ある資源フォーラムにおいて、大変ユニークな発表があった。
テーマは「焚き火と燃料費の相関研究」である。
調査対象となった「A地域」は、定住者の多い郊外の地区で、落葉樹が多く植わっており、晩秋から初冬にかけて焚き火(落ち葉焚き)が盛んに行われていた。
しかし、1990年代以降、専門施設以外でのゴミの焼却が危険視され始め、条例による規制が急速に進んだ結果、落ち葉はゴミ収集へ出すというのが一般的になる。
研究グループは、落ち葉焚きの習慣が消えた時期と、燃料費が上昇し始めた時期が一致することに着目し、仮説を立てたのだった。
データによる裏付けとして、スクリーンにグラフが映し出される。
発表された研究内容の要旨は次の通りだ。
「多くの動物や鳥類は、その脳のなかに、季節を予知して四季の変化に適応するための仕組みを持っています。繁殖行動、羽や毛の抜け替わり、渡り鳥の到来、リスやクマの冬眠などが、毎年決まったタイミングで的確に繰り返されるのも、その仕組みのおかげです。
そういった脊椎動物の脳内では、生命活動の司令塔である視床下部に、『春告げホルモン』と呼ばれる、甲状腺刺激ホルモンが直接働きかけ、季節の情報を全身に伝えていることが、近年明らかになってきました」
「その能力を人間は持っていない、と考えられています。もちろんカレンダーや気象情報によって、知的には予測できますが、『春告げホルモン』を持つ動物や鳥類の本能的な確信にはとても及びません。
ですから、『もしかすると、この寒さは厳しくなる一方で、もう二度と春が来ることはないかもしれない』という疑いを、冬のあいだずっと、心の奥底で持ち続けることになります。その無意識の不安が、必要以上に燃料を買い込ませ、暖房器具の設定温度を上げさせるのです」
「さて、そのように、どうすることもできない根深い不安感をなだめるため、昔の人たちは、様々な儀式を生活に取り入れてきました。
焚き火もその一つではないかと、私たちは考えています。
明るく暖かい季節の終息を象徴する落ち葉を集めて燃やし、火で浄化して天に返すことで、春が復活するという約束を受け取る、それが焚き火の重大な効能だったのではないでしょうか」
以上の仮説に基づき、研究グループは「A地域」の町会や自治会、商店街の連合会などに呼びかけて、広範囲で継続的な「焚き火イベント」を行った。
焚き火の許可が下りない場所では、プロジェクションマッピングを用いて、炎の色とゆらぎを再現した。「焚き火イベント」は地域住民に好評をもって迎え入れられ、今年で5回目を数える。
ここで再びスクリーンに、近年5年分の検証データを追加したグラフが表示された。
燃料費の減少傾向が、明白に見てとれた。
フォーラム終了後、主賓として招待された2人の重鎮、B氏とC氏は、夕暮れの街中をそぞろ歩いていた。
「そういえば昔、私の母は『冬来たりなば春遠からじ』と繰り返し言っていたが、あれは呪文の一種だったのかもしれませんね」
と回想するB氏に、C氏が答える。
「あの研究グループが発表した、焚き火の春告げ効果ですか? 荒唐無稽というわけではありませんが、現実的ではないでしょう。地域コミュニティが機能している郊外の町だからこそできたことで、都市部で実施するとなると難しいと思います」
「おっしゃる通りです。プロジェクションマッピングでも有効らしいが、焚き火テーマひとつでは、都会の人にすぐ飽きられてしまう。春告げ効果を上げるためには、大勢の人々が自分から積極的に集まり、一定時間その場に留まってながめる必要がある。それを単発ではなく、継続的に繰り返さなければならないわけですから……」
B氏は問題点を数えあげ、とても無理だというように肩をすくめた。
「一から始めようとすれば、大掛かりなプロジェクトになりますね。莫大な費用に見合うだけの、燃料費の減少が望めるはずもありません」
結論づけたC氏は、ふと立ち止まった。となりを歩いていたはずのB氏がいない。
驚いて振り返り、数メートル後ろで、目を見張り立ち止まっている姿を見つけた。
「B先生、どうされましたか?」
足早に引き返して尋ねると、
「一からつくる必要は無いかもしれない。すであるものを利用すれば……」
C氏は、B氏の視線の先に目をやった。
クリスマスのイルミネーションに輝く、大通りの街路樹の列━━。
通常よりはるかに大勢の人々が、ひしめき合い、ゆっくりと歩きながら、あるいは立ち止まって、ライトアップされたツリーを見あげている。
両氏の脳裏に、焚き火を思わせる光で統一されたイルミネーション・ツリーが、街という街にあふれる未来の映像が浮んだ。
りおさん(id:ballooon さん)素敵な画像をありがとうございます☆