和弘にとって美里市民会館は、歴史的建造物と呼びたいくらい特別だ。
祖父も、父も、ここで結婚式を挙げた。
そして今日、市民会館の大ホールで、忘れかけていた子供の頃の夢が叶い、和弘はヒーローに任命されるのだ。
『ミサト・ガーディアン』は、50年近く活動を続けている、地元密着型の変身ヒーローだった。
巨悪と闘うわけではない。ただ、必要とされる場所に現れ、必要とされる役割を誠実に果たしていく。言葉は口にせず、常に行動で示した。
一日警察署長に消防署長、地域イベントのゲスト出場、学校や病院、福祉施設への訪問、ローカルテレビにも定期的に出演している。
そして、ひとたび災害が起これば、そこには必ず支援物資を届け、被災住民を見守るミサト・ガーディアンの姿があった。
たぶん、和弘はクラスで一番さいごまで、
「しょうらいの夢は、ミサト・ガーディアンになることです」
と、文集に載せていた子供だった。
地元企業に就職して2年目の春、突然、重役室に呼ばれた。
首をかしげながら行ってみると、入社式で顔を見たことがうっすら記憶に残っている会長のとなりに、ヒーローのスカウトが座っていたのだった。
ミサト・ガーディアンになる期間は2年、ふたり1組で交替し、協力しながら役目をはたしていく。1年目は先輩ヒーローについて学び、2年目はメインをつとめながら後継者を指導する。
他言無用、契約上の守秘義務がある内密の任務だ。
大喜びで引き受けると、会社からは、2年間の社外研修を命じる辞令が下りた。
任命式の会場に、だんだんとゲストが集まってくる。年齢はまちまちだが、何となく背格好が似ていた。どの人も背筋が伸び、目が輝いている。
「お疲れさん。調子はどう?」
これから1年間、チームを組んでいく先輩ヒーローが、笑顔で和弘の肩をたたいた。
「なんだか緊張して、ドキドキしています」
「任命式といっても、そんなに堅苦しいものじゃないよ。同窓会の余興みたいな感じさ。大丈夫、ガーディアンズはみんな、いい人たちばかりだから」
先輩の言葉に、少し肩の力を抜いて、和弘はうなずいた。
(OBは、ガーディアンズと呼ばれているのか)
何十年ものあいだ、市民の心の安定を守り続けているミサト・ガーディアンは、ひそかにバトンを繋いだ人たちに支えられてきた存在だったのだ。
ホールの一隅には、歴代のヒーロー・コスチュームが展示されていた。
ずっと変わっていないと思っていたけれど、こうして並ぶと、絶えず小さな改良を重ねてきたことがわかる。
「今のガーディアン・スーツはスマートでいいね。昔は重くて変形しやすく、思うままに動くことが難しかったものだが……」
和弘が飛び上がるほど驚いたのは、ふいに話しかけられたせいではない。
よく知っている声だったからだ。
「お祖父ちゃん!」
叫ぶように呼びかけると、ダークスーツを折り目正しく着こなした祖父が、誇らしい眼差しで和弘を見つめていた。