新刊コーナーに並べられていた本の、表紙の絵と文字に引かれて手に取ったことをよく覚えています。
骨盤にきく―気持ちよく眠り、集中力を高める整体入門 (文春文庫)
- 作者: 片山洋次郎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/04/10
- メディア: 文庫
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ゲシュタルト療法を知る数年前に買った本なのですが、今あらためて読んでみると、ずいぶん共通するところがありました。
『骨盤にきく』という書名がすでに、ゲシュタルト療法的です。
「あなたの骨盤がしゃべるとしたら、何て言っていますか?」
骨盤にはその人の身心の勢い=体力・意欲が正直に現れます。
「元気がない」と本人が言っていても、本当は体力があり余っているのに活かすことができないだけなのか、本当に身体の力が抜けてしまっているのか、あるいは孤独な状況がそこにあるのか、意欲といっても単なる思い込みなのか━━骨盤は嘘をつきません。〈中略〉
身体は体内のリズムや環境の変化に応じて、常に自分で自分を調整しようとします。それが一番端的に現れるのが骨盤の動きなのです。
私たちの骨盤の機能がどんどん落ちているいま、身体の内側の声をきいてみよう、骨盤の声に耳を傾けてみようという提案をしたいのです。
(第一章 骨盤は嘘をつかない)
著者の片山洋次郎さんは、1950年川崎市生まれ、現在『身がまま整体 気響会』を主宰。
二十代の半ばにギックリ腰になり、初めて「整体」を体験したことがきっかけで、整体やカイロプラクティックのような「治す」技術そのものに興味を持ちました。
周りの人に試してみたところ、痛みや凝りなどのいろいろな症状がとれてしまうので、だんだん人に頼まれて、整体をするようになります。
やっていくうちに分かったのは、軽く触れているだけで、背骨や骨盤が自分で勝手に動いて「治って」しまうということでした。
野口整体の生みの親、野口晴哉(はるちか)さんの整体法から多くを学び、直接師事したことはないものの、その考え方に触発されて、独自の、より身体の声にしたがった整体技術を発見していきました。
- 緊張のある筋肉に対して、少し(ストレッチして)よけいに緊張を与え、あとは身体が自らの反作用でゆるもうとする反応を利用する。
- 身体の「歪み」に対しては、「歪んで」いる方向にちょっとだけ動かし、身体が自らゆるんで、「歪み」を解放しようとする反応を利用する。
「ゆるめる」というのが、片山さんの整体技術の基本です。
- すべての緊張はみぞおちに通じる
- 寝つきが悪い原因は腰椎1番
- 集中度の高い人は腰椎4番に弾力がある
- 「ムカツく」のは胸椎5番の過緊張
- 愛と悲しみの胸椎4番
などなど、いかに身体と心とが影響を与え合っているのかが伝わってきます。
骨盤のねじれと孤独
骨盤底部の過緊張に加えて、縮みやすい左側の下だけがギュッと縮み、上は右側のほうだけが拡がって、骨盤がねじれた形で固まっている人は、とくに孤独感が強く、周りの世界にリアリティを感じられなくなります。
本当に孤独なときは、誰かと一緒にいることや誰かに近づこうとすることで、かえってより孤独が深くなってしまう。こういうときは独りでいたほうがいいのです。
「独り」の覚悟ができると、骨盤の底部の緊張とねじれは自ずとゆるんでゆきます。
ある種の「気構え」は、逆に身体状況を変えます。
「孤独」に向き合い自覚することはとてもつらい過程かもしれませんが、あえて覚悟を決めてみる。寂しさに任せ相手によりかかるコミュニケーションの悪循環をきっぱりと断ち、骨盤がゆるんでくるのを待ってみる。
興奮と虚脱のサイクルから抜け出す━━「待つ集中」
いろいろなプレッシャーがあるなか、「待つ」ということは、時に大変勇気のいることです。しかし、身体の声をきき、内側のリズムにしたがってはじめて、本物の集中状態や深い手応えへと進んでいくことができるのです。
物事がよくない方向へ転がっていくとき、人は必ずあわてています。すぐにでも結果を出そうとしている。その流れをあえて変え、タイミングを遅らせるほうにズラしていくと、全然違ったことが見えてきます。状況に興奮しているだけなのか、本当に心が動いているのかが分かります。これは人生のあらゆることにおいても通じる身体技術です。
とくに焦って落ち着きをなくしているときに、「待つ」ということは、骨盤上部の緊縮=自律的集中を呼び込むということなのです。
集中力の三ステップ
集中力の段階に応じて、骨盤は変化していきます。
- ファースト・ステップ……こめかみとあごの間、首の横が緊張する。通常は腰椎4番の高さにある腸骨が上に持ち上がる。「やらなくちゃ」と思って軽くのぼせた状態で、やろうとする意欲はあっても、実際に行動のともなった集中力にはならない。
- セカンド・ステップ……頭頂部と骨盤底部がギュッと締まる。呼吸は止まりやすい。いわゆる興奮状態。「やらなきゃいけない」と感じながら仕方なしに何かをやっているときにも、ここまでの集中状態には持っていくことができる。
- サード・ステップ……後頭部の下のほうが縮み、骨盤は上部が縮む。こめかみの緊張はゆるんで、頭にも骨盤にも弾力がある。このとき丹田に最大級の力がこもり、呼吸は深く長い。もっともクリアに集中力が発揮でき、非常に覚醒度が高くなる。深い充足感があり、集中した後ゆるんでいくときも、それが静かに長く続く。
仕事でも、芸術でも、趣味でも、サード・ステップの理想的な集中状態を、日常的につくり出せている人は、それだけで、生きるということを十分に味わい尽くしているのです。
ですから、子どもの教育で一番大切なのは、その子が本当に自分から楽しくてやっているかどうかを、見ていてあげることだといいます。本当の集中力を身につけさせることができるのは、思いきり自分がやりたいことをやりたいようにやったという身体の経験だけだからです。
「普通に生きている」ことが最大の奇跡
片山さんの整体で独特なのは、
「生きることのトータルの中で身体をとらえている」というところです。
たとえばがんの場合、すでに医学的にはやることのなくなった人でも、呼吸を深くするとよく眠れ、気分が軽くなります。
身近で介護している人に、そのやり方を覚えてもらう。がんを患っている人は、感覚が鋭敏になっているので、ちょっとさわってゆるめるだけで気持ちよく感じるそうです。たとえ上手なさわり方でなくても、介護における最良のコミュニケーション法の一つになり得るのです。
がんは進行するほど急速に「老化」してゆきます。骨盤が急速に拡がってゆく。そのとき骨盤を矯正するのではなく、あえて老化を促進するようにゆるめていきます。そのほうが楽になります。
生きるということは、成長することだけではなく、老いることも重要なファクターです。がんのような病気とのかかわりだけでなく、うまく老化するということは、命にとって積極的な意味を持つのです。
身体こそ安住の地
自分自身の身体の声をきく。「聴く」ということは、受動的なようでいて、実は能動的であり、それは「響き合おうとする主体的な姿勢」だといえます。
私という生はどこに向かおうとしているのか、何を求めているのか──答えはすべて身体が知っています。心静かに耳を傾けるとき、深い呼吸の中から自然に湧き上がってくるものなのです。〈中略〉
答えはどこか別のところにあるのではなく、常に身体の内にある。
ちなみに、私の骨盤は、
「共に歩いていく、共に生きていく」というような言葉をつぶやいていました。