かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

雪の朝(創作掌編)

 

「おにいちゃん、大雪だよ!」

 といって、紗弥が起こしにきた。

 窓の外が真っ白だった。毎年何度か降る雪とは、全然ちがう。

 5歳になったばかりの紗弥には、初めての大雪だ。大きくみはった目が輝いている。

「見に行こうよ、今すぐ」

 ふだんは聞き分けのいい妹だが、こういう顔をしているときは、けっして望みをあきらめない。悠馬は、掛けぶとんをはねのけて起きあがった。

「わかった、いっしょに探検しに行こう」

 

 夜のあいだ降りつづけて、すっかり町じゅうを塗りかえてしまった雪も、今はやみかけている。

 紗弥と手をつなぎ、雪道を歩いた。積もったばかりの雪に、長ぐつがきしむように埋まっていくのを、一歩一歩たしかめながら。

 まだ、だれの足あともついていない道を進んで行くうち、悠馬もむちゅうになっていた。

 

 紗弥の顔が真っ赤になってきたから、サザンカの垣根のところでひと休み。

「あ、この場所……」

 悠馬は、5年前の出来事を思い出した。

 

 今日のような大雪の朝だった。お母さんが入院していたせいで、家のなかがシンとして、寒かったのを覚えている。いち早く目をさました悠馬は、こっそり家を出て、雪の町を歩きまわった。

 とちゅうで、雪の上に白いマフラーのようなものが落ちていて、あやうく踏みつけそうになった。拾いあげてみると、悠馬が巻いている毛糸のマフラーとは違って、透きとおるほど薄く、ふわりと軽い。ついさっき落ちたばかりのようで、よごれても湿ってもいなかった。

 悠馬はあたりを見まわして、首をかしげた。雪道には、自分の足あとしかついていなかったからだ。

(そうか、きっと風に飛ばされてきたんだな)

 持ち主が取りに来たとき目につくよう、垣根の上にのせておいた。

 

 近所をひとまわりして帰ると、出掛けるしたくをしたお父さんが、家じゅうの明かりをつけて、悠馬を捜していた。

 入院しているお母さんが赤ちゃんを産んだ、という知らせが入ったのだ。

 

 生まれたとき紗弥は、とても小さかったから、みんな心配して大事に守ってきた。悠馬とは年が7つも離れているためか、きょうだいゲンカをしたこともない。

 ふと見ると、紗弥がつま先立って、サザンカの花から雪を払い落としている。

「風邪ひくといけないから、もう帰ろう」

 紗弥はすなおにうなずいて、悠馬に笑いかけた。

「ここだったのよね? おにいちゃんが羽衣をひろってくれたのは」

 

「えっ?」

 紗弥にはふしぎなところがあって、ときどき驚かされる。

「話したことあったっけ。ぼくだって今まで忘れていたのに、よく覚えてたね。でもさ、あれはキモノじゃなくて、薄いマフラーみたいな布きれだったんだよ」

「おにいちゃんから聞いたんじゃないわ」

 紗弥は首を横にふった。

「天女さまが紗弥に教えてくれたの。それとね、天女さまが身につけているのは、お着物じゃなくても、みんな羽衣っていうのよ」

 

 言われてみれば、絵本に出てくる天女は、細長い布をひらひらさせて空を飛んでいたような気がする。あれも羽衣の一部というわけだ。

「そうか、あのときぼくが見つけたのは、羽衣だったのか」

 悠馬はお母さんの口ぶりをまねて、やさしく言った。

「ほんとに紗弥は、想像力がゆたかだね」

「紗弥の天女さまは、急いで飛んできたせいで、羽衣を落としてしまったの。でも、おにいちゃんがひろって、ちゃんとわかるようにしておいてくれたから、紗弥が生まれるのに間にあったんだって。ありがとう、おにいちゃん」

「どういたしまして」

 おどけておじぎを返しながら、心の奥のどこかがキリリと痛んだ。

(紗弥は、特別な子ども。生まれながら天女さまに守られている。ぼくと違って。お父さんもお母さんも、紗弥のことばっかり気にかけている。ぼくがほめられるのは「いいお兄ちゃん」をしているときだけ……)

 悠馬は思いきり顔をしかめた。

「なにいじけてるんだ、悠馬。カッコ悪いぞ」

 自分をしかりつけるようにつぶやいた。

 

 帰りも、来た道はもどらず、まっさらな雪を探しつづけて歩く。

「おにいちゃんが生まれたときは、天使さまでしょ?」

「天使?」

「そうよ。女の子は天女さまで、男の子は天使さまなの」

「でもさ、天女はお寺で、天使は教会だろ」

 反論すると、紗弥はあきれたように悠馬を見返した。

「そういうところに住んでるわけじゃないのよ。空からやってくるんだから。天使さまは大きなつばさで、たいせつな男の子を守っているの」

 

 悠馬は思わず、肩ごしに自分の背中をたしかめてしまった。

 大きな翼の影はなかったけれど、肩先から背中にかけて、散りばめられたような雪の結晶が、朝の光にきらめいていた。

 

 

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