ゲシュタルト療法のワークショップでは、参加者のワーク内容、ワークショップ内で知り得る個人情報について、一切外部に漏らさないこと、本人の同意なしには、いかなる公表もしないことを約束します。
自分のワークについてなら公表できるので、備忘も兼ねて少し書いてみようと思います。
エンプティチェア・テクニック(空椅子の技法)は、ゲシュタルト療法の代表的な技法のひとつです。
空の椅子に心の中で、人物等を置いて対話を進めるという、とてもシンプルな方法です。
最初のワークショップは見学のみで過ごした私でしたが、2度目のときは、なんとか勇気を出してワークを受けることができました。
思えば、ワーク・デビューに最適な場でした。
一日体験ワークショップで、参加者も多人数ではなく、女性のファシリテーターが和やかな雰囲気をつくり出していました。
会場は、20畳以上ある畳敷きの部屋でした。
ファシリテーターと向かい合って座布団に座ります。和室なので、椅子の替わりに座布団を使うのです。
私が考えてきたテーマは、掌編創作についてでした。
長い間、趣味というよりライフワークのつもりで書いてきたけれど、すっかり行き詰ってしまった。書くことをまったく楽しめず、苦痛にすら感じる。
特につらいのは、否定的な考えが浮かんできてしまうこと。
(こんなつまらない作品を書いたところで、いったい何になるのか)
というように、自分自身にダメ出しをしてしまう……。
話し終わると、ファシリテーターから、否定的な自分を座布団に置いてみることを提案されました。
さっそく、いかにも辛口コメントをしそうな赤い色の座布団を選び、少し離れたところに置いて相対します。
だれも座っていないその座布団に向かって、伝えたいことを言ってみるよう促され、
「意地悪を言うのはやめてほしい」
などと言葉にしてみました。
これは実際にやってみると、けっこう照れくさいものです。
ですが、なかなか言葉が出てこなくても大丈夫。
ゲシュタルト療法では、クライアントの言葉と同等かそれ以上に、姿勢や動作、表情、呼吸など、非言語のメッセージに注目します。
例えば、言葉に詰まりながら、無意識のうちに手を握りしめていると、
「その握っている右手が、話すことができるとしたら、何といっていますか?」
と、声を与えるのです。すると、自分でも思ってみなかった返答が飛び出してくることがあります。
ファシリテーターの支援を受けつつ、「私」の座布団に座って、ひとしきり言いたいことを表現した後は、「空椅子」の座布団に移ります。
こっちの方が数倍優勢でした。
(書く才能がないんだから、読むだけにしておけばいいのに)
(せいぜいその他大勢の佳作どまりで、一等賞はとれないのよね)
(いやならやめてしまえばいい、ただそれだけ)
などなど、言いたい放題。
言い放つと、妙にすっきりします。
それからまた「私」の座布団へ。
というように、ふたつの座布団を行ったり来たりしました。
劣勢の「私」の方は、もう半べそ状態です。
「そんなこと言ったって、わたしだって一生懸命やってるのよ(泣)」
照れくさいどころではなくなってきました。
ファシリテーターが聞きました。
「そこにいる相手は、いつから、あなたのなかに存在しているのですか?」
私は反射的に答えていました。
「生まれたときから」
同時に、目の前の座布団に置いていた等身大の人物像が、すーっと縮んで、小さな子どもに変わったのです。
その子どもは輝いているように見えました。
ワークの中で私は、忘れていた内なる子どもの存在を認め、和解しました。
涙ながらにあやまり、「空椅子」の座布団を抱きしめたのです。
(これが、インナーチャイルドというものか……)
と、強い印象を受けました。
インナーチャイルドのことは、よく知っていたわけではなく、なんとなく純粋で癒すべき存在のように考えていました。
イメージとはずいぶん違うインナーチャイルドだと思ったものです。
このワークを機に、私は書くことを停止しました。
〈つづく〉