりすると、観客席からクスクスと笑う声が起きます。なごやかな雰囲気のなか、私は依然として音楽に没頭はできなかったけれど、「まあ、いいか」という気分になっていました。

 

そして、何曲目だったか、イツァークが曲名を言い、ロハンが楽譜を探しはじめ――、探して、探して、なかなか見つからない。譜めくりの女性も探索に加わり、ようやく見つかった瞬間、

「Yes!」

イツァークが茶目っ気たっぷりに言ったのです。

会場全体に、波紋のように広がっていく笑い。

私も笑いながら、ふっと肩の力が抜けたのを感じました。イツァークの明るく大きなハートに触れて、とても満ち足りた心地でした。

忘れえない、最高の演奏会になりました(幕間のシャンパンもおいしかった)

 

さて、イツァーク・パールマンは今年、2年ぶりに来日します。

チケット発売開始直後からPCにかじりついて、前回以上の席をゲットしました。

リサイタル当日まで、残すところ後3週間。

予習のほうは、ほどほどにがんばっています。

 

 

金色のアンコール(創作掌編)

 楓さんの夫、惣吉さんは誕生日の翌朝、散歩の途中で倒れ、すぐさま病院に運ばれたが、救命治療のかいもなく帰らぬ人となった。

 日本人男性の平均寿命に達して、1日も病みつくことなく、駆けつけた楓さんが見守るなか、静かに息を引き取ったのだ。

 常々、惣吉さんが願っていたとおりの幕引きだった。

  ただひとりの家族を失った楓さんは、葬儀から納骨まで、さまざまな手続きや役目に追われて過ごした。

 振りかえってみると、嵐の中を歩いていたような日々だった。

 

 異変が起こったのは、忌明けの朝のことだ。

 朝食の用意をしていた楓さんは、炊飯器のふたを開けて目をうたがった。まるで後光が差すように、内釜の中が黄金の光につつまれている。

 楓さんは、ご飯が金色に輝いて見えるようになってしまったのだ。

 

 外食しても同じだった。他の人たちは平然としているので、楓さんの身にだけ起きている現象らしい。炊きたてのご飯の色と香りを、生きる喜びそのものと感じてきたのに、今では、まばゆい黄金色から目をそむけるしかなくなった。

 パンや麺類だって好きだが、ご飯は特別なのだ。部屋を暗くして、ロウソクの明かりだけにすると、多少は金色がうすれて見えるので、そうして食べてはいたものの、すっかり食欲は失せ、日に日に力が抜けていくのがわかる。

 

 ある日、はっと思いあたった。

(この現象は、ひょっとして)

 楓さんの唯一の趣味は読書だ。いつか読んだ江戸時代の仏教説話集に入っていた、物語のひとつを思い出したのだ。

 

 蔵に貯めこんだ大判小判の山に、魔が宿るという怪異譚だった。貪欲に金をかきあつめていた男が、魔物に苦しめられるのだが、その魔物は金色に輝き、他人の目には見えない。蔵のなかの金貨が増えるにつれ、魔物は大きく怖ろしくなっていく。

 男は命を落とす寸前、通りがかった高徳の僧侶に、

「金をすべて、世のため人のために使えば、魔物は消えてなくなる」

 と諭され、救われるというお話だった。

 

 大金持ちというほどではないが、楓さんはかなりの資産を相続している。加えて、惣吉さんが掛けていた生命保険の受取金も高額だった。

 説話のなかの魔物が、現代によみがえったとは思わないけれど、とうてい使いきれないほどのお金が、重大なストレス要因になっているのかもしれない。

 白くつややかなご飯と、財産――。秤にかけるまでもなかった。

「だったら、こうしてはいられない」

 自分に声をかけ、楓さんは立ちあがった。

 

 専門家の協力が必要だと考えて、惣吉さんの友人でもあった弁護士に連絡をとった。ご飯が黄金色に見えることは伏せ、人生のエンディングを見据えて、資産を整理したいと相談する。

「できるだけ速やかに、そして有意義にお金を使うため、サポートをお願いしたいのです」

 親戚への贈与、さまざまな寄付、広すぎる自宅は売ってしまうことにした。自分の力では動かせない重い家具も、すべて処分する。

 

 前が嵐なら、今度はジェットコースターに乗っているような毎日だった。怖ろしいけれど、どこかに爽快感もある。

 支えになってくれたのは、弁護士事務所の親身で的確な仕事ぶりと、炊くごとに少しずつ金色がうすれ、本来の美しさを取りもどしてきた、ご飯だ。

 

 

 楓さんは、引退者向けのコミュニティタウンに移り住んだ。いくつかあった候補からそこを選んだ決め手は、近所に神社と図書館と小学校があることだった。

 簡素な新居に落ちつき、さっそくご飯を炊いてみる。

 真っ白なご飯を、塩だけのおにぎりにして、涙を流しながら食べた。

 

 新しい町を散策すると、いつのまにか季節がめぐっていることに気づいた。

(そろそろ、一周忌法要の準備をしなくちゃね)

 公園のそばにキンモクセイの樹が立っていた。散り落ちた無数の花が、朝の日差しをあびて目にあざやかだ。

(なんだか、黄金色のご飯を思い出すわ。でも残念ね、もう花の時期は終わってしまったみたい。あの、ひんやりとした甘い香りが好きなのに)

 立ちどまって見つめていると、

「落し物ですか?」

 と、声をかけられた。犬を連れた、楓さんと同年代の女性だ。

 

「いえ、私は昨日引っ越してきたんですが、もうキンモクセイが散り終わっているのを見て、がっかりしていたところです」

「それなら大丈夫ですよ。このキンモクセイは2度咲くから」

「えっ、そうなんですか」

 楓さんは目をみはった。

「それほど珍しいことじゃないみたいですよ。京都の大学の先生が10年も前に、2度咲き現象の実態調査をしてるくらいだもの。2度目の花は、最初のときより数が少ないから、認知されにくいんですって。そういえば、キンモクセイの香りをトイレの芳香剤にした人を、日本をダメにした10人に入れたいと、誰かが書いていたけれど、まったく同感だわ。でも、もうかなり前から、キンモクセイの芳香剤は流行らなくなっているらしいの。今の若い方たちは、残念な刷り込みなしに、キンモクセイを楽しめるというわけね」

「……すごく、博識なんですね」

「ただの雑学、トリビアよ。昔から本が好きでねぇ。まあ、近頃はインターネットのほうが、調べものには便利だけど。あれこれ検索ワードを入れるだけで、答えが返ってくるんですもの」

 

 陽気な笑顔で別れを告げ、犬の散歩を続ける後姿を見送りながら、楓さんの頭のなかには、

「検索ワード:新しい友だち」の文字が躍っていた。

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生きている物語たち「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」

今週のお題「読書の秋」

ナショナル・ストーリー・プロジェクト

「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」 ポール・オースター

 

ラジオ番組に全米のリスナーから寄せられた実話集であり、作家ポール・オースターが編んだアンソロジーでもあります。

「編者まえがき」に書かれている、この本の成り立ちがすでに、興味深い実話となっているのです。

 

たとえば月に1度、ラジオ番組で物語を語ってもらうことはできないか、という提案を受けたオースターは、

「自分の仕事をするだけでも精一杯なのに、他人の要請に応じて、定期的に物語をひねり出すなんて、できるわけがない」と、ことわるつもりでした。

ところが、奥様のシリ・ハストヴェット(この方も作家)は新提案を思いつきます。

「あなたが物語を書くことはないのよ。いろんな人にそれぞれ自分の物語を書いてもらえばいいのよ。リスナーの人たちから送ってもらって、一番いいやつをあなたが番組で朗読するのよ」

すばらしい逆転の発想!

 

オースターはラジオの聴取者に呼びかけました。

「物語を求めているのです。物語は事実でなければならず、短くないといけませんが、内容やスタイルに関しては何ら制限はありません」

その結果、1年間で4千通を超える投稿が集まり、多くの「一番いいやつ」がラジオ番組で放送され、さらに、オースターから見て最良の179話がアンソロジーに収められました。

物語は10のカテゴリーに分類されています。

 動物、物、家族、スラップスティック

 見知らぬ隣人、戦争、愛、死、夢、瞑想

 

数行だけのシンプルな話、思わず笑ってしまう失敗談、不思議な偶然の一致、悲痛な出来事、あたたかな余韻の残る話、神や運命を感じさせる物語、O・ヘンリーの短編のような話――。

ちなみに、私のベスト5は、

「屋根裏で見つかった原稿」…まさに、O・ヘンリー

「ファミリー・クリスマス」…語り伝えられた1920年代前半のクリスマス

「マーケット通りの氷男」…毎週金曜日の夜、大量の氷を運ぶ都会のサンタ

バレリーナ」…ラストの1行で泣いてしまう

「予行演習」…愛とユーモアがあふれる、母と娘のさいごの日々

いやまだ、あれもこれもいい。たくさんありすぎて迷います。

 

編者のオースターは、何度も何度も、投稿者からお礼を言われたそうです。

「物語を語るチャンスを与えてくれてありがとう」

 

 

内なる物語を表す手段は、今ではいくつもあります。

ブログの記事も、それなりに時間や集中力を費やして書いているわけですが、

「公開する」をクリックした瞬間の「解き放ったうれしさ」は格別です。

これが、クセになるということなのかしら?と思いながら、次なるネタを探し始めるようになりました。

探さなければ見つけられなかった物事。それが増えていくのも、楽しみのひとつです。

 

虹の花(創作掌編)

 つぐみ町郵便局は、にぎやかな商店街のなかほどにあります。少しレトロな建物と、大きな赤いポストが、町の人たちに親しまれていました。

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 秋冷えの朝、郵便局が開くと同時に飛びこんできたのは、漆黒のドレスを着た女の人でした。郵便の窓口を担当しているナミのところへかけよってきます。

 毎週のように小包を出しにくるお客さまです。名前は「三日月」さん。きれいで折り目正しく、それでいて、どこか浮き世ばなれした感じの人でした。

 印象深く覚えているのは、ほかにも理由があります。

 ご本人だけではなく、小包の宛名も、「望月」さん、「十六夜」さん、「新月」さんなど、月齢を表す名前ばかりなのです。

 

「お客さま、どうなさいましたか?」

 ひどくあわてている三日月さんに問いかけましたが、

「あの……」と言ったきり、あとの言葉が続きません。

 ナミは、カウンターの外へ出て、三日月さんを壁ぎわのベンチに案内すると、もう1度たずねました。

「どうなさいましたか、なにかお困りのことでも?」

「ああ、もうどうしたらいいのでしょう。けれど、こちらのことを思い出して――。あなたは覚えていますか? ちょうど5日前、私が不在通知を持って、小包を受け取りにきたことを」

「はい、よく覚えております」

 と答えて、はっとしました。その小包は、厚みのある封筒の形でしたが、封がはがれて口が開きかけていたのです。気がついたナミは、包みごとビニール袋に入れて保管していました。

「小包の中身はご無事でしたか?」

「ええ、あれは特別に作らせた封筒で、中を守るため二重の構造になっています。送り手がきちんと封をしなかったのは、うかつなことでしたが、入っていた種は、おかげさまで無事でした」

「タネ、ですか?」

 思いがけない中身に、ナミは目をみはりました。

 

  三日月さんは、少し落ち着きを取りもどしたようすでうなずきます。

「私は、花の品種改良の仕事をしています。小さな温室で花を育て、確認済みの最適な栽培データと一緒に、種を花農家に卸しているのです。種そのものに働きかけ、改良していく作業は、各地にいる私の仲間が受け持っています」

「お仕事で扱う大切な種のやりとりに、小包をご利用いただいているのですね」

「そうです。その種が、どんな花を咲かせたいと望んでいるのか、感じ取るのは新月の役目です。そのあと、望月が種に月光浴をさせて、微妙な花の色を調えます。また、十六夜の奏でる音楽は、病気に強く、じょうぶに育つ種をつくるのです」

 聞いていて、おどろきをかくせませんでした。そんなナミを安心させるように、三日月さんは微笑みを浮かべます。

「魔法のようだと感じるかたもいらっしゃいますが、これらは、私たちが代々つちかってきた技能なのです。月の光も、音楽も、語りかける言葉も、それぞれの種にもっともふさわしい与えかたをしなければなりません」

 それでもやはり、とても神秘的なことだと、ナミは思いました。

 

「先日送られてきたのは、特別な種だったのです。私たちが長い年月をかけて研究し、ようやく完成に近づいてきた『虹の花』の種。じっさいに花を咲かせてみて、新たに種を採取するのが、今回の私の役割でした。持ち帰ってすぐ、大切に植えつけたのに、おとといの嵐で――」

 思い出すのもつらそうに、両手をにぎりあわせます。大型の台風は、滝のような雨と強風をともない、木の枝が折れたり、窓ガラスが割れるなどの被害もあったと聞いています。

「――私の温室の天窓がこわれたのです。芽吹いたばかりの種は、落ちてきた窓枠と共に吹きこんだ雨に流され、ただのひとつも救うことができませんでした」

「そんな……」

「けれど、こちらで受け取ったとき、小包の口が開いていたことを思い出したのです。もしかして、この郵便局のどこかに、こぼれ落ちた種が残ってはいないでしょうか?」

 

「あのビニール袋の中!」

 ナミは窓口の席にかけもどりました。足もとのゴミ箱はからっぽです。奥に備えつけられたダストボックスのふたを開け、のぞきこみましたが、5日も前のことなので、とっくに回収されていました。

(でも、たしか、ビニール袋を折りたたんで捨てたとき、中の空気をぬこうとして軽くふるったはず――)

 ひざまずいて床の上をさがしまわると、ありました!

 壁と床のあいだの角に、わずかなちりが積もっていて、ふたつ、みっつと、うす緑の芽が顔を出しています。

 さきほどから心配そうに見守っていた局長が、さっとメモ紙を手わたしてくれました。

 ナミは、紙をすべらせるようにして、ちりごと芽をすくいあげました。そのまま、ゆっくりと慎重に運びます。

 

 待ちうける三日月さんの瞳が、きらきらとかがやいていました。

「ありがとう。ほんとうに、ありがとうこざいます」

 三日月さんは、ふた付きのガラスケースを取りだして、貴重な芽を移しました。

 

「虹の花って、どんな花なのですか?」

「透きとおるほど淡い水色の花で、光をうけると、花びらのふちが虹色にきらめくのです。私たちが咲かせたいと願っているのは、それを見る人のこころのなかに、あこがれを呼びさますような花です。ほんものの、虹と同じように」

 そういえば、さいごに虹を見たのはいつだったか……、ナミには思い出せません。

 

「虹の花が咲いたら、いちばんに、ここへ届けにきますね」

 ナミのことをふわりと抱きしめ、三日月さんは約束してくれました。

 

 

 

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