かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

迷走の夜(創作掌編)

 

 酔っぱらいの帰巣本能にはいつも驚かされる。

 気がつくと私は、自宅最寄り駅のホームに立っていた。吹きぬける風の冷たさで、我に返ったようだ。

 自動販売機で温かいお茶を買い、

(もう2度と、やけ酒は飲まないぞ)と、心に誓いながら家路をたどる。

 

 夜更けの公園を、ややおぼつかない足取りで歩いていく途中、異様な光景に出くわした。

 公園灯の真下で、若い男がひざまずき、4色に塗り分けられた犬型ロボットの頭と胴体を入れ替えているのだ。

(これが幻覚というものだろうか? 今まで、深酒して意識が飛ぶことはあったけれど、幻覚は初めてだ……)

 立ち止まって目をこらすと、若者が着ている白い作業着の背中にプリントされた、アルファベット4文字のロゴが見てとれた。

 

 公園の向かいに建っている、AIロボット研究所のロゴだ。どこだったか理工学部で有名な大学院に付属している施設で、若き天才たちが日夜、最先端の研究にいそしんでいるという噂だった。 

 正体の見当がつくと、私は酔っ払いの気安さでそばへ寄って行き、何をしているのか率直に問い掛けた。

 すると若者は驚きながらも、作業を中断して、礼儀正しく質問に答えてくれた。

 

 来週、AIロボット研究所では、選抜された研究生によるレースが開催される。規定の重量の荷を積んだ箱型の台車を、4体の犬型ロボットが牽引し、複雑なコースをいかに早く走りぬくことができるかを競うタイムレースだった。

 ロボットは、すべて選手の手作りだ。4体とも同型、同性能にするのが最も効率がよく、その性能の高さをどこまで整えられるかに、勝負はかかっていた。

 

 ところが目の前にいる若者は、セオリー通りの道を選ばす、あえてそれぞれキャラクターの違うAIロボット犬を製作したという。

「すごいじゃないの、チャレンジャーだねぇ」

 私は少しはしゃいだ声で、彼を誉めた。

「ちがいます、僕は結局、4つも同じロボットを作るのがつまらなかっただけで、多様化の追求なんて後付けの理屈だったんです。実際に走らせてみて思い知りました。今まで誰もやらなかったってことは、つまり、それだけ可能性が低いからなんですよ」

 と、うなだれる。

 どうやら、相乗効果を狙ったものの、ロボット4体の足並みがまったく揃わず、相殺効果しか得られなかったようだ。

 

 それでも彼は粘り強く調整を続けた。研究所内にある施設の使用時間が過ぎた後は、深夜の公園でテスト・ランを繰り返していたのだった。

 しかし、レース本番が数日後に迫っても一向に結果を出せず、ついに思い余って、頭部の人口知能と、胴体部の運動機能の組み合わせを変えることまで考えた。ロボット犬の首をすげかえ始めたちょうどその折、私が通りかかったというわけだ。

「あなたが声をかけてくださってよかったです。この期に及んで、本体の組み替えをしようだなんて、無謀で無意味なことでした」

 やせた肩を落として、苦笑いを浮かべる横顔を見ているうち、何とか力になりたいという気持ちが湧きあがってきた。

 

「その、犬ぞりレースだけど──」

 ひとつ思いついたことがあり、私は彼に話しかけた。

「あ、チャリオット・レースです」

「チャリ? まぁ、ネーミングはともかく、そのレースでは、ロボット犬のつなぎ方がルールで決まってるの? 今のつなぎ方は『ファン・タイプ』といって、1体ずつ台車に直接つなぐ方法だけれど」

「いえ、つなぎ方のルールというのは聞いたことがありません。同性能の4体を走らせるのに最適なつなぎ方なので、慣例になっているんじゃないでしょうか」

 と答えながら、もの問いたげに私の顔を見返す。

 

 実は、私はかつて、2泊3日の「犬ぞりレース体験ツアー」に参加したことがあるのだ。ベテランのレース愛好家の指導を受けながら、4頭引きの犬ぞりの操作を練習し、初心者レースにも出場させてもらった。

 国内の犬ぞりレースで採用されているつなぎ方は、扇(ファン)のように横に広がる「ファン・タイプ」ではなく、2頭ずつ縦のラインでつなぐ「タンデム・タイプ」という方法だ。タンデム・タイプのほうが幅を取らず、森や山中の険しく入り組んだ地形を走るのに適しているから、と教わった。

 

「そして、教えてもらったのはそれだけじゃない。タンデム・タイプの犬ぞりでは、犬たちはそれぞれのポジションによって役割があり、その役割に向いた性質の犬を配置することが大切なんだ」

 相手の眼に理解の明かりがともるのを見て、私は力強くうなずいた。

「前列の2頭は、リーダーとサブリーダー。リード・ドッグは、直観力に優れ、物怖じせずに進むことができる犬が最適で、サブのほうは、リーダーの意を汲んで従う温厚さが必要だ」

「それなら、リーダーが『レッド』で、サブは『グリーン』です」

 即答だった。なるほど、キャラクターがわかりやすく色分けされているようだ。

 

「さらに、リーダーと同じくらい重要なのが、後列のホイール・ドッグなんだ。犬ぞりを操作する人間をマッシャーと呼ぶのだけれど、ホイール・ドッグはマッシャーとリード・ドッグ両方に対して協調できる、判断力のある犬がふさわしい」

「まさに『ブルー』がそうです! あと『イエロー』は、明るくエネルギッシュなキャラクターなんですが」

「ムードメーカーだね。ホイール・ドッグの隣を走るのに、うってつけじゃないか」

 

 彼が嬉々として、ロボット犬たちの頭と胴体を元に戻すのを見守りながら、私は今夜のやけ酒の原因となった出来事を思い返していた。

 

 今日、あるプロジェクトチームが発足し、チームリーダーとして抜てきされたのが、同期入社の同僚だったのだ。確かに、彼のキャラクターは「レッド」と似ていて、リーダーにふさわしい人物だといえる。

 とはいっても、彼のサブに配置されたことが悔しかった。

(仕方ない、決まったことだ。このプロジェクトだって、負けるわけにはいかないレースなんだから。よし、私はホイール・ドックのつもりでがんばってみよう。明日から……)

 リーダーとしては少し詰めがあまい同期の彼と、会社やクライアントとのあいだに立って調整していくのは大変そうだが、それを誰よりも上手くやってのける自信はある。

 

 私は、作業に熱中しているロボット研究者の背中に、心のなかでエールを送り、静かにその場を離れた。

 

 まさか━━、公園のなかを歩いているうちに、かなりのスピードで走りぬけていく犬ぞりと、必死でそれを追いかける若者に、背後からはね飛ばされそうになるとは予想もしなかった。