かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

AIサファリ(創作掌編)

 

 採用面接というより、お互いを知るための面談なので、堅苦しさを感じない雰囲気だった。場所も、交通アクセスと見晴らしの良いレンタル会議室だ。

 面談相手は、私と同世代のプロジェクトリーダーで、うらやましいくらい仕事への情熱を持っている上、日に焼けて健康そのものに見える。

 

 開設準備が進んでいる新型テーマパーク「AIサファリ」は、人工知能を搭載した動物型ロボットが主役のサファリパークだ。

 私はソフトウェア・エンジニアとして、AIサファリを運営する会社への転職を考えていた。現在、社員として働いている会社のほうが規模が大きく、収入も高いので、この転職はキャリアダウンということになる。

「もちろん、お金より、やり甲斐とかチャレンジスピリット重視というお考えでしたら、うちの会社のほうが断然おもしろいと思いますが……」

 と言いながらも、相手はもの問いたげな表情を隠せない。彼と違い、私が見るからに、石橋を叩いて渡るタイプだからだろう。

 

「仕事だけではなく、ライフスタイルそのものを変えてみたいと思っているんです。オフィスはAIサファリの敷地内にあって、希望すれば隣接する場所に建つコテージに住むこともできると知り、心が引かれました。人工的に造りだされたサヴァンナで暮らすなんて、めったにできない体験ですものね」

 と、説明する。ほんとうにそれは、私にとって重要な前提条件なのだ。

「確かにとても楽しいですよ。普通に仕事しているだけなのに、野性味あふれる気分になってきます」

 野性味あふれる、という表現がおもしろくて、私はそっと笑った。「実はですね」と、声をひそめる。

「2年ほど前のことになりますが、業界でもニュースになったのでご存知かもしれません。私が所属していたセクションで不祥事が起こりまして──」

 彼もそのニュースを耳にしたことがあるらしく、真顔になってうなずいた。

 

 当時、私がチームの一員として取り組んでいたのは、「ミニチュア・サファリ・ガーデン」という製品の開発だった。

 まさに、AIサファリの箱庭版である。

 本物そっくりのミニチュア動物ロボットが動き回る、リアルな世界観を持ったサファリ・ガーデンは、自室の一角に小さなサヴァンナを再現する商品になるはずだった。

 

 動物のしぐさと動きを画像解析するために、 開発チームでは、海外の企業からマイクロ・アニマルを購入した。ゲノム編集により遺伝子を改変し、ほぼ5分の1に小型化した、ライオン、シマウマ、象、キリンなどの動物たちだ。

 百獣の王と言われる雄ライオンも猫と同じくらいの大きさ、仔ライオンにいたっては片手に収まるサイズだった。しかし、どれほど小さくても、生きている動物の存在感は圧倒的である。私たちは日々、立体撮影した大量の映像データの処理に追われていた。

 ところが、そのさなか、マイクロ・アニマルを「作製」した企業が、生命倫理上の問題から国際機関の調査を受けることになったのだ。取引相手として名前が上がり、世間の非難を浴びることを恐れた会社は、急遽、ミニチュア・サファリ・ガーデンの開発を中止した。

 

「……この2年、何となく肩身の狭い思いをしてきました。法的な落ち度がなかったとはいえ、コンプライアンス上の問題を起こしたチームの一員だったわけですからね」

 率直に話したことで、彼の疑問は解消したようだ。

「そういうことなら、ぜひうちの会社に来て欲しいな。きっと、あなたの専門的なスキルを十二分に発揮できると思いますよ」

 近々の再面談を約束して、私たちは別れた。

 

 

 上機嫌で自宅マンションへ帰り、生体認証キーでドアを開ける。

 忍びやかな足音がして、私の唯一の「家族」が玄関まで出迎えにきてくれた。

「ただいま、ルスト。どうやらうまくいきそうよ」

 声をかけると、ルストは私の手に額を押しつけて挨拶する。

 

 2年前、私は忙しい仕事の合間をぬって、獣医師の指導のもと、片手に収まるほど小さな仔ライオンの世話を手伝っていた。そして、開発中止の騒ぎの際、煩雑な手続きを経て、その仔ライオンを自宅で飼育する許可を得たのだ。

 彼の名前はルスト。無邪気にじゃれていたルストも成長し、黄金色のたてがみを持つ、優雅さと風格を兼ね備えたライオンとなった。

 しかも、猫より大きくならないと言われていたにもかかわらず、今の体長はゴールデン・レトリーバーに近い。

 

 深い信頼関係を築いてきたとはいえ、この先、ルストがさらに大きくなっていくことが、怖くないといえば嘘になる。

 それでもやはり、ルストの成長は私の喜びなのだ。

 私たちのために、今よりもっと広い世界を用意しておかなければならない。

 実はそれが、転職の理由だった。