東京都美術館で開催中の『ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』(2021/9/18~12/12)に行きました。
3年前のムンク展では、大行列で長時間待ちましたが、今回は日時指定予約制だったので、待ち時間なしで入場でき、とても快適でした。
ヘレーネ・クレラー=ミュラー(1869-1939)は、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の芸術に魅了され、世界最大の個人収集家となった女性です。
今回の展覧会では、クレラー=ミュラー美術館から絵画28点、素描・版画20点が展示され、初期の素描から最晩年の絵画まで、ゴッホの画業をたどれるようになっています。
ほぼ独学で絵画を学んだというゴッホ。初期の素描作品のひとつひとつから、そこに注ぎこまれた大変な熱量が伝わってきました。
そして、「ひまわり」と並ぶ重大なモチーフ「糸杉」を描いた『夜のプロヴァンスの田舎道』(1890)には、息をのむほど圧倒されました。
絵の前には常に人だかりができ、長く立ち止まるのは難しい状態だったので、しばらく鑑賞しては、いったんその場を離れ、また戻って見にいく、ということを何度か繰り返しました。
「炎の画家」「情熱の画家」と呼ばれるゴッホですが、今回の展覧会を通して感じたのは、繊細さと純粋さです。
どちらも、深く心に染みるような絵でした。
レモンの絵には、「ひまわり」に通じる黄色の世界があります。
サン=レミの療養院は、ゴッホが1889年5月から1890年5月まで入院していた精神療養院です。最大の理解者であり、支援者でもあった弟のテオは、療養院に絵画制作許可を申し入れ、2部屋分の療養費を払いました。おかげで、余った一室を画室として使い、院外で絵を描くことも許されたのです。
サン=レミの1年間で、ゴッホは数多くの名作を完成させました。
『ゴッホ 真実の手紙』(2010)は、ゴッホが残した多くの手紙をもとに、オランダでの若き日々からフランスで命を終えるまでの人生を追った、英国BBC制作のドキュメンタリー作品です。
エンドクレジットには、
“この作品中でゴッホらが話した言葉は、すべて彼らの書簡や証言をもとにしています”
と、表示されていました。
ゴッホを演じるのは、ベネディクト・カンバーバッチ。
こんなふうにカメラ目線で、“実際に手紙に書かれていた言葉”を、セリフとして語りかけるシーンが特徴的でした。
“独りでいれば人は死ぬ。誰かといれば救われる。最も効き目の高い薬は、やはり愛と家庭なのだ”
けれど、それほど渇望した愛をつかむことが、ゴッホにとってきわめて困難だったのです。
夫を亡くした従姉妹に、身も世もないほど恋焦がれたときも、その恋は一方通行でした。両親には一家の恥だと言われ、おじたちからは彼女に会うことを禁じられます。
“我が身のすべてを完全かつ永遠に捧げなければ、チャンスはない”
と感じたゴッホは、手紙攻勢をかけたあげくに、
”──訪ねていくと、彼女の家族にウンザリだと言われた。炎に指をかざして、耐えている間だけ会わせろと頼んだが、彼らはランプを吹き消した。愛とは、難しいものだ”
このエピソードは、ゴッホの悲劇的な一面を物語っているように思います。
やがて自分のことを、“敗残者”、“負け犬”、“修正は不能”と考えるようになるゴッホですが、それでも、
“絵を描くときだけは、生の実感がある”
“バイオリンの弓のように絵筆が動く。それが実に楽しい”
と、語ります。
そういう思いで描き続けた作品が、時を越えて今も、多くの人の心をとらえているのです。
〈おまけ〉
3年前のムンク展でいちばん印象深かった絵です。