幼い頃、星葉の部屋には小さなフクロウ型の常夜灯があった。
ドアの脇近く、コンセントに取りつけられたほのかな灯りは、暗闇の中で頼もしい見張り番だった。
夜中に目が覚めてしまったときは、フクロウにそっと話しかける。
「さみしい」
「こわい」
「いやだなぁ」
すると、いつも返ってくるのは、
「ホーホー、ホーホー、ここで守っているからだいじょうぶ」
という、やさしくユーモラスな声だ。
枕から頭をあげて見つめると、フクロウは首をかしげるようにうなずいてくれた。
それで星葉は安心して、眠りに戻っていけるのだった。
昼間はただのプラスチック製にしか見えないのに、夜になって部屋が暗くなると、生命を吹きこまれたように明かりが灯る。
父親の転勤で大きな町に移ったとき、引っ越し荷物のどこを捜しても、フクロウの常夜灯は見つからなかった。たぶん、夜が更けても明るいままの都会をきらって、森へ帰ってしまったのだろう。
歳月が流れ、臆病な子どもだった星葉は、心配性のおとなになった。
父親の皮肉っぽい口調や、理不尽な怒りが嫌になって、家から遠く離れた町に就職したけれど、ひとり暮らしの部屋で、なかなか眠れない夜がある。
目を閉じたとたん、先が見通せない不安にとらわれてしまうのだ。
ある夜のこと、ふと思い出して、
「さみしい、こわい、いやだなぁ」
と、つぶやいてみた。
すると、心の奥に茫漠と広がっていた闇のかなた、小さく光るものを感じた。
やわらかな金色の光が、振り子のように動いている。
はじめは、ぼやけた点でしかなかったものが少しずつ大きくなり、やがて翼をもっていることがわかってきた。
深い森の枝から枝へ、ゆったりとはばたいて飛んでくる……。
星葉は、夢の中へ落ちていきながら、
「ホーホー、ホーホー、ここで守っているからだいじょうぶ」
という、なつかしい声を聞いた。
あの常夜灯を買ってくれたとき、フクロウの声色を使って父親がおどけてみせたことを、ふいに思い出す。
【長野県の老人ホームで暮らす叔母からの絵手紙】