かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

お守り(創作掌編)

 

 春香が庭先ですわっているところに、キクおばあさんが通りかかりました。

春ちゃん、どうした? そんなにしょんぼりして」

「きのうの朝、おなかが痛くなって、病院にいったの。お薬のんだからなおってきたけれど、学校を休んじゃった」

 小学校に入学したとき、お休みしないことを目標にしたのに、1年と少しでだめになってしまったのです。

 

「それは、がっかりしたね。でも、ずいぶん痛かったんだろう?」

 おばあさんは腰をかがめ、やさしい目で春香の顔をのぞきこみました。

 春香は痛かったところに両手を当て、

「また、あんなに痛くなったらいやだなぁ」

 と、小さな声でつぶやきます。

 

「それなら、いいものがあるよ」 

 おばあさんは、いつも持っている布のバッグを開けて、白いポチ袋を取りだしました。

春香の手のひらの上でポチ袋を逆さにすると、小指の先くらいの紙の巻き物がころがり出てきました。赤いこよりで結んであります。

「これをあげよう。こよりをほどいてね、端っこからめくって中を見てごらん」

 言われたとおりに小さな巻き物を広げてみました。紙には細い筆で、お地蔵さまの絵が描いてありました。

 

「慈悲深いお顔だろう?」

「うん、かわいいお地蔵さま」

 春香のことばにおばあさんは、よしよしとうなずきました。

「これは身代わり地蔵尊といってね、私はいつもお守りとして持ち歩いているの。痛いところに貼りつけると、まるで潮が引くように治ってしまうんだ」

「えっ、どうして?」

「お地蔵さまが痛みを持って行ってくださるのさ。今度どこか痛くなったら、この紙を水かぬるま湯でちょっとしめらせて、絵の方を手前にして痛い場所に貼ってごらん。しばらくすると、お地蔵さまのお姿が消えて、痛みもやわらぐんだよ」

 ふしぎなお守りを手にして、しずんでいた春香のこころは明るくなりました。


 キクおばあさんからもらったお守りを、春香はたいせつにしました。持っているだけで安心するのです。

 とうとう使ってしまったのは、運動会でころんで足首をねんざしたときでした。

 薬を塗ってもらっても痛くて眠れないほどだったのに、ひんやりとしめらせたお地蔵さまの紙を貼ると、ひと晩でよくなりました。

 

春ちゃんが運動会で、ねんざしたと聞いてね」

 おばあさんがお見舞いに来てくれました。

「もうなおったの。お地蔵さまが身代りになってくれたから」

 春香が、まっ白に変わってしまった紙を見せると、

「そんなことだろうと思った」

 と言って、新しいポチ袋をくれました。

 中にはあの小さな巻き物が、5つも入っています。

 

「おばあさん、こんなにたくさんどうしたの」

「ここに来る前に買ってきたんだよ」

「えっ、お金で買えるの?」

 春香はびっくりして、大きな声で聞きました。

「そうだね、お地蔵さまのやさしさは、売ったり買ったりできるものではない。このお守りについている値段は、無限のお慈悲を形にした人たちへの、手間賃のようなものさ。おばあさんのおこづかいでも買えるくらいのね」

 答えながら、キクおばあさんは目をほそめて笑ったのです。

 

 

 

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