かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

スケアクロウ(創作掌編)~最初で最後の弟子⑥~

 

 銀ひげ師匠の書道教室で最年少のゆなちゃんから、相談事があった。

 「話を聞いたかぎりでは、どうも魔法がらみに思える。それより気になるのが、なぜ私に、この手の相談を持ちかけてきたか、ということなんだが……」

「ひょっとして、師匠の正体を見抜いたとか?」

 言いながら、晶太は首をかしげた。

 銀ひげさんが魔法使いであることを知る人は少ないし、たとえ公表したとしても、信じる人はもっと少ないだろう。

 

 ゆなちゃんは、成人クラスに通っているお祖母さんに付いてきて、お習字に興味をもち、書道教室に入った子だ。まだ自分の名前の文字「結奈」を、繰り返し練習している初心者だった。

「どんな相談だったんですか?」

「なんでも、庭に立っているスケアクロウに、異変が起きているらしい」

スケアクロウというと、かかし、のことですよね」

 銀ひげさんは「お、知っていたか……」と、残念そうにつぶやいてから、話を続けた。

 

 スケアクロウを作ったのは、去年の夏休み、ゆなちゃんの家にホームステイしていた留学生だった。日本アニメのファンということで、出来栄えのクオリティはかなり高いようだ。当時4歳だったゆなちゃんに合わせて、背丈は1メートルくらい。キリッとした顔立ちで、コスプレ風の衣装をまとい、両手に細身の剣を持っている。

 家庭菜園の脇に設置されたスケアクロウは、ミニトマトを目当てに集まってくる鳥を追い払い、家族みんなに感謝されていた。

 

 今年から、お母さんの仕事がいそがしくなったため、野菜作りはやめてしまったけれど、スケアクロウはそのまま、ガーデン・オーナメントとして残っている。

 ドワーフやウサギ、カエルなど、ほかの置物たちと共に、ゆなちゃんが庭遊びするときの「お友だち」に仲間入りしたのだ。

  ところが、その大切なスケアクロウの顔つきが、すっかり変わってしまったという。

 

「ゆなちゃんが言うには、とても悲しそうで、つらそうで、見ていられないらしい」

 と聞いて、晶太は背中がぞくぞくしてきた。

「なんだか、呪いの人形みたいな感じですね」

「実際に見てみないことには何もわからないから、これから行くつもりだ。晶太もアシスタントとして、一緒に来るかい?」

 怖いもの見たさもあるし、魔法の勉強でもある。

 

 家を訪ねると、ゆなちゃんとお祖母さんが出迎えてくれた。

「わざわざお越しくださいまして、ありがとうございます」

 お祖母さんは、申し訳なさそうに言った。

「風雨と日光にさらされて、顔の塗料がうすれてしまったせいでしょうが、ゆなにとっては大事な友だちですから、ひどく心配しているようです。以前、先生がペンキ塗りや補修のお仕事をされていた、と伺ったことがあるので、折を見て、ご相談に上がろうと思っておりましたが──」

 どうやらゆなちゃんは、お祖母さんの先を越して行動しただけで、魔法使いだと見破ったわけではなさそうだ。

 

 銀ひげ師匠は晶太を従えて、さっそく庭へ向かった。

「ウタ」と呼ばれる魔法の呪文を唱える師匠の声が、低く流れてくるのを聞きながら、晶太はスケアクロウから目が離せずにいた。その顔に浮かんだ表情が、ほんとうに痛々しいことに驚いたのだ。

 師匠はしばらくのあいだ、かがみこんだり、周りを調べるようにまわったりしてから戻ってきて、ゆなちゃんに告げた。

 

「ゆなちゃんの言うとおり、このスケアクロウは今、すごくつらい気持ちでいるみたいだね。自分がまったくの役立たずで、ひとりぼっちだと思い込んでいる。ゆなちゃんが心配していることも、庭にいる仲間たちのことも、気づくことができないんだ」

「どうしてなの?」

「作物をねらう鳥を追い払うために作られて、そのためだけに働いてきたから、鳥以外のものは目に入らなくなっているのさ」

「かわいそうに……、助けてあげられないの?」

 目に涙をためて聞かれると、師匠は頼もしく応えた。

 

「私には、ヤシロ―という名の、とてもかしこくて優しいカラスの知り合いがいる。このスケアクロウも、相手がヤシロ―なら、姿を見ることができるし、声も聞けるだろう。話をしていくうちに、だんだん仲よくなってくれば、ゆなちゃんのことも、ヤシローから教えてあげられる」

「そのカラスを、追い払ったりしない?」

「そうだね、たぶん最初のうちは追い払おうとするだろう。気持ちが通じるまで時間がかかるかもしれない。だから、いつかスケアクロウが、ゆなちゃんのことに気づくまで、待っててあげてほしい。毎日あいさつして、『ここにいるよ』と、伝えてあげてくれないだろうか」

 ゆなちゃんは大きくうなずいてから、明かりが灯ったように笑った。

 

 書道教室へ戻る道すがら、晶太は感心して師匠を振り仰いだ。

「鳥と話せるなんて知りませんでした」

「いや、私は鳥と話などできないさ。たまたま、意志が通じ合うカラスを知っていただけでね。ヤシロ―は長年連れ添った奥さんに先立たれて、さびしい思いをしているし、あのスケアクロウと友だちになったら、きっとお互いのためにいいんじゃないかな」

「そうだったんですか。ゆなちゃんだけじゃなくて、お祖母さんも喜んでくれてよかったですね」

 

 帰り際、お祖母さんは銀ひげ師匠に、こう言ったそうだ。

 

「ゆなの気持ちに寄り添い、上手くお話をしてくださって、ありがとうございました。おかげさまで何日か振りに、ほんとうに嬉しそうなあの子の笑顔を見ることができました。先生はまるで、魔法使いのようでしたわ」