※ 先日、『雷理さん』の記事を拝読し、ブクマコメントのやりとりから生まれた掌編です。
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静かな水底で、ヒメマスとキングサーモン(和名:マスノスケ)が、朝のあいさつを交わしています。
「おはよう、ぼくの姫君。いい夢を見たかい?」
「おはよう、マスノスケさん。とても不思議な夢を見ていたの」
といって、ヒメマスは夢語りをはじめました。
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真澄(ますみ)姫は、誠実で思いやりのある人柄だったので、身近に仕える者たちからも深く愛されていました。
しかし、どれほど献身的な衛士でも、すきま風のように入りこんでくる、心ない陰口をくいとめことはできません。
「気の毒な姫……、父王そっくりの『さかな顔』ではないか」
「亡き母上の美貌を受け継がなかったとは、残念なことです」
含み笑い、目くばせ、ジョークに潜んだ毒──、素知らぬ顔で聞き流してはいても、姫君の心は、つきささる棘の痛みを感じていたのです。
(今度生まれてくるときは、魚になりたい……)
そんなふうに願うこともありました。
父王は、大切な真澄姫にふさわしい結婚相手をさがしていました。
近隣の諸国や名家からの申し込みは少なからずありましたが、姫の幸せを考えると、どの候補者も気に入りません。
そんな折、かねてより親交のあったサモン国王の即位式に、主賓のひとりとして招待されたのです。真澄姫を伴って列席し、思慮深く文武両道に秀でた若き王を、心から讃えました。
即位式の後は、盛大な舞踏会が催されました。
新王は、真澄姫をパートナーに選んで踊りつづけ、そして、ラストダンスが終わると同時に求婚したのです。
「多くの人たちに囲まれていながら、あなたはどこかさびしそうに見えた。それで私は、ダンスを申し込んだのです。しかし、踊っているあいだに気づきました。本当にさびしかったのは、私の方だったのです。どうか、私の妻になってください」
ふたりは祝福されて結婚し、ずっと幸せに暮らしました。
「生まれ変わってもまた、あなたと結婚したい」と、王は王妃に言いました。
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「そうだったのか、やっぱり、ぼくたちの出逢いは運命なんだね」
マスノスケはやさしく、ヒメマスを見つめます。
あのとき、大雨で湖があふれ、海に運ばれてしまったヒメマスは嘆きましたが、マスノスケと巡り会ったことで、新しい世界がはじまったのです。
マスノスケに寄りそって泳ぐヒメマスの体は、いつしか婚姻色と呼ばれる美しい紅色に染まっていました。