ハロウィンの仮装パーティに招かれた佳奈は、衣装を買いに出かけた。
店内をひととおり見て回り、魔女になろうと決める。帽子とマントのセットを選んで、レジへ向かう途中、パーティグッズのコーナーで足が止まった。
『魔法ラベル』というのが気になる。
他のグッズに比べて高価なわりに、残っているのは1点だけだから、売れ筋商品のようだ。
パッケージの説明文によれば、ラベルはグリーン、ゴールド、ローズの3枚×2組。水の入ったペットボトルに貼りつけて、所定の呪文を唱えると、中身がラベルと同じ色に変化するらしい。地味ながら、ちょっと本格的な感じだ。
(理科の実験みたいでおもしろそう)と、衝動買いした。
パーティ会場は、貸切にした町のレストランだった。
衣装を身に着けた佳奈は、クリスタル・ワンドをマントのポケットに差し、途中で買ってきたミネラルウォーターのペットボトルをテーブルに並べた。
使用説明書によれば、『魔法ラベル』には要注意事項が3つある。
Ⅰ.ラベルは直に貼りつけてください!(ボトルのフィルム等は剥がすこと)
Ⅱ.混ざると危険です。1本のボトルにラベルは1枚だけ!!
Ⅲ.決して人体には貼らないでください!!!
3色すべて試してみたかったので、ペットボトルは3本用意した。フィルムをはがしていると、仮装した仲間たちが、何事かと寄ってくる。
ラベルはどれも深みのある美しい色合いで、神秘的な幾何学模様が描かれていた。直にボトルに貼ると、思いのほか見栄えがする。
呪文はラベルの台紙に書いてあった。
面白いことに、それぞれの色で「効能」が決まっているらしい。グリーンのラベルの呪文は、冒頭の『健康』という言葉に続いて、意味不明の文言がカタカナで記されていた。ゴールドは『富貴』、ローズは『愛』。
半信半疑で呪文を読みあげながら、演出としてワンドの先でボトルに触れた瞬間、中の水が輝くようなエメラルドグリーンに変わった。
周囲から、「おー」という感嘆の声があがる。
佳奈も内心おどろいていた。残った2本も次々に、魔法の呪文で色を変えてみせると、拍手がわいた。
「この水を飲むと、健康になれるの?」
グリーンのボトルを手にとって、ダース・ベイダーが聞いてくる。
中身の彼は、秋の健康診断で再検査の通知が来たといい、今夜はノン・アルコールのビールで乾杯していた。
「使用説明書にはひと言も『飲むな』とは書かれていなかったけれど、まぁ、自己責任でお願いします。でも、飲むとしたら1種類だけにしてね。混ぜるのは厳禁なので」
ベイダー卿は『富貴』も『愛』も捨てがたかったらしく、散々悩んだ末にやめてしまった。
みんなで大笑いして、パーティは楽しく盛り上がった。
翌日、部屋でくつろいでいるとき、ふと、持ち帰ったパーティグッズのことを思い出した。
残った1組の『魔法ラベル』は、大成功だったパーティの記念品だ。
テーブルの上に3枚のラベルを並べ、使用説明書をながめていると、ある衝動がじわじわとわいてくる。昔話の「見るなのタブー」と同じで、強く禁止されればされるほど破ってみたくなる、という心理状態だろうか。
(どうせ禁止を破るなら、ラベル3枚を同時に、直に、体に貼って、健康・富貴・愛をすべて手に入れる、というのはどうだろう……)
などと考えているうちに、気がつけば、窓の外は暗くなっていた。
何時間も妄想にふけっていたことに苦笑いしながら立ちあがり、キッチンに行って冷蔵庫を開けた。
缶ビールを取ろうとして、伸ばした手が止まる。
魔法ラベルを貼った3本のペットボトルが、ドアポケットに並んでいたのだ。
「こんなものまで持って帰ってきたんだっけ」
貼りつけたラベルは、すっかり色あせて白っぽくなっている。それにしても、朝から何度か冷蔵庫を開け閉めしているのに、気づかなかったとは奇妙なことだ。
中の水を捨てようとして、ちょっとした考えが浮かんだ。
(混ぜたらどうなるのか、実験してみよう)
洗面台のシンクへ運び、排水口を栓でふさぐ。
目をあげると、鏡に映った自分の顔に、どこか魔女めいた微笑みが浮かんでいた。
ペットボトルのキャップをはずして、一気に注ぎいれた。渦を巻きながら、3色の水が混ざりあっていく。
まるで虹を流しこんだようだ、と思った直後、水はなんともいえない色に変化した。
もうどんな色にも返れない濁った水が、注いだ以上の水量となって、今にもシンクの中からあふれ出てきそうだ。
息をのんで見つめていた佳奈は、大急ぎで栓を引き抜いた。
よく晴れたゴミの日、佳奈は空になったペットボトルと、残っていた『魔法ラベル』を捨てた。