かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

仲直りの怪談~ハヤさんの昔語り〔第二幕〕~(創作掌編)

 

 私は、慎重に準備を整えてから行動に移す性格だが、ハヤさんと暮らし始めたときは、全く違っていた。

 必要最小限の日数で、追い立てられるように珈琲店の2階へ引っ越してきたのだ。

 新婚家庭的な要素は皆無、奇妙な共同生活の開幕である。

 

 いくら宿命の相手とはいえ、それまで別々に暮らしてきた人間同士が、いきなり生活を共にするわけだから、 多少の行き違いはやむを得ない。

(人当たりのいい常識人だと思っていたが、けっこう変わり者だ)

とは、お互い様な感想だった。

 幸いにも居住スペースに余裕があり、自分の仕事部屋を確保できた。気詰まりなときは、そっと自室に引きこもる。

 しばらくすると、まるで頃合いを見計らったかのように、珈琲の香りが漂ってくる。

 誘われるようにキッチン兼居間へ行くと、

「ちょうどよかった。今、呼びにいこうと思っていたところです」

 ハヤさんが微笑みながら言った。

 

 淹れたての珈琲を前に、向かい合って席に着く。

「瑞樹さん、怪談は苦手じゃないですか?」

「夜中にトイレに行けなくなるほど怖くなければ」

と、私は条件を付けた。

「そんなに怖い話じゃありません。それに、この僕がいるじゃないですか」

 前世で、寸一という行者だったことがあるハヤさんは、涼しい顔で応じた。

 

   △ ▲ △ ▲ △

 

 寸一が修行の旅に出ていた折りのことである。

 夕闇の迫るなか、海沿いの道を足早に歩いていると、波打ち際に若い男が一人、悲嘆に暮れた様子で立っているのが目に入った。 

 見過ごすわけにもいかず、近寄って声をかける。

 男は伍平と名乗り、先の津波で妻のおユイを亡くしたことを、暗い眼で語った。

 

「女房恋しさのあまり、日が暮れると浜に足が向いてしまう。たとえ亡霊であっても、もう一度会いたいと念じていたら──」

 思いが通じたのか、ある時ついに、おユイが姿を現したという。

 ところが、おユイは一人ではなかった。となり村に住む従兄弟、フクジと一緒だったのだ。

「昔、似たような話を聞いたことがあった。亡くした女房に会うのだが、あの世で他の男と夫婦になっていると知らされる。それがまさか、我が身に起こるとは……。子供の頃、フクジとおユイは兄妹のように仲が良かったそうだ。きっとフクジもあの日、同じ波にさらわれて死んだのだろう」

 それでもかまわない、せめて何とか話がしたいと思い、追いかけてみたが、どうしても近付けず、大声で呼んでも、おユイの耳には届かないようだった。

 

「ほら、お坊様。今日もあの岩の上におユイが現れた。また、フクジと一緒だ」 

 がっくりと座り込んだ伍平に、寸一は申し出た。

「それなら私が、おユイさんに伝えてやろう。恨み言だろうと、何だろうとかまわないから、思いの丈を吐き出してごらん」

 伍平は大きく眼を見張り、それから固く閉ざした。食いしばった歯の隙間から、言葉を絞り出す。

「どうして、俺一人を残して逝ってしまった。お前のいないこの世には、もはや何の未練もない。お前の後を追って、俺は海に身を投げようとしたのだ。それなのに、他の男と仲睦まじげに現れるとは……」

 声を途切らせて、むせび泣く。

 

「伍平、もう日が落ちる。暗闇に紛れてしまう前に、おユイさんの姿をよく見るがよい。手に何か持っているようだが?」

「あれは花だ。おユイは花が好きで、俺が道端で摘んで帰ると大喜びしたものだった。そうか、今はフクジが摘んでやっているのだなぁ」

 その瞬間、おユイが海に向かい、束ねた花を放り投げた。

 伍平は不思議そうに首をかしげ、

「なぜ、花を投げ捨てたのだろう?」と、つぶやく。

 寸一は静かに答えた。

「投げ捨てたのではない、手向けたのだ。伍平、津波で命を落としたのは、おユイさんではなく、お前だったのだよ」

 

    △ ▲ △ ▲ △

 

 「哀しい話だね。自分のほうが幽霊だったと知って、伍平さんはどうしたの?」

 聞くと、ハヤさんは少し笑って答えた。

「最初に会ったときは、無明の闇をさまよう幽鬼にしか見えませんでしたが、元は快活な人だったのでしょう。気づいてからの変わりようが見事でした」

 

 状況を理解した伍平は、勢いよく立ち上がり、

『こんなところで嘆いている場合じゃねえ。一刻も早く成仏とやらを果たし、おユイを見守ってやらねば。お坊様、いったい俺はどうすればいい!』

と、寸一に詰め寄ったそうだ。

『光を探し、その光の方へ向かえばよい』

 教えてやると、伍平はすぐに四方八方を見渡し、暗い海に差す不思議な光を見つけた。一筋に続く光の道が、海の面からゆるやかに、夜空へ向かって伸びている。

『あれだ! お坊様、まことにありがとうございました』

 深々と頭を下げるやいなや、一目散に走り出した。

「海から天へと、まるで坂道を駆け上がっていくようでした。あっという間に行ってしまいましたね」

 

 伍平との約束を守り、寸一はおユイのところへ伝言を届けにいった。

 すっかり日の落ちた岩の上では、なかなか帰ろうとしないおユイを、フクジが説得しているところだった。

 驚く2人に寸一は、伍平の亡霊に会ったこと、そして、伍平がおユイを守護するため、今しがた成仏を遂げたことを告げる。

「話しているうちにわかったのですが、どうやら、おユイさんも伍平の後を追うつもりでいたようです。そのことに気づいたフクジさんは、弔いの日からずっと、自分の家族と共に泊り込んで、おユイさんから目を離さないようにしていたのです」

 寸一の話を聞いたおユイは、堰が切れたように泣き崩れたという。

 

 「さほど怖くなかったでしょう?」

「うん。私はもう少し怖い話を知ってるよ。文字にしたら28字くらいの、すごく短い話でね──」

 語り出そうとする私をさえぎって、ハヤさんが口早に言った。

「瑞樹さん、そのお話は明日、明るくなってから聞くことにします」

 

 

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