かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

ツノの月(創作掌編)

 

 僕の恋人は、温泉と渓流釣りが楽しめる静かな観光地で生まれた。

 小学生のとき、父親の仕事の関係で引っ越して以来、ほとんど帰ったことがない郷里だという。

 それでも、僕はプロポーズをする前に、彼女のルーツとなる地を訪れたいと思ったのだ。

 

 駅の改札を出ると、目抜き通りの先に青々とした山が見えた。

 歴史を感じさせる商店街は、店の数こそ多くないけれど、堅実に繁盛を続けてきた風格がある。土地の人の表情や話し方からは、芯の通った意志の強さと、控えめな親しみが伝わってきた。

 これが、土地柄とか気風というものだろうか。

 彼女に通じるものを感じて、僕はひとりうなずいた。

 

 3年も付き合っているのに、僕たちはケンカらしいケンカをしたことがない。

 努力家で優しい恋人に、時には本音をぶつけて欲しいと頼んでみても、困ったように微笑むだけだった。

 けれど、彼女の生まれ故郷を歩きまわり、バスに乗って他の乗客のようすをながめたり、宿の人と話をしているうち、何となくわかってきた。

 彼女はけっして、取りつくろっているわけではないのだ。ささいなことにいちいち騒がないだけで、許せないと感じれば、きっと本気で腹を立てるだろう。

(やっぱり、来てよかったな)

 のんびりと温泉につかり、心づくしの料理を食べて、僕はぐっすり眠った。

 

 川のせせらぎと鳥の声で目を覚ます。

 朝食前にひと風呂浴びようと部屋を出た僕は、呆気に取られて立ちすくんだ。

 てきぱきと立ち働く客室係やスタッフの人たち、そして、一部の宿泊客の頭に、2本のツノが生えているのだ。

 

 僕はふらつきそうになる足を踏ん張り、平静を装いながらあたりを観察した。

 本物のツノではない、当然のことだが。アイスクリーム・コーンのような形をしていて、色や柄はさまざまだった。仲居さんのツノは着物とコーディネートされた色合いだし、子供たちにはファンシーな花柄やアニマルプリントが人気のようだ。

 謎が解けたのは、1階に下りて、ひと晩のうちに設置された特設コーナーを見たときである。

 ~今月は『ツノの月』~

 と大書された看板が立ち、髪飾りのように頭に取りつける「ツノ・カチューシャ」という商品が、所狭しと並んでいた。

 

 特設コーナーのパネルによれば、『ツノの月』は昔からこの地に伝わる風習らしい。

 温厚篤実を信条とする人々でも、腹に据えかねることは、もちろんある。口には出さず、いったんは胸に納めた憤りを、年に1度、決まった期間に発散して解消するため、諸々の行事が行われたというのだ。

 商品化したツノ・カチューシャなどはない時代、家ごとに、ツノに見立てたかぶりものを手作りした。日頃は隠しているツノをあらわにしたからには、我慢は無用だ。「ツノ踊り」を踊って表通りを練り歩き、騎馬戦の鉢巻のように相手のツノを奪い合うゲームに興じた。

 普段は慎ましい女性たちも、飲めや歌えやの宴を開く。あるいは、井戸やかまどに向かい、日頃のうっぷんを大声で晴らす。

 

 ツノの月のフィナーレは、すべての神社仏閣で行われるお焚き上げだった。

 ツノが盛大に燃やされ、怒りは浄められる。そのさまを見届けて、人々は穏やかな暮らしに戻っていくのだ。

 

 僕は、恋人へのお土産と自分用に、ツノ・カチューシャを買った。

 この現代のツノも、期間中に観光センター宛てに送れば、きちんとお焚き上げをしてくれるという。商品には、送付先の住所とともに、「焼やしても有害物質を発生しません」と明記されており、あらためて生真面目な土地柄を感じる。

 

 宿をチェックアウトして駅へ向かった。

 バスの運転手の制帽にもツノ、地元の人や観光客にもツノ、という光景をながめながら、帰りの列車の発車時刻を待つ。

(来年は、彼女と一緒に来られたらいいな)

 駅前広場のベンチに座り、ぼんやり考えているとき、

「写真、お願いできますか?」

 と声をかけられた。

 

 4人連れのご婦人たちが、そろってツノ・カチューシャを着けて、満面の笑みを浮かべている。

「はい、もちろん」

 答えて、僕は立ち上がった。

「ありがとうございます。お手数ですが、あの石像をバックに撮っていただけないでしょうか?」

 指差す先を見ると、観光センターの脇に大きな石像が立っていて、記念撮影している人も多い。

 

 僕は、にぎやかな女性たちのあとに付いていった。

 そして、本日2度目の吃驚仰天をした。 

 近づいて見上げた石像の頭にはツノが生え、不敵な笑みを浮かべている。

 鬼だった。

 仁王立ちした鬼の向こうで、

 ~ようこそ! 鬼の郷へ~

 という垂れ幕が、風に翻っている。

 

 ……もしかしたら僕の未来の花嫁は、鬼の末裔なのかもしれない。