最初に出会ったル・グィンさんの物語は『ゲド戦記』3部作で、その後「米SF界の女王」であることを知り、一連のSF作品を読んだ。
『ゲド戦記』と同じくらい心に残っているのが、『風の十二方位』という短編集だ。
- 作者: アーシュラ・K・ル・グィン,丹地陽子,小尾芙佐,浅倉久志,佐藤高子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1980/07/25
- メディア: 文庫
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収録されている17篇のなかでも、
「九つのいのち」(1969年発表)
「もの」(1970年発表)
「オメラスから歩み去る人々」(1973年発表)の3篇が特に印象深かった。
「九つのいのち」
クローンをテーマとしたSF作品
すべての物語の冒頭には、作者のコメントが添えられている。
テーマは、質的に、心理的に展開されている。本質的に、わたしは科学的要素を、目的そのものとしてでなく、隠喩あるいは象徴として、それ以外の方法では表現できないあることを述べる手段として、使っているのである。
国家政府は消滅して地球連合ができ、宇宙へ向かって鉱脈調査と開発チームが送り出されている世界。
主人公のオーエン・ピューは遠征探測隊の地球外地質学者で、技術助手のマルティンと共に、太陽系外惑星で発見したウラニウム鉱山の調査をしていた。
彼の生まれたイギリスは、かつての〈大飢饉〉を、人口の半分たらずを失っただけで、うまく切りぬけたのだった。それは、厳重な食糧統制でなしとげられた記録でもある。闇商人や買いだめ犯は処刑された。とぼしいパン屑を、みんなが分かちあった。ゆたかな土地では、人口の過半数が死に、少数のものがたらふく食べたのに反して、イギリスでは死者はすくなく、たらふく食うものはひとりもなかった。〈中略〉
こうして適者生存を正直者の生存に変えたのだ。オーエン・ピューは、痩せこけた小男だった。そうしたハンディを克服して、彼はそこにいる。
ピューたちの仕事を引き継ぐためにやってきた開発チームのメンバーは、男女5人ずつ、10人組のクローンだった。
「最高の人間素材」の細胞から創り出されたクローンたちは、非常に有能なだけではなく、まさに一心同体で「なにをするときでも、その一員は、つねに彼の仲間、彼の分身の支持と是認を受ける。外部のだれも必要でない」という自己充足した存在だ。
ピューやマルティンに対して礼儀正しく接しはするけれど、心底から話し合うということはなかった。
ある出来事により、クローンのひとりカフは、10の「いのち」のうち9つまでを失い、絶望の淵に沈む。
クローンではないシングルトン(単一人)のピューとマルティンが、時にはいがみ合いながらも、相手を思いやり、互いを必要としている姿を見て、どうして全くの他者などを愛せるのかと、カフは問いかける。
ピューには明確に答えることができなかった。
「わからない」と彼はいった。「ある程度は慣れかな。おれにはよくわからないよ。たしかに、おれたちはそれぞれ孤独なんだ。暗闇の中では、手をつなぎあうしかないじゃないか」
この言葉は、少しずつ時間をかけてカフの心を動かし続け、静かで忘れがたいラストへとつながっていく。
「もの」
けれど、魔法使いは登場しない。
海辺に面したある町に「終わり」が近づいていた。
どのような災厄か明かされていないが、たとえ領主であっても逃れることのできない終末がくることは確定している。
住民の大半は、会堂に集まって嘆く者と、あらゆる所有物を破壊する「怒り組」に加わる者とに分かれている。
煉瓦積み職人のリフは、そのどちらにも属さず、どうすれば人間が水の上を渡れるのかという問題に取り組んでいた。なぜなら「海のかなたにある島々」の言い伝えを信じていたからだ。
リフたちの住む土地には樹木が生えず、船という乗り物が存在することを誰ひとり知らなかった。
リフの仕事場には、自分の手で作った何千何万の煉瓦が、山と積まれていた。
彼はその煉瓦で、浜辺からなだらかに続く海底の斜面に、道を作りはじめる。ただひとり残っていた隣人の寡婦が、リフを手伝った。彼女には赤ん坊がおり、他の人々のように町を捨てて行かなかったのだ。
水中の道が、浜辺から120フィート(約37メートル)ほど出来上がったところで、煉瓦は尽きてしまう。
リフたち3人は「終わり」が来る前に、その道を渡り始めた。
彼らは、所有していた「もの」をすべて失っても、自分の意志だけは手放さなかった。
それが、最後の一歩を踏み出した時、その先へと導かれる鍵となったように思う。
「オメラスから歩み去る人々」
1974年ヒューゴー賞(最も歴史の古いSF・ファンタジー文学賞)短編小説部門受賞作品
ル・グィンさんが「心の神話」と呼ぶ物語のひとつで、生贄が中心アイデアとなっている。
オメラスは、この地上のどこにもない土地、ユートピアのような都だ。
ただし、ユートピアであり続けるためには、ただひとつの条件がある。
都のどこかに光の差さない地下牢のような小部屋があり、ひとりの子どもが閉じ込められている。その子どもは、1日に鉢半分のトウモロコシ粉と獣脂と水を与えられる以外、いっさい世話をされず、みじめな一生を過ごさせなければならない。
その子がそこにいることは、みんなが知っている——オメラスの人々ぜんぶが。〈中略〉彼らの幸福、この都の美しさ、彼らの友情の優しさ、彼らの子どもたちの健康、学者たちの知恵、職人たちの技術、そして豊作と温和な気候までが、すべてこの一人の子どものおぞましい不幸に負ぶさっていることだけは、みんな知っている。
この10ページほどの短い「心の神話」は、テーマを自身の心に深く投げかけ、奥底から返ってきた応答を物語として創りあげた作品である。
ル・グィンさんの物語は、きわめて理知的なテーマ設定と、神話や叙事詩のような世界観とが融合しているところに、比類のない魅力、というより「魔力」を感じる。
「西の善き魔女」と称される彼女だから、その作品にはやはり、魔法がかかっているのかもしれない。